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四十七話、使い魔の説教。


「きゃあっ……!!」


 あたしがドアを蹴破ると、室内から女の悲鳴がした。

 いつも纏められていた髪は下ろしているが、乱れた侍女服のままこっちを向いたのは、あたしの予想した通りの女だった。


 ミツレ!やっぱりか!


 寝台でぐったりと憔悴しきって横たわるセリカさんに跨がり、ミツレはあたしの姿に恐怖と驚愕で震え上がった。

 幽霊でも見たかのごとく逃げ腰になり、足を縺れさせて寝台から落ちた。

 セリカさんはこの騒ぎもどうでも良いとばかりに、腕を目元に当てたままこちらを見ようともしない。

 たった一日で、現実に絶望して自暴自棄となり自堕落な暮らしを送る売れない絵描きの青年みたいな風貌になっている。

 何てことだ。


 ――――と、その前に、ミツレ!!


 あたしがびしりと彼女へと指を突き付けると、何を勘違いしたのか、卯月が目をキラリとさせて突撃してしまった。


「きゃーー!な、何よ、これっ……!嫌ぁーーーー!!」


 卯月は嬉々として、泣き喚くミツレの胸やら足やらを堪能している。

 服が乱れてボタンが外れていたせいで卯月の侵入を防げず、かなり色っぽい光景になってしまっている。


 はだけた胸元から入っいったのに、ずり上がったスカートの裾から、爛々とした顔を……。

 いや、あたしはこれ以上見ないようにしよう。

 敵ながら、憐れになってくる。


 ミツレは、肌を這う謎のもふもふうさぎと、女王蜂として甦りを果たしたあたしに怖気立ち、遂には精神が耐えきれずに失神してしまった。


 ……とりあえず後は卯月に任せよう。


 今はうさぎ姿だから、そこまで大したおいたはされないはず。

 普段のあたし程度だ。


 そしてあたしは、微動だにしないセリカさんの傍までいき、胸ぐらを掴んで、ぐいっと引き起こした。

 目を塞ぐ腕が外れて、セリカさんが億劫そうにこちらへと視線を移す。

 いくら化粧が濃かろうがすぐに誰か気付いたらしく、一瞬でその瞳に生気が宿り、戦慄く唇であたしの名前を呼んだ。


「……え、め、芽生さ……?」


 そんなセリカさんに、あたしは右手を振り掲げながら命令した。


「歯ぁ食い縛りなさい!!!」


 ――――バチンッッ…………!


 あたしは驚くセリカさんの頬に、渾身の力で平手打ちをかました。


 うぅ……痛い。殴られるより殴る方が痛いんじゃ……?


