四話、花姫の召喚理由。
「じゃあ、ジエラ。何で蜂を召喚しようとしたの?」
蜂に、一体どれほどのことが出来るんだろう。
蜂蜜が食べたかったとか?……まさかね。
蜜蜂って、一生に集められる花の蜜の量が、ティースプーン一杯なんだって。
あたしが集めたら、どれだけの月日が掛かるのかな……。
ちなみにあたしが間違われた青蜂が、どんなのかは存じません。
「それは、その……」
花姫はセリカさんをちらりと見上げて、目が合うと慌てて俯いた。
彼がいると、話しにくいことなのかもしれない。
いわゆる女子トーク的なノリ?
ならば男子禁制の秘密の花園をこの場に作るか。と意気込んだあたしに、セリカさんが一つ咳払いをして忠告してきた。
「貴女の考えは全て漏れていると思って下さい」
それ、よく言われます。何考えてるか、顔に出てしまうらしい。
あたしの表情筋が軟らか過ぎるのが原因だ。
こればっかりは遺伝なので仕方ない。
「姫様も。私に隠していることがおありのようですが?」
「か、か、隠してません。わたくしは、その……、婚約が嫌なのです!」
花姫が、儚げな声で精一杯訴えた。
「婚約?ジエラ、結婚するの?」
あたしより年下なのに。政略結婚とかかな。
姫様だし、国のため一族のため、って押し付けられたのかもしれない。
だって花姫、全力で拒絶してる。
そんなの不憫すぎる。
「姫様。お慕いする方がおられるのですか?」
セリカさんがやや厳しめの口調で花姫を問い詰めた。
「そ、そんな方いません!」
いるな。あたしの全財産賭けてもいい。
花姫には絶対、好きな人がいる。
「でしたら何故嫌がるのですか。姫様といえど、恋愛や結婚は自由なのですよ?貴女が相手をお決めにならないから、お父上様が選んだのではありませんか」
だめだ。話が見えなくなってきた。セリカさんが鈍すぎるせいだ。
整理するとこうかな。
花姫には好きな人がいる。だけどその人は、周囲に隠さなければいけない人物、ということ。
それで、なかなか相手が見つからないと思っている父が、勝手に婿を選んだ、と。
「嫌なのです。あの方は昔から、わたくしのことを変な目で見て……」
花姫が溢れ出した涙に、ハンカチを押しあてがう。
相手の人、残念なことに蛇蝎の如く嫌われてる。
鈍感そうな花姫が気づくくらいだから、相当ねっとりいやらしい視線を注いでいたんじゃないかな。きもっ。鳥肌立っちゃったよ。
「そんなことを仰って、もう婚約式の日付も決まり、準備も着実に進めているのですよ?」
「わたくしは嫌だと言ったのにぃぃ……ぐすん。勝手に父上が進めたのではありませんかぁぁ……ぐすん」
号泣する花姫が、堪らなく可愛、可哀想。
だって好きでもない人と結婚なんて、あたしには無理。
嫌いな人間と結婚するくらいなら、あたしはうさぎ様と結婚する。
うさぎ様の気持ちは、この例え話の論点ではないので割愛します。
「あちら様は姫様のことを愛してらっしゃるようですし、幸せにして下さるでしょう」
セリカさんは、そんな一方通行な愛で結婚しろと言う。
自分事じゃないから、姫様の苦しみを理解出来ないのかもしれない。
あたしは堪らす、口を挟んだ。
「それは酷すぎるよ。だって、セリカさん。考えてみてよ。例えばあたしに結婚してって言われたら、どうする?」
「なっ……!」
セリカさんはみるみる頬を朱に染めて、茫とあたしを見つめた。
すいません。あたし完全にセリカさんの性格忘れてました。
今から土下座していいですか?
「だから、例えばの話で……」
「不謹慎です!例えで、そんな話……」
セリカさんがあたしに弄ばれて泣きそうになっている。
可愛、可哀想なほどだ。
この国の国民性ですか。涙もろいのは。
「もっと難易度を下げて……。よし。――――セリカさん、あたしが付き合ってって言ったらどうしますか?」
これでどうだ。
振られるのも込みでの告白だから、あたしは傷つかない。
あれ?よく考えたら、若干話がずれ出してる気もするような……。
しかし……。セリカさんよりも、花姫の反応がやや気になる。
あなた、さっきまでわんわん泣いてたのに。何、そのキラキラした表情は。
あなたのために、あたしは振られるんだからね!
「……考えさせて下さい」
セリカさんが、消え入りそうな声でそう言った。
考えちゃだめ!これは、考えたらだめなやつだから!
