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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

なろうだけよ-短編

呪文(英語)を使えない賢者 モクタク

作者: ササデササ

他サイトで掲載していた、『モクタク』の元ネタになった作品です。

思えば、このサイトを見つける前の、本当の処女作品かもしれません。

私が英語を覚えると、モクタクも強くなるシステムを採用した、ブログでの作品のつもりでしたが、挫折しちゃった。テヘ。

 ジリリリリ!

 

 朝6時に目覚まし時計がなる。

 もう少し寝かせろ。

 サボり癖のある、性質の悪い目覚まし時計だ。

 だから、補助者の目覚まし時計が2台ある。


 私は 飯、風呂、洗顔……。

 とにかく身支度を済ませ、向かう先は酒場だ。


 朝から酒場がおかしいか?


 はは。勘違いするな。

 ダメ賢者とはいえ、仕事せずに、朝から飲んでるわけではない。

 小さな、この町では酒場が、ギルドの役割も果たしているのだ。

 酒場の前で、一人の男が私を待っていた。

 

 少し小太り、センターわけの髪型。

 幼さの残る、可愛らしい顔とは裏腹に、ゴツイ鎧を着た男が待っていた。


「モクタク。遅いんだな」

 

 彼はモウ。

 私のパートナーだ。

 職業は戦士。


「そうか? 私の時計では、丁度7時になったところだ」


「大人なら”5分前行動”なんだな。いや、10分前でも遅いんだな」

 

 モウは、おとぼけ、ドジッ子キャラなのだが意外としっかりしている。




 朝の酒場は大変混む。

 だから、中に入るのは徒党の代表者だけ。

 それが、この町の暗黙のルールだ。


 モウを外で待たせ、酒場へと入ってく。

 

 さて、中に入りちょっと化粧の濃い(本人に言ったら怒られるぞ)お色気ムンムン。

 ロングストレートヘアーが、自慢の看板娘、チャオに話しかける。


「やあ、チャオ。おはよう」


 大きく目力のある瞳で見つめながら、チャオは答える。


「おはよう。モクタク。凄いじゃないの~。これで、今週は皆勤賞ね」


「うるさいな。私はやる時はやる男なのだ!」


 一週間の皆勤賞を自慢げに、話す賢者。

 

 それが、モクタクだ!


「それで、いつものあの仕事はあるかな」


「あるわよん。お肉屋さんからのスライムの肉の注文ね。あら、今日は100kgですって、多いわね」


「あぁ、それを頼む。あとは何かよさそうな仕事はあるか?」


「そうね~。

 あ、あったわ。

 子守のお仕事ね。

 16:00~20:00まで子守と留守番をしてほしいですって」


「そうか。しかし、今日はスライム狩りが多いからな」


「お昼までほかの人には、隠しとくわよ~」


 仕事の予約なんて、普通はできない。

 特に、当日の仕事ならなおさらだ。

 まだ、張り紙されているだけ。

 正式に受注してない状態とはいえ、請けた仕事は必ず実行する。

 それが、酒場やギルドのプライドなのだ。


 私は、思わず聞き返した。


「良いのか?」


「だって~。モクタクが毎日来るなんて……。応援したくなっちゃうじゃない~?」


 みんなが普通にこなしていることを褒められる賢者!


 それが私なのだ!!


「悪いな。

 昼飯はここで食べるよ。その時また受けるよ」


「了解よ~、がんばってね~」




外で待っていたモウに今日の仕事を伝える。


「100kg! 何か大口の注文があったのかな? なんだな?」


普段は、40k前後の注文なのだ。

花見シーズンの週末、花火大会、夏祭りなどなど

いわゆる稼ぎ時でも、70kgがいいところだ。


「さあな。とにかく稼ぐチャンスだぞ」


「全く。モクタクは何でも知ろうとしないからいけないんだな。生き方がいい加減なんだな」


「それが長所だと言う、女性も多いぞ」


「それは、きっと騙しやすいからなんだな!!」


「うるさいぞ! ほら、行くぞ」


私たちは、町外れにある森へと向かった。





 私とモウは、町から徒歩10分の森へと向かう。

 スライムの巣があるのだ。

 

 スライム狩り……


 それは、とても誇らしい仕事だ。

 その意義は……、

 ひとつは、一番安価で、庶民の味方「スライムの肉」を集めること。

 もうひとつは、異常な繁殖力を持つ、スライム。

 彼らが増えるのを防ぐ。つまり、町を間接的に守っている。

 スライムは、町の近くに住むので危ないからな。


 そう! とても立派な仕事なのだ!

