表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/60

十一話、夢中の遭遇。


 あたしはたぶん、夢を見ている。


 あたしの意識は朧気なのに、周囲の景色は妙に鮮明だった。

 うさぎ様のいる森に、あたしはふわふわとした心地で漂っている。

 うさぎ様どこかなぁ、と彷徨っていると、木々の向こうで何かが揺れた。


 あれ?人がいる?


 あたしはおそるおそる近付くと、誰何する声が飛んできた。


「――――白帝か」


 覗いた樹木の向こうにいたのは、着流しの男の人だった。


 振り返ったことで、黒と茶色が混じったような髪が、鋭くあたしを見据える金の瞳の上に、ヴェールのように掛かった。

 男前な相貌で、風雅な濃紺色の着流しが、誂えたように似合っている。

 少し日に焼けた肌に、男らしさと色気を漂わせていた。


 あたしは怪しまれているみたいなので、とりあえず名乗った。


 ――――あたしは、はくていさん?じゃないです。青峰芽生です。


 すると彼はふと眉を顰めて、考えるように指を顎へと添えた。


「朧朧たる其の姿……、門を使わず此処へ来たか。−−−−花族の者か?」


 ――――あたしは、使い魔です。青い蜂。ブルービー。


 彼は目を見開いて、一瞬驚きを露にしたが、すぐに、くくっと短く笑い声をもらした。


「使い魔が、私と同じ加護を持つか」


 ――――加護?うさぎ様のくれた加護のことですか?


 あたしが尋ねると、途端に彼は腰を折って、くつくつと笑いだした。


「うさぎ様とは。ああ、何とも愛らしき呼称。彼の者も、さぞかし悦喜しておろうな」


 うさぎ様。この呼び方変でしたか?

 ものすごく、愉快そうに笑われている。主にうさぎ様が。


 何者なんだ。この男前は。

 うさぎ様とも親しそうだし、獣族?あたしもしかして、捕まる?


 そんなことを考えていたら、曖昧模糊としたあたしの体が、さらに形を無くして霧のようになっていった。

 彼があたしの様子に気付くと、笑いを収めて、凛々しい顔付きになった。


「今は帰られよ。慣れぬ内は、花門を通って来るが良い」


 ――――あ、待って。あなたは誰ですか?


 あたしは薄れていく視界の中で、唯一それだけ問い掛けることが出来た。

 すでにあたしの耳は聞こえなくなっている。声も、もう出ない。

 

 ぼやけていく彼はふふっ、と微笑み、赤い唇をそっと動かした。



『――――獣王』



 確かに彼は、そう囁いた。




            ◇



「獣王様ぁ……?」


 あたしは腕を伸ばした状態で目覚めた。

 寝台に埋もれて、二度寝しようと再び閉じかけたまぶたを、次の瞬間ぱちりと解き放った。


「じゅ、獣王様!?」


 その名の通り、獣族の王様?

 あたし、そんな御偉方と普通に話をしちゃったよ。

 これって、誰かに言ったら烈火の如く叱られるやつじゃないの?

 どっちの種族にも怒られるやつでしょ、これ。


 ここは閉口あるのみ。

 あたしは獣王様との遭遇を、胸の内に秘めた。


 あたしと同じ加護を獣王様も持っているって言ってたよね。

 うさぎ様が信用しているなら、獣王様って悪い人じゃないのかもしれない。

 人かどうかは、まだよくわからないけど。


「――――芽生?起きましたか?」


 寝室の扉の隙間から、花姫がひょっこりと顔を出した。


 気まずそうなのは、あたしが大嫌いと言ったせいか、もしくは一人先に就寝したからかだ。


「起きたよ。おはよう」


 あたしが全てを水に流して声を掛けると、花姫はぱぁっと表情を輝かせて飛び付いてきた。


「わたくし、芽生に嫌われてしまったかと……」


「嫌ってないから、離れてね」


 花姫を肩からぶら下げて、あたしは寝室を後にした。


 朝食は皆それぞれの部屋で取るらしい。

 だけどあたしは、花姫の部屋で一緒に朝ご飯を食べることにした。

 血痕が黄色く残るテーブルクロスで、あたしと花姫が向かいあって座る。

 使用人なのか、花姫と同じくらいの年頃の少女たちが給仕をしてくれた。


 あたし、使い魔なんだけど、いいのかな?


