十六話、使い魔の危機!
「……それで、芽生さん」
躊躇いがちにセリカさんが切り出した。
あたしは花姫の部屋のソファで、うとうとしている。
しかしこのソファ、眠気が最高潮の時に座るべきものじゃない。
今すぐ倒れて寝てしまいそう。
「……うん?」
「その、好みの男性というのは……誰のことでしょうか?」
まだ引き摺りますか。それ。
「じゅ、……ううん。セリカさん。必ずしも、好みイコール好きとは限らないからね?」
あっぶな!獣王様って口を滑らすところだった。
恐るべき睡魔。ちょっと頭が冷えたよ。
「好みと好きは、違いますか?」
「違う、と思う。セリカさんの好みは?ジエラの侍女たちの中だと誰?」
それにセリカさんが不服そうに言い返す。
「姫様の侍女をそのような私的な感情で見たことがないので、わかりかねます」
急にいつもの教育的指導な態度になった。
別にそういう目で見ても良いと思うよ。態度にさえ出さなければ。
「セリカさんって、深窓の令嬢とか好きそう」
あたしの勝手なイメージに、当の本人は怪訝そうだ。
「何故そのように思われるのです?」
「何故って……。セリカさんと並んだら似合うから……かな」
あたしの答えに、ますますセリカさんは困惑の表情。
「自分ではわからないのですが」
あたしの主観だからそこは気にしないでよ。
だったら手っ取り早く、どういう娘が好みなのか言ってよね。
肘掛けに寄り掛かるあたしは、眼差しで問う。
「私は……」
……あたしをじっと見てないで、ちゃんと考えてよ。何かまた、うっすら赤くなってるし。
セリカさんはきゅっと目を瞑り、訥々と告げた。
「凛とした強さを携え、誰に対しても心優しく、可憐で愛らしい雰囲気を称え、花がほころぶように微笑み、物怖じせず、ですが時に寂しがりな方が好みです」
……うん。残念ながらそんな人はこの世にいません。該当者ゼロです。
ちょっと引きかけたよ、あたし。
だって、可愛いとか、美人とか単純な好み話だと思ってたんだもの。
……だから、あたしを見つめてないで、理想の相手を見つけて来なよ。
世界中の花畑探してもいないよ、きっと。
「芽生さんの好みはどういった方なのでしょうか?」
「うーん」
悩むなぁ。強引俺様系が好きだったけど、セリカさんみたいな純情好青年系に少しはまりつつあるし。
観賞用としては男前な獣王様かもだけど。
あれ?あたしって、結構多情な女かもしれない。
多肉植物と掛けた例の造語、多肉食女子かも。
セリカさんの表情が、何故かどんどん不安で翳りを帯びていく。
セリカさんもあり得ない理想を語ってくれたし、あたしも無茶なこと言ってもいいのかな。
「あたしは……一生あたしだけを愛してくれる人がいいかなぁ」
うわっ、恥ずかしいっ!何言っちゃってるの、あたし。
顔が火照り、手でぱたぱた扇ぐ。
そんなあたしに、セリカさんが真剣な顔付きで何か口にしようとしたその時、この部屋の主である花姫が帰還した。
淀んだ仄暗いオーラを背負って、あたしの対面のソファへと沈む。
えぇと。お通夜にでも行って来たの?御愁傷様?
「姫様。みっともないので、きちんとお座りになって下さい」
セリカさんがぐにゃぐにゃしている花姫を、真っ直ぐ座らせた。
彼は花姫相手には、基本厳しい。
「……何か、あったの?」
よくぞ聞いてくれました、と花姫が小道具のハンカチで目を押さえながら悲劇を語りだした。
「今日の夕食のデザートが、厨房の手違いで一つ足りなかったのです。宰相様が、それならばとご辞退されて……」
うわぁ……髭の言いそうな台詞、わかるんだけど。
花姫をデザートに、なんて言ったんでしょ。
「でしたら姫様をデザートに頂きましょうか、と仰ったのです……」
あたし正解!いやぁ、変態はぶれないね。
「わたくし、命からがら逃げて参りました」
何回転んだのかな……。
あたしの想像だけど、振り返りながら逃げる花姫の姿は、ホラー映画のヒロインみたいだった。
もしくは、ストーカーに付け狙われる被害者?