(実際は、学生がバイトでやるレベルの仕事。)



 さてと、早速お出ましだ。

 まずは、モウが自慢の名刀「木刀・村雨」で切りかかる。

 いや、殴りかかる。

 そのスキに、私は精神を集中して呪文を唱える。


「I make ice」


 本来は、決まった呪文があるのだが……

 そこはモクタク! 独自の呪文を使えるのだ!

 無詠唱とまではいかないが、より簡潔にできるのだ!


(実際は、幼稚園レベルの呪文(英語)しか使えないので仕方なしに省略している。)


「モウ! 伏せろ!」


「Ice needle!!」


 詠唱が終わった私は、スライム目掛けて呪文を唱える。


 氷の針が、スライムに襲い掛かる!


 見事な私の魔法で、力尽きるスライム達。


 流石だ、賢者!


「いつも思うんだけど、そのダーツみたいな氷で、止めだけ刺すなんてずるいんだな!」


「う、うるさいぞ!」


 私の唱えた魔法は、氷の針は……、そう。お粗末な氷のダーツだった。

 擦り傷を負った、モウに回復の呪文をかける。


「I treat you……

 cure!」


 ちなみに、私が使える魔法はこの2つだけ……


 いや、2つの魔法を操る大賢者なのだ!


 実際問題、回復魔法と攻撃魔法を使えるのは、町では私だけ。


 うん!

 やっぱり凄いのだ!





 そんな調子で、狩りを続ける私達。




 昼には、いつもの注文分より少し多い、45kgほどの肉が集まった。


「そろそろ飯の時間だな」


「そうなんだな。お腹ぺこぺこなんだな」


 私達は、宿屋へと戻ることにした。


「やあ、チャオ」


「おかえりなさい~。モクタク、モウ。順調だったかしら?」


「あぁ。とりあえず、40kg納品するよ。

 それと、この調子なら子守の仕事を請けられそうだ」


「わかったわ~。それじゃ、お願いするわね」


「それと、取立てのスライムの肉でステーキを作ってくれ」


「了解よ~」


「お昼なんだな! 大盛りで頼むんだな!」


「ふふ。了解よ。モウ」


「ところで、例の仕事ってなんなのかな? 聞いてないんだな?」


 モウが不思議そうに聞いてくる。


「あぁ、今日の夜、子守の仕事があったんだ」

 ただ、スライムの肉の納品がいつもより多いからな

 答えは待っていてもらったんだ

 昼まで様子を見させてもらうことにしたんだ」


「き、聞いてないんだな!

 モクタクはいつも独断なんだな!

 仕事の基本は(ほう・れん・そう)なんだな!

 モクタクがリーダーなのは、年上だからなんだな!

 偉いからじゃないんだな!」


 なんだか、凄い怒っている。


「あらあら。仲が良いのね~。

 スライムステーキが出来たわよ~」


「やった~なんだな」


 さっきまでの憤怒は一瞬で冷めてようだった。

 モウは、食べ物でで機嫌が直る。

 扱いやすいやつだ。




 席で食事を済ます私達。


「子守って遊び相手するのかな?」


「相手次第さ、小さな子供だったらそうだな

 赤ん坊だったら、オムツやミルクの世話もだ。

 逆に大きい子だったら、危険がないように見るだけで十分だ。

 勝手に遊ぶだろう」


「そうか~。了解なんだな」


 食事の時間も、次の仕事の話をする私達。

 

 意外とまじめだろ?


 仕事の話を、話し始めるのは、いつもモウからだがな!





 午後の狩りも、順調に進み、100kgの肉を納品した。

「流石に、いつもの2.5倍はきついな」


「いつもなら、モクタクは14時には帰ってるんだな。怠けた報いなんだな」


「うるさいぞ!」


 私は、普段の日ならスライムの肉を40Kg納品した後。

 概ね午前だけ働き、午後はのんびりする。

 それが、モクタクのライフスタイル!


 しかも、雨が降ったらお休みで、突風が吹いてもお休みだ!!

