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二十二話、使い魔の憂鬱。



 はぁ……。とため息をつくと、ストベルおじさんがもぎたての苺を一粒くれた。

 日差しをたっぷりと浴びた苺は、糖度が高くて瑞々しい。

 今朝渡されたお弁当に、さらに彩りが増えた。


「今日は、守り役はおらんのじゃな」


 うぅ……、今一番痛いところをストベルおじさんが突いてきた。

 心境的にはその農具で心臓を一突きだ。

 午前中、無心で働いて忘れていたはずの感情が、刺された部位からじわりじわりとぶり返してくる。


 ――――セリカさんがあたしを避けている。


 昨日のことよりも、こちらの方が応えた。

 目を合わそうとしないし、話し掛けてもこない。

 お弁当は花姫の手作りだし……。


 あたしは膝の上に広げた弁当箱へと目を落とした。

 嫌がらせなのか、野菜や果物を兎に角たくさん詰めただけのお弁当だ。

 弁当箱を空けて、まさか丸ごとのレタスと出逢うことになろうとは、昼休憩まで思ってもみなかった。

 レタスを一口サイズに千切り食べていると、無性に切なくなってくる。


 あたし、何をしてるんだろう……。

 セリカさん、もう仔犬みたいにくっついて来ないのかな……。


 それを寂しいと思うのは、もう手遅れな証拠みたいで、またあたしの唇からため息が一つこぼれてしまった。

 

 しかし。憂鬱を絵に描いたようなあたしへと、何故かさっきから妙に熱心な視線が向けられている。

 かなり離れた木の陰から、白銀っぽい片耳……じゃなくて髪の毛が覗いているので、一応誰かはわかっている。

 ちらっと見遣ると、彼女は慌てて木の幹へと身を潜めた。


 あの動き……間違いなく、リリアちゃんだ。


 初めはお団子少女かミツレの新たな苛めかとも思ったけど、悪意は感じられなかったので放置している。

 だけどさすがに、見られ過ぎて居心地が悪い。

 自分で言いたくないけど、珍しい生き物の生態観察みたいな目をしている。

 あたしが苺を齧ると、再びリリアちゃんの顔が幹から覗いた。

 その手には、紙と鉛筆が握られている。


 あれ……?何か書き記してる……?

 観察日記とか生態記録なんじゃ……。

 も、もしかしてあたし、自由研究の対象なの!?


 あたしの表情の変化に、距離を忘れてリリアちゃんがびくっとした。

 咄嗟に蝉のように幹へと抱きついて、何とかやり過ごしている。


 ああ……可愛い。憂いが霞み、頬が緩みそう。

 あ、ストベルおじさんも、同じような顔をしている。

 何と、蜜蜂たちも。

 リリアちゃんを見守る会が結成された瞬間だった。


「離宮のお嬢ちゃんも、大きくなって」


 しみじみとストベルおじさんは言った。

 城で見掛けないとは思っていたけど、離宮住まいだったのか。

 やっぱりどこぞの高貴なお嬢さんらしい。


 あたしが観察対象として側転でも披露しようかと考え始めたところで、リリアちゃんの向こうからばたばたと数人の女性たちが走ってくるのが臨めた。


 あれは……リリアちゃんの侍女、かな。

 捜し疲れてるのか、体の軸がぶれてへろへろしてる。

 侍女って、主次第で大変な仕事だよねぇ……。


 あたしが感心している内に、リリアちゃんは彼女たちに取り囲まれて、抵抗虚しく御用となった。

 連れていかれる際、名残惜しそうにあたしへと一度振り向いたので、まず間違いなく明日も来るだろう。


 あたしはリリアちゃんのために一芸でも身に付けるべきか思案しながら、無念そうなその後ろ姿を見送った。




            ◇




 夕方少し前に仕事を終え、ストベルおじさんと蜜蜂たちに手を振って城へと戻ってきた。

 森に行く時間にはまだ少し早い気もする。

 獣王様との待ち合わせは黄昏時だし、あまり想像出来ないけど、恋文の返事を熟考してるかもしれない。


 時間潰しのためにぶらぶら庭園を散策していると、ハーブ園でセリカさんの姿を発見した。

 手元が細かに動いているので、水遣りではなくハーブを摘んでるようだ。

 あたしはさっきのリリアちゃんばりに木陰へと身を隠した。

 よく見るとセリカさんだけでなく花姫の侍女たちもいて、籠にハーブをせっせと集めている。


 花姫は獣王様からの返事を期待しながら、部屋でそわそわしながら大人しく待っているはず。

 手の掛からない今のうちに、彼らは他の仕事をしているのかもしれない。

 花姫がいい子で「待て」をしている理由を知るのはあたしだけだ。


 もしかして花姫が神妙過ぎるから、病気だと勘違いしてハーブを取りに来た、とか?

