四十話、夜逃げでまごまご。
獣王様曰く麗しの乙女である花姫は、絵画を背中に括りつけて、置物を小脇に抱え、ドアを開けてすぐのところであたしを待ち構えていた。
それ以外の荷物類は皆、床に置かれている。
これは、あたしとセリカさんが手分けして持って行けっていうこと?
「さぁ、急ぎましょう」
婚約式の主役が来なければ、すぐに怪しまれるだろうし、急ぐのはわかるけど、だったら何でそんな目立つ格好するかなぁ……。
夜逃げしてますよって触れ回るようなものでしょ。
それでもあたしは何も言わずに、昨夜準備した鞄の紐を伸ばして、袈裟懸けにした。
「姫様。侍女たちには何と?」
「転倒痛でぎりぎりまで部屋で休むと伝えてあります」
それを信じて貰えるなんて、信用されているように見えて、逆に馬鹿にされてるような気もする。
あたしは花姫の威厳のなさ加減に呆れつつ尋ねた。
「卯月は?」
それにはセリカさんが答えた。
「芽生さんが苺畑に行かれている間に、リリア様が嬉々として離宮へとお連れになられました」
「……大丈夫なの?」
「今のところ、騒ぎは起きていないようですが……」
騒ぎが起きてからでは、遅いよ。
あたしとセリカさんが真剣に話している横で、花姫はリリアちゃんと姉妹水入らずで日中を過ごせたからか、憂い一つなくご機嫌な表情をしていた。
父上殿に、嘘の結婚承諾の旨を伝えたことで煩わしい説教もなくなり、彼女は今、自由を謳歌している。
「リリア様には、定期的にお手紙を送ることになりました」
……誰が届けるの?あたしはもうこの件が終了次第、帰りますよ?
契約の延長は、もうしないからね。
「花族の女性を伴い森へと出掛ければ、うさぎが届けてくれるそうです」
卯月……。ちゃっかりとしてるなぁ。
大体しゃべらないくせに、どうやって女性たちを要求したの?
「でも、手紙なんかやり取りしなくても、リリアちゃんとは普通に森で逢えるんじゃないの?かわたれの森の時に」
「…………」
花姫がぽかんとして、口を開けっぱなしで目を丸くした。
もう少し待ったら鱗が落ちてきそうだ。
「芽生さんは頭の回転が早く、機転がききますね。姫様も見習って浅慮な考えはお止め下さい」
セリカさんはあたしへと頬を染めて、惚れ直したみたいな顔をしたが、花姫に対しては厳めしい顔付きでぴしゃりと言う。
セリカさんの差別が甚だしい。
贔屓されているというよりかは、存在自体を別個体として区別されていると言うのだろうか。
花姫はしゅんとしていたが、リリアちゃんに直接逢えるとわかり、さっさと気持ちを持ち直した。
「リリア様と姉妹らしく振る舞えるだなんて、夢のようです!」
浮かれる気持ちはわかるよ。
リリアちゃんが妹なんて、羨ましい限りだ。
「確か……異母妹、なんだよね?」
「ええ。リリア様の母上様が、父上の最初の奥方なのです」
ああ、だから妹なのに様付けなんだ。
突っ込んじゃいけないことかと、空気を読んで沈黙を守っていたのは正解だったらしい。
「姫様、そろそろ時間が……。出立なされませんと」
セリカさんに急かされて、あたしたちは共犯者の笑みで頷いた。
婚約式の行われる会場方面には、すでに大勢の貴族たちが集っているだろう。
だけどそのお陰で、居住区画はしんと静まり返っている。
あたしたちは意気揚々と部屋を脱したその瞬間、早くも最初の難関にぶち当たった。
「花姫様?その格好は……?」
ずらりと並ぶ侍女たちが、疑問符を浮かべて花姫を凝視している。
お団子少女ことラベンデルが、花姫の背負う珍妙な絵画と、不気味な陶器の置物へと交互に目を遣り、詰問してきた。
「それは……花姫様がお描きになられた絵と、お造りになられた置物ですね?」
それって自作だったの!?才能ないな!
「ようやく処分に踏み切られるのでしょうか?」
まぁ、そう思っても仕方ない駄作だけど、花姫が本気で傷付いて放心してるから、あんまり言わないであげて。
幼稚園児みたいに、よく出来ましたって生暖かい目で見て褒めてあげてよ。
「守り役様は大荷物で、どちらかへと出掛けられるのでしょうか?」
セリカさんが素直に、ぎくりとした。
なにせ言い訳不可な旅行鞄の数々。
「使い魔は……相変わらず泥だらけね」
ラベンデルが小馬鹿にしたように鼻で笑う。
苺畑での労働を馬鹿にするな!
その苺を食べてるくせに!
「それで皆さんで、どちらへ?」
嘘の吐けない花姫とセリカさんは視線を彷徨わせ、最終的にあたしへと辿り着いた。
ここはあたしの出番!
「ひ、宰相様のお部屋へ、お引っ越しをするところでして……」
気合いを入れた割りに、あたしの語気は弱い。
だって、ラベンデルが半眼で睨んでくるんだもの。
あたしの言葉なんて、初めからまともに聞く気なんてなさそうだし。
「そういうことでしたら、お手伝いを致します」
駄目だ!悪い方に転がってしまった!
「み、皆さんのお手を煩わせる訳には――」
「でしたら使い魔が全て持つことね」
な、何て卑怯な!
あたしにそう言わせるために、自分が持つなんて言ったな!
侍女たちがしれっとしたおすまし顔で、花姫の荷をほどき、あたしの背中へと括りつける。
置物も、問答無用で押し付けられた。
セリカさんは困惑しつつも逆う間もなく、鞄を奪い取られている。
それらは当然、あたしの肩や首へと掛けられた。
じゃんけんに負けた小学生か!
ランドセルなんて生半可な重さじゃないけども!
「ま、まぁ……お、お似合いね」
ぺしゃんと潰れることを期待していたのか、持ちこたえるあたしの姿が予想外過ぎたのか、侍女たちは一様に引いてしまった。
この際はっきりと言おう。ドン引きしている。
くぅ……。苺畑での労働で鍛えられたこの体力が憎い……。
せめて笑って!上から目線で嘲笑ってよ!
どさくさに紛れて、花姫とセリカさんは頬を紅潮させてるし!
あたしのバランス感覚と体力に感動しているらしいここの二名は、明確に世間ずれしている。
「芽生はいつも、わたくしの予想を遥かに凌駕します」
「私の芽生さんは特別ですからね」
頬を染めて讃辞とか後にして!潰れるから!
前進して、前進!
ミツレの眼光が凄まじいから、早く!
セリカさんが緩んだ口元をぴしりと引き締めて、侍女たちへと告げた。
「それでは参りましょう。侍女の皆さんはお部屋で待機をお願いします」
丁重に礼をされた侍女たちは、あたしには決して向けることのない真面目な態度で了承した。
序盤に訪れた難所は、どうにか切り抜けたらしい。