 彼の有名な南の島の大王も、ビックリなライフスタイル。




 などと、くらだないことを話しながら、歩いていると、町の丘にある屋敷についた。

 最近引っ越してきた一家が住んでいる。

 屋敷も最近できた新築だ。


 そして……、この町で一番大きい屋敷だ。


「さてと、ここが、例の子守の家だ」


「はぁー。初めて近くまで来たけど、本当に大きいんだな。びっくりなんだな」


 丘の上なんて、めったに来ない。

 金持ち達のエリアだからだ。


「あぁ。流石にでかいな」


「サッポーロの城よりでかいかもしれないな」


「あはは。それは言い過ぎなんだな」


 確かに、それはないが、本当に城並みに大きかった。

 屋敷の呼び鈴を鳴らす。


 ……。


 しばらくするとドアの中から、


 ドタン!


 ものすごい音が聞こえてきた。

 しばらくして、ドアが開いた。

 出てきたのは、なんとメイドさんだ。


 はじめて見た。


 メガネをつけ、お団子ヘアー。

 そして、勝手な印象だがおっとりしていそう。

 何より、ドジそうだ。

 しかし、それは合っているだろう。


 肘をさすりながら出てきた彼女。

 先ほどのドタン! という音は、彼女が転んだ音なのだろう。

 

 相当派手に。



「い、いらっしゃいです~。 どなた様なのですか?」

 

 トロイしゃべり方だ。

 やはり、印象通りの人だな。


「子守の依頼できた者だ」


「モウとモクタクなんだな。仕事なんだな」


「あ~。はい~。伺っております。

 私、この屋敷でメイドをしております。

 シャ・ポンランと申します~」

 

 ポンランは一礼し、話を続ける。

「と~っても、ワンパクなんですよ~。

 頑張ってくださいね~。

 あ、今のは秘密でお願いしますね~」


 ん? 怪我しないように見ろという事か?


「そうか。それで、その肝心の子供は?」


「はい~。中庭で遊んでいらっしゃると思います~」




 私たちは、中庭に案内された。

 しかし、肝心の子供が見当たらない。


「キリング様~。

 どこですか~??

 お客様ですよ~」


「いないのか?」


「はい~。

 さっきまで、元気な声が聞こえてたのに。

 おかしいですね~」



 そのとき、庭の木の上からブーメランが跳んできた!!


 ガツン!


「い、痛いんだな」


 ブーメランは、モウのオデコにヒットした。

 鎧に当たれば痛くなかったろうに……。

 まさか、狙うだけのコントロールがあったのか?


「なんだか、バカそうだな」


 ブーメランが戻った木から、顔をのぞかしているのは、10歳ほどの生意気そうなお子様だ


った。


「そう言うな。意外と出来る男だぞ。モウは」


 彼は、そっぽを向いて膨れている。


「キリング君だったかな。お邪魔なようなら、我々は静かにしてるよ。

 ただし、仕事なので帰るわけにいかない。

 さらに! 我々は君の安全を確保しなくてはいけない。

 目の届く範囲で静かにしてる。

 それでいいかな?」


「ふん。好きにすればいいさ」


木から降りてきた少年は、わざわざ我々の間を、掻き分けながら、スタスタと歩いていく。


「ポンラン! サーカスを見てくる!」


「はい~。お気をつけて~」


「ほら、モウ行くぞ!」


 まだ、うずくまっていたモウを起こし、後を追いかける。


「うぅ。痛いんだな」


 まだ痛がるか。

 結構、丈夫なんだがな。モウは。

 見た目以上に、強烈な一撃だったのか。


 私が標的じゃなくて良かった……。



 ん? サーカス?


 そんな話は聞いていないぞ。

 小さな町だ。

 サーカスの話があれば盛り上がるはずだが。

 私とモウは、そんなことを話しながら、キリングの後を追いかける。




 町の商店街と丘の中間に位置する広場には、いつの間にかサーカスのテントが張られてい


た。


 それも、とびきり大きい!

 城ほどの大きさがありそうだ。

 こんな集団が移動してれば気づくはずだ。

 

 いや、1時間ほど前……。

 私たちはここを通ったのだ。

 その時は、こんなテントはなかった。


 移動呪文か?


 こんな大所帯で?


