十二話、いびられ使い魔のお仕事。
これはただの新入りいびりじゃない。
花姫がいそいそとロウゲツ様に恋文をしたためている間、与えられた自室に戻ろうと廊下を歩いていた時だ。
「――――ちょっと、そこの使い魔」
あたしは呼び止められ振り返った。
もう使い魔が板についてきたのか、違和感なくあたしのことだと思ってしまった。
慣れって恐い。
あたしを引き止めたのは花姫の給仕をしていた例の少女たちだ。
心なしか、人数が増加している。倍増してる。
つんと澄ました、薄紫の髪をお団子に纏めた少女が、顎を上げてあたしを見下している。
とはいえ、あたしの方が背が高いので、少々滑稽だった。
笑わないよう、注意しないと。……くふっ。
「不審な表情をする蜂ね。こんなとこにいないで、花畑にでも行って蜜でも集めて来なさいよ」
少女があたしに、命令口調でそう言った。
「それとも苺畑で受粉の手伝いでもする?」
してもいいけど、時間掛かるよ?あたし、蜂に変身出来ないから。
でもあれって、蜜を集めがてら、手足に付いた花粉を運ぶんじゃなかった?
一挙両得だけど、蜂からしてみれば、知らぬ間に働かされてたってところか……。何が切ない。
あたしはついに、蜂目線で物事を捉え始めた。
たぶん元の世界に帰ったとしても、蜂には親近感を抱くと思う。
「やるかやらないのかはっきりしなさいよ。使えない使い魔なんて処分されるわよ」
ずい、と詰め寄られて、あたしは廊下の壁に背中をつけながら、首を竦めた。
「や、やらせて頂きます……」
だって断ったら怪しまれるでしょ。
あたしの仕事は極秘任務で、隠密みたいなものだし……。
ちょっと格好好いな、あたし。
だけど、表向きは使い魔の蜂らしくしないと。
「初めからそうしなさいよ。使い魔は使い魔らしく、分をわきまえるのね」
肝に命じます。
何か理不尽だけど、耐えろ、あたし。
「何でも、召喚されて早々に花姫様の守り役様に粉かけたそうじゃないの。蜂のくせに、見苦しい」
えぇ、ごもっとも。鱗粉とかないけど、粉かけました。
あたしだって、初対面のセリカさんに告白するなんて思ってなかったよ。
あれは例えばの話だったのに、誰が広めたんだ。出て来い!
「お陰でミツレったら、すっかり元気をなくしちゃったじゃないのよ」
ミツレ?誰のこと?
少女たちは列を割り、一番後ろで守られていた少女を前へと誘った。
ミツレと呼ばれた少女は、目元にハンカチを当てて俯いている。
顔は隠れていても、髪型と色に見覚えがあった。
あ!さっきあたしの足を踏みつけた子でしょ!
か弱い振りして、一番悪辣だったよ、この子。
「セリカ様がお可哀想……。ぶんぶんと煩わしい蜂が飛び交って、お仕事にも影響が出たらと思うと、わたし……」
ぶんぶんって……。歌が出てきそう。
仲間意識が強いのか、彼女たちは皆で仲良くミツレを慰めだした。
これってよくある校舎裏での一幕だよね。もしくは、女子トイレか。
言い返して良いものなのか?
だって、セリカさんが仕事に私情を持ち込むかなぁ?
それに仕事って花姫のお世話でしょ。他の事考えてる余裕なんてないよ。
「あたしは、別に……」
「昨夜だって、無理矢理部屋に連れ込んだのだわ。……酷い。この蜂は、強かな蓮葉女よ」
確か、品行の良くない女性って意味だったよね……。
いや、待て待て。酷いのはどっちだ!
