十七話、使い魔の継続。
絶体絶命の危機を救ってくれたのは、何とストベルおじさんだった。
髭宰相の部屋の扉をノックし、返事もないのに勝手に侵入してきたストベルおじさんは、場にそぐわない穏和な口調で言った。
「使い魔を返して貰うぞ。ダミアン」
うん?ダミアンって、誰?
もしかして、今現在あたしに馬乗りに跨がる髭宰相のこと?
髭宰相は眉間に皺を寄せ、あたしから下りる。
間髪入れずに、あたしは寝台から逃亡して、ストベルおじさんの後に隠れた。
何とも頼りになる広い背中。
でもストベルおじさん、何者?
髭宰相は苦々しそうにストベルおじさんと対峙している。
「使い魔をどうしようと、私の勝手でしょう」
「使い魔は儂の領分じゃよ」
え。そうなんだ。確かにストベルおじさんは、使い魔たちを束ねている。使い魔たちも懐いてるし。
「ダミアンよ。花姫だけでは満足出来んのか」
「この使い魔は特別ですよ。あの世界の『人間』という種族に良く似ている」
びくっとあたしは肩を揺らした。
だって髭宰相の勘、当たってる。あたしが蜂じゃないってずっと疑っていたみたいだし、初めから人間だと予想してたのかもしれない。
人間だと何かまずいの?
「虫以外を召喚出来るほど、花姫の力量は高くないじゃろ」
それはその通りだと思ったのか、髭宰相は沈黙した。
召喚術にも個人差があるらしい。
というか、花姫。よく呼べたな、あたしのこと。
「ほれ、使い魔のお嬢ちゃん」
ついて来いというストベルおじさんに、あたしは一も二もなく従った。
一生ついて行きます!
蜜蜂たちが慕うわけだよ。
お昼が砂糖水だけでも、もう絶対に文句は言わない。
こうしてあたしは、髭宰相の私室を穏便に脱出した。
「ストベルおじさん」
「何じゃ?」
ストベルおじさんはあたしを振り向きながらのんびりと廊下を進んでいく。
「あの、ありがとうございます」
「良い良い。儂の使い魔でもあるからの」
契約主は花姫だから、獣王様とストベルおじさんに対しては善意の労働になるのかな?
三者に使役されているのは契約違反だけど、自分が好きでやる分にはいいよね。
何かあたし、引っ張りだこで照れるなぁ。
「明日は今日の倍は働いて貰う予定じゃったからのぉ」
今日の倍……。いや、助けてくれた恩は、労働で返さないと。
あたしが奮起していると、蜜蜂たちがわらわらとやって来た。
彼らにも感謝しなくては。
「皆ありがとう」
「「どぉいたしまして!」」
ああ……うん。やっぱり……しゃべった。
あれは疲労による幻聴ではなかったというわけか。
「えぇと。皆はしゃべれるんだね?」
しぃ……ん。
「あれ……?」
蜜蜂たち反応がない。何故……?
「簡単な言葉しか話せんのじゃよ。大抵の使い魔はそうじゃ」
ストベルおじさんの頭上を、蜜蜂たちは嬉しげに飛び交っている。
この子たちが普通なら、あたしはかなり異質な存在だ。
しかも髭宰相は人間を知っていて、あたしを狙っているみたいだし。
「あのぉ、人間って、あの……?」
あたしはさりげなくストベルおじさんに探りを入れた。
さすがに人間です、とは言えない。
「そうじゃよ。あの世界から来たのなら、良く知っておるじゃろ」
「まぁ、はい」
「遥か大昔じゃな、儂が成人の儀で、あの世界に行ったのは」
行ったことあるんだ。割と行き来が可能なのかな?
というから、成人の儀って何だろう。成人式?
「成人の儀とは大人になるための試練の儀式じゃ。これがまた危険での、命を落とすこともままあるのじゃよ」
な、何て危険な世界なんだ!って、地球だから……あたしの故郷じゃん!