 人や小さなものは、少しずつ移動すればいいかもしれない。


 あの大きなテントなんかは、普通の人じゃ移動呪文で移動できない。

 しかし、移動呪文しか考えられなかった。


「これは、これは。キリング様! ようこそ!

 キリング様への誕生祝いと、この町での初公演を記念して、突然現れてビックリさせよう


としていたのですが」


 団長らしき帽子のあご髭男が、ペコペコしながらキリングに話しかける。


「ふん! あんな大きな魔法を使って、秘密もくそもあるか。

 馬鹿なのか?」


 も、もちろんだ。

 私も気づいていたぞー。

 うん!

 

 私が慌てようが、キリングは無関心だった。


「なにか、見せてくれ。

 すぐ出来るもので、良い」


「はい! すぐに準備させます」


 しかし、偉そうな少年だ。

 相手は団長らしき男なのに……あの態度。


 何者なんだ?

 

 私が考え込んでいると、後ろから話しかけられる。


「モクタク! モウ!  久しぶりね!」


 後ろから元気そうな女の声。

 この声には聞き覚えがある。

 嫌な覚えが。


「ドリー! 久しぶりなんだな」


 モウの喜ぶ声を聞きながら、振り返ると……。

 女がいた。

 ポニーテールで、いかにも元気ハツラツ!といった感じの女がいた。

 大きな杖。

 先には高そうな宝石が埋め込まれている。

 キラキラ輝く黒いマント。 

 きっと、防御呪文が縫いこまれているのだろう。


 彼女は、幼馴染のドリー。

 町一番の魔法使いだった。

 学校の先生も、歴代で一番とか言っていたな。

 天才というやつらしい。

 2年ほど前に、国で一番の冒険者ギルドにスカウトされて町を出て行った彼女。 

 それ以来会っていない。


「モウは相変わらずね。元気してた?」


「元気なんだな! ドリーは元気だったんだな?」


「それは、もう! 毎日が充実しているわよ!」


「モクタク。なんなの? マントなんかしちゃって。新しい流行?」


「うるさいな! 賢者なんだよ。今の私は」


 私の細い木の杖。

 安い布のマント。


 比べたくなくても、ドリーの物と比べてしまう。


 偉いぞ!

 凄いぞ!

 

 なんていつも言っているのだが、ダメ賢者なのは自覚している。

 私は、なんだか恥ずかしくなっていた。


「うそ! あんたが! 学生時代モウと2人で、呪文授業の居残りしてたあんたが?」


「うるさいな! そうだよ」


「ふーん……。まさに奇跡ってね!」


 くそ、いちいちムカつくな。

 ほかの人には、素直な元気娘なのに……

 私には、いちいちケチヲつけるのだ。こやつは。


「ドリー。サーカスの移動はドリーなんだな?」


「ふふ。そうよ! 正確には先輩とだけどね」



 なるほど。こいつなら常識以上のことをやってのけるかもしれない。

 少し前までは、国一番のギルドはムーシャギルドだった。

 嘘か真か。

 2000年前、魔王を倒した勇者。

 その、勇者を称える、一種の宗教のようなギルドがムーシャだ。



 一方ドリーが所属しているのは、その伝統を創設20年で追い抜いた。

 イケイケなギルドだ。

 ホーシンギルド。

 小さな仕事から、国家レベルの大きな仕事まで扱う。

 庶民向けの仕事は、他より安い。

 ただし、このギルドしかできなさそうな、難しい仕事は、べらぼうに高い。

 ちょっとボッタクリで評判が悪いが、実力は隠せない。

 なにより、私たちに縁がある仕事は、大概安くやってくれるからな。


「先輩は次の仕事あるから、帰ったわ。

 サーカスの人たちも帰りは歩くんですって。

 高いからね!

 私は、久しぶりの故郷だからお休みをいただいたの!」


「そうなんだ!

 うれしいんだな! 

 パーティするんだな!

 ご馳走なんだな!!」


「あは! ありがとう! モウ」


 久しぶりの再開で盛り上がる2人をよそに、私はキリング君を見張っていた。

 ブーメランでサーカスの人を脅かして遊んでいる。

 まったく親の顔が見てみたい。


 モウにしたように、当てないだけましだがな!


