二十話、隠し子疑惑と百合の花。
また、ふよふよしてる。
漂うあたしは、意識だけはしっかりとしてるみたい。
体は何とかならないのかなぁ。ちょっと集中して……。
体、からだ、肉の器……。
言霊が通じたのか、粒子が集結するように、あたしの体が構成された。
地面へと、ぺたんと座った状態で、あたしは恐々と両手のひらをながめた。
まだ本調子じゃないけど、地面に触れた足からは、ひんやりとした土の感覚が伝わってくる。
湿った木々の匂いがして、あたしは辺りを見渡した。
ここはおそらく、うさぎ様のいる森だ。
だけど、初めて見る場所だった。
ここはどの辺りなんだろうと考えていると、がさっ、と傍にあった茂みが揺れた。
あたしは咄嗟に身構えた。
うさぎ様か獣王様しか知らないあたしは、何が飛び出して来るのかおっかなびっくりだ。
使い魔だと獣族に捕らえられるけど、あたしにはうさぎ様の加護がある。
それがどのように働くのかわからない以上、気を付けすぎて損はないはず。
がささっ、と茂みが一層大きく揺れ動き、動物らしき影が飛び出す。
そして間髪入れず跳ね上がり、月を背景に勢いよくあたしへと襲い掛かってきた。
驚きと衝撃で、あたしは後方へと仰向けに倒れた。
むしろ、押し倒されたに近い。
ひぃ……!食われるぅ……って、うん?
頬に妙な生温かさが……。
あたしは固く閉ざしていた瞼を、恐る恐るこじ開けた。
あたしの上にちょこんと乗っていたのは、もふもふとした淡いオレンジ色のうさぎ。
サイズは小さい……いや、普通だ。
うさぎ様のせいで、あたしの中の常識が狂ってしまった。
一般家庭や学校で飼われているうさぎと同じ種類かな。
えぇと、飼いうさぎ?
そのうさぎが、あたしの頬をしきりにぺろぺろと舐めている。引くぐらい、舐めまくっている。
あたしは別に、ニンジンの味とかしないんだけど……。
それに何か、瞳に妙な熱が篭ってて……恐い。
というか、くすぐったいからもうやめてー!
あたしの心の叫びが、このうさぎには全く伝わらない。
あたしの胸に乗ったまま、前足でふみふみしてくる。仔猫が甘えてくるのと、似て非なる不思議な仕草。
バランスを取っている……訳でもなさそう。
何なんだこのうさぎは。
やたらとあたしに懐いてるし、誰かの知り合いとか?
知り合いのうさぎといえば……も、もしかして、うさぎ様の、隠し子……とか?
嘘、そんな……。うさぎ様に隠し子だなんて……。
ショックを受けているあたしをよそに、うさぎ様の隠し子(仮)が熱い吐息をかけてくる。
はぁ、はぁ……という、やけにうさぎらしくない呼気が耳に届く。
そしてうさぎはあたしの唇に、ちゅっちゅっと何度も口付けた。
うさぎも懐くとキスしてくるものなのかな?
もふもふだし可愛いんだけど、目が本気っぽいのは何故……?
その時、森にぴりっとした緊張感が立ち込めた。
そよ風が凪いで、草木が静まり返る。まるで何かの訪れを予期し、控えるているようだ。
『――――卯月』
聞こえてきたのは、獣王様のお声だった。
しかもいつもより、厳めしい。怒っているというよりかは、叱っているか諭しているというのが近いかもしれない声音だった。
あたしは寝転んだまま顔だけぐるりと見回したが、獣王様の姿なんてどこにもない。
この近くには、いないようだ。
なのであたしはうさぎへと目を戻した。
獣王様の声のせいか、うさぎはぴたりと動きを止めていた。
あれ?今何か……うさぎから、冷や汗が垂れた気がする。気のせい……?
獣王様は獣の王様だから、このうさぎにとっては畏怖の対象なのかもしれない。
うさぎはあたしから、ぴょんっと飛び下りると、後ろ足で地面をたんっと蹴って、まさに脱兎のごとく逃げ去っていった。
さすがはうさぎ、俊足だ。
あの逃げっぷりは、うさぎ様の隠し子ではないかな……。
あたしはくすりと笑い、不思議で可愛らしいうさぎの後ろ姿を見送った。
「娘」
呼ばれて振り向くと、うさぎ様の鼻先がそこに!
あれ?普通のうさぎを見たせいか、前よりも大きく感じる。
というか一回り、成長してませんか?
