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三十一話、花姫の使い魔。


 獣王様が花姫に、駆け落ちという選択肢を提示した。

 花姫の人生を背負い共に生きていこうという覚悟が、その一言の筆致から表れている。

 あたしは身震いしながら、混乱している花姫の手に便箋を握らせて、獣王様の代わりに決意の表情でそれを告げた。


「駆け落ちしようって、言ってるんだよ」


 花姫は放心したように赤くした目を丸くして、あたしの言葉を繰り返した。


「か、駆け落ち……?」


 その不穏な響きをセリカさんが聞き逃すはずもなく、あたしへと矢継ぎ早に質問をしてきた。


「何を仰っておられるのですか?その手紙は何なのですか?姫様は何故泣いて……いえ、それは重々承知しておりますが」


 セリカさんに話して良いものなのだろうか。

 獣族を嫌うこの国の一般的な考えを持つセリカさんが、理解を示してくれるとは思えない。

 

「駆け落ちを……わたくしが……?国を、捨てる……?」


 花姫は虚ろな瞳で体を起こして、ふらつきながらもソファへと掛けた。

 獣王様の手を取り逃げたいという気持ちと、花姫として国を治めなければならない使命感との狭間で揺れている。


 これは花姫が決断すべきことだ。誰の意見にも惑わされずに、自分で決めないと絶対に後悔する。

 だから、悩んで苦しんで傷付いて、それで出した答えになら、あたしは従おうと思う。

 なので、獣王様を選べと訴え掛けるこのどうしようもない顔を、あたしは両手で覆い隠した。


 何故あたしの顔は、こうも心情をぺらぺらと饒舌語ろうとするのか……。

 

「――――芽生さん!姫様も!駆け落ちとは一体何なのですか!」


 除け者にされていたセリカさんが、痺れを切らしてあたしの顔から両手を外させると、纏めてきゅっと握り、逸らさぬようしっかりと目を見据えて問い詰めてきた。


 あたしだったら、幼い頃から世話してきた子が、自分に全てを隠し通したまま駆け落ちしてしまったら、やっぱり哀しい。

 何で相談してくれなかったのかと、怒るかもしれない。

 だけどセリカさんは、自分を責めてしまいそうだ。

 何か至らないところがあったのだと、心に引き摺った思いを抱えて、どこか遠くへと行ってしまいそうな気がする。


 あたしが重大な事実を告げるためにその場で正座をすると、セリカさんが同じように膝を詰めて座った。


「えっとね、……セリカさん」


「はい」


「あの、驚かないでね?」


「それは内容次第ですので、断言しかねます」


 融通の利かないセリカさんに、あたしは様子見で小さめの爆弾から投じた。


「ジエラには、慕っている御方がいるの」


 それは薄々勘づいていたのか、セリカは瞬き一つしただけで話の先を促した。

 あたしは一応花姫の方を窺ったけど、意識がごっそり抜け落ちた殻だけだったので、諦めて続きを話すことにした。

 

「花姫はその御方と、駆け落ちするかで悩んでるの」


「駆け落ちなどせずとも、宰相様との婚約を解消して頂き、正式にその御方と婚約をすれば良いだけの話ではありませんか」


 セリカさんの頭には、相手が獣族だなんて考えがこれっぽっちないみたいだ。

 これは遠回しに言っても通じないだろう。

 ならばと、あたしは大型のミサイルをぶち込んだ。


「その御方は獣族なの」


「獣族っ……!?花姫様!いけません!」


 あたしの話の途中で投げ出し、セリカさんは恐ろしげな形相で叫ぶと、脱け殻花姫の肩を揺さぶった。

 頭を右へ左へぐわんぐわんと撓わせているが、精神世界に行きっぱなしの花姫は帰ってくる様子はない。


 仕える姫様を、ここまで乱暴に扱う守り役はどうなの?


 あたしの疑問など露知らず、セリカさんは花姫へと懇願を続けている。


「花姫様!獣族などという野蛮な種族に惑わされるなど、あってはならないことです!どうかお考え直し下さい!」


 花姫はセリカさんの手によって、本当の意味での意識を失い、背凭れにぐたりと酔い潰れた。


「姫様!何とか仰って下さい!」


 いやいや、セリカさん自ら花姫を話せなくしてるから!揺さぶれば揺さぶるほど駄目だから!