 しばらくして、団長風の男が戻ってきた。


「キリング様。準備が出来ました。

 今宵は珍しい2匹のモンスターのショーでお楽しみください」


「ふん! おおげさなやつ。

 お客様に見せる前に、俺がチェックしてやるよ」


 キリングは、そう言うと、ブーメランをしまい、一番前の中央の席でドスンと偉そうに構


えた。


「団長さんが、ペコペコしてるの始めて見たわ!」


 ドリーが言った。

 あのおじさんは、やはり団長か。


 舞台は暗くなり、キリングのためだけのショーが始まろうとしていた。


「まずは、シーライオンの火くぐりです」


 シーライオン。

 名前のとおり、海に住むライオンだ。

 彼らは、地上でも並みのライオンのように活動できる。

 まさに、陸と海の王者だ。

 まれに見るレアモンスターだ。

 しかし、普通のライオンより極端に火を嫌うはず。

 ペコペコしてるが、凄い団長なんだな。


「ふん!」


 キリングは偉そうに見ていた。


「わわ、凄いんだな。

 こんなのが無料で見られるなんて今回の仕事は大当たりなんだな!」


 ブーメランをぶつけられたことは、すっかり忘れているらしい。

 幸せなやつだ。


「そうね。世界でも、10匹ほどなんでしょう。確認されているのは」


 そのとおり。凄いレアなのだ。


 ジャン!

 という音とともに、火の輪目掛けて飛び込んでいく。

 スルリと見事に火の輪をくぐって見せるシーライオン。


 おぉ~。本当に凄い。


 団長のそばに駆け寄り、ご褒美のおねだりをしている。

 団長はシーライオン目掛けて、スライムの肉を投げる。

 あ! 異常なスライムの肉の注文はこいつの為か。

 かわいそうに。

 こんな小さな町じゃなければ、もっと良い肉が食べられたのにな。

 

 今度は、2つの輪を連続して、くぐって見せるという。


 先ほどと同じように、ジャン! と言う音ともに火の輪目掛けて走るシーライオン。


 その時だった。


 暗闇から、野球ボール?


 いや、火の玉だ!

 

 シーライオン目掛けて火の玉が飛んでいく。

 

 あれは、間違いなく攻撃魔法だ!


「な!」

 団長も驚いている。


 演出ではないようだ。


 や、やばくないか?


 火の玉によって攻撃されたシーライオンはうずくまっている。


 少しの間……。


 すぐに立ち上がり、怒ったシーライオンは、近くにいた団長を鋭い爪で攻撃した。


 胸の当たりをえぐられた団長。


 やばいぞ!


 これは相当やばい。


 シーライオンの相手なんか出来るやつが、この町にいるのか?


 サーカスのやつらは?


 ダメだ。


 多分、そんなレベルの高いやつは、団長ぐらいだろう。


 それだけ、シーライオンは強烈なのだ。

 まさに陸と海の王様。


 その団長は、不意の攻撃で死んでしまった。


 いや、胸が動いている。


 死んでない? 息はあるのか?


 無事で良かった。

 少しの安堵感。


 しかし、状況は変わらない。

 このままだと、町は全滅だ。


 クソ!


 ヤバイ!


 ヤバイ!ヤバイぞ!


 クソ!クソ!クソ!!


 力がない自分が悔しい!!


 ちゃんと、魔法の勉強をすればよかった。

 今さらしても仕方がない、後悔だった。


 その時だった。


「力を司る火の精霊たちよ。

 我が呼びかけに応じたまえ。

 全てを焼き尽くす炎となり我が敵を滅ぼしたまえ」


 後ろで攻撃呪文の詠唱が……。


 あ! 忘れていた。

 ドリーがいるではないか!


 こいつなら、あるいは……


 しかし、呪文の詠唱を待ってるほど、シーライオンは優しくない。


 団長の次に近くにいた。キリング目掛けて飛び掛ろうとしていた。


「危ないんだな!」


 モウは大きな図体の割りに、素早く駆け寄る。


 シーライオンとキリングの前に飛び出したモウ。


 キリング目掛けて、繰り出された牙は……、変わりにモウの腕に深く刺さっていた。


「モウ!」


 私も急いでシーライオンに杖で殴りかかる。


 わかっている。私だって。


 氷のダーツなんかより、こちらのほうが攻撃力があるのだ。


 今は、格好つけてる場合じゃない。


 力いっぱい振りほどこうと、モウも片方の手でシーラインを攻撃している。


 噛み付いたまま、モウの腕から離れたシーライオン。


 そして、見えたのは……。

 噛み千切られたモウの腕……。


「うぅぅ」


 崩れ落ちるモウ。

 顔が真っ青だ。


 モウ。死ぬな!


