初日
1月中には投稿すると宣言していながら、2月も半ばを過ぎてからの投稿となってしまいました。
「天離る」さん、「87.62」さん、「14.01+88.91」さん、お待たせしました。僕の初めての作品、是非一読して下さい。
ある日の事だ。私は近所のゲームセンターの中を、独りでぶらぶらしていた。店内は天井の蛍光灯や筐体の画面が煌々と輝き、あちこちにあるスピーカーからはそれぞれ別の音楽が大音量で流れ、洪水となって押し寄せてくる。誰かが出入りする度に開く自動ドアからは、向かいにある焼き鳥屋のタレの甘辛い香り、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。室内にいるため分からないが、外は暮れ方なのだろう。
今はお気に入りのリズムゲームが一段落したところだ。いつものように、次は何をしようかと周辺を物色する。
やがて私はクレーンゲームが集まっている一角に来た。最近はあまりこのあたりのものでプレーしていなかったな、といったことに気付きながら、欲しい景品があるかチェックする。
すると奥まったところに、初めて見る筐体がひっそりと置かれていた。三日前に来た時には無かったはず、新しく設置されたものだろうか、などと考えながら近づく。寄っていくと、どう見ても新しい筐体ではないと分かった。まわりにあるクレーンゲームより二回りほど小さい。あちこちにある塗装の剥げた部分は、その下の鉄板が剥き出しになって錆が浮き、独特の雰囲気を醸し出していた。製造されてから、かなりの年月が経っていることを感じさせる外観だった。
ガラス板で囲まれている景品は、ぬいぐるみだった。全て学生服を着た人形で、男子も女子もいた。よく見ると、同じものは二つとなく、それぞれ別のデザインだった。さらに、それらの着ている制服の中には、私の通っている高校と同じものもある。何で……? 何か言いようのない不安が掠める。まあ、うちの学校の制服、どこにでもあるようなデザインだしね、と気付かないうちに呟いていた。
積み重なったぬいぐるみを眺めていると、その中の一点に目が吸い寄せられた。あれ、隣のクラスの子に似てない……? 心臓の鼓動が速くなる。
しかし、このゲームセンターのゲームを全てプレーしてやろうという野望を抱いている私は、ポケットの端に角が引っ掛かりながらも財布を取り出した。料金を確認すると、二百円で一回、五百円で三回プレーできるようだ。私はとりあえず二百円を投入した。
横移動のボタンが光る。私はさっきの隣のクラスの子に似ているぬいぐるみを狙うことにした。
カカカカ……と音を立てながら、頑丈そうなクレーンが動き出す。
ボタンから手を離すと、隣の縦移動のボタンが点灯する。それを押し、ターゲットの真上にクレーンが来たところで手の力を緩める。
二本のアームが開き、標的の上へとゆっくり降りる。そして、ぬいぐるみをがっちり掴む。良かった、このクレーンは比較的握力が強そうだ。
私はこの機体の攻略を確信した。フッと笑い、まあ私にかかればこんなものかな、などと呟いてみる。
クレーンが持ち上がっていく。それを見て、私は目を疑った。
アームが上がっていくのと同時に、掴んだ周りのぬいぐるみがざわざわと引き寄せられる。そして、意志があるかのようにくっついていく。鈴生りのぬいぐるみの重さに、ただでさえ年期の入っていそうなクレーンは今まで以上に軋んだ音を立てる。
アームが上がるにつれ、アームが見えなくなるほどに張り付いている人形に、さらに人形が連なっていく。
そして、閉じられていたアームがついに重さに耐えられなくなり、開いた。ぬいぐるみの学生たちは奈落へ落ちていった。
私は目の前で起こったことに、ただ立ちすくんでいた。
「そのクレーンゲーム、面白いでしょう?」
その声に弾かれたように振り向く。いつの間にか、私の後ろに男の人が立っていた。歳は二十五から三十くらいだろうか。痩せ形で背が高く、縁無しの眼鏡を掛け、このゲームセンターの店員の制服である緑色のジャンパーを着ている。
あれっ、今一瞬この人の目、紫色に光らなかった……? そう思ってもう一度店員の瞳を見る。あれっ、……何で……。蛇に睨まれた蛙のように、体が動かせない。頭もぼうっとして……。
「このぬいぐるみの中には、強力で特殊な磁石が入っているんです。だからこんな動き方をするんですよ」
そうか……。これは磁石、なのか……。
はっきりしない意識の中で、説明を聞いている。
私には、分からない。多分この人が言っていることは、正しい、んじゃないかな……。
「このおかげ、と言ってはなんですが、このゲームで商品を得られたお客様はいらっしゃらないんです。
ですからあなた様がぬいぐるみを獲られたら、当店初の快挙です。健闘を祈っておりますよ」
そう言って、私に向かって爽やかに笑ってみせた。
しかし、どこかおかしいと感じるのはなぜだろう……。駄目、頭が働かない……。
「それではごゆっくり」
店員は会釈をして立ち去った。
緑色のジャンパーが所狭しと設置された筐体の間を抜け、関係者用通路のドアの裏に見えなくなった。
その途端、体の感覚が戻った。それと同時に、違和感の正体に気付いた。
目が、笑っていなかった。まるで、私を品定めするかのように観察していた。
なんだったのだろう、今のは。
私は呆然と、その場に立ち尽くした。
できるだけ連載の間隔を縮められるように努力します。これからもよろしくお願いします。