二十四話、獣王様の手紙。
俵担ぎだったあたしは荷物のごとく下ろされ、獣王様へと献上された。
下生えがあるから良いものの、剥き出しの地面だったらお尻が痛かっただろう。
御前で座りっぱなしもないかと、あたしはそろりと立ち上がり、獣王様と卯月の両者を第三者的立場で静観することにした。
獣王様は本日も羽織なしの着流しで、黒の着物が風雅で良くお似合いだ。
茶色い甚平をはだけさせた卯月が、獣王様の男前さを引き立てているのかもしれないけど。
獣族は和装の国らしいと、あたしはこの二例だけで判断した。
これは女性の衣装が気になるところだ。
あたしが獣族の服装に興味を抱いている間も、卯月は片膝を突いて恭しく頭を垂れていた。伏せたその顔は、獣王様のお声を耳にした時から変わらず引き攣りっぱなしだ。
木の根に腰掛けた獣王様は、そんな卯月を見下ろして、威厳のある一言を仰った。
「所構わず盛るでない」
「しかし、王。目の前に据え膳があったら、食わぬが恥と言うではありませんか」
あたしは据え膳じゃない!と伝えなくても、獣王様のことだからわかってくれていると思う。
だって、目つきが冷ややかだから。
「もう良い。卯月の言を聞く耳など持ってはおらぬ」
獣王様はそう言って、卯月を射殺しそうな眼差しで貫いた。
動物の勘なのか、俯いていた卯月は竦み上がり、震えたと思ったら瞬く間にもふもふうさぎへと可愛い変貌を遂げた。
視点が低くなった卯月は、きょろきょろ辺りを見渡し、あたしを見つけると情けなく縋り付いてきた。
潤んだ瞳であたしを見上げ、後ろ足でちょこんと立ち上がると、あたしの脛を短い爪でカリカリしだす。
もふもふうさぎが、スカートの上からあたしの足を健気に引っ掻き、抱っこ抱っことせがんでいる……。
可愛、可哀想なので、あたしはふかりとした脇に手を入れて、卯月をそっと抱き上げた。
触り心地はもふもふしてるから気持ちよく、ずっと抱いていても良いかなとも思うんだけど、隙あらば胸に顔を突っ込もうとしてくるから鬱陶しい。
もぅ。いい子にしてないと、獣王様の膝にのせるからね。
め!と叱ると、卯月は一度ふるりとして神妙な顔になった。
獣王様が相当恐いらしい。
「捨て置けば良いものを」
卯月があたしに泣き付く振りをして、鼻先を胸に擦り付けてきたので、抱き方を変更した。
獣王様の方を向くようにすると、卯月はぬいぐるみのように、はたりと静まり返った。
獣王様にてろんとお腹を見せて、胴も足も伸びきっている。
初めからこうすれば良かったかな。大人しい卯月は可愛いし。
「我が使い魔よ。返事を如何様にして届ける?」
あ、そっか。鞄を忘れてきちゃった。
ここはポケットでお願いします。
かなり失礼だけど、卯月を片腕で抱えて獣王様に近付き、空いている方の手で手紙を受け取った。
宛名には流麗な文字で、『麗しき乙女へ』と記されている。
それは良いんだけど……、花姫の重たい書簡とは比べ物にならない、素っ気ない薄さ。
たぶん……一枚しか入ってない気がする。
これは、どう受け止めればいいのかな……。
返事が貰えただけで万々歳?
「明日、同時刻にて待つ。急ぎ届けよ、我が使い魔」
承りました!速達郵便で行って参ります!
あたしがぴしりと敬礼すると、卯月が、「えーもう帰るのー」と不満そうにふんふん鼻を鳴らすので、あたしは獣王様へと、煩悩うさぎを丁重に返却することにした。
抱っこの要領で受け取ってくれるのだと誤解していたあたしの目の前で、獣王様は迷うことなく卯月の長い両耳へ手を伸ばした。
じ、獣王様?うさぎは、耳を掴んで持っちゃ駄目なはずで……。わざとですか……?