 今にも途絶えそうな、しかし力強くモウが叫ぶ。


「キリング君! 逃げるんだな!」


 馬鹿やろう。

 こんな時に人の心配するなよ。

 でも、それがモウなんだ……。


「あ、あぁ。 しかし……」


 キリングには、いつもの、偉そうな雰囲気は見えない。


「良いから!逃げろ! 俺たちはプロだ。 任せろ!

 それに、君が襲われたら、モウの犠牲も無駄になるんだ!」


「ゴメン。ごめんなさい……」


 子供らしい、泣き顔を見せ、走っていくキリング。


 そのキリングに飛び掛かかろうとしている、シーライオンを杖で思いっきり殴る。


「こいよ! お前の相手は私だ!」


 足の震えは止まらない。

 怒った、シーライオンは、私目掛けて飛び掛ってきた。


 その時だ。


「ターゲット……。ロック!」


「ファイアーボール!」


 ドリーだ!


 詠唱が終わったドリーの魔法が、炸裂する。

 

 ボールと言うには、あまりに大きい。

 

 大人2人分はありそうな、大きなファイアーボール!

 

 それが、シーライオンに目掛けて炸裂する。

 

 ドカン!


 爆発にも似た大きな音がサーカスのテントに響き渡る。


 ギャオーン!!


 シーライオンは、不気味な叫び声とともに、燃え上がり転がりまわる。


 やったか!?


 そう、気を抜いた私だった。


 しかし、ドリーが叫ぶ。


「モクタク! まだよ!

 私は…… もうマジックポイントがないわ!

 サーカスの移動で、ほとんど使ってしまったの……」


 ドリーは、ヘトヘトの状態だったわけだ。

 それでいて、あのファイアーボール……。


「時間は出来たわ! だいぶ弱らせることは出来たはず!

 後は、……お願い……モクタク……」


 そう言い終ると、ドリーは気絶した。


 私にもあんな力があれば!


 あんな、大きな攻撃呪文が……。

 大きな攻撃呪文……。


 そうか!


 攻撃魔法は、主に2つの手順で発動する。


 1.自然のエネルギーを集約し、攻撃するための準備をする。


 2.目標を定め集めたエネルギーをぶつける。


 一つ一つが小さな攻撃魔法しか作れないなら……。


「I make ice! I make ice! I make ice! ……」


 1本のダーツでだめなら……。


 1.の状態。

 エネルギーを集約した状態で貯めておけ!


 私は、ひたすらに詠唱を続けた。


 シーライオンが起き上がるその時まで!


 マジックポイントは尽きかけ、意識が飛びそうだ。


 もう、詠唱しても半分の確立でしか、氷のダーツは作れない。

 でも、まだだ。

 ギリギリまで、力を貯めるんだ。

 これが最後のチャンスなのだから。


 転がり続け、消火したのか?


 シーライオンの火はいつの間にか消えていた。


 しばらく、うずくまった後、ゆっくり立ち上がり……。


 怒りの矛先を探して、辺りを見回していた。


 よし!

 たのむぞ!


 私は、飛びそうな意識のなか、最後の力を振り絞り、呪文を発動させた。


「Ice needle!」


 数百の氷のダーツ。


 いや、千にも届いたかもしれない。


 ドリーの火の玉にも負けてない大きさ迄に成長した氷のダーツたち。


 彼らがばらけず、ひとつの塊で当たるように、集中力を切らせず、その瞬間まで気を抜か


ず。

 こんなに真剣なのは、いつ以来だろう。


「いけー!! たのむ!!」


 見事シーライオンを貫いた氷のダーツたち。


 世にも珍しい、シーライオンの串刺しの出来上がりだ!