 あたしはセリカさんを寝台へと突き放して、顔をしかめながら、じんじんと焼けるような痛みを宿す右手を押さえた。

 セリカさんは座った状態で後ろに手を突き、目を丸くして放心している。

 左頬は、紅葉の形にじわじわと色付いていき、平手を打たれたのが丸わかりだった。

 一切の手心を加えなかったから相当痛いはずなのに、手を当てて確かめもしない。

 彼はただひたとあたしを見つめている。


「…………生き、て……?」


 ゾンビに見えないなら生きてますよ。

 むしろセリカさんの方が死んでたくせに。


 女王蜂らしくつんとしたあたしへと、セリカさんが恐る恐る手を伸ばしてくる。

 その手を、あたしは心を鬼にして弾いた。

 当然だけど、セリカさんが傷付いた表情をした。


「何をしていたの?」


 床に伸びたミツレの姿から、この後どんなことが行われようとしていたかは明白だ。

 卯月がいなければ、未遂では終わらなかっただろう。

 セリカさんはミツレを一瞥してから、すぐに自己嫌悪で目を逸らした。

 彼女の上でびろんと足を伸ばして、のんきに寛ぎ修羅場を傍観する卯月にも、コメントする余裕はなさそうだ。

 あたしに顔向け出来ないとばかりに、目は斜め下へと落とされた。


「何をしてたか、わかってるの?」


「っ、……はい。…………貴女は亡くなったと、聞かされて……」


「あたしが死んだと思って?」


「姫様とも離され、全て……何もかも、どうでも良くなって……」


「自暴自棄になって?」


「…………。軽蔑、なさりましたか……?」


 自嘲するセリカさんは、たぶんあたしが何でここまで怒ったのか、わかっていないんだろうな。

 あたしは前に彼が言った通り、酷くて残酷な女だから、答えをすぐには教えたりはしないよ。


「軽蔑はしてないよ。だって誰の目から見てもあたしは死んでたみたいだし。だからセリカさんが、慰めてくれる誰かと愛し合っても仕方な――」


 あたしの言葉の途中で、セリカさんが激情のままにあたしの肩を掴んできた。


「違います!私には、貴女しかいません!貴女との思い出だけを胸に、このまま……!」


「このまま?――――死んでも良いって?」


 それは図星だったのか、セリカさんははっとして、ばつが悪そうに顔を背けた。

 あの真面目なセリカさんのことだ。生きるつもりがあるなら、こんな状態になる前に花姫の守り役に戻ってあの子を支えているはずだ。


「セリカさんは、あたしの言ったことなんて覚えてないんだね……」


 あたしは確かに言った。

 万が一あたしが死んでも、生きないと駄目だと。

 だから、あたしは真っ直ぐ見据えて言ってやった。


「あたし、そんなセリカさんのことは嫌いだから」


 奈落の底へと突き落とされたように、魂の抜け落ちたセリカさんの手が、あたしの肩から滑り落ちる。

 衝撃が多大過ぎて涙も出ないのか、唇を噛み締めて項垂れた。

 全身で後悔を表すように拳を固く握り、シーツに額をつけて声を押し殺して震えている。


 えぇと、……あたしに嫌いって言われただけで、そこまで落ち込みますか?

 あたしも夢中で後追い自殺を防いだけど、よくよく考えたらすごい自惚れ屋じゃん。

 何でそんなに、あたしが好きなの?

 というか、心に決めた人がいたんじゃなかったの……?

 他の人なら花姫との縁談を体よく断るための嘘だったってオチでも納得するけど、セリカさんは基本、嘘付けない。


「――――貴女だって……」


 え、何……?


 セリカさんがかすかな声でぽつりと呟いたので、あたしは耳を寄せた。


「貴女がいなければ、私は……」


「私がいなくても、心に決めた誰かがいるんでしょ」


 嫌いと宣言しておきながら、あたしの口調は完全に拗ねていた。

 それはセリカさんにも伝わったのだろう。

 ふっと顔を起こして、おずおずとあたしを見た。


「……もしかして、嫉妬……しているのですか?」


「それは……」


「嫉妬、なされていますよね?」


「えぇっと……」


「つまり私は、完全に愛想を尽かされた訳ではないのでしょうか?」


「…………愛想を尽かしてたら、叩いて目を覚ませようなんてしないもの」


 むすっとしままのあたしの言葉を聞いたセリカさんは、突如むくりと起き上がると、色々な感情がごちゃ混ぜとなった涙を浮かべつつも、しゃんと正座した。

 どうやらいつものセリカさんに戻ってくれたらしい。


「私は間違いを犯しました。到底許されぬことを、いくつも」


 ……まだ他に何かしてたの?


「貴女がそれを受け入れられないと言うのならば、それは私自身の至らなさが原因です。嫌われても仕方がありません」


 さっきあれだけ落ち込んでたのに?

 説得力ないよ?


「今貴女が生きてここにいる事実だけで、私は満足です。罪深きこの私が、清廉な芽生さんのお心をまだ頂けると思うこと自体、おこがましいことでした。そんな私を見捨てず叱ってくれたその優しさだけで、残りの余生を生きていけそうです」


「余生って……」


 いやいや、後数百年もあるでしょ。


「この先、貴女のいない未来は全て余生です。ストベルさんのように畑を耕して、使い魔と共に細々と暮らしていこうと思っております」


 何で畑……?――――あ、そっか。花姫の守り役も辞めさせられてるから?

 定年じゃないけど、退職後の暮らしっぽくはあるけど……。

 元はと言えばあたしがセリカさんを巻き込んだせいで、こんな状態になるまで追い込んでしまったのが原因で……。

 心も入れ替えたようだし……。

 ここはあたしが責任を取るべき?


 かなり悩んだ末に、あたしはちょっとだけ赤くなった顔を背けて訥々と言った。


「その……、苺畑だったら、手伝うから」


「そ、それは……!生涯傍にいてくれるということでしょうか!?」


 しっかりと意味を掬い取ったセリカさんは、歓喜の涙をこぼしてあたしを抱き竦めた。

 セリカさんの人生狂わせておいて、このまま非情にも捨てていけないし、……本当は嫌いでもない。


 ここまで好きだと言われて、絆されない人間がいるのか……?

 本心では、一回家には帰りたいんだけどなぁ……。


「結婚してくれますね?」


「……はいはい」


「はいは一回!」


「はい!」


 早まった感じは否めないが、そのいつものやり取りに安堵して、あたしはその背に腕を回した。



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