 だけどあれは恋の病。治せるのは獣王様だけだ。


 例えば恋煩いに効くハーブとかがあれば……。

 

 あたしは自分の言葉でツキンとした胸をさすった。

 いくら花族の国でも、そんなものがある訳ない。

 あたしは都合の良い想像に首を振り、静かに様子を窺い続けた。


 ハーブ園からは爽やかな香りがする。

 何種類も混じり合い、風に吹かれるたび香りを変えてあたしの元へと届く。

 なのにちっとも会話は聞こえてこない。


 ……何を話しているのかな。


 セリカさんの隣にはちゃっかりとミツレがいて、存外雰囲気が良さそうに見えた。

 性格悪いけど、ミツレは見た目だけは可愛い。あたしに牽制してくるぐらいセリカさんのことが好きだし、何より同じ種族だ。


 だけど……うん。ミツレの方が……とは思わない。

 セリカさんの相手に、裏表のある子は相応しくないもの。

 それにセリカさん、無駄に理想が高いから、ミツレの場合演技力次第になってくると思う。


 おっと。ここで策士ミツレが指を怪我したみたい。演技では……なさそう。

 棘が刺さったのか、葉で切ったのか。

 うっすら涙を溜めるミツレの手を取り、セリカさんが眉を寄せて傷口を確かめている。

 薬を、みたいなことを他の侍女たちに告げて、セリカさんは近くの水道にミツレを連れて行った。


 綺麗な水で洗ってから手当てをするみたい。

 セリカさんは、恥じらうことなくミツレと手を繋いでいる。きっと今は緊急事態だからだよね。

 赤くなるどころか至極真面目な表情で、好青年ぶりに磨きがかかっている。


 手当てが終わってから、純情が戻ってくるかもしれない。

 セリカさんは薬を取ってきた少女に礼を言って、頬を朱に染め恥ずかしそうに俯くミツレに処置を施した。


 しかし、引くほど手際が良い。花姫の怪我の頻度はあたしの予想を遥かに上回っていたのか。


 ありがとうございます、とミツレがぽつりぽつりとつぶやいた。

 聞こえてないのに、それだけは何故か読み取れた。

 いいえ、というようにセリカさんはほんのりと微笑み、そっとミツレの手を離した。


 ……あれ?普通……?まさか、純情を失っちゃったの?あたしのせい……?

 それとも、手を繋ぐくらいなら耐性が出来たとか……?


 混乱したあたしはその場をふらりと離れて、花門のある湖畔へと駆けた。

 白樺を抜けた先にある湖は、風が静かな波紋を描いていた。

 あたしは縁へと腰を下ろし、動揺を紛らわすために水面を透かし見る。

 水中の花畑は頑なに、膨らんだ蕾をほころばせてはくれなかった。


 まるで鏡を見てるみたい……。


 この花たちは、今のあたしを映しているんだろうか。

 

 ぼんやりと花が咲くのを待つ内に、辺りが薄暗く夜の気配を纏い始めた。


 あ、もう行かないと。


 あたしは花門の前へと立ち、目を閉じた。

 恐怖心を払いのけ、暗闇へと身を投じかけたその時――――。


 強引に腕を引かれ、あたしは草の生えた地面へと尻餅をついた。


 いったぁ……。誰……?


 仰いだ先にあったのは――――髭だった。


 髭宰相が穏やかな表情で、尻餅をついたままのあたしへと尋ねる。


「このような時間に、どこへ?」


 そんなこと、言えるはずがない。

 他に、森に行く理由は……。


「て、偵察に」


 髭宰相が片眉を上げた。そして腰を屈め、あたしの強張る顔を覗き込む。

 鼻先が触れそうで、だけどあたしは怯えて退くことが出来なかった。

 髭宰相の目が、笑っていない。


「花姫様の命ですか?」


 あたしは必死にこくこく肯定した。


 だって、恐い。下手なことを言ったら、今ここで首を刎ねられそうなんだもの。


「花姫様も、よくこのような際どい時刻に森へと出向かれていましたね」


 ぎくっ。


「偵察に行くのならば、もう少し日が暮れてからがよろしい。いかがかな?」


「そ、そう、ですね……」


 髭がにこりと黒い笑みをして、姿勢を戻した。

 髭が多少でも遠ざかり、あたしは肩の力を抜きかけた。


「時間があるので、他の花門へと移動するのはいかがでしょうか」


 髭宰相は、まだ疑っているみたい。

 この花門に固執してたら、ますます怪しまれそう……。


 立ち上がったあたしは、髭宰相に腰を抱かれても歯向かわずに従った。

 恐怖で髭しか見ていなかったが、今日の髭宰相は正装している。上等な生地の白いタキシード姿だ。

 城で夜会でもあるのかもしれない。

 あたしには当然全く関係ないけど。


 髭宰相が選んだのは偶然にも、あたしが昨日の帰りに使った花門だった。


「ちょうど良い頃合いか。獣族に捕らわれないよう、祈っていますよ。無事帰還したのならば……ご褒美を与えましょうか」


 髭宰相が色気たっぷりな眼差しであたしを見つめ、視線を合わせるように顎を上へと向けさせた。


 い、いらないからね!

 変態のくれる物なんて、ろくな物じゃないに決まってる!


「獣族の餌にするのは惜しいですが……」


 そう囁き、あたしは優しく突き飛ばされた。


 そして花門の深い闇へと、あたしは頭から溶け落ちていった。



芽生のツッコミが不足しているので、次回は多めでいく予定です。

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