当然じだじだ暴れて嫌がった卯月は、あたしの手をぴょんっとすり抜け、宙で一回転し、地面へと華麗に、たすっと着地した。
流れる動作で地面をだんっと蹴り上げ、脇目も振らず逃亡していった。
あの走り様は、いつ見ても可愛いなぁ。
ほっこりとして気分でいると、獣王様の怪訝そうな呟きが聞こえてきた。
「あれを可愛いと?……解せぬ」
難しい顔で卯月が走り去った方を見据える獣王様に一礼をして、速かなる任務の遂行のため、あたしは花門へと向かう。
重責を負ったその背に、獣王様のやんわりとした制止の声が掛けられた。
「待て。花門は使わぬが良い。門の彼方で、不穏な悪意が漂うておる」
あたしからしたら、いつもの不穏な暗闇なんだけど……。
でも獣王様が言うんだから、向こうで何かあったのかもしれないよね。
もしかしたら、髭が待ち構えて……?
ぞっとするあたしに、獣王様は慈悲深く穏やかな笑みを浮かべてから、短く声を発した。
「――――白帝」
するといつの間にか、うさぎ様があたしの横に並んでいて、思わずぎょっとした。
卯月の後は、特に大きく感じるお体。
俗物的な卯月と比較するのも申し訳ないくらい、うさぎ様は目映い神々しさで輝いていた。
……いや、輝いている。言葉通りに、輝きをはなっていた。
「う、うさぎ様……?微妙に、きらきらしてませか……?」
「何」
「いえ、光って……」
「何」
「銀に……何でもありません」
「ならば良い」
星屑のシャワーでも浴びてきたのか、うさぎ様の毛が風に靡く度、白銀色に煌めいていた。
な、何があったの……?
獣王様も、何か言ってあげて下さいよ。
あたしが訴えるまでもなく、獣王様はゆるりと立ち上がるとうさぎ様を仰いだ。そして袖に手を入れて、笑いながら言った。
「白帝よ。斯様に煌やかであると、虫が寄って参るぞ」
獣王様!?まさかのうさぎ様を夜の街灯扱い!?
虫は……うん。集まってない。
獣王様の揶揄に、うさぎ様は眉間に皺を作ると、ぴしゃりと言い返した。
「その様な愚かなる虫なぞ、一匹しかおらぬ。憐れ蜂のみぞ」
うさぎ様に集る蜂はどこに……って、あたしのことですか!?
うさぎ様ぁ……。酷くないですか?
あたしの飛び付きたいという衝動と、虫の正の走光性を一緒にしないで下さいよ……。
獣王様はくつくつ笑ってるし、うさぎ様はしれっとした顔をしている。
「獣王。娘を送れと?」
「左様。未だ加護を巧みに使用出来ぬようだ」
「ふむ」
うさぎ様は頭を上下に振って答えた。
いやいや!「ふむ」、じゃないから!素振りしながら、よく「ふむ」言えましたね!?
うさぎ様はあたしという打点から夜空への距離を目測し、すでにシミュレーションに入っている。
その立派な長い耳は飾りですか……。いや、あたしは声に出してないから、うさぎ様を非難するのは御門違いだけど……。
「白帝は、此の使い魔を気に入っておるよな」
主にボールとしてですけどね!
うさぎ様は自分の玩具を誇るように目を細めた。
そして獣王様に、いかにあたしが良く飛ぶか見せつけるために、寸分の無駄もない構えをした。
あたしの背中は冷や汗で服が張り付くぐらいになっている。
「必ずや、我が麗しき乙女へと届けよ」
獣王様はあたしを見据えてそう言った。
命令だけど、懇願されたようでもあった。
あたしはオプションに書留を追加した。
ポケットの上から手紙があることを今一度確認する。
何が何でも、これを届ける。
あたしの中に、使い魔としての矜持が宿った。
そのせいで、すっかり背後に回っていたうさぎ様のことを失念していた。
ひゅんっ……どん!
無警戒だったあたしの体は、夜空高くへと打ち上げられた。
そこの二名!たまやー、みたいな顔しないでよぉぉぉーーーー!!




