十三話、使い魔たちとの交流。
スカートをたくし上げ、腕捲りをしたあたしは、労働の厳しさを痛感して苺畑に沈んでいた。
主に腰が。腰が……。
励ましているのか、責っ付かれているのか、あたしの頭上を蜂たちがぐるぐると旋回している。
今気付いたけど、この蜂たちは蜜蜂だ。
よく考えたら、蜜を集めるのも苺を収穫するのも、作業としては同じじゃないのか?
あたしにとっての苺のサイズが、蜜蜂にとっての蜜サイズだと思う。
あれ?あたしって、苺収穫のために異世界に召喚されたんですかね?
「おーい!昼休憩じゃー!」
遠くの方で、米粒みたいなストベルおじさんがあたしと蜜蜂たちを呼んでいる。
蜜蜂たちは猛スピードで飛んでいき、あたしは二足歩行でよろよろと最後尾からついていく。
羽って、なんて便利なんだろう……。
いや、だめだだめだ、あたし。
蜜蜂を羨むなんて、どうかしてる。
熱中症になるほど強い日差しはなく、過ごしやすい春の麗らかさかだというのに。
蜜蜂たちがストベルおじさんの前に列を作り、あたしは当然一番後ろに並んだ。
お昼ご飯、何かな。蜜蜂たちは何を食べるのかな。
蜜蜂だし、単純に考えて蜜とか?
まさか、虫とかではないよね。……ないよね?
どんどんと前列の蜜蜂たちが捌けていき、順番待ちをするあたしは、ひょいっとストベルおじさんの手元を覗いてみた。
ストベルおじさんは緑色の小さな葉っぱを皿にして、やかんから透明な液体をそこに注いでいる。
え、何……それ。
あたしが固まっている間に、順番が回って来てしまった。
ストベルおじさんは葉っぱを手にしてから、あたし姿を上から下まで眺め見て考慮したのか、大きめの葉っぱに持ち替えると、例の液体をなみなみとついだ。
おっとっと。何これ。何これ。貰っても困るんだけど。
あたしは両手で葉っぱを崩れないように支えて、液体を溢さないように空いている場所へと移動した。
うぅ、ちょっと手についた。べたべたしてるよ、これ。
地面に直に座り、危険物でないかまず匂いを嗅いでみた。
鼻孔をくすぐるのは、ほんのりと甘い香り。
うん。……いけそうだな。
とりあえず、虫とかじゃなかっただけ、ましと思うことにしよう。
あたしはおっかなびっくり舌の先で、液体舐め取った。
甘い。甘いよ。甘い、けど……。これって、砂糖水?
あたしは思いきって、葉っぱの縁に口をつけ、ごくりと一口飲んでみた。
甘ぁ……。
確かに疲れた時には甘いものかもしれないけど、これだけでは味気ない。
よし。商品の交換を願い出よう。
「あ、あのぉ……」
「どうしたんじゃ?」
ストベルおじさんさんは砂糖水を飲みながらあたしを見た。
えっ!?ストベルおじさんもそれなの!?
使い魔のあたしには、もはや口をつぐむという道しか残されていないのか。
がっくり肩を落としたその時、
「――――芽生さん!」
あたしは砂糖水から顔を上げて振り返った。
あたしの目に映ったのは、城の方角から籐のバスケットを抱えて走ってくるセリカさん。
「芽生さん!何故勝手に出歩くのですか!」
怒らないでよぉ……。あたしは真面目に苺の収穫をしてたんだよ。
苺狩りなんていう、お遊びじゃなかったんだから。
セリカさんは少々息切れをしながら、あたしの傍まで来ると、さらに目を剥いた。
「何ていう格好をしているのです!?腕も足もこれほどまで晒……」
セリカさんは突然言葉をなくして、みるみる真っ赤になった。
あたしの剥き出しになった太股を、死んでも見ないように、目をぎゅっと瞑り顔を背けている。
この世界ではショートパンツどころか、ハーフパンツも履けないな。
「芽生さん!早くお直し下さい!」
スカートが長いと邪魔なのに。
あたしは仕方なく、スカートと袖を元に戻した。
「セリカさん。もういいよ」
あたしの声に、ほっと胸を撫で下ろしたセリカさんが、改めてあたしに説教を始めた。
「何故このような場所にいらっしゃるのですか」
ミツレたちにいじめられました!とは言わないのが、フェアな精神じゃないかな。
「使い魔たちとの交流に」
あたし、なんか留学生みたいで格好いい。
すると蜜蜂たちが、あたしの周囲に集まりだした。
人気者のあたしは、彼らにご飯のお裾分けという名目で、砂糖水を上手く処理した。
「「わーい!ありがとぉ!」」
ついに幻聴が聞こえ出した。
蜜蜂の声で驚くほど、あたしの心臓はやわじゃない。
うさぎ様以上のインパクトを与えられる存在は未だ皆無だ。
「んん?……あれ?今、蜂……しゃべった?」
蜜蜂たちは、あたしの葉っぱから砂糖水を飲むのに忙しく、誰も答えてはくれなかった。
ちょっと、残念。
「芽生さん。また表情が多彩なことになっていますよ」
「はい……。でも、セリカさんは、どうしてここへ?」
セリカさんは服が汚れることも厭わず、あたしの隣へと腰を下ろした。
「姫様が捜しておいででしたので。侍女たちの話では、苺畑に意気揚揚と出掛けて行ったと」
う、嘘をつくな!!
