二十七話、使い魔の宝探し。
「支度は終えたのか」
ジエラはびくんっと肩を跳ねさせて、父上殿へとこくこく頷いてみせた。
父上殿の威厳に花姫はびくびくとして、縮こまりたいのに叱られるからか無理してしゃんといる。
セリカさんはさっきまでの妄想なんかまるでなかったかのように、いつの間にか花姫の後ろへと控えていた。
「今日の夜会は重要な夜会だ。お前はそのような情けない顔をして会場入りする気なのか。花姫として、何故堂々としていられんのだ」
きついお言葉に、ドアを挟んだ安全地帯のあたしまでぶるりと震えてしまった。
あぁ……花姫。折角セリカさんが直した顔を、崩さまいと目を見開いて堪えている。
ちょっと……恐い。いや、かなり恐い。
「何をしておるのだ。そのように珍妙な顔付きを人前に晒す気ではあるまいな。例の使い魔の悪影響ならば、早々に処分してしまうが良い」
さらっと父上殿が吐き捨て、花姫とセリカさん、そしてあたしは揃って震え上がった。
掴んでいたドアノブが、かたかたかたっと小刻みに音を立てる。
あたし、花姫に悪影響なんか与えてませんよ!?
こっちの言い分も聞かずに処分だなんて!横暴だ!王様か!……いや、王様か。
突然のあたしの処分宣告に、花姫がおずおずと反論をした。
「あ、あの使い魔は、わたくしの使い魔です。処分など可哀想なことは、致しません」
「ならば確と教育し直すが良い。奇妙な顔で歩き回り、方々で問題を起こしていると伝え聞く」
えぇぇ!?初耳なんだけど!
あたし、何もしてない!無実だ!冤罪だ!
「人目を忍び森へと出掛け、侍女たちとは軋轢を起こし、苺畑の蜜蜂たちを掌握しただけでは飽き足らず、終いにはリリアまで唆して惑わしたというではないか」
見に覚えが有りすぎて、あたしはがっくりと項垂れた。
反論の余地なく、有罪が確定してしまった……。
「そんな……。リリア様を……」
「良いか。次はないと思え」
「はい……。言い聞かせておきます」
何か色々納得いかないけど、どうにか処分を免れたあたしは、脱力してドアへと寄り掛かった。
「ならば行くぞ」
父上殿の声を最後に、会話は聞こえなくなった。
かすかな足音とドアの開閉の音がしたので、皆夜会へと出掛けて行ったのだろう。
あたしは深い息を吐き、寝室から這い出した。
誰もいない室内で、今の今まで花姫が座っていた温もり残るソファへと雪崩れ込む。
その内あたし、本気で処分されそう……。
こうなってくると、獣族臭を迅速かつ密やかに洗い落とすことを当面の目標に設定しなくては……うん?何か忘れているような……。
あっ!しまった!恋文の返事を渡し損ねた!
あたしはポケットを探り、紙の感触がそこにあることを確かめた。
前転とかしたけど、くしゃくしゃにはなっていなさそう。
ここ、花姫の部屋だし、机とかに置いておいても良いかな?
だけど、手渡しの方が確実に安全だよね……。
お風呂に持っていくのも、危険だしなぁ……。
湿気ったり盗まれたりしたら、今度は獣王様に処分されてしまう。
良し!一時的にどこかへ隠すか。
あたしは花姫の部屋をぐるりと見渡して、最適な隠し場所を探すことにした。
引き出しの裏側に貼り付けるとか本に挟むとか、いかにもな場所はなるべく避けないと。
花瓶の中は濡れるし、絨毯の下にして踏みつける勇気はあたしにはない。
どこかいいかな……。
あたしはソファでばた足をしながら、無意識に背凭れの隙間に手を突っ込んで、ごそごそと探った。
程よい深さに、はっとする。
もう、ここでいいんじゃないかな。
だけど隙間に手のひらをスライドさせていると、ちょいちょい異物が指に当たる。
この細長いのはペンかな?こっちの薄い紐みたいなのはリボン?
それでこのごつごつしたのは……。
感触で何か当てれず、手のひらで掴み取り救出したその物体を眺めて、あたしはぎょっとしてソファからずり落ちた。
こ、この虹色に反射する石は……ダイヤモンド!?
