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四十ニ話、気付けばここは獣族の国!


 ――――真っ暗だ。何もない、闇。

 ここはどこ……?



「これは……危ないかもしれぬな」


 獣王様の、お声……?


「――――雁来」


 かりき……?


「ご用でございますか、王」


 とんっと地につく音の後に、凛とした女性の声が聞こえてきた。


「此の使い魔の娘を運ぶ」


「……付属品は、いかがなさいますか?」


 ふふっと獣王様が、幸せそうな笑い声をもらした。


「絵と置物は、私の部屋へ」


「…………仰せのままに」


 そしてあたしの体は、ふわりと浮き上がった。




             ◇




 うぅ……頭が、痛い。


 あたしは頭部が痺れるような変わった痛みで、目を覚ました。

 見上げた先には、純和風な木の天井。

 欄間と襖の向こうから、白い日の光が差し込んでいる。

 い草の匂いに顔を横にすると、あたしが寝ている布団が畳の上に敷かれたものだと知れた。

 八畳の和室には押し入れぐらいしかなく、あたしの頭の傍には、お盆に乗せられた水の入ったコップが一つ置かれているだけだった。


 何か、田舎のお祖父ちゃんの家みたい……。


 あたしがのそりと体を起こしたとき、ちょうど襖が開いた。

 濃茶色の真っ直ぐな髪を高い位置で一つに括り、袴を着た剣士のような女性が正座したままあたしを凝視している。

 きりりとした、飾らないタイプの美人なお姉さんだ。

 とりあえず姉さんとお呼びしよう。


「……記憶はございますか?」


 記憶……?

 確か……花門で騎士に囲まれたり、髭に突き落とされたり……。

 後……セリカさんに女の影があったりして……。


「……不快なことを思い出させてしまい、申し訳ありません」


「いえっ、そんなことは!」


 セリカさんのことを考えて眉が寄っていたあたしは、慌てて否定した。

 姉さんが謝る必要なんてこれっぽっちもない。


 むしろ助けてくれたんですよね……?


「……かりき、さん?」


「はい。雁来、と申します」


「あたしは、芽生です。青蜂の使い魔です」


 あたしの中で定着化した、青蜂の使い魔という自己紹介をした。


 だけど、獣族って使い魔には厳しいんじゃなかった?

 獣王様の知り合いだから、優遇されてる?


「あのぉ……獣王様は?」


「面会されますか、王に」


 あたしはこくりと頷いた。

 報告すべき事柄がいくつかある。

 最重要事項は、卯月の件と花姫の件。


 あたしだけ来てしまったけど、何とかして皆を助けないと!

 色んな意味で食べられてしまう!


「あ!そういえば、あたしはどれぐらい寝ってましたか?」


「半日ほどになります」


 つまり今は朝。この涼しい風と淡い日射しは、朝だったかららしい。


「手をお貸ししますか?」


 雁来姉さんが気を遣ってくれたが、あたしは何とか自力で起き上がった。

 何故か頭はぴりぴりとして痛いけど、ふらつくことなく歩けそう。

 雁来姉さんの後に続き、縁側から広々とした日本庭園へと、置いてあった下駄を突っ掛けて下りた。


 雁来姉さんのさらさらと靡く髪を追い掛けて、馴れない下駄でカラコロと飛び石を渡っていく。

 周囲に目を向けると、至るところにもふもふたちが潜んでいた。

 木の幹にはリスが木の実を齧っていて、ツツジの陰では子猫がじゃれ合っている。

 親子らしき犬たちが楽しそうに目の前を走り抜けていき、鳥たちが大きく翼を広げて空へと羽ばたく。


「平和ですね……」


「庭の趣を壊す、煩わしいうさぎがいないからでしょう」


 雁来姉さんは淡々とした口調で長閑な理由を述べた。


 卯月……。


 あたしは卯月をどうするべきか悩んだが結論は出ず、池の小さな橋に立つ獣王様のお姿を発見したことで投げ出した。

 緑に澄んだ池では、赤や白、黒などの鯉が、水面で口をぱくぱくと開いているのが見える。

 パンくずみたいなものを獣王様が撒き終え、袖に手を入れて物静かに佇んでいる。

 藍染の着流しが風流で、この庭園に溶け込んでいた。


「王、目覚めました」


 雁来姉さんが橋の手前で足を止めて片膝をついて頭を垂れた。

 あたしも倣った方が良いのかと、慌てて片膝をつく。


「すまぬな、雁来」


「いえ。――――僭越ながら、王。発情うさぎの姿が昨夜から見当たりません」


「卯月か。……其の使い魔が、行方を知るようだが」


 獣王様が、あたしを見遣った。


「え、と……。う、卯月は間違って……花族の国に」


 冷や汗をかきつつ告げると、雁来姉さんがわずかに戦慄してあたしへと静かに目を向けた。


「加護の影響か。使い魔の所持品として密輸されたのであろう」


 やっぱりあたしのせいだったらしい。

 ということは、次に送り返そうとした時は卯月だけだったから弾かれた訳で、花門は別に不具合なんて起こしてなかったってこと?

