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神化論  作者: ユズリ
推定楽園
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奇跡を謳う者 9

 上手く着地出来たアーリィだったが、しかし着地時に骨が軋むような痛みが走り、一瞬苦悶の表情を浮かべて膝を折りかける。

 だが倒れるわけにはいかない彼は、痛みを忘れるように唇を動かし続けた。


『cccOOOwllNlDDDdbLIZZArDSSSsssttNNNtoooRRooRoMwwwMMFRozeniittYYPPCCHHooooeeNN.』


 長い長い、そして不思議な詠唱だった。

 それは普段彼が魔法発動時に唱える古代呪語とは、その言葉の発音が明らかに異なる。どちらかというとその詠唱呪文は、人が魔法を使う時に唱える古代呪語というより、魔族が呪術を使う時に唱えるレイスタングに近い発音。

 あるいはそれは、アーリィがまるで歌うようにそのスペルを口にしているせいかもしれないが、どこと無く"うた"に近い雰囲気があった。


『Magic square,Manifestation,』


 今まで延々と呪文を唱えていたアーリィの頭上に、その時やっと魔法陣が顕現。ようやく彼が発動させようとしている魔術の、その一端を垣間見ることが出来た。

 しかし、出現した魔法陣を見て会場中は静まり返る。

 先に初めて魔法という力を目にした彼らだったが、しかし今現れた魔法陣は先程見たものとは比べようもないほど大きい。

 それはバトルフィールドと何百人もの人々を収容出来る観客席を持つこの会場を、完全に覆ってしまうんじゃないかというほどの巨大な魔法陣だった。

 その巨大さに対して驚愕した観客や兵士たちは、皆揃って黙してしまう。


 さらにそれは一つではなく、煌めく巨大な魔法陣は一度に二つ重なるような形で出現していた。


 その魔法陣の一つは、やや白っぽい光を発しながら煌めく青の円陣。そしてもう一つは、時折深い緑にも発光する、淡い緑色の円陣。

 二つの魔法陣は重なりそうで重ならない微妙な距離を保ちつつ、互いに引き合うようで反発しあう。その度に弾ける光が、とても眩しかった。


 突然フィールドを覆うように出現したその煌めく魔法陣を、キマイラも一瞬意識を奪われたように見上げていた。


『Control cancellation,Formula,Transmission.』


 憑依魔法の効果が切れるまで、おそらくあと一分も無い。


 行動を再開したキマイラの突進から逃れようと、アーリィは息を切らしながらフィールドを駆ける。しかし、呪文の詠唱だけは決して止めない。


 正直こんなにも大掛かりな魔術の発動は久しぶりだ。

 当たり前だが魔術は威力の大きいものほど準備が大変となり、そして発動に重要となる。だから、先程からずっと唱えている呪文もそうだが、マナと精神の同調も深く親密に行わなくてはいけない。

 しかしこの状況で、果たしてそれが上手くいっているのか……息を切らしながらも唇を動かし続けるアーリィは、それが一瞬だけ心配になったが、しかし直ぐに余計な思考だったと心配することを止めた。


 とりあえず魔法陣は無事に顕現したのだ。

 あとはこの魔術を完全に発動させる為の呪式を暗唱し、その力を具現化させ開放させればいい。

 アーリィは小さく笑うと、その魔術を発動させる為の最後の呪文を詠唱し始めた。


『I am free. I am restricted to nobody.

 I am me. I act for my intention.


 I free power.

 I refuse it.


 I attack a thing becoming my enemy for my intention.』


 魔術発動の為に制御が徐々に解かれ、空中に浮かんだ巨大な魔法陣の発光が強まる。

 それはまばゆく発光し、時折小さな稲妻のような火花を散らす。

 アーリィが解放の呪文を紡いでいくたび、煌めく光となった古代呪語の文字が円陣の中に組み込まれていく。


 既に観客達は全員、この壮大で幻想的な魔法陣の光に目を奪われていた。キマイラもやはり頭上のそれが気になるようで、アーリィを追いかけつつもチラチラと足を止めては頭上を見上げる。


 あと、一節。

 あと一節の呪文を紡げば、この魔術は完全に発動する。


 それは禁忌の魔術や異界の生き物を召喚する召喚魔術等では無い。しかし魔法が一般的だった『審判の日』以前の世界でも、この魔術を使える程の力を持つ魔術師は希少だったくらいの高位魔術だということは確かだ。

 だから、成功したら確実に勝てる。

 アーリィは強い自信を胸に、鉄の味がする唇を舐めて大きく息を吸い込んだ。


 全ては生きて、助ける為。

 そして、大切な人を悲しませない為に。


『MMMAATTIIIINNTTNNTTOOOTTTTTIIIAAEEEENNNNTTTTIIIICCKKNNNOOOONNNNffsssnnnoooeeeelliiwwwsssnnggsstttooorrrmmm.』


