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三十八話、姉と妹。


 卯月が器用に両前足で苺を持って、もしゅしゅっと食み食みし、それをリリアちゃんがまじまじと観察している。

 その傍らで、あたしは落ち込むセリカさんを宥めていた。

 そんな混沌とした室内へと、さらなる嵐が吹き込んできた。


「芽生っ……!」


 花姫は泣き叫びながら、あたしの横腹へと激突してきた。

 薙ぎ倒されたあたしに花姫が覆い被さり、何やら危険を察知したリリアちゃんが素早く卯月を抱っこしてソファの陰へと避難する。


 花姫……お願いだから、衝突事故を多発させないで。

 

「わたくしはどうしたら良いのでしょうか!?」


 花姫はあたしの首をがっちりと掴んですがりつく。


「……それは、自分のしたいように……しなよ」


 後、苦しいから首だけは絞めないで。


「わたくしは、」


 花姫が何かを言い掛けて、ふと今気付いたように顔を起こした。ソファに隠れたリリアちゃんと卯月を目にし、唖然として固まっている。


 とりあえず、あたしの首からその両手を離して……。あぁぁ……意識が遠退、く……。


「リリア様……と、うさぎ?」


 そこでセリカさんが慌てた様子で介入してきて、白目になりつつあるあたしから花姫を剥ぎ取ると、ぞんざいに捨てた。


「芽生さん!どうか気をお確かに!」


 あたしは…………うん。何とか、平気そう。

 だけどセリカさん。花姫がその辺に転がってますよ?


 しかしセリカさんは花姫に一切の温情もなく、それどころかキッと睨み付けた。


「姫様!芽生さんは貴女様とは違い、首を絞められたら死んでしまうのです!加減をして下さいませ!」


 いやいや、いくら花姫だって首を絞められたら死ぬよ。……たぶん。


 凄まじい剣幕で怒鳴られた花姫は、慣れっこなのでしゅんとしているだけだったが、リリアちゃんが顔面蒼白で言葉を失っている。

 彼女を見上げていた卯月が、仕方ないとばかりにすりすりして慰めていた。


 ああ……何てあたし好みの癒しの光景……。


「芽生さん!私を置いて行かないで下さい……!」


「……はいはい」


 ちょっと美少女ともふもふに魂奪われ掛けただけだから。泣かないで?ね?


