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三十五話、花門の不具合。


 獣族嫌いのセリカさんがそこまでしなくてもと思ったあたしに、彼はさらに言葉を被せてきた。


「貴女が仰ったのでしょう?互いを愛しみ合うことが何より大事であり、それが幸せへと繋がるのだと。芽生さんは頑固にも姫様と共に行くと聞かないので、ここは私が折れるしかありません」


 いや、だから。そこまでしてまで来てくれなくても……。

 それに頑固って。やっぱりわたし、嫌われてるんじゃ……。


「私は芽生さんと幸せになるために、一つ譲歩致しました」


 お、恩着せがましい……。


「ですので、そこのしっぽは地面へとお捨て下さい」


 何かセリカさん……押しが強くなってませんか?


 仕方ないのであたしはしゃがんで卯月を放そうとした。だけど卯月は、嫌嫌と暴れてしがみついてくる。

 さっきまではお利口さんだったのに、抱っこのせいで甘えが出てしまったらしい。


「卯月は花門を通れないでしょ?」


 何とか諭して下ろすと、卯月は花門の黒々とした闇を無言で一瞥して、後ろ足で地面をだんっと打った。


 花門に怒ってる……可愛い。


「芽生さん!」


 セリカさんに責付かれて、しょんぼりする卯月に見送られながら、あたしたちは花門を潜り抜けた。



 ――――はずだった。



 花門を背に、湖畔に立つのはあたしとセリカさん。そして、あたしのドレスの裾からひょこりと顔を覗かせた――――もふもふ卯月だった。


 き、来ちゃ駄目じゃん!!

 何興味津々に、ふんふん辺りの匂いを嗅いでるの!?


「そ、そんな……。獣族が立ち入るなど、前代未聞の事態です……」


 その珍事を前に、セリカさんは茫然自失で真っ青になっている。


 実は獣族でも通れたってオチでは……?


「こんなこと、あり得ません……。獣族の者は通過する前に、必ず弾かれるはずなのです」


 うーん。卯月はドレスの中に隠れてた訳だから、あたしの所持品としてカウントされたとか?

 

「まさか……!花門がまた不具合を起こしているのかもしれません。――――報告に行かなくては」


「ち、父上殿にジエラのことは……!」


「今は姫様よりも花門です。杞憂であれば良いのですが、万が一にも、花門を獣族が潜れるような特殊な不具合が発生していたら、国を揺るがす大事件となります。調べるよう進言して参りますので、そこのしっぽを花門へと返却下さい」


 確かに卯月をこのままにしておけば捕まえられてしまうかもしれない……。獣族からのスパイ容疑を掛けられ、もふもふな毛皮を剥がれ、最後にはパイにされてしまう……!


 菜食主義のこの国の食文化に、新たな一ページが刻まれてしまう前に、あたしは卯月を引っ張り出して花門の真ん前にそっと下ろした。

 卯月は背後にしゃがむあたしに、せっかく来たのに、と不満げな顔を振り向かせてくる。

 なので、しっぽをつついて一歩づつ前に進ませた。

 くふんと鳴いて、ぴょこんと進む。

 それを数度繰り返し、卯月が花門の暗闇に鼻先を触れさせた。――――その瞬間だった。

 パチッという静電気のような音がしたと思ったら、卯月の体が思いきり弾かれた。

 背中から真っ直ぐ飛んできた卯月を、あたしは咄嗟に胸で抱き止め、背中から倒れ込んだ。


「芽生さんッ……!」


 あたしは駆けつけて来たセリカさんによって抱き起こされた。


「……うん、大丈夫……」


 草が生えてて助かった……って、卯月は!?


「う、卯月!大丈夫!?怪我は!?」


 あたしの腕の中で、卯月は鼻先を両前足で押さえ、花門を涙目で睨みながらぷるぷると震えていた。


「鼻が、痛いの……?」


 訊くと卯月は、花門に苛められた!と泣き付いてきた。

 

「花門に不具合は生じていない……?――――わ、私は薬を取って来ます!」


 卯月の様子に狼狽えたセリカさんは、そう言い残すと、急いでどこかへと走っていった。


 何だかんだ言いつつ、いつの間にか卯月と打ち解けていたみたい。


 ただ悲しいことに、卯月は痛みだけであたしの胸に伏せている訳ではない。

 鼻先を舐めて治す要領で、いかにしてあたしの肌にも舌を這わすか考え、角度を変えながら真剣に微調整しつつ痛みを紛らわせるという高度な技に挑戦していた。


 怪我の巧妙って、こういうことを言うのか……?


