四十五話、使い魔の友情と離宮の王様。
怪しまれない内にと、ベラに背中を思いきり押され、あたしはつんのめって花門を通過した。
そして見事に体全面で着地を果たす。
基本的に草の生えている国だから良いものの、アスファルトとかだったら結構恐い。
でもベラのお陰でこちらの国へと無事舞い戻れたので、文句はなしで感謝します!
あたしは一度振り返って、花門の向こうにいるだろうベラに、聞こえなくてもお礼をした。
そして表情を引き締めると、甘く漂う百合の香りを手繰り寄せて進み、リリアちゃんと初めて出逢った百合畑へと難なく辿り着いた。
しかし離宮の場所がどこか、判然としない。
一旦城を目指して、例の橋でリリアちゃんが脱兎の如く逃げ出した方角へと行くのが確実だが……恐らく城に近付くほど危険度が増す。
それに死んだはずの使い魔が生きているだけでもホラーなのに、女王蜂として生き返ったとなるとゾンビどころの話ではなくなる。
化け物として騒がれでもしたら、極秘任務に支障がきたす。
というか……あたしって、人間だよね?
こまめに確認しないと、自分を見失いそうになる。
こんな日が来るだなんて思っていなかった。
あたしは虫ではないと示すように、二本の足で橋へと駆けた。
そして橋を前方に城を臨める位置につけたあたしは、軍人ばりに草むらで腹這いになりながら潜み、城外の様子をしばらく観察していた。
結論から言うと、至るところから祝福ムードが感じられた。
まず、祝いの品なのか、次々に熨斗のついていそうな大小さまざまな贈り物が城内へと運ばれていく。
行き交う下働きの者たちも、忙しなくはあるが、どこか表情が明るい。
何よりも、城周辺の花の開花率が尋常ではない。
あたしのいる草むらも、控えめな小さな花が咲き誇っていた。
そのせいか、いまいち迷彩が溶け込めずに浮いてしまっているので、厳密には潜めていない。
婚約式は、もしかして終了したの……?
あたしが生死を彷徨っている間に、何があったのか。
信用出来る情報を、早急に入手しなくては。
ほふく前進で小花を揺らし、あたしはその場を静かに離れた。
何とかして離宮に、と思っていると、いつの間にか肩に一匹の蜜蜂が止まっていた。
女王蜂のふりをしていても、苦楽を共にした蜜蜂たちにはあたしだとすぐに気付かれてしまったらしい。
「あ、久しぶり……と言っても、昨日の今日だけど」
蜜蜂はあたしとの再会を喜んでいるようで、苺畑のある方へと旋回して誘う。
「ごめんね……。今は、離宮に行かないと」
一瞬ストベルおじさんに頼るという考えが頭を過ったが、巻き込むのはどうにも気が引ける。
すると蜜蜂は、ひゅるりとあたしの頭上を回り、今度は別の道を示して、宙に八の字を描いた。
もしかして、離宮に案内してくれるの?
蜜蜂は道の先へと進むことで肯定した。
あたしは立ち上がると、服についた草を払い、結い上げた髪を靡かせて後を追った。
蜜蜂はあたしの事情を承知で助けてくれているのか、上空から周囲を見渡し、誰かと鉢合わせないよう気を配ってくれている。
やはり持つべきものは蜜蜂の仲間だ。
あたしは種族を超越した友情に心を震わせた。
あれ?そういえばあたし……、皆から貰った蜂蜜、獣族の国に置いてきちゃった。
たぶん、あの鞄の中に……入れたよね?
戻ったら、いの一番に調べないと。
冷や汗をかくあたしには気付かず、蜜蜂は何かを訴えかけてきた。
顔を上げるとそこには、白い塀と、その先に城とは異なる豪奢な建物が威風堂々と鎮座しているのが垣間見えた。
まるで大富豪の別荘のようだ。
一般庶民のあたしは、そんなものお目にかかったことはないけど。
しかし離宮は城の賑やかさとは違い、ひっそりと佇んだ風情。
皆、あっちに駆り出されてしまっているのだろうか?