「ドリーのお帰りなさい」パーティは、シーライオン丸焼きだな。


 私はそう考えていた。そうなるはずだった……


 でも、氷のダーツたちは、シーライオンに当たる直前で、いくつかに分かれてしまった。

 

 槍ほどの5つの氷がシーライオンに突き刺さる。

 

 貫くほどの威力もなく……。


 残念なことに、止めもさせていないようだった。


 くそ……。


 もうだめか……。

 遠のいていく、意識の中、私が、最後に見たもの……。


 それは、雷だった。




 少しずつさめていく意識の中……

 痛む。

 全身に響くような痛み。

 マジックポイントが尽きるまで、呪文を使った反動だろう。


 しかし、私は生きている。


 何故だ?


「モクタク!」


 私を呼んだのは、モウだった。


 彼の左腕はなかった……


「良かったんだな。 みんな無事なんだな」


 お前が。

 お前が無事じゃないだろうが!


 まったく、こいつは。

 怒りと、絶望が私に襲い掛かる。


「お前が無事じゃないだろう? 腕は……。腕は戻らなかったのか?」


「すぐに、レベルの高い僧侶にでも、見てもらえば良かったのだがね」


 サーカス団長だった。

 この人も無事だったのか。

 良かった。

 絶望的に見えた団長。

 彼も生きている!


 団長の言葉で気がつく。

 モウのあの傷を元通りなんて、相当な回復呪文じゃなきゃ無理だ。

 それも、出来るだけすぐに。

 私は、かすり傷しか治せない自分が悔しかった。

 

 そうだ。

 シーライオンは?

 あれはどうなったんだ?


「モウ。シーライオンは?」


「キリングなんだな! 雷なんだな!」


 そうだ。

 私は最後に見た。

 雷を。


 あれを、キリングが?


 雷の攻撃魔法。

 つまりは、天候を操ったのだ。

 それは、努力で出来ることじゃない。

 つい先ほどまで、空想上の出来事だとさえ思っていた。

 この世に存在するわけがないと。

 しかし誰でも知っている、雷の魔法。

 それを使えるのは、選ばれた血筋。

 神に与えられた才能。

 そう。

 勇者だけに、許された魔法なのだ。


「キリングは、勇者の家系なんだな!」


 2000年前に、世界の危機を救ったという勇者の話。

 宗教、神話、おとぎ話。

 そんな類の話だと思っていた。


 すぐには信じられなかった。

 しかし、雷の魔法がそれを証明している。


「それで、キリング君は?」


「まだ、まだ寝ているんだな」


「勇者でも、あの小さな体で、雷の魔法は無理だったんだな。

 でも、彼はヒーローなんだな」


 そうか。

 そうだろうな。


 奇跡の魔法だ。

 

 それを使えただけでも凄いやつだよ。

 ただの少年に、ペコペコする凄腕であろう団長。

 城ほどの大きな屋敷。

 全ての理由がわかった。

 勇者の一家か。

 笑ってしまうな。

 昨日までおとぎ話だと思っていた連中が目の前にいるなんて。


「モクタクも凄かったんだな。

 あんな、氷が作れるなら、普段からちゃんとして欲しいんだな」


「まぁ、そう言うな。

 出来るとは思ってなかった。とっさの思いつきだったんだ」


 学校の授業でも、そんなことしなかった。


「そうよ! 出来るはずがないのよ!」


 ドリーがドアから入りながら、叫んでいる。


「モウに聞いたわよ。氷のダーツ? それだけしか使えないんですって?」


「うるさいな! 回復呪文も使えるぞ」


「かすり傷限定なんだな」


「こら、モウ。うるさいぞ!」


「あきれた賢者だこと! それに、そのでたらめな方法は何なの?

 集約した魔法を発動せずに、新たに集約しなおす?

 普通は、そんなことしたら精霊の怒りを買って呪文は失敗よ。

 それどころか、集めた魔法が自分に降りかかるかもしれないわ!」


 確かに、学校でそんなこと言っていた気がする。

 当たり前になると、何故ゆえに禁止なのか忘れてしまうな。


 と、口に出すと2人に「それは、モクタクだけ!」と攻められるだろうな。

 黙っておこう。


「幼稚園児でも知ってるわよ!」


 黙っていても怒られた。


「それに、あなたの呪文デタラメなんですって!

 本来、呪文は決まっているわ! それをでたらめに詠唱だなんて!

 勝手に改ざんしてはいけないのよ!