すっかりこの世界の住民目線で聞いていた。
適応力高いなぁ、あたし。
ストベルおじさんは、遠くを見つめてその時のことを懐かしむように目を細めている。
「成人の儀って、何歳で迎えるんですか?」
「十八じゃ」
それなら花姫はまだか。
大丈夫なのかな。あの子がこっちの世界に来たら、変な壺とか何個も買わされそう。
あたしの憂いが漏れていたのか、ストベルおじさんが緩慢に首を振った。
「成人の儀を行うのは、男だけじゃよ」
何だ、それならよかった。
あたしの目の奥に浮かんだ、迷子で泣いている花姫姿をとりあえず消去しておく。
でもそれなら、セリカさんもこっちの世界に来たことがあるってことだよね。
あの純情がよく無事に戻って来れたよ。
「姫の守り役は、危うく命を落とし掛けたと聞くがのう」
えぇ!?セリカさん、そんな危険に見舞われてたの?
普段はしっかりしてるのに。
交通事故だろうか、と考えながら歩いていると、廊下の曲がり角から噂のセリカさんが現れた。
あたしを大切にするとか何とか言ってたくせに、一日で破ったセリカさんだよ。
本人も自覚しているのか、ストベルおじさんと並ぶあたしを目に止めると一瞬たじろいだ。
ストベルおじさんはセリカさんが来たことでお役御免と思ったのか、
「明日は八時じゃぞ」
と穏やかに告げ、蜜蜂たちを率いて行ってしまった。
あたしはむしろ、その最後尾について行きたかったぐらいだ。苺畑の一員として。
あたしはセリカを見ないように、そっぽを向いておく。
割りと本気で怒ってるんだからね!
「芽生さん。遅かったので、お迎えにあがりました」
それはそうでしょうよ。髭に襲われてましたからね。
今頃来たって、遅いよ。
蜜蜂やストベルおじさんがいなかったら、どうなっていたことか。
「セリカさん」
あたしの不穏な空気を察したのか、セリカさんが全身を強張らせた。
「……はい」
「嘘つき。しばらく話し掛けてこないで」
あたしはつんとしてセリカさんの脇をすり抜ける。
あたしの憤懣が収まるまで、冷却期間が必要だ。
あたしたち、付き合ってるのかは不明だけど。
とりあえず、茫然と立ち尽くしているセリカさんを放置し、あたしは花姫にもちょっとばかしお灸を据えるべきか考えながら彼女の自室を目指した。
◇
ドアをノックすると、花姫がにこやかに応答した。
あたしが酷い目に遭いかけていたというのにだ。
あたしはロウゲツ様が獣王様だって事実を、伏せておくことにした。
全てを知った時に、魂が抜けるほど驚けばいいさ。
セリカさんに対して花姫への仕返しが小さい気もするけど……。
花姫はあたしの顔を見るなり飛び付いてきた。
「芽生!無事でしたのね」
……やっぱり、もう少し苛めるか?
「恋文のことで報告があるんだけど……」
花姫は大慌てであたしをソファへと誘い、うるうるとしたつぶらな瞳でひたとあたしを見つめてきた。
そんな表情されたら、あたしが悪者みたいじゃん。
もう。仕方ないなぁ。
「ロウゲツ様、恋文受け取ってくれたよ」
ぱぁぁ、と花姫の雰囲気が華やいだ。
しかしすぐに、萎びた野菜のようにあたしへと寄り掛かってきた。
ソファ広いんだから、あっち側に倒れてよね。
「これでもう、芽生とはお別れなのですね……」
あたしは虚を突かれてぽかんとした。
え?何それ?……あれ?恋文を届けたらそれで終わりだったっけ?
いやいや、待って待って。
明日もあたし、苺畑に出勤だし、夕方には獣王様の元に行くんだけど。
個人的な用事みたいなものだけど、ここで帰らされては困る。
帰りたいけど……。今はだめだ。
「もうしばらくは、帰らないよ?」
「え?」
「ロウゲツ様も返事を書くって言ってたから、取りに行かないと」
「あの御方が……!?」
花姫は頬を染めて、それはそれは嬉しそうに立ったり座ったりを繰り返している。
完全にあたしの存在を忘れてるよね。
あたしの手とか、座る度に踏んでるし。
折角の帰還をふいにしたあたしだけど、せめて花姫の恋の結末だけは見届けていこうかなと決めたのだった。
髭宰相の名前が出てきました。
花族の方々は、植物の名前をモチーフにしてます。




