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神化論  作者: ユズリ
推定楽園
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奇跡を謳う者 2

 そこに人間のそれを遥かに凌駕した筋力を宿す、ローズの素手での打撃が放たれる。

 普段は決して人に見せない温度の無い瞳のまま彼はエッジを見据え、その胴体へと渾身の一撃を叩き込んだ。


 エッジの鍛え上げられた腹筋の鎧を無視し、肋骨が砕ける音と感触がローズに伝わる。


 苦悶の声すら発する間もなく、エッジの体は後方へと吹き飛ばされる。

 その体は小さく宙へ浮かび上がり、衝撃に意識を失ったエッジは受け身をとることなく、フィールドの石畳の上へ仰向けに落下した。


 彼は完全に気を失い、それを確認した審判は「そこまでっ!」と大声を上げてローズを見遣る。

 そうして審判は手を上げ、試合の結果を伝えた。


「Fグループ紅玉のフィールド、勝者ローズ・ネリネっ!」


 審判の声にローズはいつもの優しい眼差しで倒れたエッジを見つめ、「少し力を入れすぎたか」と反省したように呟く。


「しかしどうもこの力だけは、上手く加減が出来ん……」


 困ったように頭を掻きながら、ローズは落ちた大剣を拾い上げた。

 だがマヤと約束したように、試合に無事勝てたことを安心して、ローズはホッと胸を撫で下ろす。そして彼は審判とエッジに背を向けて、闘技舞台を降りた。




 ◆◇◆◇◆◇




 ほんの少し湿度を含んだ生暖かい風が吹き、マヤの髪を静かに揺らす。

 湿度のある空気を不快そうに目を細めながら、マヤは髪を押さえて顔を上げた。


「……アーリィたち、どこ行ったのよ」


 平穏に人々が行き交う大通りの中で、彼女は周囲を慎重に見渡していく。

 だがやはり街の中には、アーリィやユーリと思わしい人物の姿はなかった。

 都の住人たちがすれ違う中、マヤは一人不安げな表情で佇む。

 やがて彼女はそっと手を握りしめ、「もう少し外れの方を見てみようかしら」と呟いて、人込みを避けながら駆け出した。




「ハァ……走ったら疲れた……」


 大通りの喧騒からだいぶ離れた、ほんの少し小高い丘の上へと来たマヤ。

 彼女はティレニア帝都全体がある程度見渡せるこの場所で、どこかアーリィが行きそうな場所はないか探すことにしたのだった。

 そして早速マヤは丘の端へと足を向け、闘技大会の開催に盛り上がる帝都を目を細めながら見渡す。


「んー……」


 だがやはり遠目ということもあり、確かに帝都は見渡せるもいまいちどこにどんな建物があるのかが分かりずらい。「駄目だ、よくわかんない」と彼女は舌打ち混じりに呟き、上から探すのは諦めたように早々に踵を返した。

 そうして後ろを振り返った彼女だったが、とあるものが目に留まり直ぐに足を止める。


「……廃……教会?」


 ここへと駆け上がってくる時には気付かなかったが、それの教会はこの丘の上に帝都を見下ろすような形で建っていた。

 だが灰色の煉瓦は所々崩れかけており、元は純白であったろう屋根も半分近くが腐ったように崩れて赤茶色に変色までしている。

 どうやら"神"を信仰する者がいなくなった都で、長年建物だけが野ざらし状態で放っておかれたのだろう。


「……」


 人々に忘れ去られた教会を、マヤは無表情に見つめる。

 未だ湿度の含んだ生暖かい風が吹きすさぶ中、やがて彼女は風に絡まる髪を右手で押さえながらおもむろに教会へ向けて足を動かした。

 それはただ何となく感じた、彼女の"直感"。

 この朽ちかけた廃教会に、マヤは直感的になにか予感を感じた。


「……それに教会ってアーリィも好きだし」


 "神"という存在を――それがたとえ呪縛的なものだとしても――信仰しているアーリィなら、もしかしたらこの教会にいるかもしれない――そんな言い訳のようなものを口にしながら、マヤは颯爽と駆け出す。

 何か言い知れない、胸騒ぎのようなものを感じながら。



 カタン……と、軽い音を伴いながらゆっくりと入口の扉を押し開く。

 長年放っておかれたせいでかび臭い内部の様子に、僅かに顔をしかめながらマヤは慎重な足どりで教会内へと入り、そして礼拝堂の中を進んで行った。


 一歩を踏み出す度にギシギシと音をたてる木の床の上を、マヤは真っすぐ祭壇へ向けて歩いていく。

 祭壇布が剥がされ剥き出しの状態となった祭壇を前に彼女は足を止め、そして正面にそびえる巨大な女性の像と灰色の十字架を見上げた。


 所々が崩れて朽ちかけたそれは、人の造りし"神"の象徴。


 廃教会の中で今もひっそり佇む、それはかつては誰もがその存在を信じて信仰したものを形にした、人間の想像による"神"の彫像の一つだった。

 それらをひどく冷めた眼差しで見つめながら、マヤの唇はほとんど無意識に呟きを漏らす。


「……神なんて、何処にもいないのに」


 そう、絶望へと傾いたこの世界には『人々を無償で永久に救ってくれる』なんて都合のいい存在などいない。万能の力を持ち、慈悲と慈愛に満ちた神などというものは、欲にまみれた人間が生み出した妄想でしかないのだ。