 キマイラが怒りの咆哮をあげ、なかなか捕縛できない獲物に対して大きく地団駄を踏む。

 その時、その魔術はようやく完成した。


 アーリィが最後の呪文を唱え終わると同時に、二つの魔法陣が突如結合。

 青と緑の色に発光していた魔法陣は一つの巨大な魔法陣となり、強い紫の光を発する。

 紫電の稲妻の如く強く輝く魔法陣は、アーリィという術者の魔力を大量に消費し、彼の攻撃意思をしっかりと具現化させた。


 美しい紫の光を発する魔法陣は次の瞬間無音で弾け、細かな光の粒子となる。

 微かに紫の色を宿したその光の粒は、弾けた瞬間アーリィが魔術発動対象として選んだキマイラの周囲に降り注ぐ。そしてそれは瞬く間に、その形を変えてキマイラに襲い掛かった。


 それは雪で、それは冷気で、それは氷だった。

 それは風で、それは渦で、それは嵐だった。

 そしてそれらは全て一つとなり、キマイラの周囲に強烈な吹雪を巻き起こした。


 二つのマナ属性を混ぜ合わせ、一つの魔術として発動させる高位魔法――二重展開魔法デュオマジカル・ディベロプメント


 通常魔法を発動させる時は、火・水・風・土の四属性のマナの中から一つを選択し、そしてそのマナの力を借りて魔法を発動させる。

 しかし今回アーリィが紡いだこの魔法は使用するマナを二つ選んで、その二属性を混ぜ合わせてより強力な魔術を生み出すというものだ。


 本来魔術師が使用できるマナ属性は多くて二つ。

 一つはその者と最も相性がいい、その者がメインの属性として使うマナ。そしてもう一つは、その者が最も相性のよい属性と似た性質を持つマナだ。

 最も相性がよい属性のマナを術者は主属性として扱い、そしてもう一つの属性は補助属性としてサブ的に使用する。術者が扱えるその二つの属性を、一度に一つの魔法として使用するのがこの魔術の正体だ。


 それは特殊な呪文の他、高度な魔力制御と膨大な魔力を必要とする、紛れも無い高位魔術。


 アーリィには確かに、魔法については天性の才があった。しかし彼は力を得たいと必死になり、より強い魔法を求めて修業し、やがて長い年月をかけてこの魔術を習得した。


「はっ……はぁっ……」


 茫然とした表情で、今にも崩れ落ちそうな足をなんとか立たせて、アーリィは前方を見つめる。

 アーリィが扱う事の出来る属性のマナは、水と風の二つ。

 彼は主属性に水を使い、補助属性に風を少しだが扱うことが出来る。そして今回はこの二つのマナを合わせ、彼はこの魔術を完成させた。


 それは絶対零度の凍てつく冷気と、荒れ狂う暴風を一つにして作り出した強力な死の吹雪。


『ヴァァアアアアアッ!』


 触れるもの全てを例外無く凍てつかせる冷気がキマイラに絡み付き、その体を瞬く間に凍結させていく。

 そして足元、胴、首、顔と、キマイラの体が凍結と同時に白い雪に覆われていく。

 やがて観客たちが息を呑んで見つめる中、荒れ狂う猛吹雪の中捕われたキマイラは、ものの数秒で真っ白な氷と雪の彫像と化してしまった。そうしてその彫像は唐突に砕け散る。

 何も衝撃など与えていないのに、氷となったキマイラは音も無く粉々に砕ける。そしてキマイラは凍結したままの状態で、小さな無数の肉片と成り、周囲にその氷塊の肉片を撒き散らして完全に絶命した。


「……」


 水は癒しのマナだ。

 しかし、本来は攻撃を得意としない水属性でありながら、今アーリィが唱えた魔法は恐るべき殺傷力を誇る攻撃魔法だった。それは風のマナと合わさることにより、主属性が水という癒しのマナにも関わらず、その圧倒的な破壊力を生む魔法となったのだ。


 キマイラは倒れた。

 それは会場中の誰もが予想していなかった結末。その意外な結末に、会場中は完全な静寂に包まれていた。


 キマイラが倒れたのを見届けたアーリィは、心から安堵したようにホッと胸を撫で下ろす。

 無事に終わったのだと、彼は唇の血を服の袖で拭った。

 その時、アーリィの憑依魔法の効果が切れる。体中から力が抜けていくような感覚と共に、彼の瞳から不自然な緑の光が消滅していった。


「ぁ……」


 そして、魔法の効果が切れた彼の体は、支えを失ったように崩れ落ちる。

 二重展開魔法という大魔法を、傷だらけの体で放った反動もあるのだろう。魔力が枯渇して力を失ったアーリィは、重力に逆らう事なくその場に倒れた。


「……ん、ぅ……はっ……」


 荒い呼吸を繰り返し、今にも落ちてしまいそうな意識で、アーリィは起き上がろうともがく。

 しかし、体はピクリとも動かない。終わったといっても、最後にこの場から逃げなくてはいけないのだ。それなのに力を使い果たしたアーリィの体は、本人の意思とは反対に鉛のような重さとなって動くことを拒んだ。


