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三十九話、苺畑にお別れを。



 ややこしい形で駆け落ちを決意した花姫は生気を取り戻し、水を得た魚のように跳ね回りながら部屋へと荷造りをしに行った。

 あたしがあらかた準備は終えているので、後は個人的に必要な物を追加するだけだ。


 国のために、卯月を内密にあちらへと帰す。

 そのついでに花姫もあちらへと渡す。

 これが最終目標だ。


 今後の予定としてはまず、花姫とあたしとセリカさんが森へと行き、獣王様に卯月件で何かしらの策を授けて貰う。そして花姫を獣王様に託したまま、あたしとセリカさんはこちらへと戻り、卯月を連れてまた森へと向かい、合流してから皆で獣族の国へと渡る。

 そしてあたしたちが獣王様に逢っている間、もふもふ卯月は、リリアちゃんが離宮に匿うことになった。

 その喜びようといったら、姉妹らしく花姫そっくりだった。

 ひとしきりジャンプをし終えたリリアちゃんは、上機嫌でソファへと寝そべり、苺で膨らんだもふもふのお腹を毛繕いする卯月へと話し掛けている。

 

「うさぎ。どうしても帰れないのなら、ずっとここにいればいいからな?無理に帰ろうとして、時の狭間に堕ちたくはないだろう?」


 リリアちゃんの脅しっぽい勧誘を片手間に聞きながら、卯月は、身だしなみこそ男のたしなみ!とばかりに一心不乱に毛並みを整えていた。

 その様子をいつまでも眺めていたかったが、ここまでの疲労がピークとなったあたしは無念ながら、寝室で着替えてから寝台へと倒れ込んだ。




            ◇




 翌日も良く晴れた、苺収穫日和だった。

 あたしは額の汗を首に掛けたタオルで拭い、ふぅと息を吐く。


 こんな時に、真面目に労働するあたしって……。


 清々しい真っ青な空を仰いでいると、ストベルおじさんが傍へと並び、しみじみとした口調で言った。


「お嬢ちゃんが郷里に帰ると、寂しくなるのぉ」


 蜜蜂たちもあたしの周りをくるくると飛び交い、別れを惜しんでくれているようだった。


「無事に帰れるといいんですけどね……」


 その前に厄介な事象をいくつか片付けていかなければならないが。


「術に失敗したり強制送還されたりすると、記憶をなくすと言うしの」


 ストベルおじさんが、さらりと恐ろしいことを口にした。


 な、何ぃ!?花姫次第であたしは記憶喪失になるってこと!?

 失敗したら怒るからね!……いや、失敗してたら記憶がない訳で、結果としてあたしが文句を言う機会は訪れないのか。


「時に命を落とすことも……おっと、しゃべり過ぎたかの」


 ストベルおじさんは他人事だと思って、「ほっほっほっ」とのんきに笑っている。


 あたし死ぬんですか!?

 だってあのどこでも蹴躓いて転ぶ花姫だよ!?九割は失敗しそうじゃん!

 あたしには奇跡を願うしか成すすべがないのか!?


「お嬢ちゃんは運が良さそうな顔をしとるから、平気じゃよ」


 運が良さそうな顔って……。

 あたしは一体どんな顔でストベルおじさんに接して来たんだろうか。

 喜ぶところでもない気がするけど、


「……ありがとうございます」


 お礼をすると、「良い良い」と言ってストベルおじさんは目尻に皺を作った。


「また召喚されたら、手伝いを頼むがの」


 また、とか。

 こんな経験は一生に一度で結構なんですけど。

 何だかんだ言って、ストベルおじさん、あたしを脅かして遊んでませんか?


 蜜蜂たちがくすくすと忍び笑いであたしの眼前でくるりと舞う。

 これは帰還する使い魔への、通過儀礼なのかもしれない。

 いっそ前向きに考えよう。

 万が一、またという事態が起きた時に、雇い先があるということは心安い。

 

「じゃあ、また次があったら、お願いします」


「次は……苗作りの時期じゃな」


 時期が具体的過ぎやしませんかね?