 あたしは卯月を連れて湖の畔まで移動すると、ドレスのスカートを八重歯で裂き、切り取った布を湖に浸した。

 水中に花が咲くぐらいだから、きっと淡水だろう。

 汚れが付着していたらいけないので念入りに洗ったそれを、両手できゅっと固く絞り、ぺろぺろしている卯月の鼻の頭に軽くあてがった。


「火傷だから、まず冷やそう?」


 白い短い毛の生えた可愛らしい鼻先は、微妙に焦げてしまっている。

 皮膚にやや赤みが差しているけど、重症ではなさそう。

 

「姿は変えられないの?」


 卯月は何やら難しい顔をしてから、無理っぽいと瞳で伝えてきた。

 うさぎ姿でも会話可能はずなのに、あまり声は出したくないみたい。


 あたしは温くなってきた端切れを、再び水で冷やした。

 卯月は暴れもセクハラもせず、良い子で介抱されてくれているからこちらとしても楽だった。


 甘やかされるのが好きなんだよね、たぶん。


 卯月はあたしを椅子にして、白いお腹を見せた状態で座っている。

 耳はぴくぴくとあちこちの音を集め、視線はゆったりと水中の花や湖畔に向けられている。


「獣族の国と大分違う?」


 卯月はやや首を傾げた。


 まあ、自然が美しいのはどこも同じだよね。


 一緒にまったりしていると、セリカさんが何かを片手に握り締めて戻ってきた。


「持って参りました」


「軟膏とかじゃないよね?」


 確か、軟膏は駄目だった気がする。消毒も良くないはず。

 動物病院に連れて行くのが一番なんだけど、ここにはないから、正しく応急処置をするしかない。

 あたしがしっかりしないと……!


「なんこう?いえ、火傷にはこれですが?」


 セリカさんは不思議そうにしながら、尖った先端がはみ出ていた片手を開いて、それを見せた。

 灰緑色で縁に白い棘のついた肉厚な葉――――アロエを。


「アロエベラです。この汁液を、しっぽの鼻へとお塗り下さい」


 そう来たか……。さすがは植物の国。


 とろりとした汁液が葉の断面から滴り、卯月がぶるりと身震いをした。


 その汁を鼻に塗ったら、しばらくぺろぺろはお預けだね。だってこれ、かなり苦いから。


 卯月は、他にないの?とあたしを仰いで懇願してきた。


「ちょっと我慢したら、新鮮な野菜をあげるから」


 えー野菜?と、卯月はそっぽを向いた。


 え……?まさか、肉食……。


「苺くらいなら、用意出来ますが」


 卯月の耳がぴくんっと激しく反応した。

 どうやら野菜よりも果物派だったらしい。


 とりあえず、肉食じゃなくて良かったぁ……。


 ほっとしながら、あたしは患部に汁液をちょんちょんと塗り付けた。

 鼻の頭が黄緑色に染まり、情けない顔を湖面に映した卯月は、傍目から見てもべっこりとへこんでいた。


 乾いたら、かぴかぴになることは伏せておこうかな。可哀想だし。

 

「……しかし、花門は一体どうしたのでしょうか」


「一時的に壊れて、直ったとか……?」


 どちらにしても、卯月が帰れなくなってしまったのは問題だ。


 本人はそれどころじゃなさそうだけど……。


 水面に目を落とす卯月の哀愁漂う背中が、何とも可愛……可哀想で、あたしがそっと抱いても、しょんぼりとしたままだった。


「自動修復したのならば良いのですが、しっぽを返せないとなると……」


 そうだよね。卯月をここで放り出す訳にもいかないし、何とかしないと。

 

「……仕方ありません。一度姫様に相談してみましょう。獣族との付き合いのある方など、この国のどこを探しても、姫様の他に思い付きませんので」


 言い方がきついなぁ……。

 しかし。唯一頼りになりそうなのが花姫か……。


 あたしははっきりと、憐れな卯月に同情した。



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