怒っていいですか。いいですよね。
うさぎ様だってきっと、許してくれるはず。
あたしはミツレに、毅然と立ち向かおうとしたが、縮こまっている上体は彼女たちに迫られ過ぎていて動かせない。
何てことだ。
「苺畑に連れて行くわよ」
あたしは選択の余地なく、苺畑へと引き摺られていった。
◇
件の苺畑は青空の下、遥か彼方まで青々と続いていた。
……無理だよね。一蜂が受粉可能な範囲を、越えに越えてるよね。
茫然とするあたしを、お団子少女が地面へと突き飛ばした。
あたしは顔面を土につかないよう、何とか両手で踏ん張った。
「ストベルおじさんに扱き使われるといいわ」
捨て台詞が悪役めいて聞こえるのは、あたしだけでしょうか……。
お団子の少女はふん、と鼻を鳴らして踵を返し、他の少女たちもしずしず従い城へと帰っていく。
苺畑で這いつくばるあたしに、最後尾についたミツレが高慢ちきな一瞥を残し、スカートを翻し去っていった。
何て裏表のある女だ!
セリカさんがあの女の毒牙にかからないか心配で夜も眠れないじゃないか。
皆、清純で可憐な表の顔に騙されてる。
常に心情を顔から放出しているあたしからしたら、羨ましいことこの上ない。
くぅ、羨むな、あたし。
「これ、そこの。不審な顔したお嬢ちゃん」
明朗な声に導かれて顔を上げると、おじいさんが額の汗をタオルで拭きなから、あたしを手招きしていた。
何というか、某国民的アニメのパンを作るおじさんにそっくりだ。
違うのは、デニムのサロペット……オーバーオールを着て、鍬のような農具を土へと立てているところだけ。
この畑の管理者だろうか。
お団子少女が言っていた、ストベルおじさん?
あたしは手足の土を簡単に払い落として、おじさんの元に駆け付けた。
「使い魔か?」
「使い魔……です」
蜂の姿になれって言われたらどうしよう。
「何が出来るんじゃ?」
「え?」
「使い魔にも個性があるでな。得意なことをさせるのがこの畑のモットーじゃ」
ストベルおじさんが、あたしから畑へと視線を移した。
あたしも苺畑をよく観察してみた。
飛び交う蜂たちは、蜜を運んだり、受粉したり、他の虫が付かないよう追い払ったりして、各々が出来ることを一生懸命に行っていた。
その苦労を形となって表れたのが、この艶やかな苺なのか。
宝石のように、太陽の日差しをたくさん浴びて、輝いている。
さぞかし甘い苺なのだろう。
種類も豊富で、目を極むと、白っぽい苺や、一口では入りきらない大振りな苺も生っていた。
あたしの得意なことって何だろう。
運動とか、体を動かすことは得意な方だ。あまりそうは見られないところが哀しいところではあるけど。
頭を働かせるよりは、向いていると思う。
だけど、何度も言う。
あたし、蜂じゃない。
蜂が簡単に出来ることでも、あたしには荷が重い。
この際、人間として何が可能か考えよう。
苺畑で役立てることと言えば――――。
あたしは閃き、躊躇いがちにそれを口にした。
「……収穫、とか?」
白状しよう。他に思い浮かばなかった。
仕方ないじゃないか。苺畑に詳しくないんだもの。
恐縮するあたしだが、ストベルおじさんは笑顔で「良い良い」とうなずいた。
いいの?本当に?
「一人じゃ収穫は大変でのぉ。助かるわい」
採用決定ですか!?
しかも即戦力扱いだ。
期待の大型新人、青峰芽生です!
ストベルおじさんはあたしの肩を、ぽんぽん打った。
そして早速、ノルマを課した。
「ではここから、あそこまでを夕方までに収穫しとくれ」
ストベルおじさんはあたしの立つ位置から、地平線の先までを指差し言った。
……冗談でしょ?
ストベルおじさんをうかがったが、嘘みたいに晴れやかな表情をしている。
「ゆ、夕方には、所用が……」
何とか配分を減らして貰わねば。
あたしの小細工虚しく、ストベルおじさんは鷹揚に笑って、こう言った。
「だったら昼までに終わらせることじゃな」
うさぎ様……。あたしはとんだブラック企業に就職したようです。
農具は備中鍬です。