あたしの手のひらに鎮座していたのは、ブリリアントカットされた、特大ダイヤモンドの指環だった。
ああもう!何カラットなのか想像したくもない。
あたしの手で握ってちょうどしっくりくるぐらいの大きさの石だから……いやいや、考えるな。考えたら負けだ。
それにもしかしたら、この世界ではダイヤモンドなんて、路肩の石ころと同等の価値しかないのかもしれないし。
しかし花姫、だらしないにも程がある。
こんな目立つ指環、なくしたことに気づかないなんて。
そういえば、ドレスも出しっぱなしだったよ。
セリカさんの苦労が報われる日は来るのかなぁ……。
あたしは遠い目をして花姫の将来を憂いた。
だけど今は花姫の未来よりも、あたしの明日だ。
ダイヤの指環をジュエリーボックスにしまい、獣王様の手紙を、無難に壁に掛けられた謎の絵画の裏へと隠すことにした。
見たまま素直に表現すると、幼稚園児がクレヨンの茶色と黒色を片手に掴んで、嬉々として塗り潰したみたいな絵だ。アクセントとして金色の丸が二つ、等間隔でならんでいる。
あたしの感性を極限まで高めた表現だと、茶色と黒色の草原に金色の花が二輪咲いた絵。
その抽象画を床に下ろして裏返し、額を外すと、驚くことに先客がいた。
紙幣らしき紙が数枚、無造作に挟まれていたのだ。
何これ、へそくり?姫なのに?
父上殿も花姫に厳しいし、お小遣いの額で冷遇されてるとか?
それとも、城を抜け出して城下に行くための貯金?
理由は何であれ、お金と大事な手紙を一緒にしておく訳にもいかず、あたしは絵を元の場所へと寸分違わず掛け直した。
初っ端から当てが外れてしまった。
花姫と思考が重なっていたことに、少なからずショックを受けつつ、あたしは空っぽの屑篭に目を付けた。
中身のない屑篭を、誰も裏返したりはしないはずだ。
その屑篭を持ち上げると、底に張り付いていたのか、ひらりと破けた紙の切れ端が出てきた。
あたしはそれを手に取り、不思議と読める文字へと目を走らせた。
うん?何何、……どれほど恋焦がれようとも、雪解けの訪れぬわたくしの心は、貴方様へと捧げられぬまま踏み荒され、穢れた足跡を固く刻み込まれることで不毛の地となり、芽吹くことさえ許されず、貴方様と過ごした春の陽だまりに包まれた日々を追想しては、残酷な時の流れにより風化していくことを恐れ、醜悪な黒雨を止まることなく降らせ続けることで大地はさらに痩せ細り……恐っ!何これ恐っ!!
あたしは花姫に宿る深い心の闇を握り潰して、屑篭へと廃棄した。
獣王様に渡した恋文には、まともな文章を書いていることを切に祈るだけだ。
気を取り直したあたしは、怪しげなお金や不幸の手紙が挟まっていなさそうな場所を探した。
次の候補は不思議な形をした陶器の中だ。
持ち上げた感じで空洞になっていそうだった、四本足のぐにゃぐにゃした置物。
左側にはやけに尖った鉛筆の先みたいな構造で、右側は燃え盛る炎のようになっている。
花姫のセンスを疑いながら、あたしはひょいっと底を返した。
その空洞にはすでに、丸められた血塗れのハンカチがぎっしりと隙間なく詰められてた。
あたしは無言で陶器を置き、この数分で垣間見た全てを、余すことなく記憶から抹消した。
そして腕を組んだあたしは瞑目して一つ頷き、結論を出した。
この部屋はすでに、花姫に冒されている……!
こんな嬉しくない宝探しはいらない。
仕方ないのであたしは寝室に戻り、枕の下に手紙を忍ばせた。
これは良い夢が見れそうな気がする。
内容がわからないから、何とも言えないが。
寝台に散らかるドレスを纏めてクローゼットへと掛けてから、獣族臭ともやもやしたこの気持ちを洗い流すために、あたしは花姫の部屋を後にした。




