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十四話、いざ、恋文を届けに参る!



「明日は朝八時集合じゃよ」


 早めに切り上げさせて貰ったあたしに、ストベルおじさんがそう言った。


「ストベルさん。芽生さんは花姫様の使い魔ですので……」


「姫様が使ってない時だけで良い」


 やんわりと仕事を辞めさせようとしたセリカさん。

 ストベルおじさんの方が一歩上手だった。


 苺の収穫もなかなか楽しいし、蜜蜂たちは可愛いし、あたしは一日で結構馴染んだと思うよ。


 セリカさんに引き摺られるように手を引かれ、あたしはストベルおじさんたちに軽く手を振った。

 繋がる手のことを言及すると、またセリカさんが狼狽しそうなので、あたしは黙っておくことにした。


 城へと着くと、あたしは早速花姫の私室に向かった。

 ちゃんと恋文書けたかなぁ、と考えていると、ドアの前で例の彼女たちと出くわしてしまった。


 使用人……じゃなくて、侍女。

 お団子少女とミツレを含めた数人の侍女が、あたしの正面へと立ちはだかった。


「花姫様の守り役様が行かれなくとも、わたしどもが使い魔をお連れしましたのに」


 また四方八方からつつかれながら歩くのは遠慮したい。


「お気遣いありがとうございます。ですが、皆さんはどうぞご自分の仕事をなさって下さい」


 真面目な態度を崩さないセリカさんからは、職務を全うせねば、という固い意思を感じる。


 あたしのことは、セリカさんの仕事の範疇なのかな?


 セリカさんが彼女にはたちをすり抜け、ドアをノックをすると、中から花姫の鈴を転がしたような愛らしい返事が聞こえてきた。

 それを受けて、セリカさんが紳士的にドアを開けてくれる。

 あたしは促されて、花姫の部屋のドアを潜ったとき、セリカさんがミツレに呼び止められた。

 恥ずかしがり屋の少女みたいに俯きながら、すかさず潤んだ上目遣いをしてセリカさんを誘惑する様子が、振り返り見たあたしの目に焼き付く。


 あたしのセリカさんがミツレの毒牙に!


 閉まりゆくドアの向こうの二人を気にしながらも、飛び付いてきた花姫に思考を持っていかれた。

 ごめんね、セリカさん。


「芽生!書けました!これをあの御方へと届けて下さいますか?」


 あたしの肩にぶら下がり鞄化している花姫が、淡い紅色の封筒を差し出した。

 宛名はなく、花姫の名前だけが記された手紙は、それなりの厚みがあった。


 強いて言うなら、文庫本一冊分くらい。


 何か物語でも書いたの?

 ロウゲツ様、読めるかなあ……。


 あたしがその封筒を受け取ると、花姫がどこかへと走って行き小さめの鞄を小脇に抱えて戻ってきた。


「これをお使い下さい」


 差し出されたのはどう見ても花姫お手製の鞄。

 肩から掛けられるように紐が長めに設定してあり、布製で軽い。

 所々ほつれている点と、血痕さえ気にしなければ使えないこともない。


 これに入れて配達して来いと?

 でも、あたしが作ったと思われたら嫌だな。


 それでも封筒を仕舞い、あたしはその鞄を袈裟懸けにした。


「花門まで一緒に行く?」


「行きたいのですが、夕食は父上と、……宰相様とご一緒しなくてはいけないと決められてしまったのです」


 花姫は憂い顔で目を伏せる。

 森へと行かないよう、監視されてるのかもしれない。

 だからこそ花姫は、あたしを召喚したんだろうけど。


「大丈夫。ちゃんと届けて来るから」


「お願いします……」


 あたしは一つうなづいた。


 よし!いざ、恋文を届けに参る!


 意気込んで花姫の部屋の扉を開けたあたしの目に飛び込んで来たのは――――、


「――――芽生さんっ……!?」


 狼狽するセリカさんと、彼の腕に身を委ねた悪女ミツレだ。


 というか、一国の姫の私室の前で何故?


 出鼻を挫かれるって、こういうことを言うのか。


 セリカさんがミツレの扱いに困っている。

 べったりとくっつかれているのに、顔色が悪い。

 浮気現場を彼女に押さえられた哀しき男の表情だ。


「あたし、忙しいから」


 どうぞご勝手に。


 脇をすり抜けるとセリカさんの、誤解だと叫ぶ声がした。


 いや、わかってるからね?だけど、助けませんよ。今、急ぐから。


 こうしてあたしは、もやもやした気持ちのまま花門へと向かったのだった。




            ◇




 花門は相変わらずの暗さを誇っている。


 何でもっと明るくしないのかな。

 考える人がいる地獄の門みたい。……見たことはないけど。


 自分で飛び込むには、かなりの勇気が必要だ。


 よ、よーし。いざ……って恐い!恐いよ!


