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二十一話、使い魔の失態。



「あのぉ……。何とお呼びしたらいいですか……?」


 かなり年下の美少女に、あたしはお伺いをする。

 身からにじみ出ている気品から、身分の高いお方な気がするし。


「リリアで構わないぞ。使い魔には名前があるのか?」


 子供らしい好奇心に満ちた声音に、あたしは緩みかけた頬を引き締めて名乗った。


「芽生といいます」


「響きの良い名だな。誇るが良い」


「有り難きお言葉ー」


 えーと、恭しくってこんな感じだっけ?

 時代劇をイメージしたんだけど、あたしの急激な口調の変化についていけなかったリリアちゃんは、びくっと体を跳ねさせた。


 しまったぁ……。対応間違えたみたい。

 リリアちゃん、びくびくしてあたしを見上げている。


 しかし美少女の困惑の上目遣いとか、堪らない。連れて帰りたいな、この愛らしい生き物……。

 可愛、可哀想だがら、あんまり突飛なことはしないでおこう。


 この国の国民性を疑った時期もあった。

 だがしかし。こうして純粋な子を目にすると、あれらは一部の闇に過ぎないかったのだと、あたしは安堵する。

 今日もこの国の子供たちは、健やかに育っているようだ……。


 あたしは好好爺のようにリリアちゃんを見遣った。

 毅然とした顔つきで前を向きつつも、彼女は小刻みに震えている。

 一刻も早くあたしを城に送り届け逃げ帰りたいと、小さな背中が告げている。


 ごめんね。そこまで怯えられるとは思ってなかった。

 さすがにあたしも反省した。

 ここは一つ、信頼を回復させるべく、話し掛けて距離を縮めよう作戦に出よう。


「リリアちゃん」


「ひぅっ!」


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 名前呼んだだけで悲鳴を上げられてしまった。


 どうするか、あたし……。


「え……と。リリアちゃんは、こんな時間に何をしていたの、かな?」


 リリアちゃんに、種類の違う怯えが走った。

 咎められると思ったらしい。


「お、怒ってないよ……!あたしも怒られる側だし……」


 味方だよアピールは成功したらしい。

 リリアちゃんが言葉を返してくれた。


「……そこまで大きいのにか?」


 リリアちゃんからは、あたしがうさぎ様くらいのサイズに見えてるのかな……。

 そこまでって、ちょっと傷付く。

 比喩的表現ってことにして、あたしは質問にさくっと答えた。


「大人でも叱られるんだよ」


「芽生は主に叱られるのか?」


「主は、叱らないかな。礼儀とかマナーに煩い主の守り役に、返事の仕方で叱られてるよ」


「ふぅん。使い魔も大変だな。夜、遊びたくもなるだろうな」


 しみじみと共感してくれたリリアちゃんは、自分が遊んでいたことを暴露したことに、気が付いていないみたい。


 ここは同意しておくべきか。

 あたしは遊んでたんじゃなくて、眠ってたはずなんだけどなぁ……。

 うさぎ様には遊ばれ……弄ばれてはきたけど。


「まぁ、昼間は働き詰めで……」


「蜂ならば苺畑か?それとも、薔薇園で害虫を食べる仕事か?」


 え……、何、その、衝撃的かつ残酷な仕事内容は。


 あたしはさっきのリリアちゃん並みに震え、鳥肌を立てた。

 

 ば、薔薇園だと、そんなおぞましい仕事なの?

 恐い。恐すぎる……。無理、あたしには無理です。


 もしかしたらお団子少女たちは、多少の手心を加えてくれてたのかも。

 薔薇園じゃなくて苺畑を選択したのは、慈悲の心……?


「雀蜂みたいにがつがつしてないようだから、苺畑か?」


 そうです。苺畑の末席を汚している、青峰芽生です。メイ・セイホウです!

 決して苺畑から追い出されないよう、死ぬ気で収穫を手伝う覚悟であります!


 あたしの無言の気迫に、リリアちゃんがまた距離を取った。

 

「城はすぐそこだ。橋を渡った先だぞ?」


 そこには夜が溶けた闇色の小川が流れ、数メートルほどしかない半円を描く橋が掛かっていた。


 ここを渡ればいいんだよね。


 お礼を言おうと振り返ると、リリアちゃんの逃げていく後ろ姿が小さく見えた。


 最後まで恐がらせたままだったか……。

 いかにしてあの子の心を開かせるか。

 これは今後の課題だな。


 次こそはと、リリアちゃん攻略のための策を練りながら、あたしは橋を渡ったのだった。




            ◇




 あたしは全ての目という目を掻い潜って、部屋へと忍び足で辿り着いた。


 後は寝台に滑り込めばよし!


 部屋のドアをそっと開けて、泥棒ばりに侵入を果たしたあたしは、音を立ててしまわないよう極限までゆっくりな動作で閉めきった。

 

「ふぅ……」


「ふぅ、ではありません」


 ぎゃぁぁぁぁぁ……!!


 ご立腹なセリカさんが、あたしの背後で仁王立ちしていた。


 部屋で待ち構えてるとは、卑怯な……!


「このような夜更けに一体――――」


 歩み寄ってきたセリカさんだが、急に話すのを止め、あたしの肩をやや強引に掴んできた。


 普段のセリカさんらしくない。どうしちゃったの、急に……。


 薄暗い室内でも驚愕と苛烈な怒りを見て取れ、あたしは思わず首を竦ませた。


「まさか、かわたれの森に行って来たのでは……!?」


 何で知って……ああ!獣族臭、そのままだった!