 それだって、精霊の怒りを買うわよ!」


 やれやれ、ドリーの怒りはしばらく静まりそうにない。

 何はともあれ、みんな無事で良かった。

 町も、団長も、みんなも。

 

 モウの腕以外……


「それもまた、才能なのかもしれないな」


 ダンディーなおじさんが部屋に入ってきた。


「キリングのお父さんなんだな」


 この人が……。


 と言うことは、この人も勇者なのか?

 

「すみません。息子さんを危険な目に合わせてしまって……」


 仕事は成功とは言えない。


「いやいや、こちらこ済まないことをした。

 酒場には、子守りで募集していただろう?

 普通じゃない。異常事態だったよ

 シーライオンも、私がサーカスに提供したものだ。

 今回の件は、キリングのワガママがあってのことだよ」

 それに、話は聞いたよ。 

 火の魔法で攻撃されて暴れ始めたのだろう。

 これは……。事故ではない。事件だ」


 そうだ。

 あの火の玉。

 あれは、明らかに誰かの攻撃呪文だった。

 一体、誰が……。


「それに、私たちが早く戻れば……。モウ君の腕も直せたかもしれない……。

 こちらこそ、済まなかった」


 そうだった……。

 子守のはずだったんだ。

 怒っても良いかもしれない。

 でも、何より……。

 自分の力不足が悔しかった。


 私に、もっと力があれば……。


「いえ。とんでもありません」


 この言葉しか出てこなかった。


「私は帰ります。

 モウ。済まなかったな。

 ドリー。歓迎パーティは次まで取っていてくれ」

 えっと……、名前を聞いてませんでしたね」


 キリングパパに問いかける。


「あぁ、済まない。サイファーだよ」


「サイファーさん。こちらこそ、すみません」


 いやいやと首を大きく振るサイファーさん。


「それじゃあ、帰って寝ることにする」


 みんなに、さよならを言い、足早に帰宅した。


 準備しなくては。


 私は、このままじゃいけない。

 小さな町で、スライム相手に明け暮れる日々。

 これじゃいけないんだ。


 もっと、もっと。

 本当に胸を張って賢者だと言えるようにならなくては

 まずは、センター街のサッポーロを目指すことにした。

 なぜなら、大きな街とはダンジョンの近くに出来るものだ。


 この世で最高の資源置き場。

 富と権力の象徴がダンジョンだからだ。


 その分、危険もある。


 だからこそ、修行にふさわしい。

 そして、大きな街では修行塾もあるだろう。

 基礎から学ばないとな。


 いろいろ修行プランを練りながら、準備を整えた私は、明日に備え寝ることにした。




 翌朝。


 私は、酒場へといつもより早い時間に向かった。

 チャオに、肉屋の納品はもう出来ないこと。

 そして、別れを言うためだ。


 酒場の前で、モウが待っていた。


「モウ!」


 いつもと違って、大きなリュックを背負っている。


「お前、何してるんだ!」


「それはこっちの台詞なんだな。

 モクタクはわかり易すぎるんだな。

 僕も旅に出るんだな。

 モクタク一人じゃ心配なんだな」


「お前……だって」


 腕のことを言おうとした、私を遮る様にモウは言った。


「失くしたのは、利き腕じゃないんだな。

 それに……。まだモクタクより戦力になるんだな」


「うるさいぞ!」


 心配ではあるが、正直に嬉しかった。

 

 元気そうな事。

 別れにならない事。


 いろんな事が嬉しかった。


 村の入り口ではキリングパパ、サイファーさんが待っていた。


「やぁ。君は分かりやすい男だね。これから、サッポーロかエッベーツだろ?」

 

 そう言いながら、スライムを指差す。

 

 ん? スライム?

 

 村の中で!?


「そんなに警戒しないでくれ。彼もレアモンスターでね……」

 

 そう言ってサイファーさんはモウに近づき、スライムをモウの左肩に当てる。

 すると、スライムは人の腕の形になった。

 

「寄生型モンスターなんだ。身体の一部として変形する代わりに、宿主に寄生する。

 面白いのは、食べたものによって、能力が強化されるところだ。

 だから、寄生させるために、わざと怪我をするものさえいる」

 

 そうして、モウの左腕は戻った。

 私たちはサイファーさんにお礼をいい、村を後にした。

 

 今度、戻るときは、立派な賢者になれた時だ。

 

 そう決意を固め、私たちの冒険は始まった。

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