「毛が伸びただけのこと」
「あ、あたしが切りましょうか!?」
「ならぬ」
むくむくを堪能出来るチャンスだとばかりに挙手したが、すげなく断られてしまった。
「娘。加護がまだ馴染んでおらぬな」
うさぎ様の視線を辿り、あたしは自分を見下ろした。
足の先から徐々に透き通って、地面がぼんやり見えている。
恐っ!ゆ、幽霊がここに!って、あたしだ!
立ち上がろうとしても、足には全く力が入らない。
それどころか、感覚すらない。
ど、とうしたら……。
あたしは困惑して、うさぎ様に縋る眼差しを向けた。
「案ずるな。森を出れば戻る」
うさぎ様はそう言うと、その場ですべふわな頭を何度か激しく上下させた。
あれ、何か、嫌な予感が……。
う、うさぎ様?それって、もしかして、す、素振りじゃ、ありませんよね……?
「何処を狙うか……」
うさぎ様が花門ではなく、何故か夜空を仰いだ。
星々がきらめいて、その一つ一つをうさぎ様は吟味している。
えぇぇーー?空まで飛ばそうとしてる!?
「う、うさぎ様……!あの、出来れば花門に……」
「何」
「だからそのぉ、花門に」
うさぎ様は仕方なさそうに、あたしの背後へと回り、すべふわな頭を大きく振りかぶった。
ちょっ、素振りのせいでいつもより振り幅が……!
――――ぱこんっ!
清々しい音を立てて、あたしは花門へと放物線を描き落ちていった。
もうやけくそだ!周りに人はいないけど、ファーー!!
◇
「うさぎ様ぁ……?」
あたしがいたのは当然ながら花門の付近。
ただ、あの湖畔の花門ではなく、どこか人工的な造りの森だった。
すぐ近くに城が臨めるから、城下には出ていないと思う。
うろうろしているとすぐに森を抜けた。
同時に濃厚な芳香がしてきて、あたしは夜明け前の薄暗さを掻き分け歩き、その花畑を目に映した。
「百合だ……」
白い大輪の百合が、この辺り一面に咲き誇っていた。
月に照された百合は、高潔な美しさの中にも、儚さを感じさせて、あたしは茫と見入った。
こんなにたくさんの百合なんて、見たことがない。
あたしの首に届きそうな高さの百合だ。茎も太く、花をしっかりと支えて根を張っているので、風に煽られても靡いたりせす、堂々と立っている。
花粉がつくとか、そんなことは一切脳裏を過らず、百合へと近づいた時――――、
「――――誰だ?」
口調とは裏腹に、可愛い女の子の声があたしに問い掛けてきた。
どこにいるのかときょろきょろすると、百合の陰からひょっこりと姿を現わし、ここだと告げた。
百合が女の子のことをすっぽり覆って、隠してしまっていたらしい。
角度で銀にも見える白い髪を二つに結った女の子は、花姫よりも三つ四つ年下くらいに見えた。
若干きつそうな面差しだけど、将来は確実に美人さんになるとあたしが保証しておこう。
きめ細やかな白磁の肌に落ちた長い睫毛の陰が、あどけなさの残る少女に大人びた印象を与えていた。
その若さでその美しさは、もはや罪だ。罪。
罪深き美少女だ。
「誰だ?不審な顔をして。獣族臭い気もするが……」
美少女が眉を潜めて、あたしを訝っている。
さっき、うさぎに舐められ過ぎたせいかもしれない。
「あたしはっ、怪しい者ではなくてですね……ただの使い魔の、蜂でして……」
しどろもどろなせいで、余計美少女の警戒心が増していく。
眉間に皺がくっきりと刻まれ、あたしはわたわた言い繕う。
「えぇ……と、迷子なんです。主が待ってるから、城に帰ろうとしてて……」
不審者だと通報されたら、今度こそ処分されてしまうかもしれない。
今は獣族臭もつけてるし……。早く花姫のところに帰らないと。
「蜂なのに飛べないのか?」
「飛行は苦手で……」
「ふぅん。城まで案内してやろうか?」
ぶっきらぼうに美少女が言った。
見た目と口調とは違い、意外と親切な子だ。
「お、お願いします」
「あっちに近道がある。ついて来い」
ふんわりとスカートを翻した美少女を追い、あたしは夜道を歩き始めた。
満を持してもふもふの登場です。ちょっと色々、問題もあるようですが……。