 あたしは、瞼の下で恐らく白目をむいているであろう花姫から、セリカさんを引き離した。

 するとセリカさんは、はっと何かに気付いた様子で立ち上がると、ドアの方へと足早に向かっていく。


「ど、どうしたの……?」


「お父上にご報告を」


「ま、待って待って!」


 そんなことしたら花姫が軟禁される!

 そしてそれを好機とばかりに、髭宰相が忍んで来るに決まってる!


 セリカさんの腰にあたしは背後から抱き付き、引き止めようと奮闘する。


「駄目だって!ジエラを裏切るの!?」


「は、離して下さいっ!貴女に言われようと、こればかりは譲れません!」


 足はあたしの方が速かったけど、力では敵わない。

 爪先で踏ん張るあたしを腰にぶら下げ、セリカさんは体勢を低くし、ドアへと踏み出していく。


 あああ……!どうしよう!何かこの場を切り抜ける策はないの!?


「えっと……、他種族だから駄目だって言うなら、あたしとセリカさんも駄目ってことだからね!」


 これは効いたらしく、セリカさんがぴくりと反応して足を止めた。

 あたしは海老反りという苦しい体勢で、ほっと胸を撫で下ろした。

 それからセリカさんから離れて、何とか行かせないようにと考えを巡らせている間に、彼はこちらへと体を向けて真顔で言った。


「……そうは言っておりません。芽生さんは、獣族の者ではありませんので」


「もしあたしが獣族だったら?」


「その質問に、意味はあるのですか?」


 セリカさんは怪訝そうにあたしを見下ろしている。

 確かにあたしは獣族じゃないけど、仮定の話でも付き合ってくれても良いのに。


「貴女が獣族であるなどと、想像したくもありません」


「それって……あたしが獣族だったら、好きになってないってこと……?」


 それは結構……酷くない?

 貴女が獣族であっても……、みたいな台詞を待ってたあたしがおかしいの?

 

 あたしはセリカさんから後退りをして距離を取った。

 このわからず屋の唐変木より、あたしは花姫の味方をする。


 恋は一瞬で冷めても、女同士の友情は永遠だ!

 セリカさんが父上殿に告げ口している間に、あたしは花姫を担いででも森に行って、二度とこんな国には帰って来ないんだから!


 あたしの眼差しに冷ややかさが混じったことで、セリカさんは動揺した声音で言った。


「め、芽生さん……?」


 さらっと無視したあたしは花姫の寝室へ行き、一番大きいサイズの鞄に服を詰め始めた。


 備えあれば憂いなし。花姫がどっちを選んでも良いように、準備しておこう。

 無駄になったら、また元通りクローゼットに吊るすだけだし。

 

「芽生さん……?何を、なさっているのですか……?」


 見てわからないかな?

 夜逃げっぽくもあるけど、駆け落ちの準備ですよ。


「セリカさんはあっちの味方なんでしょ?……早く報告に行ったら?」


「――――っ!」


 それがセリカさんの仕事なら仕方ないよ。あたしだって、それが悪いこととは思ってないから。

 でもあたしは花姫の使い魔だから、この国の王にも逆らうよ。

 はっきり言って従う義理もないし。


 セリカさんは、家を出ていこうとしている妻を引き止められずに悄然とする情けない夫のような表情で、寝室の入口で立ち尽くしている。


 黙々と作業をしたあたしは、二、三日分の衣類を詰め終え、枕を二つ両脇に挟むとセリカさんを押し退け寝室を出た。

 まだ意識を飛ばしている花姫の隣に枕を置き、あたしは必要になりそうな日常品を片っ端から鞄へと押し込んだ。


 国が違うから通貨も違うよね。

 だけど念のため、いくつか宝石でも入れておこうかな。換金出来るかもしれないし。


 あたしは花姫のジュエリーボックスから、値の張りそうな宝石を、鞄の脇についた小さいポケットにごろごろ落とした。

 例の巨大ダイヤも最後にしまって、一先ず終了。


 後は花姫の意識が回復するのを、待つだけだった。



枕は二つ抱えているのに、服は一人分しか詰めていない、ちょっと抜けている芽生です。

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