奇跡を謳う者 3
「……ちょっと、アンタ聞いてるの?」
口を開く様子無く沈黙したマギの態度に、焦れたマヤは思わず声を荒げる。
するとマギは突然顔を上げ、「フン、面白い」と再度唇を皮肉げに歪めた。
「わ、びっくりした! なによ……」
「おい女、俺はちょうど今暇を持て余していた所だ。だから暇潰しに、貴様はなかなか面白いから相手をしてやろう。……女、その剣で俺を殺しに来い」
狂気に光る濃紺色の瞳がマヤに向けられ、突如マギはそんな提案をマヤへと告げる。
彼のこの言葉にマヤは「はぁ!?」と驚きの声を上げ、彼の真意がよくわからない彼女はひどく困惑げに眉をひそめた。
「な、何を言って……」
「もしもお前が俺の満足するような戦いを見せたなら、貴様の先程の問いかけに答えてやろうと言っているのだ」
疑問の表情を浮かべるマヤに、マギはそう説明すると「どうだ、つまらない話ではないだろう」と唇の両端をさらに吊り上げた。
「……つまりアンタと戦って、アンタをブッ潰せばオッケーってことかしら?」
「物分かりはいいようだな……簡潔に言えばそういう事だ。ついでにさっきも言ったが、必ず俺を殺す気でこい。そうではなくては面白くはないし、何より俺は貴様を殺すつもりで行くからな」
続けて「しかし本当に俺を殺したら、質問の答えも聞けなくなるのだがな」と言ってマギは低く笑い、そして彼はおもむろに腰掛けていた長椅子から腰を浮かせた。
立ち上がったマギに、さらに警戒と敵意を強めながらマヤは彼を睨みつける。
「アタシは元々、アンタと戦う気満々だったからかまわないわよ。それにこっちも口さえ聞けりゃいいから、腕の一本や二本は斬るつもりでいくから」
そう言ってマヤは刺突剣の切っ先をマギに向け、そして勝ち気な笑みを静かに浮かべた。
「フン、いい度胸だな。ますます面白い」
マヤの強気な態度に満足そうに笑うと、丸腰でなにも武器を持たない彼はそのまま一歩を踏み出す。
「?」
何も武器らしいものを持たないマギの姿に、彼は武器を必要としない格闘タイプの人間なんだろうか?と、マヤは首を傾げた。
(……それとも、あの服の下とかに短剣でも忍ばせているのかしら?)
すると思考を巡らすマヤを嘲笑うかのようにマギは小さく笑い声を発し、そうしておもむろに彼は右手を自身の正面へと突き出す。
「え……」
突然始めたマギの不可解な行動に、マヤが困惑した呟きを漏らす。
しかし気にする様子も無く、マギはあの薄笑いを口元に刻んだまま静かに唇を動かした。
「来い、カスパール」
「!?」
マギの短い呟き、それを耳にした途端マヤの目が大きく見開かれる。
そして同時に、マギの言葉に呼応するように、突き出した彼の右手の周囲に突然漆黒の渦が発生する。
「カスパール……そんな、まさか……」
「……」
剣をマギへと突き付けたまま、茫然とした表情でマヤは硬直する。
大きく見開かれたままの彼女の瞳は、マギの右手の周囲に発生した黒い小さな竜巻のようなものが、徐々に細く長い形を成していくのを見つめた。
そうして、まるで"魔法"のように突如生まれた漆黒の渦は、その形を完全なものとして姿を現す。
「……漆黒の鎌……やっぱり」
「ほう……貴様、これが一体どんな武器なのかまで知っているのか」
男の身長を軽く越えているであろう漆黒の大鎌を右手にしっかりと握り、マギは些か驚いたような視線をマヤへと送りながら呟く。
"魔法"のような形で突然出現した鎌だったが、しかしその武器を知るマヤには先程のそれが魔法では無いことがわかっていた。
「カスパール……かつて"審判の日"以前の世界で生まれた、呪われし三本の武器の一つでしょう。確か強大な力を持った魔族と魔術師の人間が手を組んで、武器に妖精を生きたまま封じ込めたっていう……」
「ふ、そうだ。……結局妖精を封じ込めた人間と魔族も、妖精の呪いで武器に魂を封じられたがな」
マギの言うように妖精を封じ込めた魔族と人間は、逆にその妖精の呪いによって同じように武器へと魂を封じ込めたという。
「力を欲し、そして力に溺れた者たちによって生まれた呪われし武器……闇の力に溺れた魔術師の魂を封じた武器・メルキオール、同じく自身の力を過信し過ぎた魔族の魂を封じた武器・バルタザール、そして……」
「そうだ。残りの馬鹿な人間と魔族に騙されて封じられた、愚かな妖精の魂を持つ武器・カスパールがこれだ」
マヤの言葉を引き継ぎ、マギが鎌を肩に担ぎながら答える。
千年以上も昔に妖精が封じられたという武器は、しかし現在もまだ力衰える事無く強力な妖精の力が宿っているらしい。
「……まさかあなたがそんな骨董品みたいな武器を持ってるとはね。でもなんで、あなたがそんなものを……」
「……そんな事はどうでもいいだろう」
マヤの疑問の言葉に対し、今度はつまらなそうに鼻を鳴らして拒否するマギ。
そして彼は右手に持つカスパールを大きく旋回させ、さっさと戦いを始めようと言わんばかりにマヤを挑発した。
「女、この俺に剣を向けた事を後悔するなよ」
狂気を孕んだマギの瞳が、凶悪な獰猛さを増す。
「……フン。アンタこそ凄いのは武器だけで、実はヘナチョコなんです~なんてクソみたいなオチつけるんじゃないわよ」
