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三十四話、守り役の決断。


 しっぽには本当に、不思議な力があるのかもしれない。

 何故ならあたしたちは……あまりにも重大なことを失念していたからだ。


「……そう言えば、ジエラは?」


 しっぽに敵わなかったセリカさんが、よろりと草臥れた様子で顔を起こした。

 

「姫、様……?――――はっ!姫様いけません!」


 虚ろな瞳をしていたセリカさんだったが、諸々全てを思い出したのか、突然あたしの肩に掴み掛かってきた。


 いや、落ち着いて!あたしは花姫じゃないから!


「姫様……もしや貴女様も、しっぽに……?」


 面倒だからそういうことにしておくとして、セリカさんがどさくさに紛れて、あたしの肩口に弱々しく額を乗せてきた件に関しての苦言を呈させて欲しい。

 

「……許可なく触らないんじゃなかった?」


 こちらも頭からごっそりと抜け落ちていたセリカさんは、弾かれたようにあたしから距離を取った。

 それを見ていた卯月が、怪訝そうに口を挟む。


「触れることに許しが?機があればすかさず押し倒していかないと。承諾など子種を注」


「ちょっ、卯月!」


 何を言おうとしたんだ、この煩悩うさぎ!堂々と犯罪じみたことを語るな!

 もふもふ時の自分に謝れ!


 愛らしさの欠片もない今の卯月は、淫靡な笑みを浮かべるとあたしの頤へと手を掛けた。


「照れているのか?閨でのことは、これからじっくりと仕込」


「そうはさせません!芽生さん、このしっぽに構わず城へと戻りましょう。花姫様も、きっとお待ちしているでしょう」


 卯月に最後まで言わせることなく割り込んできたセリカさんは、花姫をだしに使ってあたしを諭す。


 確かに花姫がどうなったか気になる。一旦帰って、花姫の返答次第でまた来ればいいし。


 あたしが帰る素振りを見せると、卯月は唐突にうさぎへと姿を変えた。

 ぽてんと座った状態のもふもふ卯月は、ふるふると頭を振る。長い耳がぱたぱたと揺れて何とも可愛い。

 そしてきょろきょろとしてからあたしを見付けると、たしっと膝の上に前足を乗せてきた。

 もう行っちゃうの?という哀願の眼差しを向け、あたしを行かせまいと見つめてくる。


 ああ……可愛い…………、けど。

 この子は、さっきまで危険な発言を繰り返していたあの卯月なんだよねぇ……。


 卯月はこれでは愛想が足りないと気付いたのか、膝から前足を下ろすとくるりと方向転換をして後ろを向き、しっぽをあたしに向かってアピールしてきた。

 ちらりと見返り、触っていいよと、あたしをそのもふっとしたしっぽで惑わす。

 卯月は背中は淡いオレンジ色だけど、お腹側は白色だ。しっぽはその両方の色を楽しめる、小さな卯月みたいなもので……。

 

「芽生さん!触ってはいけません!」


 わかってはいるんだけど……。


「くふんっ」


「芽生さんッ!!」


 卯月のしっぽをちょんとつついてしまったあたしに、セリカさんの叱責が飛んだ。


 だ、だって……。


「帰りましょう」


「……はぁい」


「はい、はしっかりと!」


「は、はい!――――じゃあね、卯月。また来るから」


 あたしはセリカさんに急かされるまま立ち上がると、まだしっぽを見せている卯月へと手を振った。

 また来るのならばと、卯月は渋々引き下がってくれたのだが、今度は再会を予期させる別れの挨拶に引っ掛かりを覚えたセリカさんが咎めてきた。


「また?また『たそがれの森』へと訪れると言うのですか?このしっぽに逢いに?相手がまだ、草食のうさぎだったから良かったものの、一歩間違えれば獰猛な獣に噛み殺されていたかもしれないのですよ?」