 無表情で黙々と働く彼女たちの心情を察することは出来ずに、あたしは声を潜めて花姫へと尋ねた。


「セリカさんはどうしたの?」


「セリカでしたら朝礼と業務報告に行っています」


 セリカさんお仕事か……。ちょっと、寂しい。


 花姫と二人きりだと、あたしが守り役代行みたいになるし。


 ため息をつくと、給仕してくれている少女と目が合った。ハチミツ色のミディアムボブを一つに結った可愛らしい少女だ。


 やっと感情を見せてくれたけど、何か……冷ややかじゃないですかね?

 あたしが使い魔って知ってるのかな。

 しかもさりげなく花姫ばかりにサラダを盛ってるし。

 一度気付くとだめだね。あたしの扱いははっきり言って、雑だった。

 姑みたいに小言を言うつもりはないけど、形の悪い果物ばかりあたしの器に入れないでよね。


 花姫は鈍感だから、全く何も気付かずに、しょりしょりリンゴを食べている。


「花族って、植物の精なんだよね?」


「そうです」


「これって共食いじゃないの?」


 あたしはサラダをフォークで示して、純粋な疑問をぶつけてみた。


 すると場の空気が、瞬時に戦慄した。


 花姫の顔色がみるみる青ざめていき、給仕する少女たちも愕然とした表情であたしを見つめてくる。


 ごめんなさい。あたしが悪かったです。

 だからそんな目で見ないで。恐い、恐いから。


「芽生……何て恐ろしいことを……」


「……うん。ごめん……」


「わたくしたちは植物の精ですが、植物自体ではないのです。この体が本体で、植物に成り代わることも出来る、とお考え下さい」


 つまり、花姫だったらハルジオンに変身出来るって解釈でいいのかな。

 

「植物になる時はどんな時なの?」


「そうですね……身を隠す時とか、でしょうか。後は……いえ、これはわたくしたちには関係ありませんね」


 いや、気になりますが。まぁ、関係ないなら、今は聞かないけども。


 だってあまり迂闊なことを言って、給仕の彼女たちに怪しまれても面倒。

 あたしはとりあえず、形の悪い果物をひたすら処理することにした。


 あたしのカップに並々と紅茶が注がれるのを横目に、昨夜セリカさんが淹れてくれたものは美味しかったなぁと現実逃避する。


 ……だめだ。言いたい。紅茶が溢れそうだって、言ってやりたい。


 水面張力でカップの縁より紅茶が浮いて見える。


 どこで学ぶの、こんな技術。

 そしてどうやって飲むの、これ。

 手を使わずに口だけで飲めと?


 新入りいびりかぁ……。

 どこの世界も、考えることは同じなんだね。


 花姫が鈍いせいで、苦言を呈してくれる人がいない。

 セリカさんさえ、いてくれれば。

 あたしのことを大切にしてくれるって言ったのに。肝心な時にいないんだから。

 でも昨日は髭宰相から守ってくれたし、今は我慢だ、あたし。


「あまり食事が進んでいないようですが……」


「う、ん。……夜中に少し食べたからかな。セリカさんが美味しい紅茶を淹れてくれて……」


「セリカの紅茶はわたくしも好きです。夜中のお茶会だなんて、素敵ですね」


「お茶会ってほどじゃないよ?部屋で二人、まったり紅茶を飲んでただけだし」

 

「お部屋で、二人きり……ということは、セリカとお付き合いを始めたのですか?」


 え?何でそうなるの?

 ……あれ?あたしたちって、付き合ってるの?

 だけど、あたしから意味不明な告白したよね。

 昨夜の告白はセリカさんが了承したというサイン……?

 いや、違うな。あの純情青年は、単にあたしの身を案じてくれているに過ぎない。

 お人好しの好青年なだけだ。

 浮かれると痛い目見るやつだよね。


「付き合ってないよ?」


「お似合いですのに」


 花姫が残念そうにつぶやいた。

 それと同時に、あたしの紅茶が哀しいことに決壊した。

 ソーサーにまで、ひたひた琥珀色の液体が溜まっていく。

 おずおず見上げた給仕の少女は、蔑みの眼差しであたしの頭を貫き、テーブルの下であたしの足を踏みつけた。


 うん。謎は全て解けた。


 あたしは名探偵気取りでカップを持ち上げ、震える指で優雅に紅茶を啜った。



 この宣戦布告、受けてたとう。



ここは菜食主義国家です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