例え話が通じないとなると、冗談なんて使った日には嘘つき呼ばわりされるんじゃないかな。何て面倒な。
「素敵ですっ!わたくしが恋を繋いだのですね!」
花姫が自分の失敗を、ここぞとばかりにプラスへと転じさせやがった。
うさぎ様。あたし、うさぎ様のところに帰りたくなってきた……。
うさぎ様の方が、まともな言葉を話してたよ。
「ジエラ。あたしのことはいいから、自分のことを考えようよ」
花姫があたしを喚んだ理由を知らないと、たぶん家には帰れない。
それは確実に、花姫の結婚話と関係している。
何かをして欲しいんだと思う。
蜂に出来ることだ。きっと、あたしにも出来る!
早く元の世界に帰らないと。講義中に居眠りしたまま消えたとか、末代までの恥じゃないか。
あたしはセリカさんをうかがうように見上げた。
赤みの引いたその顔に、そっと胸を撫で下ろす。
「ジエラと二人きりで話がしたいんだけど……だめかな?」
セリカさんが花姫をちらっと見遣った。
花姫は何度もこくこくとうなづいている。セリカさんが見極めている間、ずっと。
その熱意が通じたのか、セリカさんは不承不承というようなため息をついた。
「……そこまで仰っるなら、仕方ありません。何かあればお呼び下さい。勝手に城外をうろうろしないこと。いいですね?」
「わかりました」
花姫が返事をすると、セリカさんはあたしにも返事を要求する目を向けた。
あたしに求婚されて泣きそうになってた人と思えない。
今はあたしのことを、一生徒としか見てないみたい。
さっきの告白の返事、考えてませんよね。
考えられても困るけど。
「……はぁい」
「返事ははっきりとなさい」
「はい!」
「よろしい。それと、あり得ないことですが、念のために言っておきます。くれぐれも、獣族とは接触しないようお願いします」
獣族って何?っ思ってるあたしの正面で、花姫が目をきょときょとと忙しなく動かし始めた。
花姫が何か……怪しい。
「この世界は、花族と獣族の二つの種族がそれぞれの領土を統べています。二つの国土は完全に切り離されていますが、『かわたれの森』で繋がっているのです」
「森って……あの?」
うさぎ様のいる森のことだ。
だったらうさぎ様は獣族ってこと?
うさぎ様の話はしない方がいいかもしれない。
セリカさんが怪訝そうにあたしの顔を覗いてきた。
心の声がただ漏れしてるんだろう。
あたしは悪戯心で目を閉じてみた。
「……っ!は、はしたないです!このような場所で……」
場所が違ったらいいんですか、あなた。
まぶたを開けると、愛らしく顔を染めた二人が顔を背け合い、俯いていた。
恥じらう二人の方がよほど、特別で親密な雰囲気ですけど。
あたし、退出していいですかね?
「行かないで下さいませ……!わたくしを見捨てないで」
あたしにすがりつき、花姫がよよよ、と泣き崩れる。
涙の使用頻度が多すぎて、耐性がついてきた。
涙はここぞという時に使うから、効くんだと思うよ。
「姫様、話の途中ですよ」
セリカさんに叱られて、花姫はあたしの片腕に抱きつく形で、隣へと腰を下ろした。
さりげなくあたしの肩で涙を拭かないで。
クリーニング代請求するよ?
「『かわたれの森』は、日暮れとともに『たそがれの森』へと変わります。我々が自由に出入り出来るのは日中だけです」
あれ?そういえば、あたしってあの花畑で半日寝てたの?
講義中昼寝してたし、寝てばっかじゃない?
まぁ、仕方ないよね。うさぎ様の頭突き、なかなかの威力だったし、軽く意識飛んだだけだよね。
「夜にその森に入ったらどうなるの?」
「獣族の者に捕らえられるでしょう」
あっぶな。うさぎ様はやっぱりあたしを助けてくれたんだ。
今度また逢えたらお礼しないと。
さりげなく、抱きつきの許可も貰おう。
「使い魔でも捕まるんだよね?」
「恐らくは。……いえ、厳密には貴女は使い魔ではないのでどうなるかは……。使い魔でも、攻撃性に長けた者、または防御性に優れた者ならば、上手く逃げ仰せるでしょう」
攻撃性……。防御性……。
花姫の様子をうかがうと、あからさまに瞳が揺れ動いていた。
「……あのぉ、花族と獣族は恋愛とか」
「何を仰いますか!」
セリカさんが驚愕を浮かべている。
いわゆる、禁忌というやつだと思う。
うん。だからね、花姫――――。
あなたが破っちゃ、だめでしょう。
青蜂に毒針はありませんが、硬い皮膚を持っています。
防御性重視ですね。