 ストベルおじさんの妙な予言が外れることを願いながら、あたしは恩返しとして一生懸命苺を収穫し続けた。




 日が傾き、ノルマの最後の一粒を摘み終えた頃、草臥れた様子のセリカさんがあたしを迎えに来た。


「姫様の支度が終わりました……」


 何でそんなに時間が掛かってるの?

 その間にあたし、どれだけ苺を摘んだと思ってる?

 

「すみません……。姫様が絵画や陶器などといった嵩張る物を持参すると言って聞かないもので」


 ああ、あの難解な絵と不気味な置物。

 お気に入りだったのか、あれ。

 それにしてはお金を隠したり、刺繍に失敗した血染めのハンカチを詰め込んだり、扱いが雑だった気もする。


「ですので、枕を置いていくという結論でまとまりました」


 何ですと!?


「枕は必要です」


 あたしは枕の重要性を切実なに訴えた。


「枕がないと安眠出来ないよ……」


 するとセリカさんは胡乱な眼差しであたしを見下ろした。


「……芽生さんはどこでも寝ているではありませんか」


 た、確かにそうだけど……。

 枕の有無で、目覚め後の首や肩の調子が変わるんだから。

 いざという時に敵にぶつけるしか用途のない美術品よりも、日々の健康に繋がる枕の方が大事でしょ。


「だったらあたしの分だけでも……」


「私が枕代わりを務めますので、妥協して下さい」


 思い切ったように告げられたあたしは、セリカさんをまじまじと眺めて言った。


「抱き枕?」


「抱きまっ……!?」


 想像したのか、沸騰したように赤くなったセリカさんが俯いてしまった。

 

「えっと、……ごめんね?腕枕だったよね?」


 それはそれで恥ずかしいんだけどね。


「腕枕…………?いえ、そうです。腕枕です。私が言いたかったのは正しく、腕枕です」


 きょとんとしたセリカさんだったが、すぐにしれっと肯定してきた。


 この反応は……、膝枕の予定だったな?


「野蛮な獣たちから、芽生さんの安眠をお守り致します」


 セリカさんはあたしの騎士役をやりたいのか、膝枕よりも、腕に守っているという実感のある腕枕にやたら執心しているようだった。


 乙女心としては嬉し恥ずかしなんだけど、はっきり言って、セリカさんが獣に勝てるとは思えない。

 卯月のしっぽに惨敗を喫したセリカさんは腕力でも当然敵わないだろうし。

 となると必然的に、あたしが闘わないといけなくなる訳で……。


 それでもセリカさんの矜持を傷付けないように、あたしは苦心して言葉を選んだ。


「……うん。野ねずみくらいは、任せるよ」


「…………。みみずだと思って、対処にあたります」


 ちょっと!この時点ですでに引いてるじゃん。

 しかもみみずって!


 セリカさんが野ねずみにも負けそうなことに愕然としているところへ、ストベルおじさんが蜜蜂たちと共にやって来た。

 

「選別じゃ。持って行くと良い」


 手渡されたのは蜂蜜のたっぷりと詰まった、綺麗な黄金色の瓶。

 蜜蜂たちが毎日こつこつと集めた、苺の蜂蜜だ。

 そんな貴重な物をくれるだなんて思ってもみなかった。


「ありがとうございます!蜜蜂たちも、ありがとう!」


「良い良い」


「「どぉいたしまして!」」


 ストベルおじさんや蜜蜂たちとも、もうお別れなんだと思うと、胸に込み上げてくるものがある。

 ストベルおじさんと蜜蜂たちには、本当に良くして貰った。

 侍女たちの苛めで連れて来られたあたしを受け入れてくれたり、髭の魔の手から救ってくれたり。

 感謝してもしきれない。

 たった数日間の仲でも、苺畑の一員としての絆は深まったと思う。

 

 感極まるあたしに、ストベルおじさんは穏やかに言った。


「またの」


「はい。……また」


 ストベルおじさんの先見のせいか、何故だかまた逢える気がする。

 きっと永遠の別れではない。

 だからあたしは、笑顔で手を振った。

 瓶を胸に抱き、皆の姿が見えなくなるまで。



苺に蜜はないそうです。苺の蜂蜜って聞いたことないですからね。この世界特有の産物ってことでお願いします。

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