 セリカさんが、あたしの身を心配して言っているということはわかっている。


「でも、あたしは……花姫が駆け落ちするなら森、というか獣族の国までついて行くつもりだったし……」


 俯きながら今後の予定を大雑把に話すと、セリカさんは衝撃のあまり、立ち眩みを起こしたように額と目元を押さえながらよろめいた。

 その逆に、卯月は耳をぴんと張って、こっちに来るの?と期待に満ちた目をしてあたしを仰ぐ。


「獣族の国になど……っ、行かせられるはずがないでしょう!悍ましい獣たちがうじゃうじゃといるのですよ!」


「だけど……」


 肩を窄めて縮こまったあたしにセリカさんは怯み、苛烈な憤りを一気に萎ませた。

 それから切ない囁き声で、自嘲するように尋ねてきた。


「私といることが、それほどお嫌ですか……?」


「そんなことは……」


「ならば、行かないで下さい。一緒に姫様を説得しましょう?」


 それは……出来ない。


 拒絶の意味で、あたしは屈み、きょとんとしている卯月を抱き上げた。

 卯月は突然訪れた幸運に歓喜し、あたしの胸元をくんくんと嗅いでは陶然としている。

 変態っぽい卯月を抱っこしたことを早々に後悔しかけたあたしの瞳に、顔をくしゃりと歪ませたセリカさんが映った。

 彼は涙声で、あたしへとちょっとずれたことを尋ねてくる。


「……そのうさぎを、選ぶのですか」

 

 いやいや。何言ってるの?


「あたしが選んだのは、ジエラだよ」


「ですが、姫様はまだ決断をされておりません。冷静に考えれば駆け落ちなど愚行であると、十分理解してくれるでしょう」


 駆け落ちが必ずしも正しい訳じゃない。

 それにこの場合、純粋な駆け落ちとは少し趣が違う。

 獣族側は受け入れ体制万全だろうから、獣王様が花姫を娶る形の普通のお輿入れと考えるべきだ。


 つまり敵国に自国の姫を拐われる形で……って、あれ?これでは表現が悪過ぎる。

 簡単かつ、同情を誘えそうな要約をすると……。


「駆け落ちに見せ掛けた……亡命?」


「亡命……ですか?」


 セリカさんはぱちぱちと目を瞬いた。

 亡命なんていう概念がこの世界には存在しなかったらしい。

 

「だったら、えぇと……」


 説明に窮したあたしに、もふもふ卯月が助け船を出した。


「獣族は番いとなる唯一の者を生涯愛しむ」


 普段はほとんどうさぎ姿で話さないのに、あたしかもしくは獣王様の味方につくために、ちょっとびっくりした様子のセリカさんへと問い掛けた。


「花族の男。お前、懸念は何だ?」


 卯月は、訊くだけ訊いたら後は放置で、良い仕事したからご褒美くれてもいいよね?とあたしの胸に頬を擦り寄せてきた。

 すりすりに耽る卯月へと、俯いたセリカさんはぽつりと心情をもらした。


「姫様が……あちらで幸せに暮らせるという保証はあるのですか?」


 やっぱりセリカさんは、花姫の幸せを一番に考えている。

 卯月の言葉が効いたのかもしれない。


 セリカさんから、歩み寄りに近い質問がもたらされたというのに、卯月はあたしへのセクハラに忙しく返事をしない。

 だからあたしが、あたしの主観で思ったことを素直に告げた。


「あのお方なら、ジエラを守れる力がある。ジエラがドジをしても許せる包容力も。だけど何より、ジエラのことを想ってると、あたしは思う。お互いが大切に想い合うから、幸せなんじゃないかな。……それよりも大事なことがあるなら、教えてよ」


 間があった。だけど、


「…………ありま、せん」


 それは、セリカさんが折れた瞬間であった。

 

「じ、じゃあ……?」


「ですが!」


 喜色を浮かべかけたあたしは、中途半端な状態で一時停止を余儀なくされた。

 セリカさんにはまだ、全面的に受け入れられない何かが残されているらしい。


「獣族の国で、姫様が丁重に扱われるということは理解しました。ですが、貴女を守る者はいないではありませんか」


 あたしは花姫があっちに渡ったのを確認してから、元の世界へと帰らせて貰うつもりだった。

 だけど花姫次第なのですぐに帰還可能かと問われたらわからないと言うしかない。

 その間、あちらに滞在することになっても、何とかなる気がしていたのは甘い考えだったのだろうか。


 卯月は、自分がいる!と主張してふんふん言っているけど……。

 卯月には、無理じゃないかなぁ……。

 美しっぽ追い掛けてどこか行っちゃいそうだし。

 

「どうしても行かれるのですね?」


 その最終確認に、あたしより先に卯月が頷いた。

 頷く手間が省けたと、呑気に構えていたあたしに、セリカさんは決意の表情で、こう告げた。



「私も、ついて行きます」



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