 つまり、あたしたちの取り越し苦労?


「この際、あれはあちらに押し付けても良いのでは?」


 雁来姉さん……。

 まぁ、そう言いたくなる気持ちはわかるけど。


「考えておこう」


 一考の余地ありですか!?


「卯月の処遇については後だ。我が使い魔よ。麗しき乙女はどうした」


「あ!ジエラは、――――痛っ……」


 急に頭を振り仰がせたからか、痛みと目眩が急激に襲ってきた。

 すぐに雁来姉さんが肩を抱いて支えてくれる。


「高圧の電流を直接、体に浴びたようだ。加護がなければ、即死であった。加護を受けた使い魔ゆえに、半日気を失う程度で済んだのであろう」


 で、電流で……即死!?

 蚊とかをバチッて殺すラケット型の機械みたいなことになってたの!?虫だけに!?


「姫は、……捕らえられたか」


 獣王様が複雑な表情をして、池へと視線を落とした。


「あの、でも……、卯月が花門を潜れたのなら、獣王様が潜ることも可能なんじゃないですか?」


「森には騎士らが大勢詰め寄せておると聞く。宵の訪れまで、しばし待たねば」


 たそがれの森へと代わったら、獣王様は花姫を救出に来てくれそうな雰囲気だ。

 だけど状況は、刻一刻と悪い方向へと進んでいる。

 あの髭宰相が、花姫に情けをかけてくれるはずがない。


「あの……あたしは、あっちに戻ります」


「何と?次捕らえられたら痛み程度では済まぬかもしれぬと言うのにか」


「でも、行かないと」


 あたしは運が良い顔をしてるって、ストベルおじさんも太鼓判を押してくれたし、漠然とだが死にはしない気がしている。

 こんな中途半端で見捨てることなんて、あたしには出来ない。

 今が朝ということは、昨晩婚約式を行ったのかが気になるところだ。

 あたしが死んだと思って、悲鳴を上げていた花姫はまともな精神状態ではないはずだ。

 彼女が落ち着くまでは、式を延期しているのではないか。


「直ぐ、発つか?」


「なるべく、早く」


 あたしの意思は、だだもれのこの顔が伝えてくれる。

 獣王様がそれをしかと受け取り、ふっと笑む。


「彼方で動く際には、卯月を自由に使うが良い。使い魔の使い魔として、扱きを使うて構わぬ」


 あの卯月が、働くかなぁ……。

 あたしのマッサージで陥落させてから、言うことを聞かすか。


「使い物にならぬなら、捨て置けば良い」


 獣王様はいつも、卯月に辛辣だ。

 それは雁来姉さんにも言えることだが。


「あれは、毛皮を剥ぐと脅せば大人しく従うでしょう」


 卯月のもふ毛は上質なので、高値で売れそうではあるけど……。


「――――使い魔よ」


「あ、はい!」


「私の決断は、間違えてはおらぬな?」


 花姫をこの国へと誘ったことについてだろう。

 だけどそれは、花姫のためにしたことだった。

 その判断は間違ってはいない。

 だが獣王様は、きっと後悔してこんなことを訊いてきたんじゃない。


「獣王様の想いは、間違っていません!で、でも−−」


「でも?」


 獣王様に進言する者は、あまりいないのか、あたしの肩を抱く雁来姉さんの腕に緊張が走った。

 それでも獣王様は、興味深そうに、あたしの言葉へと耳を傾ける。


「あの、皆に祝福されるという道は、ないんですか?」


「皆、と?」


「ジエラは、神様のことを気にしていました。自分が国を裏切ったら、神様が国を見捨ててしまわないか、と……」


「神。神か……」


 獣王様は不思議と、くつくつと笑い出した。


「神が祝福すれば、皆祝福すると?」


「え、それは……もちろん」


「ならば良い。神の件は、此方が努力しよう。――――雁来。我が使い魔を森へ」


「はい。仰せのままに」


 雁来姉さんが頭を下げてから、あたしをひょいとお姫様抱っこして立ち上がった。


 か、雁来姉さん!

 ちょっとどきどきです!


 獣王様は、任せたというように目を細めて、あたしを送り出してくれた。



獣族の国、さらっと流しております。芽生にはもう少し、のんびりしていて欲しかったのですが。獣王様と縁側でお茶とか、もふもふたちに埋もれるだとか。今は雁来姉さんの言う通り、卯月がいないので皆ほのぼのとしています。

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