 異次元空間に片足を入れたところで固まってしまった。

 見事に足首までが闇に飲み込まれている。

 爪先で辺りを探るが、思った通り、足場はない。

 逡巡するあたしの耳に、どこからか声が届いた。


『――――目を閉ざし、森を希うが良い』


 こ、これは、獣王様のお声……?


 あたしは指示に従い、目を閉じた。


 森を希うってことは、うさぎ様への愛情を伝えればいいのかな?


 うさぎ様うさぎ様。そのむくむくなお体に、どうか飛び付かせて頂きたく存じます。

 綺麗なピンク色のお耳に、愛らしいお鼻、つぶらな瞳も堪りません。

 ですが一番はやはり最上級の毛並みでして……。

 確実に断られるでしょうが、抱き枕に――――。


 そこであたしは、足首を花門の内側から思いっきり引っ張られた。

 

「え……?」


 間抜けな声を上げたあたしは、暗闇へと引きずり込まれた。




            ◇




 気づくとまた、草の絨毯に仰向けで目を覚ました。

 あたしは無意識にうさぎ様のむくむくボディを探した。

 だけど、あたしを覗き込んだのは、獣王様だった。


「芽生、と申したな。使い魔の娘。麗しき乙女の使いで参ったか?」


 獣王様が手を差し出してくれたので、あたしはその手を取って起き上がった。


「う、麗しき……?もしかして、ジエラのことですか……?」


 獣王様はそばにあった大樹の迫り出た根へと、雅やかな仕草で腰掛けた。

 あたしは何となく地面へと正座する。

 だって相手が王様だもの。臣下みたいにした方がいいよね。


 獣王様は、花姫のことを知ってる感じ。

 あたしが花姫の使い魔だって、うさぎ様が教えたのかな?


「然様。花族の姫君、ハルジエラ」


「ジエラのことをご存じなのでしょうか……?」


 あたしがうかがうと、獣王様は艶やかに笑んだ。


 まずい。色気でくらくらしそう。


「名を知らぬ者はおらぬよな。……して、何用で参った?婚儀の報せならば、その辺りに捨て置けば良い」


 獣王様の笑みが、黒い。

 獣めいた瞳が鋭くあたしを貫いている。


 えぇー……。何か、怒ってませんか獣王様。


 恋文を持って来たはいいけど、肝心のロウゲツ様に渡す前に、とんでもない障害が現れたよ。


 あたしはびくびくしながら外堀から攻めた。


「あのぉ、例えばの話ですが……、花族と獣族間の恋愛とかは……」


「何」


 獣王様の眼光があたしを向いた。


 ひぃ……。怒らせた?あたし、王様を不快にさせましたか?

 打ち首ですか!


 あたしのくるくる変化する表情に興味がないのか、獣王様は眉一つ動かさずに淡々と続けた。


「さほど異なことではあるまい」


「ひぃ……、ん?……え?」


 今、何て……?


「使い魔よ。花族の者が、我が獣族をどのように説明したかは想像に易い。大方、捕らわれるなどと、のたまっておろうな。愚かしい者どもよ」


「え……?違うんですか……?」


「元より、獣である我が種族と植物を主とする花族の者とではいさかいが絶えぬ。隔世では争いのようなことがあったことは認めよう。だが、有無を言わせず連れ去るなどという蛮行はせぬ。当世においては、尚の事」


 んん?何か、混乱してきた。

 獣族って意外とまともな種族なんじゃない?


「でも、……うさぎ様も、誤解を受けるから逃げろって」


「我が種族に仇なす者を、捕らえずしてどうする」


 諜報員は捕らえるの?

 当たり前な気もするけど、だからこそ誤解が生じてるということか。


 ……ちょっと、待て。話が違わないか?

 使い魔だからこそ、捕まるんじゃないの?


「で、でも、花族でいなくなった人がいるから、こうして警戒して使い魔を送るんじゃないですか……?」


「然様。いなくなった花族の者は此方の国に居る。其者達は、自ら此方へと参ったのだ」


「……え?」


 ぽかんとするあたしに、獣王様がその名に相応しい、気高い微笑をして明朗に告げた。



「――――駆け落ちをして」



獣王様再びです。うさぎ様は、出てこないかな。

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