マギに負けじと刺突剣を握るマヤの瞳も、強い決意に剣呑な色を宿した。
やがて二人はどちらかともなく動き出す。
互いに歪んだ笑みを唇に刻み、二人は殺戮の舞踏へ向けて突進した。
◇◆◇◆◇◆
『あの、マスター……どうして人前で魔法を使ってはいけないんですか?』
『え? ……あぁ、それはねアーリィ、現代では魔法が"異端"の力だからよ』
『いたん?』
『ええ。昔は誰もが持っていた力だけど、今の人々はこの力を忘れてたしまった。だから今は、誰もこの力を知らない。この力を使える人間は、この世界であなたとアタシだけなの』
『……』
『だからね、アーリィ。この現代で魔法が使えるのは、普通の事ではないの。人間は自分たちの考える規格から外れる、いわゆる普通で無い者を極端に嫌い、そして"異端"として排除しようとする。だから人間に"異端"と言われて排除されないよう、彼らの中にまじって生きる為にはこの力は隠すべきなのよ』
『……はい』
『ふふ……そんな悲しそうな顔をしないでよ、アーリィ。今でこそ異形の力として不気味がられる魔法の力だけど、昔は人間なら誰もが持っていた素晴らしい力なのよ? そう……かつて人は言霊で詩を紡ぎ、世界と共鳴し、自身の心を世界に放ち語った。"魔法"という力を使い、人々はこの世界で豊かに生きるための術を得ていたの。だから本来、この魔法という力は誇るべきものなのよ』
『誇るべき……もの?』
『うん。だからねアーリィ、よく聞いて。この力を人前で使う事は余り好ましくはないのだけれど、でももしあなたが誰かを心から助けたいとか救いたい、自分が信じたことを貫く為に魔法の力が必要だったら……その時はアタシ、あなたが魔法を使うこと止めないよ』
『え?』
『アタシはアーリィを信じているから……だからあなたが信じることの為なら、迷わずその力を使って。あなたにはそれが武器で、そして誰かを守る力でもあるのだから』
『……信じること……』
『……約束だよ、アーリィ』
◇◆◇◆◇◆
「……」
紅い虚無の瞳が、熱の無い眼差しで周囲を見渡す。
彼の瞳は犧贄の登場に歓喜する人々の姿を見つめ、そして彼の耳は狂気に騒ぎ立てる人々の叫び声を聞く。
人の死を金で見に来た人々は、次の贄として闘技場内に姿を現したアーリィを見遣りながら、彼が凄惨な死を遂げる事を望むように狂乱の声をいくつも闘技場内へ投げかけた。
聞き取れ無い程、何百にも重なる狂気の叫び。
そして歪みきった欲望に騒ぐ人々の姿。
「……気持ち悪い」
それらを見つめたアーリィの唇からは無意識に、彼らに対しての嫌悪の呟きが小さく漏れた。
「……おい」
「?」
不意に呼ばれ、アーリィは無表情に振り返る。
見るとここまで自分を案内した兵士の男が、一般的な長さの剣を握り、こちらにそれを差し出していた。
「お前には武器として剣を持つことが許可されている」
そう言って兵士の男は、アーリィに剣を持つよう指示をする。
しかしアーリィは差し出された剣を数秒見つめ、彼はそれを受け取る事なく首を横に振った。
「いりません」
「は?」
短く拒絶の言葉を返すと、唖然とした表情をする兵士にアーリィは素早く背を向ける。
短剣や杖など比較的軽量な武器ならば、それなりに接近戦用の武器として扱えるアーリィだが、しかし重量のある剣や槍などは正直まともに扱えない。
「……どうせ邪魔になるだけだし」
小さくそう吐き捨て、彼は早々に試合を始めようと、狂乱の舞台へと立った。
観客の騒ぎ立てる声が、一層音量を増す。
「さっさと始めろっ!」
「やれっ! 殺し合えっ!」
「今度はあっさりやられるんじゃねぇぞっ!」
「……」
先程この舞台へと立った少女は、こちらへ投げ掛けられるこれらの声を聞きながら、最後に一体何を思ったのだろうか。
死がほぼ確定した未来、魔物に食い殺されるのを望む人々の目の前で、彼女は……
「それでは魔物の方の準備をする。お前はそこを動くなよ」
「……」
先の兵士の声が、背中越しに聞こえてくる。
アーリィは振り返る事も返事する事もなく、静かな眼差しで正面の魔物用の入口を見据えた。
やがて兵士の言葉通り、銀の鉄柵が下りている向かいの入場口の暗闇から、厳重な四角い檻へと入れられた中型の魔物の姿が、低い唸り声と共に現れる。
『ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛……』
赤黒く爛れた皮膚と奇妙に曲がった骨格、片目と鼻のない平面的な顔。
顎が上手く動かせないのか、鋭い牙が備わった口はひどく開きにくそうで、不死者のような容貌をした魔物は、灰色の濁りきった瞳をアーリィに向けてうめき声をあげる。
「あれも……元は人間なのか?」
おそらく筋力増強剤等を大量に投与され、骨格や脳を都合のいいように弄られた結果だろう。
とても元は同じ人間だったとは思えないほど、背丈を増して巨大化した魔物は、異貌と成り果てた顔でこちらを見つめていた。
「それでは皆さん、大変お待たせ致しました! 次の試合に移らせていただきます!」
魔物の方の準備が終わると、どこからか会場内のざわめきにも負けない程の大声が聞こえてくる。