でもね、花姫。部屋に逃げ込んじゃだめでしょ。
あたしの危惧した通り、変態宰相が花姫の私室に、髭を携え訪れた。
花姫と、ついでにあたしをつぶさに視姦してくる。暑苦しい眼差しを隠す努力をしてくれない。
あたしはいらないでしょ。花姫だけでしょ。
もう、嫌だぁ……。
「お招き頂き光栄ですよ」
花姫は愕然としたのか、青ざめた悲愴な表情のまま放心している。
もう!逃げてたんじゃなくて、誘って来たんじゃん。
髭宰相はあたしたちの上座にある一人掛けのソファへと、ゆったりと腰掛けた。
セリカさんは一応、花姫の背後に控えている。
「花姫様だけではなく、使い魔までおられるとは。お二方で私を楽しませてくださるのでしょうか」
皆でわいわいトランプでババ抜き、とかじゃないでしょ!絶対!
どきどきはらはらの意味が違う!
「寝室はあちらですか……」
髭宰相は寝室の扉を一瞥してつぶやいた。
か、確認しないで!
ちょっ、花姫!目が死んでる!?
セリカさん!?あああ、駄目だ!こっちも魂抜けてる!
「ひ、宰相様……。花姫様は体調が優れないので帰れ、帰ってくれませんか……?」
あたしは鳥肌に戦慄く両腕を抱いて希う。
その姿に煽られたのか、髭宰相は口角を上げて、焦らすように髭撫でた。
「さて……。どうしましょうか」
帰って下さい。お願いだから、消えて下さい。
「使い魔が、私を部屋まで見送ってくれるのならば、今夜は退散致しましょう」
何ぃっ!?あたしが損な役回りじゃん!
そこの花姫!あからさまに安堵するな!
セリカさんも、涙堪えて震えてないで何とかしてよ!
「あたしは、その……。すごく眠くてですね……」
「ならば私の部屋で休めばよろしい」
よろしくない!万事解決みたいな顔するな!
「では」
いやいや!では、じゃなくて。
髭宰相があたしの肩を抱いて立ち上がらせた。
「宰相様。芽生さんは私の――――」
「独占欲の強い男は嫌われますよ。何、部屋まで送って頂くだけ」
それならいいのかな?みたいな目線いらないから!
二人とも後で覚えてろよ!
あれよあれよという間に、あたしは髭宰相に拐かされた。
◇
何でこんな目に……。
廊下では割りと紳士的に振る舞っていた髭宰相。
だから油断していたあたしが悪いのだけど、この状況はまずい……。
髭宰相の、贅の限りを尽くしたきらびやかな部屋にあたしはいる。
そしてごてごてした装飾のついたソファで、仰向けになり血の気を引かせている。
あたしの顔の横に手をつく髭宰相が、ぞっとする笑みを浮かべて言った。
「逃げたくば蜂の姿に戻ったらいかがかな」
だからそれは無理なのに。
あたしは蜂、って唱えたら何とかならないかな。
……ならないね。
あたしが逃げないからか、承諾したと受け取った髭宰相の顔が近付いてきた。
ひぃぃ……。くるんとした髭がすぐそこに……。
あたしは顔を逸らして、必死に抵抗を試みる。
両手で髭宰相を突き飛ばそうとするが、びくともしない。
食われるぅーー……と思ったその時、無数の羽音があたしの鼓膜を震わせた。
どうやら窓の外からだ。
目を極むと、闇夜に蠢く何か……あ!蜜蜂たちだ!
蜜蜂の群れが、あたしのピンチに駆け付けてくれたみたい。
髭宰相が身を起こして、窓の外に向かい冷笑する。
「やはり蜂の種か……。しかし使い魔ごときが、この私に歯向かおうとは。強制送還か処分は免れないと、理解しているのであろうな?」
髭宰相の言葉に、蜜蜂たちは急激に勢いを失った。おろおろと旋回している。
あたしは大丈夫だから、皆逃げてー!ついでに誰か呼んできてー!
蜜蜂たちはあたしの気持ちを汲み取り、夜空へと飛散していった。
頼りになりそうな人を連れて来ると信じて、あたしは体を起こした。
乱れた服を手早く直していると、髭宰相があたしの膝に手をいれて一気に抱き上げる。
こんなに嬉しくないお姫様抱っこが、この世に存在するとは。
「お、下ろして……」
「わかりました」
ぽんっと投げ出されたのは寝台。
スプリングで、ばいんと跳ねたあたしは、息が詰まった。
「さて。どうしましょうか」
まな板の上の鯉ならぬ、寝台の上のあたしは、髭宰相の嗜虐的な微笑に体の芯から震え上がった。
蜜蜂たちは急いで呼びに行ってます。あの方を。




