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三十三話、しっぽ談議。


「それで、どうして来ちゃったの?」


 終わりのない無駄な会話に疲れ、草の絨毯に礼儀正しく座って休憩を挟むセリカさんへと、あたしは伸びた胸元を押さえつ問い掛けた。


「貴女が突然消えたからでしょう?」


「突然、……消えた?」


「まさか、ご自分で自覚のないままに森に訪れたのですか?」


 そんな夢遊病みたいな……。

 寝てたら勝手に森に転送されていた、というのが近い気がする。

 体の疲れも取れてないし。


 すると片膝を立ててリラックスしていた卯月がきょとんとして、あたしの顔を覗き込んできた。


「お前、俺に逢いに来たのではないのか?さっき、あれほど親しく戯れたのに?」


 いつ親しく戯れたんだろう……。撫で撫でしたからかな?


「俺のしっぽを執拗に撫でさすり、興奮していたではないか」


 真顔で言った卯月の台詞を耳にし、セリカさんの目にはじわりと涙が浮かんだ。

 

 執拗に撫でさすってたのは紛れなもない事実だけど、その行為がもふもふうさぎ側からは、変態の所業みたいに思われていたことが、軽くショックだ。


 卯月とセリカさんの間に挟まれたあたしは、両側から突き刺さる非難の眼差しに縮こまった。


 なんであたしがこんな、肩身の狭い思いをしてるんだろう……。


「う、卯月のしっぽは、もふもふで……可愛いくて、触らずにはいられなかったというか……」


 言い訳じみたあたしの言葉は結果としてしっぽに対する賛辞で、気を良くした卯月は当然だとばかりに頷いた。


「日々手入れは怠らないからな」


 さっきも耳を毛繕いしてたし、卯月は案外綺麗好きなのかもしれない。

 それを面白くなさそうに聞いていたセリカさんが、しっぽに批判的なことを呟いた。

 

「……しっぽなど、飾りではないですか」


 それを受けた卯月は、挑発するようににやりと笑む。


「しっぽが羨ましいのか?花族の男にはないものだからな。しっぽの虜となったこの女はいずれ、俺の子を孕む」


 まだ諦めてなかったのか……。


「そうはさせません!芽生さんは私と、その……」


 言ってる途中で急速に赤くなってしまったセリカさんは、最後まで口にすることが出来ずに、ふいっと顔を背けてしまった。

 彼の濁した部分を察してしまったせいで、あたしも頬が熱くなる。


「お前、花族の男などで満足出来るのか?うさぎは繁殖力が凄まじいからな、まず賑やかな家庭を築ける。俺に似たもふもふの子うさぎを、抱きたくはないか?」


 卯月はすかさず、うさぎと契る利点をプレゼンしてきた。

 卯月に似た子うさぎは抱っこしたいけど、別によその雌うさぎとの子で全然構わない。

 出来ればライオンラビットとの子うさぎで、さらにもふもふ度を倍増させて欲しい。


 とは言え卯月。産む方の苦労はこれっぽっちも考えてないよね?

 あたしは次から次へと子を宿せないからね?過剰受胎とか、無理だから。

 うさぎはイースターでは豊穣のシンボルだし、子だくさんが当たり前なんだろうけど……。


 イースター・バニーとなったもふもふ卯月が、カラフルな卵を子うさぎたちに配るという何とも胸が踊る想像に耽り始めたあたしに、むっとしたセリカさんが提案してきた。


「しっぽがお好みでしたら、綿畑に案内致します」


 セリカさんはいい加減、綿から離れようよ……。


 呆れているあたしの横で、卯月がセリカさんに真っ向から異論を唱えた。


「しっぽは、綿とは違う。しっぽは生きているが、綿は――――死んでいる」


 卯月、溜めたなぁ……。


「死んでいません!」


 セリカさんが憤慨したけど、あたしも綿は生きていないと思う。

 人間で言う、髪の毛とか爪みたいな……切っても平気な印象がある。

 大体あれって、繊維でしょ?花姫の普段着とか、全部オーガニックコットンじゃん。


 あたしがしっぽの魅力に取り付かれて綿を蔑ろにするせいか、セリカさんはわなわなと震えながら、浮気したけど開き直る妻に愕然とする夫の表情で、膝の上で拳を握り締めている。

 そんなセリカさんへと、卯月はしっぽについて滔滔と語りだした。


「しっぽとは、相手にどう見せれば魅せられるかを常に計算されて動かされる、魅惑の存在だ。例えば、猫のしっぽ。体の安定を目的として利用していた時代は、とうの昔に終わりを告げた――――。あのしなやかで躍動感のあるしましまのしっぽへと、俺は本能のままに飛び掛かった。だと言うのに、何故肉球で殴られなければならなかったのか。しっぽを揺らめかせて誘惑してきたのは、あちらだというのに……」


 卯月が、解せないと首を捻った。


 煩悩のままに襲い掛かったからじゃん!

 しかも猫にとか、勇気あるな!一歩間違えば捕食されてるからね!?


 卯月の柔らかそうな肉が裂かれて猫の胃袋を満たさなくて本当に良かった。

 だけどほっと安堵するあたしとは違い、セリカさんはさぁっと青ざめ、改めて獣への恐怖心が高まってしまったようだった。


「何て獰猛な……」


「そうだろう?」


 やや擦れ違ってる気もするけど、距離が縮まり掛けてるので、あたしは口を挟むのを止めておいた。

 セリカさんが、卯月という愛玩動物から慣れていき、獣族に対する嫌悪感や恐怖心を解いていってくれることを願い、あたしは大人しく彼らの会話へと耳を傾けた。


「しっぽとは綿のような無害なものだと認識しておりましたが、まさか食虫植物寄りだったとは……」


 慄くセリカさんの言葉を聞いた卯月は腕組みをし、何かを回想するかのように瞑目すると、こくりと一つ頷いた。


「食虫植物とは言い得て妙だ。――――あの日もそうだった。しっぽの深奥から溢れる馥郁たる香りに酔い痴れた俺は、衝動を押さえきれず、そのふかりと丸いしっぽへと歯を立ててしまった。間髪入れず、後ろ足で顔を蹴られたが」


「ならばしっぽとは、時折間違えて使い魔を捕食する、ウツボカズラのような危険なものなのでしょうか?」


 セリカさんの質問に、卯月は、いいやと首を振る。


「しっぽの恐ろしいところは、その依存性にある。一度触れたが最後、しっぽを求め、昇華出来ぬ悶々とした日々に思考を侵され、しっぽのことが片時も頭から離れなくなる」


「なっ……!しっぽとは、綿のような見せ掛けで食虫植物の捕食能力を携えながら、ケシの性質を合わせ持つと言うのですか!」


「お前、驚くのはまだ早い。しっぽを語る上で欠かせないのはやはり、その触り心地だろう。触る側だけではなく、触られる側も、えも言われぬ快楽がその身を燃やす。しっぽで戯れる行為、それ即ち睦み合いに他ならない!」


「そんなっ……!」


「しっぽの魔力に、平伏すが良い」


 地面へと両手を突き項垂れたセリカさんは、草をぎりぎりと握り締めて敗北を味わい、卯月は、ふふんと自慢げに口角を上げて勝ち誇っている。



 ……うん。どうやら獣族と仲良くなろう作戦は、失敗だったようだ。



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