「私のことがわかりますか?」


「わかります」


 ほっとするセリカさんの息が顔に触れ、あたしはどきりとしつつも平静を装って起き上がった。

 だけどあたしの心情はだだもれなので、セリカさんはどことなくはにかんで見えた。

 気を取り直して、あたしは負の禍々しいオーラを背負う花姫へと用件を尋ねた。


「えっと、何だっけ?」


「芽生は……わたくしのことなど、どうでも良いのですね……」


 しまったぁ。花姫が拗ねた。非常に面倒な感じで拗ねた。


「きちんと心配して――」


「それならば、わたくしはどうすれば良いのか助言して下さいませ」


 そのぴしゃりとした言い草には、棘が混じっていた。


「えっと、髭……じゃなくて、宰相とは結婚しない方が――」


「すると言う選択肢はありません!」


 花姫に怒涛の勢いで叱られた。あの花姫に。

 何となく、心が痛い。自尊心辺りが、ちくちくとする。

 胸を押さえていると、あたしの傍に寄り添っていたセリカさんが代わりに花姫へと問い掛けた。


「姫様。でしたら何をお悩みなのですか?」


 それを聞いた花姫は、途端に空気の抜けた風船のごとくしおしおと萎びた。


「わたくしがこの国を捨てたことで、神様まで国を見捨てたりはしないでしょうか……?」


 ……ああ、うん。正直なところ、花姫がいない方がこの国も平和な気がする。


 だけどセリカさんは神妙な面持ちで黙り込んでしまった。

 気まずい沈黙を破ったのは、おずおずと顔を覗かせたリリアちゃんだ。


「姉上は……国を捨てるのか?」


 リリアちゃんに真っ直ぐに見つめられて、花姫はたじろいだ。


「リリア様……あの、わたくし……」


「姉上はどこに行くのだ?遠くなのか?もう……逢えないのか?」


 リリアちゃんは、こんな花姫のことを姉として慕っていたのか、寂しそうに俯き、抱っこした卯月の頭に口元を埋めている。

 そんな風に別れを惜しんで貰えるとは思ってなかったらしい花姫は激しく狼狽した。

 そして涙を称え、歓喜で口元を両手で覆う。


「リリア様……!」


「……すぐに行けるところか?」


 リリアちゃんは期待をにじませ尋ねるが、実際は簡単には行き来出来ない場所だ。

 花姫は長い睫毛を落として、表情を翳らせた。


「……いいえ。……わたくしは、獣族の国へと――」


「何!うさぎの国にと!?」


 落ち込んでいたはずのリリアちゃんは一転して、羨ましそうに弾けた声を被せた。


 獣族の国はいつの間にか、うさぎの国になったらしい。

 そのせいで苺を抱えた卯月が、まるで王様のようにリリアちゃんの膝でふんぞり返り、もふっとしっぽをちらっとだけ見せて優越感に浸っていた。

 しかし依然として鼻先は黄緑色のかぴかぴだ。


 忘れてるなら、別に良いんだけどね。

 自信を取り戻して、元気を出してくれて良かったよ。


「まさか姉上。このうさぎに道案内をして貰い、うさぎの国へと行くのではないか?」


 リリアちゃんは、いくつ目かの苺を食べ終え満足げな卯月の前足を、ぴこぴこと手招きのように動かした。


 残念ながら、卯月は時計うさぎじゃない。もっと不真面目なうさぎだ。

 遅刻しそうでも時計なんか見もせずに、美しっぽを追い掛けていく年中発情期の、ある意味うさぎらしいうさぎだ。

 

 花姫はリリアちゃんという可愛い実妹の存在によって、荒んでいた気持ちを鎮めたようで、あたしにあたって来なくなった。

 しかし冷静になると際立つ違和感は卯月だ。

 もふもふ卯月をしげしげと眺めて、花姫は首を傾げながら純粋な疑問をぶつけてきた。


「あの……何故うさぎが、この国にいるのでしょうか?」


 実はかくかくしかじかで――――。


「芽生さん。顔で説明を省くなどという高等技術で誤魔化さないで下さい」


 あたし、そんな器用な真似なんかしてないもの。

 そこまで言うなら、セリカさんがさくっと解説してくれれば良いのに……。


 あたしの心の声が聞こえていたのか、セリカさんが筋道を立ててこれまでの経緯を話し、そしてこう締め括った。


「――――つまり、このしっぽは帰ることが出来なくなったという訳です」


 その内容を聞き、真っ先に行動を起こしたのはリリアちゃんだ。

 卯月の片耳を持ち上げて、何やらこそこそと囁いている。


「うさぎ。帰れなくなったのなら、うちに来ると良い。苺をたくさん食べさせてやるぞ?広い部屋も用意するし、庭も自由に走り回れるように整備させる」


 リリアちゃんは声を潜めて、卯月を籠絡していた。


 えーそこまで言うなら……、と卯月は花族の国に居座るのも有りかなという気楽な顔付きで、苺の果汁のついた両前足をぺろぺろとしている。


 いや、いくらなんでもそれは無理だと思う。

 某世界的有名絵本の主人公のお父さんのように、苺畑でストベルおじさんに捕まってパイにされても知らないよ?

 

「リリア様」


 セリカさんに咎められて、リリアちゃんはぴたりと口をつぐむ。

 この中で一番彼が恐いと認識しているらしい。

 

「このしっぽをこの国へは置いておけません。姫様、何か手立てはございますか?」


「わたくしには何とも……。ですが、あの御方なら……」


 花姫は言い淀み、帰れない卯月を労わるようにそっと指を伸ばした。

 卯月は、これが王の麗しき乙女か、と顎下を撫でられながら穴が空くほど凝視している。


 あ。そういえばあたし、意地悪してロウゲツ様が獣王様だって教えてなかった。

 忘れない内にさっさと伝えておこう。


「ロ――」


「そうです!この国に獣族の方が入ったと知れたら皆混乱してしまいます!そうなる前にあの御方の元へと赴き、助言を請いましょう!この国のために!わたくしはうさぎが獣族の国へと無事に帰還するまでついて行き、この目にしかと焼き付けて参ります!その後もしばらくは獣族との異文化交流のために滞在してきます!この国の発展のために!それならば神様もお許し下さるでしょう!」


 これ幸いと、花姫は拍子を打った。


 ただの駆け落ちなのに、あたかも卯月や国のための大義名分であるというような講釈を並べて、それを喜色満面でのたまった。

 そしてちゃっかりとあっちへ居座ることも、決定している。


 ……うん。やっぱり黙っておこう。

 後でびっくりして下さい。


 あたしは国民たちの代わりに、花姫を半眼で見据えておいた。



ちなみに芽生が例えに出している絵本は、『ピーターラビットのおはなし』です。

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