十五話、獣王様の使い魔。
「か、駆け落ち……?」
つまり、花族と獣族の恋愛はご法度じゃないと?
獣族側に受け入れ体制が出来ているからこそ、そっちへと流れて行くのは当然の話で。
花族側で恋人が獣族だなんて話をするはずないから、森で落ち合って獣族の国へ行く姿を、拐われたと勘違いすることになるのか。
うん。何て面倒な。
「よくある事ではないがな」
よくあられたら、さすがに誰か気付くと思う。
事例が少ないから、探り探りなんでしょ。
だったら花姫の恋は有りなのか?
ロウゲツ様のことを獣王様に尋ねるという反則技が可能じゃん。
「あの、花姫からロウゲツ様に恋文が……」
あたしが告げると、獣王様の表情が一変した。
穏やかさを称えていた切れ長の目が驚愕に見開かれて、瞳の奥が戸惑うように揺れ動いている。
え、!!花姫はやっぱりだめとか!?
戦く獣王様に、あたしは今から土下座して許して貰えるが真剣に悩んだ。
命のためならプライドなんて捨て去ろうぞ!
しまった!うさぎ様の口調が移った!
「姫は、……婚儀を挙げるのであろう?」
訝しげな獣王様に、あたしは言葉が足りなかったことを反省して、低姿勢できちんと伝え直した。
「ジエラはロウゲツ様という御方を慕っていて、無理矢理決められた結婚は嫌がってます!」
「嫌がっておると?しかし白帝は……」
獣王様は眉を寄せて少し考えてから、ひどく苦く笑った。
「敢えて伏せたか。例の呼称をからかった意趣返しとは、まこと幼きことよの」
うーん。獣王様の独白を繋ぎ合わせると、うさぎ様が白帝さんって聞こえてくるんだけど。
そして獣王様がうさぎ様を笑ったせいで、何やら仕返しを受けたらしい。
……あたしのせいじゃないよね?
うさぎ様の名前なんて知らなかったんだもの。
今更白帝様とか、仰々し過ぎて呼びにくいし。
うさぎ様はうさぎ様だよね。
聞かなかったことにしておこう。
「恋文とやらを、早う出すが良い」
「……獣王様に、ですか?」
検閲が必要ってことかな。
だけど使い魔としてのプライドが、あたしを躊躇わせた。
それって、契約違反にあたらない?
使い魔じゃなくても、恋文を本人以外に渡すのは気が引ける。
あたしだったら嫌だもの。
そんなあたしの様子に獣王様は目を瞬かせた。
それから美しくかつ、不敵に笑んだ。
「我が名は臘月。獣族を統べる者」
はいーー!?獣王様が、ロ、ロウゲツ様!?
花姫そんなこと言ってなかったじゃん!
「姫は私の名しか知らぬ。言い掛けたのだか、何故か惚けておって聞こえていないようであったのでな。取り立てて言う必要もないかと」
恋に落ちてたんだよ!
獣王様、わかってて楽しんでるよね!?
ぽぉっとなってた花姫の姿を、堪能してましたよね!?
くつくつ愉快そうに笑う獣王様には、花姫の気持ちは余すとこなく筒抜けのようだ。
それならばと、あたしはいそいそと鞄を開けて、例のやたら分厚い封筒を恭しく手渡した。
獣王様が引かないか心配していたが、杞憂だったらしい。
「返事を書かねばな。明日も来るが良い。――――我、使い魔よ」
そう言って獣王様は、目を細めてふっと微笑んだ。
花姫が惚れるのもうなづける。
獣王様、かっこいいかも……。
あたしは獣王様に、しばし見蕩れた。
◇
目を瞑って花門を通り抜けようとして足が竦んだあたしを、獣王様が横抱きにして放り込んだ。
扱いが酷いような気もするけど、うさぎ様の頭突きよりは平和的かと考え直した。
日が沈みゆく湖の畔で、あたしは頭の中で絡みあった糸をほどき始めた。
花族の姫と、獣族の王が道ならぬ恋に落ちた、と。
だけど花族は獣族を毛嫌いしていて、逆に獣族は異種族婚姻に寛大。
うん。完璧だ。
あたしは今日、働きすぎた。
何だか眠くなってきたよ……。うさぎ様……。
花門の傍で、某国民的号泣必至アニメの主人公ばりにへたり込んだあたしは、体力気力の限界を感じていた。
ほら、まぶたが重くなってきた。
有り体に言えば、今すぐ寝たい。ここで眠りたい。
だけどあの髭宰相がいつ表れるかわからないような危険な場所で、寝入る愚は犯さない。
あたしは這うようにして、城へと向かった。
早急に布団に潜り……もとい、花姫に報告をしたいあたしの前に立ち塞がったのは、さっき見捨てたセリカさんだった。
花姫の守り役のくせに、結構傍を離れてるよね。
花姫が髭宰相と会食中だからかな?