離宮の門扉まで来ると、蜜蜂がすぃーっと目の前を通過してから空へと向かって飛んでいった。
あたしを無事離宮へと送り届けたので、本来の仕事に戻ってしまうようだ。
「ありがとう……!」
あたしはほとんど目視出来なくなった蜜蜂へと感謝を伝えると、かすかに「どぅいたしまして!」と返って来た気がした。
あたしはもう、完全に蜜蜂には頭が上がらない。
蜜蜂の優しさに触れ、あたしを排除しようとするこの国への溜飲を少しだけ下げた。
――――さて。行くか。
あたしはなるだけ門扉を避け、推定三メートルの塀に、助走をつけてから跳躍し、片足を引っ掻けた。そして素早く腕を伸ばして塀の上部を掴むと、そのままもう片方の手も引っ掛け、あちこちに擦り傷を作りながら足を上げて何とかよじ登った。
塀に跨ったあたしは素早く内側に飛び降りると、イングリッシュガーデン風な庭を抜けて、開け放たれた窓から大胆かつ華麗に侵入を果たした。
しかしてっきり誰も彼もが城に行ったと予想していたのだが、そうでもなかったらしい。
ちらほらとリリアちゃん仕えの侍女が廊下を歩いて行くので、その度にあたしはあちこちの部屋に隠れては、やり過ごさなくてはならなかった。
ドアに耳を押し当て、足音が聞こえなくなったら再び廊下を忍び足で進む。
軍靴だと足音が響くし歩きにくいので、一旦脱いで片手で纏めて持ち歩くことにした。
やっぱり裸足が一番開放的で走りやすい。
迷彩のミニスカワンピも軽いし髪も結っているので、運動するにはもって来いの状態だ。
リリアちゃんと卯月は、どこかな?
おっと、あっちの方から声が……。
あたしがしばしの潜みで気が付いたことは、離宮で働く者たちは、職務中の私語を厳禁としたプロ意識の高い集団だと言うことだ。
つまり話し声がするということは、そこにリリアちゃんがいる可能性大。
それに度々同じ方向へと、侍女が何かを運んでいく。
あたしは次に現れた侍女の後をつけて、容易くその部屋を発見した。
侍女が入室後、音を立てないように、薄ーくドアを開く。
まず目にしたのは、傅く侍女の後ろ姿。
「――――リリア様。お召し物をお持ち致しました」
侍女の背中で隠れてしまっているが、フルーツの盛り合わせの乗ったテーブルの向こうにある猫足のソファに、離宮の主であるリリアちゃんが掛けているのだろう。
侍女は何かを布を掲げて、お伺いをたてた。
「可愛いが……」
「お気に召しませんか」
「いいや。頼む」
リリアちゃんが言うと、侍女は彼女の前に膝を突いた。そして前屈みになった状態で、リリアちゃんの膝辺りで何やらごそごそし出す。
侍女は何故か時折くすぐったそうに身を捩りながら作業をし、それを終えて立ち上がると、目線の先の何かを褒め称えた。
「さすがは花姫様から贈られた品。触り心地が本当に素晴らしいです。とても良くお似合いでございますよ。ぬいぐるみ様も、どことなく誇らしげにしておられて――」
「そ、そうだな!もう行って良い」
リリアちゃんが慌てて退室を促し、侍女は特に疑いもせずに頭を下げるとこちらへと向かってきた。
今度はあたしがあたふたする番だった。
逃げる暇もなく、ドアの横の壁へと張り付く。
外開きのドアが開き、体が強張った。
しかしドアの裏に誰かがいるとは想像もしていようで、侍女はあたしの方に顔を向けることなく歩き去っていった。
ふぅ……。やっぱりあたし、運が良い。
侍女が廊下の角を曲がるのを見届けてから、止めていた息を吐き出して、そそくさと室内へと体を滑り込ませた。
安堵するあたしとは逆に、リリアちゃんは侍女がまた戻ってきたと思ったらしく、こぼれんばかりに大きく目を見開いた。
フォークに突き刺した果汁滴る新鮮なメロンを、膝の上でふんぞり返っているもふもふ卯月に食べさせている状態のまま、硬直している。
卯月は耳が良いのであたしだと気付いていたのか、ちらっと一瞥しただけでメロンを一食みし、やたら淫靡な雰囲気を漂わせてこちらに流し目を送ってきた。
……いやいやいや!卯月!一国の姫に何をさせてるの!?王様か!離宮の王様なのか!
ちゃっかり王様みたいな服まで着て!
というか、もしかして!さっきの侍女は、卯月の服を着せてたの?
やたらくすぐったそうにしていたのは、知らず知らずの内にセクハラされていたから、とか?
卯月が至福そうなのは、そのせいか!
どさくさに紛れてあちこちの谷間に顔を突っ込んでたんでしょ!
卯月は、嫉妬か?という優越しか存在していない眼差しであたしを見下しながら、メロンの果汁をぺろりと舐め取った。
いちいち妙な色気を見せつけてくる。
あたしが死線を潜り抜けて来た間、卯月はリリアちゃんに散々甘やかされ、侍女にセクハラして楽しんでいたという事実に打ちのめされて、とうとう膝から崩れ落ちた。
そのあまりの理不尽さに、あたしはうな垂れたまま心で叫んだ。
あたし、運良くないじゃん!




