奇跡を謳う者 1
鐘が、鳴る。
闘いの始まりを告げる、白銀の鐘の音が……
「ローズ・ネリネ……名前からどんな女の子が俺の相手かと思ったら……なんだ、男かよ」
耳をつんざくような歓声に包まれる中、ローズの前に立つ褐色肌の大男は、笑いながらそう口にする。
男の言葉に、彼の正面に立つローズは思わず苦笑いを浮かべて軽く頭を掻いた。
「悪いな、よく言われるがご覧の通りだ。ややこしい名前だとは、自分でも思ってはいるんだがな」
「全くだ。ったく、変に期待させやがって」
身長が二メートルは越えていそうな長躯の大男は、小さく舌打ちをしながら灰色の目を細めてローズを睨み付ける。そんな彼の視線が居心地悪く、ローズは「ははは」と乾いた笑いを発した。
「チッ……なんだか食えねぇ野郎だな。まあいい、男だったら問答無用にボコるまで。悪いがこのエッジ・リーヴェル様にゃ敵わねぇよ、お前」
エッジは風に靡く銀の髪をかき上げ、そう宣戦布告するとローズへ巨大な戦斧を向けた。
「……随分でかい斧だな」
「だろう? ビビったか?」
ローズの武器である大剣も柄を含めればローズ自身と同じくらいの長さを誇る巨大さだが、エッジの武器らしい戦斧はローズよりも長身なエッジの身長を軽く越える巨大さだ。
驚きにローズが目を丸くすると、エッジは彼に巨大戦斧を見せ付けるように、それを片腕一つで軽々と振り回してみせた。
適度に引き締まり、そして無駄なく筋肉のついたエッジの体躯。それは戦士としては、その長身も含めてとても理想的であり、それゆえこの巨大な戦斧も彼は自在に操れるのだろう。
やはりローズは一人感心したように、目を丸くしながら「凄いな」と素直に呟いた。
ローズの素直な賛辞に、まさかそんなあっさり褒められるとは思っていなかったエッジは、虚を突かれたような表情で戦斧を操る手を止める。
「……あんたさぁ、随分素直なのな」
「ん、そうか? ただ率直そう思ったから口にしただけだか……」
「世間ではそれを素直っつーんだよ」
首を傾げるローズの言葉に、少々呆れたエッジはため息混じりに戦斧を下ろす。
そうして彼は、「なんか戦意というか、やる気が削がれる相手だなぁ」と小さくぼやいた。
「つーわけで審判さんよ、さっさと始めてくれ。これ以上こいつと喋ってると、完全にやる気を無くしちまう」
エッジは戦斧を肩にかけると、自分たちの立つ紅玉のフィールドの審判である若い兵士の音に声をかける。
「あ、あぁ……では第一回戦Fグループ・紅玉のフィールドの試合を始める。エッジ・リーヴェルとローズ・ネリネ、両者は規定の位置について」
外野の観客の声に負けぬよう審判の兵士が大声をあげ、そして右手を天に掲げた。
ローズとエッジ、両者がそれぞれの武器を両手に構え、そして互いに睨み合う。
ローズの純黒の瞳が細められ、同時にエッジの灰色の瞳が笑みの形を成した。
「……始めっ!」
審判の兵がいっそうの大声で、闘いの始まりを告げる。
観客の発する声援の声の中にその合図の声を聞き、ローズは構えた大剣の柄を握り直した。
「うらあぁぁぁ、いっくぜぇぇぇっ!」
「!?」
巨大な戦斧を両手に構えたエッジが、石畳のフィールドを駆けて迫ってくる。
男の持つ戦斧が風を切る音が耳に届き、鈍い烏羽色の刃の光がローズ目掛けて振り下ろされる。
咄嗟にローズは大剣を旋回させ、そしてその細腕のどこからこの大剣を棒っきれの如く振り回すパワーがあるのかという勢いで彼は武器を掲げる。
ローズは掲げた大剣の刃の側面で、振り下ろされるエッジの戦斧の一撃を受けた。
「なにっ……!」
鼓膜を突き破るような激しい金属音と、そして互いの武器の柄に震える激烈な衝撃がかかる。
一撃を完全に防がれた事にエッジは驚きの色を隠せず、彼は短い驚愕の声を発しながら一歩後退した。
「おまっ……なにそれ、もしかして見かけによらず超怪力?」
重量のある巨大な戦斧の一撃を防がれたこと、そして刃同士がぶつかった時に感じた反発力の強さに、エッジは後退しつつローズに問い掛けの言葉を向ける。
彼の問いにローズは何故か照れ臭そうに笑みを浮かべながら、「あぁ」と小さく頷いた。