 長い年月と、そして"審判の日"という神の暴走の日を経てその事にやっと気付いた人間は、やがて都合のいい夢を見るのを止めると同時にそれを信仰することも止めた。

 この朽ちた廃教会はそんな人間の心の変化を、そのままに表しているいい例かもしれない。


 マヤは何故か淋しげに目を細め、顔半分が朽ちてただの石と化した女性の像を無言で見つめた。

 すると、突如彼女の背後から低い笑い声が不気味に響く。


「っ!?」


 狭い礼拝堂内に突然響いたその笑い声に、険しい表情をしながらマヤは即座に振り返る。


「誰……っ」


「くははははっ! 神はいない、か……お前はなかなかいい事言うな」


 驚愕と警戒の表情を半々に浮かべるマヤの視線の先には、彼女の見知らぬ長身の男の姿。


 長躯を黒の外套で包み、この薄暗い礼拝堂の闇に紛れるようにして、男はマヤの前に悠然と立つ。

 彼は喉奥で低く笑いながら、顔にかかる長い漆黒色の前髪を軽く掻き上げマヤを見つめた。


「そうだ、この世界には無知な人間共が想像したような神などいない」


 長い前髪の間から、どこか狂気的に光る男の深い蒼の瞳が覗く。


「いるのはそう……"神"という名前を与えられた裏切り者と、そして愚か者だけ」


「……あなた、一体誰?」


 狂気に満ちた男の瞳から目を反らせず、マヤは一歩後ずさりながら男に問い掛ける。

 すると男は愉快そうに唇を大きく歪め、「俺か?」と言って近くの長椅子の背もたれへと腰を下ろした。


「そうだな……お前は『神はいない』と愉快な事を言って俺を楽しませてくれたからな、礼代わりに名乗ってやろう。俺の名はマギだ」


「マギ……」


 男は腐りかけた長椅子の背もたれに腰かけたまま、まるでマヤを観察するような眼差しで見つめた。

 彼の無遠慮な視線が心地悪く、マヤはほんの少し睨み付けるような瞳をマギに向ける。


「な、なによ……」


 マヤが警戒の意味も込めて、そうマギに問い掛ける。

 その時何気なくさ迷わせたマヤの瞳は、マギの着込んだ黒衣、その胸元に刻まれた白の紋様を見つける。


「っ!?」


 薄闇にぼんやりと浮かんだ、男の黒衣に刻まれた白の紋様。

 それは、何処かで見たことのあるもので。


「それは……っ!」


 十字架と茨を合わせたような形の紋様を見つめたまま、その紋様の意味を即座に思い出したマヤは衝撃に目を大きく見開いた。


「ヴァイゼス……」


「ほう……貴様、これを知っているのか」


 マヤの口走った『ヴァイゼス』の一言に、マギは否定することなく嘲笑じみた笑みを浮かべた。

 自分がヴァイゼスであるという事を肯定したマギに、マヤは途端に警戒の念を完全な"敵意"へと変える。


「っ……!」


「ん?」


 肩にかけた刺突剣を手に取り、マヤはマギを威嚇するように睨みつける。

 突然武器を手に構えたマヤの様子に、マギは微かに眉根を寄せた。


「なんだ……何故剣を構える?」


「……あんたがヴァイゼスだからよ」


 マギの問い掛けに、マヤは厳しい口調で即座にそう答えた。

 するとそのマヤの答えに、何故かマギは興味を持ったように薄く笑みを浮かべる。


「俺がヴァイゼスだから、だと? なんだ、貴様過去にヴァイゼスによって肉親でも殺されたか? それともくだらん実験に使われて廃人にされかけたのか?」


 長椅子の背もたれに腰掛けたまま、マギはマヤを試すような口調で問う。

 どこか挑発的なマギの態度に少し苛立ちを感じながら、マヤは「違うけど……でもホントに最低な集団みたいね、ヴァイゼスってのは」とマギへ吐き捨てるように言葉を返した。


「ろくでもないとはちょろっと聞いていたけど、その事がよ~ぉくわかったわ。勿論アンタも含めてね」


「クククっ……ホントに貴様は愉快だな。まぁ、貴様がヴァイゼスを敵視する理由になど全く興味無いからどうでもいいがな」


「なっ……」


 マヤの皮肉を含んだ言葉にも動じず、むしろ心から愉快そうにマギは低く笑い声をあげる。

 予想を反したマギの反応に、マヤは少し困惑げな表情を浮かべた。


「で、貴様はどうしたいんだ? その剣で貴様は、ヴァイゼスに属する俺を殺すのか?」


 腕を組み、マギは目を細めてマヤに問う。

 マヤも負けじと険しい視線を返し、「そうね」と呟いた。


「その前に一つだけ聞いていい?」


「なんだ?」


 マヤの言葉にマギは嘲笑のような口元の笑みを消し、再び彼女に観察するような視線を送る。

 マギが笑みを消した事に対するように、今度はマヤがその口元に薄く笑みを刻んで口を開いた。


「あんたたちヴァイゼス、ウィッチと組んでなんか色々コソコソとしてるみたいだけど……あの男の目的は一体何なのか知ってるかしら?」


「!?」


 マヤの唇から発せられた"ウィッチ"という単語に、マギは先程までの余裕の表情を即座に消して驚愕に目を見開く。


「……おい女、何故貴様がそいつの名を知っているのだ?」


 先程の余裕な態度を一変させ、マギは低く威嚇するような声音でマヤにそう問う。

 するとマヤも笑みを消し、剣を構えたまま「なんでもいいでしょ」と素っ気なく答えた。


「あの男とは貴様、知り合いなのか?」


「だから何でもいいじゃない。それよりアンタらとアイツが組んで、一体何を仕出かそうとしてるのか答えなさいよ」


 少し口調を強めながら、マヤはマギへと問い詰めるように質問を続ける。

 だがマギは彼女の質問に答える様子は無く、何かを思考するように彼は腕を組んだまま目を臥せた。

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