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四十四話、使い魔は女王蜂。


 忍を目指していたはずが軍人にされてしまったあたしは、軍靴を鳴らしてかわたれの森を進んでいた。

 雁来姉さんと名残惜し過ぎるお別れをし、花族らしい服に身を包むベラと共に訪れた森には、あたしの死体を探す騎士たちで溢れていた。

 茂みを掻き分けて足で踏みつけてみたり、木の幹に引っ掛かっていないかとサボ剣でつついたりしている。


 いくら死体相手でも、扱いがぞんざい過ぎじゃない?

 使い魔の死体なら、四肢がもげていても良いと?


 騎士たちに遭遇する前に、あたしはベラに腕を引かれて木陰で座らされた。

 獣族臭を消すために匂い袋を持たされていたが、念のためと、潰した草を自分とあたしの腕や足へと塗りたくる。

 

「良い?私の使い魔で、女王蜂だからね?毅然と振る舞いなさいね」


 青蜂改め、女王蜂。

 害虫から一転、格段に昇進して頂点へと登りつめた。

 しかし毅然とした態度と言われても、ぱっと出来るものではない。

 練習しないと。


 愚民どもよ!…………これは、違うな。

 平伏すが良い!…………あ、これは卯月だ。

 跪きなさいっ!…………うん。時間がないし、これでいくか。


「あなた、今のその顔で統一しなさいよ」


 了解です!


「だからぁ!」


 あたしは何故叱られているのだろうか。

 つい顔で敬礼を表したしたのがまずかったのか。


 ベラはあたしの顔に苦言を呈する前に、自らが上手く切り抜ければいいかと気持ちを切り換えたようだ。

 そしてあたしたちは、いかにも関係ありませんという素振りで、事前に目をつけていた花門へと歩き始めた。

 戻ったらすぐに離宮へと向かい、卯月を回収してあたしの使い魔にしなくてはならない。

 圧倒的に味方の少ないあたしに協力してくれるのは、偶然あちらにいる卯月と、しっぽの魔力に惑わされたリリアちゃんだけだ。

 だけど、リリアちゃんを危険に晒すわけにはいかない。

 彼女を巻き込まないように、卯月だけを連れて来ないと。


 お気に入りのしっぽを、リリアちゃんが素直に離してくれるかが、問題だけど……。


 その時ベラがあたしの短いスカートを引いた。

 演技をしろ、の合図だ。

 前方から、木々の間の小道をこちらへと向かってくる騎士たちの集団も、あたしたちに気が付いた。

 ザボ剣は鞘に収まっているが、警戒しているのが見て取れる。


「そこの者たち!こちらへ」


 呼び寄せられて、ベラは従順なふりをして指示に従った。

 あたしは使い魔らしく一歩遅れて、口をつぐむ要領で顔を伏せた。

 なにせあたしの口は、顔なので。

 しかしベラに女王蜂メイクを施されていても鏡を見る暇がなく、完成度が不明なせいでおかしくないか不安だ。


「かわたれの森へは、何の用で?」


 演技派ベラは、うるりとした瞳で上目遣いをし、切々と彼らに訴えた。


「齢六百の祖父が病で倒れて、生薬の原料となる薬草を探しに参りました……」


「それは、お気の毒に……」


 騎士たちは驚くほどあっさりと騙され、ベラに同情の眼差しを向けた。

 そのまま行って良いと言われるかと思いきや、背後に控えるあたしへと視線が移る。

 じっと見つめられて、心臓がばくんと嫌な音を立てた。

 あたしの登頂から下りて鎖骨辺りでかなり時間を使い、さらに胴体をゆっくりとなぞるように眺めてから、スカートから伸びた生足を穴が空くほど凝視する。

 あたしはその腰のザボ剣が、今に鞘から抜かれてしまわないかと、ひやひやしていた。

 視線が剥がれると、ほっとする間もなく騎士はベラに問い掛けた。


「こちらは?」


「私の使い魔の女王蜂よ。不況を買うと、靴底でぐりぐりと踏みつけられるわよ」


 ちらっと脅しをきかせたベラだが、騎士たちは逆に興味を持ったのか、あたしを検分しようと集団で詰め寄った。


 ちょっ、さっきも舐め回すように見てたじゃん!


「針を隠してはいないか、調べないと」


 と、下心満載の騎士たちの魔の手がスカートへと伸びたところで、あたしは今、女王蜂であったことを思い出した。


「き、汚ない手で触れないでちょうだい!」


 こんな感じで、いいのかな?

 あ、この顔が駄目なんだった!

 え……と、靴底でぐりぐりするからね!