あの髭、セリカさんを見下してたもんね。
綺麗に整えられたオールドローズガーデンの、陰に隠れようとしたあたしは、息を乱したセリカさんの瞳にばっちりと映ってしまった。
「――――芽生さん!」
呼び止められたあたしは潔く彼の前に身を晒した。
口にはせず、表情で心の声を伝えておく。
ミツレとまったり、いちゃついてればよかったのに。
花族同士どうかお幸せに。
無言の拒絶が突き刺さったのか、セリカの表情が歪む。
「あれは誤解です」
「ふぅん?」
あたしは一応、言い訳に耳を貸すことにした。
セリカさんは、至極真面目に弁解をした。
「彼女が目眩を起こして、支えていただけなのです」
何!?あの血の気の多そうな悪女が目眩だと!
演技に決まってるじゃないか。何でわからないの?
あたしがやれやれとため息をつくと、セリカさんは涙目でむっとした。
「芽生さんも、宰相様と抱き合っていたではありませんか」
あれは襲われてたって言うんだよ!一緒にするな!
ちょっとミツレに同情しかけたよ、全く……。
「怒って、おいでなのですか……?」
躊躇いがちにうかがってくるセリカさんだが、何か……声音から抑えきれない喜びがにじみ出てる。
まさか……、あたしが嫉妬してると思ってますか?
「心配なさらずとも、私には芽生さんだけですよ」
「いや、あの……」
何の心配もしてないんだけど。
「お部屋に帰りましょう」
「は、はい……」
笹舟のごとく流され、あたしはセリカさんの後に続いた。
「ジエラは?」
「会食中です。芽生さんはお食事、いかがなさいますか?」
「あたしは……眠い、かな」
あたしは食事を遠回しに断った。
食い気より眠気だ。
意識したら、あくびが止まらなくなった。
「お疲れのようですね。でしたら今日も、夜食を用意しておきましょう」
「ありがとう。……でも、深夜にあたしの部屋へ出入りしてると、変な噂されない?」
実際にはすでにされているけど、そこはあえて伏せておく。
純情なセリカさんがショックを受けてしまうかもしれないし。
「噂、と言いますと?」
そこから聞くの?察してよ。男でしょ。
あたしの訴えが正確に伝わったようで、セリカが赤面しながら面映ゆそうに言った。
「私たちが、公認の仲になっていると言うことですね」
何で嬉しげなの!?
愕然としているあたしの横で、はにかみながらも真っ直ぐ歩いているから恐ろしい。
セリカさんはミツレじゃなくて、あたしに毒されている。
あの告白もどきが、ここまで尾を引くとは。
城へと入り、数人の使用人たちと擦れ違ったけど、セリカさんは堂々とあたしを隣に置いていた。
セリカさんの思考回路を、どうにか正常に戻せないものか。
あたしは考えた末に、百年の恋も冷めてしまう最低なことをぽつりと口にした。
「今日、すごい好みの男の人と、森で密会してきた」
セリカさんの足が止まった。
あたしは数歩進んだところで振り返って、――――即、後悔した。
セリカさんの澄んだ瞳から滂沱の涙が溢れだし、頬を滑り落ちて廊下を濡らしていた。
「ご、ごめんなさい……」
冗談が通じないことを忘れていた。
あたしは鳥頭か。
「私というものがありながら……」
そうです。すみません。あたしが悪かったです。
だから、こんな公衆の面前で泣かないで。
またミツレたちに苛められるじゃないか。
「私を試しておられるのですか……?」
「そ、そういうわけでは……」
「ならば何故、そのような酷いことを仰るのです」
「それは……」
「やはり先程の件をまだ疑っておいでなのですね」
悄然とするセリカさんをどう浮上させるか悩んだあたしは、彼の手を取り指を絡めた。
いわゆる恋人繋ぎだ。
照れるね、これ。
虚を突かれた様子のセリカさんに、あたしは言った。
「この世界ではどうかわからないけど、これは恋人繋ぎっていうんだよ」
恋人、という言葉が効いたのか、セリカの涙はぴたりと止まった。
顔は言うまでもなく、真っ赤だけど。
そして拗ねながら、小さくつぶやく。
「……多情な貴女を、今回は許します」
はいはい。ありがとうございます。
ことが無事収まり、あたしは一つ、ふわりとあくびをしたのだった。
うさぎ様の名前がついに出ました。獣王様しか呼ばないと思いますが。
芽生とセリカさんは、予定していないのに、しょっちゅう揉めてしまいます……。