「お、おい! 女が倒れたぞ!」


 何処か遠くで、兵士が大声をあげる。


「どうする……?」


「よくわからんが、あの女は捕まえておけ。ロウディー殿に見せれば、いい研究材料になるといって喜ぶぞ」


 会場が再び、騒がしさを取り戻していく。


「早く下に降りて、誰か女を連れてこい! ぶっ倒れている今なら安全だ!」


 兵士たちの言葉を聞き、尚更逃げなくてはとアーリィは唇を噛む。しかし、やはり体は指一本動かす事も出来ない。

 どうすべきかと目を細めてため息をつくと、しばらくしてこちらに向かってくるような、慌ただしい足音が微かに感じられた。


「……」


 足音はどんどん近付いてくる。

 でも、もう意識も朦朧としてきて、抵抗も何も出来そうも無い。

 近付く複数人の足音を聞きながら、アーリィは諦めたように目を閉じかけた。

 だがしかし、その瞳は完全に閉じられる前に再度見開かれる。


「アーリィちゃんっ!」


「!」


 それは、よく知った者の呼び声だった。

 自分を『アーリィちゃん』だなんて、常に馴れ馴れしく"ちゃん付け"で呼ぶ奴は、自分の知る限り一人しかいない。


「……ユー……リ?」

 

 掠れた声でその名を呼ぶ。するとどっから現れるんだと言いたくなるような形で、その者は姿を現した。


「な、なんだアイツは!」


「飛んだぞっ!?」


 彼は高い位置にある観客席から颯爽と飛び降り、アーリィの倒れる闘技場へ向かった。

 兵士や観客たちが驚愕に叫ぶ中、彼は得意の身軽さで見事着地する。

 そして闘技場に降り立った彼は銀色の髪を振り乱し、血相を変えて兵士たちよりも先にアーリィの元へと駆け寄った。


「おい、しっかりしろよ! クソッ、血が……」


「……」


 その呼びかけに、返事をするのも億劫だった。

 しかしいつもはうざくて不愉快でしかない彼の声も、何故か今は心地良くて安心する声だとアーリィは思った。


「……ぃ、ユーリ」


 アーリィは小さく唇を動かす。

 ユーリは血まみれの彼の体を抱き起こすと、「喋るんじゃねぇ!」と険しい口調で言った。その顔には焦りと、何故か微かな怒りの感情が浮かぶ。


「出血がひでぇ……早く止血しねぇと!」


「それより……レイビィたち、は……?」


「そ、そんなのとっくに牢を開けて逃がしたよ! 今は俺らが降りて来た辺りの通路のさらに奥に隠れてもらってて……って、そうじゃねぇ! お前、他人の心配してる場合じゃねぇだろっ! 血が……っ!」


「……」


 いつもより、だいぶ口調が荒いユーリの言葉。

 レイビィたちが牢を脱出したことに一先ず安心するアーリィだったが、しかし何となく今のユーリの口調にはイラッとしたものを感じる。そんな不満を彼に告げようと思い、アーリィはユーリを真っすぐに見つめた。


 だが不満を口にしようとしたアーリィの唇は、不思議な事に全く別の言葉を彼へと紡いでいた。


「……ありがと」


「え……?」


 そこで、アーリィの意識は途切れた。




 ◇◆◇◆◇◆




 彼女は武器を持たない。

 何故なら彼女の武器は肉体、その拳が武器であり、足が武器であるからだ。

 女でありながら彼女は、その身一つで戦う術を身につけていた。武器を持たずして、まるで舞うように戦う美しき闘技を。

 そしてその力は全て、自分の信じる者の為に。



「……」


「な、なんて奴だ……素手で魔物を倒すとは……」


 魔物の血が絡む髪を、欝陶しげに掻き上げる。だが、その掻き上げる右手も魔物の血に濡れていることに気付き、エレスティンは苦い表情を浮かべた。

 そうして彼女は最初に脱ぎ捨てた外套を拾い上げ、その内ポケットから小さなハンカチを取り出して汚れた手を拭く。彼女の足元には、もう二度と動くことはない魔物の亡骸が横たわっていた。


「……博士、あなたの手札はこれで終わりですか?」


 汚れたハンカチを地に落としながら、エレスティンは静かに問い掛ける。

 そんなエレスティンを、ロウディーは忌ま忌ましげに睨み付けた。


「女だからと甘く見ていたな……もしや貴様、ヴァイゼスの戦闘員か!」


 先程までの余裕な態度を一変させ、険しい表情でロウディーは一歩後ずさる。

 ロウディーのその警戒の様子に、他に魔物を用意していたり護衛の兵士を傍に待機させているといったことは無いようだと、エレスティンは冷静な眼差しで周囲を見渡しつつ察する。

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