「獣族に襲われたのですか!?」


 ある意味襲われたのかな。

 もふもふな可愛いうさぎにだけどね。

 

 セリカさんはあたしの表情を読もうと、顔を近付ける。

 しかし獣族臭に対する不快感でか、その顔が苦痛に歪められた。

 力加減が制御出来ないのか、肩に食い込む指に圧が増し、痛い。

 身動ぎすると、今度は何故か固く抱き竦められた。

 純情なセリカさんとは思えないほど、きつい抱擁だ。


 あの、セ、セリカさん……?


 体が密着し過ぎで、心臓が早鐘を打ち始める。

 あたしだけじゃない。セリカさんの鼓動が、伝わる熱が、溶け合ってくらくらしてくる。


 お願いだから、離れて……。


 両手で押し退け掛けたあたしに、セリカさんは悲痛な涙声で言った。


「よく、ご無事でっ……」


 その言葉で、あたしはようやく、この意味を知った。


 獣族に見つかった使い魔は捕らわれるか、死に物狂いで逃げ帰るかだ。

 あたしが獣族臭をつけてここにいるということは、つまり後者にあたる。

 もしかしたらあたしが死んでいたかもしれないと想像して、獣族への憤りと、無事だった安堵ではらはら泣いているのかもしれない。


 セリカさんは、あたしが生きてここにいるということを実感するためにか、さらに腕の力を強くした。

 苦しいくらいなのに、あたしは申し訳なさが募って何も言えない。

 獣族は花族に好意的だし、あたしにはうさぎ様の加護もある。

 森はあたしにとって、安全な場所だ。たぶん、ここよりもずっと……。


「貴女死なれたら、私は生きていけません……」


 セリカさんが掠れた声で、とんでもないことを囁いた。

 いくらなんでも後追い自殺とかされたら、こっちが安らかに眠れない。


「……それは、駄目。あたしが万が一死んだとしても、生きないと嫌いになるよ」


 背中を擦ってあげると、セリカさんはため息をつくように、ぽつりとつぶやいた。


「……酷い人ですね」


 死後まで追い掛けられたら困ります。

 それに、あたしがいなくなれば、変な魔法がきっと解けるよ。

 親愛としての好きと、恋愛としての好きの違いに気付けるんじゃないかな。

 大体寿命が長いんだから、あたしの倍、人生を謳歌してきなよ。

 あたしがいなくても、傍にいてくれる誰かを愛しなさい。

 それが本物で、あたしは偽物なんだよ?


「ついてきたら、追い返すからね」


「貴女は、残酷ですね……」


「はいはい。残酷な女ですよ」


「……はい、は一回です」


 こんな時でも言いますか。それ。


「酷い人で良いです。残酷でも構いません。だから、勝手にいなくならないで……」


 切なる訴えが吐息となり、あたしの耳朶を柔く掠めた。

 

「ん……」


 うわっ、変な声出たっ!恥ずかしいっ!


 しんみりとした場の空気を、あたしが一瞬で変えてしまった。

 動揺するあたしを、セリカさんが肩を掴んだまま乱暴に引き剥がした。

 涙目で真っ赤になるのはいつものことだけど、普段ではありえない色が彼の瞳を染めていく。

 思わず胸が高鳴った。

 だってセリカさんは今、あたしだけを見て、あたしだけを求めている。一時の感情かもしれないけど、本気で。


 迫り来る顔に合わせて瞼を伏せかけたあたしに、どこからか鈴の音色が響いてきた。

 昔持っていた熊避けの鈴に似た、高い音。――――リン、リン、リン。

 まるで、警鐘のようだ。

 警告してる。これは、――――うさぎ様?


 あたしは我に返り、セリカさんを見上げた。


 あたしを間近で見つめるその瞳は潤み、熱を帯びて、軽く理性を失い始めていた。

 草色の毛先が、あたしの頬をくすぐる。

 また、もっていかれそうだ。だけど、それはいけない。純粋な彼に、傷を残してはいけない。

 

 じゅ、純情を脱ぎ捨てないで!セリカさん、戻って!


 あたしが顔を背けて拒絶を示すと、はっとしたセリカさんは、激しく首を左右に振った。

 それから茫然として、あたしの肩から手を滑り落とす。

 そして、くるりと背を向けた。

 羞恥心が、遅まきながらやって来たのかもしれない。


 危なかった……。

 あのままだったら、たぶん、あたしは……。


 傷付きたくない、だけど傷付けたくもない。

 一つでも線を越えたら、お互いに傷付け合ってしまう。

 帰るその日まで、ままごとのままでいないと。

 あたしが努力しないといけなかったのに……。


 セリカさんは何かを悔いるように、拳を握り締めて耐えている。


 後悔してる?あたし相手に変な気を起こしたことを。それとも、あたしが嫌がったから、告白から全てまやかしだったと気付いたの?


「……すみませんでした。頭を冷やしてきます」


 部屋を出ていくセリカさんを、あたしは無言で見送った。


 そしてドアが閉まり、静寂が下りた。

 明日は朝から苺畑だ。

 だけどあたしはもう、眠れる気はしなかった。



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