皆で取り囲んで、引き摺って来たくせに!
「苺畑の使い魔たちの頂点に君臨すると、豪語されていたとか」
誰だよ!絶対お団子少女かミツレじゃん!
あたしをどんなキャラに陥れるつもりなんだ。恐ろしい。
「空腹かと思いまして、ささやかながら、昼食をお持ち致しました」
セリカさんがバスケットを空けて、そこにパンとサラダと果物を綺麗に並べた。
菜食主義国家で、本当は物足りないんだけどね。
でも砂糖水に比べたら、ありがたい限りだよ。
「おじさんも、一緒にどうですか?」
あたしはストベルおじさんを誘ってみた。
だって、砂糖水だけなんて体が持たないって。
だけどストベルおじさんは笑いながら首を横に振った。
「年寄りにはこれで十分なんじゃよ」
なるほど。こうなってくると、ストベルおじさんの年齢が気になるな。
花姫の父上殿が二百歳弱で見た目が三十代。
ならば見た目が六十のストベルおじさんだと……四百……、いや。計算なんて愚かなことは、止めよう。
そしてセリカさんは放置している間に何故か、赤くなってるし。なのに妙に、誇らしげ。
「芽生さんは、誰に対してもお優しいです。使い魔たちにも、ストベルさんにも」
ストベルおじさんの件は、まぁいいとして、使い魔たちにはかなり打算を働いていたのに。
ごめんね。蜜蜂たち。
「喉が渇いたでしょう。どうぞ、冷たいお茶です」
竹筒らしき水筒を手渡されて、あたしは迷わず一気に煽った。
冷えた緑茶が異世界で飲めるなんて、感動。
麦茶じゃなくて、緑茶を選ぶ辺り、セリカさんはあたしの好みを熟知している。
たった一日二日で、一体どうやって?
単に趣味が合うのかな。
「ありがとう。美味しい」
セリカさんは、控えめにだが、顔をほころばせた。
たぶん近くにストベルおじさんがいるからだと思う。
「さあ、お食事をなさって下さい。姫様もお待ちですので」
そうだった。ここからが、あたしの本領発揮。
うさぎ様に加護を承ったあたしは、森では自由なんだよね。
ロウゲツ様を見付けられるかな。
獣族のことは獣王様に聞いた方が早いけど、これって知られたらだめな話だよね?
花族と通じているロウゲツ様が、もしかしたら捕まってしまうかもしれない。
「――――芽生さん。食事中は他ごとを考えずに集中してお食べ下さい。先程から、溢してばかりですよ。何故姫様の真似ばかりされるのですか」
花姫の真似した覚えもないんだけどな。
あたしがぽろぽろ溢したパン屑を、蜜蜂たちが運び去ってくれるから平気なのに。
何か、懐かれてる?蜜蜂可愛いじゃん。
「……好かれておいでですね」
あたしの回りを飛び交う蜜蜂たちを、セリカさんがちょっとだけ拗ねて見つめている。
こうしてあたしは計らずも、蜂たちに頂点に君臨したのだった。
スカートはたくし上げて軽く内側に巻いていただけなので、両手が塞がる芽生はたぶん肘で直したんだと思います。




