三十七話、しっぽの虜たち。
「リ、リリアちゃん……これは、そのぉ……新種の綿でして……」
セリカさんじゃないけど、綿を使って誤魔化しに掛かったあたしに、リリアちゃんは至極真面目な表情で冷静に告げた。
「獣族臭いが?」
即効でバレた!
卯月をアロエまみれにしておけば良かった!
あたしの心の叫びを感じ取ったのか、卯月が一瞬ぷるりと震えた。
そして億劫そうに顔を起こして、傍に立つリリアちゃんを一瞥する。
あたしのリリアちゃんが狙われる!
そう焦ったが、卯月は、ふぅと小さく息をつくと、あたしの膝へと頭を戻した。
あれ?興味ないの?こんなに美少女なのに?
卯月はあたしの膝にだれたまま、発情期がまだのお子様はちょっと……、という不躾な眼差しでリリアちゃんを見遣った。
「それは何だ?獣族なのか?初めて見るぞ」
リリアちゃんは好奇心に満溢れたきらきらとした瞳で近付いて来たので、あたしは卯月をだしに彼女と仲良くなるべく、説明を始めた。
「これはうさぎって言うんだよ。もふもふしてて、可愛いでしょ?」
リリアちゃんは素直にこくりとうなづいてから、卯月の耳へと興味を向けた。
「何故こんなに耳が長いんだ?」
あたしは、へろりとしていた卯月の両耳の先を摘まんで、ぴんと張った。
「遠くの音を良く聞くためだよ。リリアちゃんの声も、あたしよりも良く聞こえてると思うよ?」
とは言え卯月は無反応で、されるがままだ。
本当は体温調節とかもしてるけど、それはまぁ、割愛でいいかな。
「ふぅん。何故目は横にあるんだ?」
「後ろから敵が来てもすぐに気付けるように。横にあったら前後左右どこでも見渡せるでしょ?」
残念ながら卯月は目を閉じてしまってるけど……。
「小さいのに賢いな。足は短いようだが……、走れるのか?」
リリアちゃんの憐れむような言葉に矜持を傷付けられた卯月は、すくっとあたしの膝で立ち上がり、ぴょんっ床に降りると、部屋を猛スピードで駆け回って戻ってきた。
そしてあたしの膝に飛び乗り、リリアちゃんに向かって、見たかというように鼻を鳴らす。
リリアちゃんは感動したのか、卯月へとずいっと顔を近付けた。
「足も速いのか!本当に良く出来ている!うさぎとは、何を食べるんだ?」
あたしはリリアちゃんの眼前で卯月の前足を持ち上げて万歳をさせ、お腹を見せるように後ろ足で立ち上がらせた。
「餌はリリアちゃんだぁ!食ってやるぞ、ガオー!」
あたしの冗談に付き合い、卯月がくわっと口を開いた。
きらりと光る鋭い前歯に、血の気を引かせたリリアちゃんは腰を抜かし、がたがた震えながらあたしと卯月から逃げようと、床を這ってドアへと向かっていった。
まさか、そこまで怯えるとは……。
「ご、ごめんね。嘘だから、リリアちゃんのこと、食べたりしないから……」
折角懐きかけたリリアちゃんを逃がすまいと、あたしは卯月を連れて追い掛けた。
悲愴な表情でびくびくするリリアちゃんの前に、ちょこんと卯月を置く。
「噛まないから、撫で撫でしていいよ?」
リリアちゃんはあたしをおずおずと見て、それから卯月へと手を伸ばした。そしておっかなびっくり指でつつく。
脇腹を突かれた卯月は、次の瞬間、ぱたんと横に倒れた。
「し、死んだ!?」
卯月ー?迫真の演技だけど、リリアちゃんをからかって遊んでるでしょ?
横たわる卯月は、今にも気を失いそうなリリアちゃんを満足げに眺めている。
「し、死んだらっ……生き返るのか!?」
リリアちゃんは自分が殺してしまったと思い、あたしに救いを求めてきた。
ただの使い魔に、甦りの術は難しいと思う。
そもそもこの世界でも、死んだら終わりじゃないの?
「生き返らないけど……まだ死んでないからね?ほら、温かいし息もしてる」
あたしはグミみたいな状態の卯月を持ち上げ、リリアちゃんの膝へと着地させた。
「あ……温かい。心臓も、動いている……が、鼓動が速すぎる。病気なのではないか?」
「これが普通です」
「これが、普通……」
リリアちゃんは、使い魔の蜂から、もふもふうさぎの生態に興味が移行してしまったのか、あたしに見向きもしてくれなくなった。
卯月は卯月で、恩を売っておけば誰か紹介してもらえるという打算の元、しっぽで魅了しに掛かる。
リリアちゃんは食虫植物に誘われた虫のごとく、卯月のしっぽをつっついた。
「くふんっ」
「鳴いた!?」
その戯れの結果、リリアちゃんは余程卯月を気に入ったのか、抱っこしたまま離さなくなってしまった。
もう卯月なしでは夜も眠れない、という顔をしている。
あたしが仲良くなる予定だったのに……。
卯月を恨みがましく見つめると、しっぽの魔力にひれ伏すが良い……、という上から目線と、もふんっというしっぽを向けてきた。
くぅ……しっぽの虜のあたしには、初めから勝ち目はなかった……。
いや、これはこれで目の保養だけど。
美少女ともふもふ……うん。最強の組み合わせ……くふん。
「芽生さん、戻りま――……」
平伏すあたしと卯月をぎゅっと抱き締めるリリアちゃんを見て、セリカさんが目を丸くした。
「……これは一体……?……えっ、リリア様!?」
「違う!遊んでなどいない!」
「な、何故このような場に!?それに、その腕に抱かれているのは……!」
リリアちゃんを椅子にしてまったりとする卯月へと、セリカさんは目を剥いた。
「これはっ……わ、綿だ!新種の綿だ!決して持って帰ろうとは思っていない!」
持って帰るつもりだったんだ……。
「リリア様」
「持って帰らないと言っているだろう!……欲しいが、置いておく……」
しゅんとしたリリアちゃんは、名残惜しそうにあたしへと卯月を返却した。
だけど、微妙にしっぽは握って離さない。
「リリア様、こちらへと来られて良いのですか?」
その質問には、リリアちゃんは卯月のしっぽを握ったまま、胸を張った。
「皆姉上のことに忙しいからな、誰にも咎められなかった」
「それは……そうですね」
セリカさんが言い淀み、あたしはふと首を傾げた。
「リリアちゃんにはお姉さんがいるの?」
「いるぞ。姉上は今、結婚を嫌がって子供のように部屋に籠城している。あの髭となど嫌に決まっているのだから、父上ももう少し相手を考えるべきだったのだ。だがその浅はかな選択のお陰で、こうして自由を得た」
んん?結婚を嫌がって籠城……まるで花姫じゃん。……え、花姫なの?嘘、花姫なの?
「芽生さん、まさか……知らずに接しておられたのですか?」
そ、そのまさかです……。だって、系統が違うし……。
恐縮するあたしへと、リリアちゃんはやや戦いた様子で尋ねてきた。
「芽生は、姉上の使い魔だったのか?では礼儀とマナーに煩い守り役っていうのは……」
リリアちゃんの視線がセリカさんへと逸れていき……。
「私のことを、その様な表現で……?」
涙目になったセリカさんを、あたしは必死で宥める羽目となった。