 あたしは腕を組んで、見下すように騎士たちを睨み付けた。

 その女王蜂っぷりに、彼らは即座に手を引っ込める。


 でも、あの……何か、陶酔した表情をしているのは、気のせいなんだよね……?


 おどおどとした表情を何とか押さえて眉をぐっと寄せていると、騎士たちは揃ってあたしの足元へと跪いた。


「申し訳ないことをした。気が済むまで、踏んづけて下さい」


 え……。


 特殊な嗜好を持った騎士たちばかりが偶然にも集っていたのか、皆踏まれることを期待して待機している。

 この状況に、さすがあたしも震え上がり、ツッコミどころではなくなった。


「靴が汚れる!」


 思わず本心がもれてしまったが、それはそれで良かったらしく、彼らが罵られることに目覚めている隙に、あたしはそそくさとその場を逃げ出した。


「ついて来ないでちょうだい!」


 捨て台詞と共に演技を捨て去り、騎士たちがつけて来ないか後方を窺うあたしへと、ベラがからからと笑って言った。


「ほらね。花族の騎士なんて、そんなものよ」


 いやいや、十分な恐怖を感じたよ!?

 別の意味で恐いから!

 それに逆に時間が掛かったし!


「女王蜂を追求し過ぎたのかしらね」


 ベラがあたしの全身を眺めて感じ入っている。

 あたしの姿は一体、どうなっているのか。

 もう恐くて鏡が見れない。

 ただ、まだ迷彩服で良かった。

 これがボンデージファッションだったら……いや、考えるなあたし。


 ぞっとしながら着実に目的地まで向かっていくが、騎士たちはどうやら、あたしが突き落とされた花門周辺に特に集中しているようだった。

 近付けば近付くほど、騎士と遭遇する確率が高まる。

 目的の花門はそこから一番近くはあるが、距離で言えばなかなか遠い。


 このまま何事もなければ――――。


 そう思った時、どこからか声が聞こえてきた。

 騎士の気配に、あたしたちはとりあえず傍の木に背中を預けて息を潜めた。


「――――本当に死体なんてあるのか?」


 なかなか発見出来ないあたしの死体に、疑念を持ち始める騎士もいるらしい。


「――――だが、生きてる訳がないだろう。宰相様だって、例の使い魔を標本にすると言って、剣を一本持っていったし」


 な、何てことを……。

 髭はあたしを昆虫標本にしようとしてるの!?

 ザボ剣はまさか、ピンの代わり?

 でも……あたしって、普通に腐らない?

 防腐処理を施すとか?

 死んでからも髭の玩具にされたくはない!

 個人的には火葬して弔って欲しい。

 まだ死ぬ気はないけど。


 戦慄きながらも何とかその場をやり過ごし、騎士たちが通り過ぎてから再び歩き始めた。


「標本だって。死骸を飾るなんてね」


「あたしはまだ生きてるのに」


「生きてたら生きてたで、きっと虫籠の中よ。あなた珍しい蜂だから」


 蜂ではないので当然なんだけど。


「離宮傍の花門まであと少しよ。そこまでは女王蜂を保ちなさい」


 あたしは攻撃的な女王蜂。

 髭への怒りを糧にして顔を保ち、とうとう目的の花門まで辿り着いた。

 しかしその花門の周囲には、待ち構えていたかのような騎士たちの集団。

 ベラが何食わぬ顔であたしを花門へと潜らせようとして、制止を求められた。


「待て!」


 あたしだけが花門を抜けようとしたから、おかしいと思われたのだろうか。

 あたしは女王蜂らしく顎を上げて相手を見据える。

 自分自身の洗脳には、どうやら成功したらしい。


「何か?」


「城の者以外、この花門を使用することは禁じられている」


 え、そうなの?


 狼狽え素が出た瞬間、ベラにお尻をぎゅっとつねられた。


 痛っ……あ、女王蜂、女王蜂……。


「身分を証明する物は?」


 焦るあたしとは逆に、ベラは平然とした態度で告げた。


「今は持っていないわ。だけど、城で仕える者しか知らない事実を述べることで証明とならない?」


「……良い。言ってみろ」


 少し間があったが、騎士が了承した。

 城で仕える者しか知らない真実とは、何なのだろうか。

 ベラは一体、どんな国家機密を握っているのか。

 あたしは固唾を飲んで、自信満々なベラを見守った。


「――――姫様は、」


 うん?花姫は……?


「一日三回は転ぶ!」


「通って良し!」


 えぇっ……!?


 花姫の転倒癖は国家が秘匿すべきレベルの真実であるという衝撃と共に、あたしは何とか花門を通る許可を得た。




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