「実は不思議と力だけはあるんだ」
微笑みさえ浮かべ、今度はローズが仕掛ける。
戦斧を受けた大剣を再度旋回させ、そして彼は低い咆哮の如く雄叫びをあげながら、力任せに横薙ぎの一閃をエッジ目掛けて走らせる。
颶風を纏いて迫り来るローズの刃を、エッジは咄嗟に巨大戦斧の刃で受け止める。だがローズの刃を受け止めたはずのエッジの体は、ローズの刃に宿した渾身の力と衝撃を受け止めきれず、激しい土煙をあげながら後退した。
「くっ……なんつー力だ……バケモノか?」
エッジが驚きに呟きながら、両足に力を込めて石畳の上を後方へ足が滑るのを踏み止める。
一見してただの、というかむしろ一般人的な体格をしたローズの意外な超怪力に、なぜかエッジは薄く不敵な笑みを口元に浮かべた。
「はは……でもま、こうでなくっちゃ面白くねぇかもな」
不敵な笑みを浮かべたまま、エッジは再び石畳を蹴りつけローズへ向かって駆け出す。
彼もまた一般人の筋力のはるか上をゆく強力により戦斧を操り、ローズへと襲い掛かった。
観客の歓声に負けぬ程の、金属同士大きな接触音が紅玉のフィールド一帯に響き渡る。
エッジの剛腕から巨大戦斧という大重量を誇る筈の武器が、疾風を纏いて連撃となりローズに向かう。
「ハハハぁっ!」
戦斧にて何十条もの斬撃を生み出すエッジの攻撃に、ローズもまた彼の生む刃に切り刻まれぬよう大剣の刃でそれを受け流した。
「へっ、まだまだ!」
だがしかし、エッジの掛け声と共に次なる刃がローズを襲う。
斬り、突き、繰り出される巨大な刃は、ついにローズの肩口を僅かに引き裂いた。
「ぐぅっ……!」
ローズの身に纏う剛皮製の防護服が戦斧によって切り裂かれ、彼の右肩から紅の鮮血が散る。
痛みに苦悶の表情を浮かべるローズは、しかし次に連撃で放たれたエッジの落雷の如き斬撃を、鮮血を散らしながらも手首を捻って旋回させた大剣の刃でなんとか弾き返した。
「は、……」
「ふん、なかなか反応もいいじゃねぇか」
巨大な戦斧がまるで長槍の如き素早さで動き、その圧倒的な重量を持った刃が連続でローズを切り裂こうと迫り来る。
それをほとんど反射的に大剣で弾き返すも、しかしユーリやマヤほど俊敏ではないローズは、その連続動作だけでだいぶ体力と気力を消耗してしまっていた。
(まずいな……早く決着をつけなくては、このままでは防御だけで体力を削られる……)
肩で大きく息をするローズに、エッジは斧を肩に担ぎながら笑いかける。
「が、だいぶ息があがってるな。もしかして持久力は無いタイプか?」
「……そういうわけではないんだがな」
唇を歪め、ローズは小さく呟く。
その言葉を鼻で笑いながら、エッジは「そうかよ!」と叫び、再び戦斧を思いきり振り上げた。
「っ!」
迫り来るエッジの姿に乱れる息を止め、ローズは汗ばむ両手に力を込めて大剣の柄を握り直す。その時、彼の目の色が変わった。
「うおぉぉぉぁああああっ!」
重い鈍色の凶器を振り上げ、野太い雄叫びと共にエッジは疾駆する。
するとローズは大剣を下方へとかまえ、彼もまた低い雄叫びをあげながら、向かい来るエッジを迎撃するかのように駆け出した。
「るぅぁぁぁああああっ!」
獣の咆哮のような叫びが、駆けるローズの唇からほとばしる。
二匹の吠える獣となった二人は、互いに超重量の刃を手にし、石畳の上を彼らは直線に駆け抜けた。
そして、二匹の猛々しい獣は衝突する。
ローズの右腕を狙って振り下ろされたエッジの戦斧を、下方から円弧を描いて振り上げたローズの刃が迎撃。そしてそのままローズは防御を捨てる判断で、攻撃を防がれたエッジが次なる攻撃へと動作移行する前に、今度は彼の方から仕掛ける。
短い猛獣の唸りを吐き出しながら、ローズの持つ大剣が戦斧を押し退ける。
ローズの強力に押し切られたエッジの刃は僅かに揺らぎ、その隙を付くように更なる猛襲をローズは図った。
「っ!?」
重い一歩を踏み込み、ローズは戦斧の刃と交わって均衡する大剣に体重をかけて力を込める。
「……っぁああ!」
ローズの腕が大きく揺らぎ、そして横薙ぎに振るわれる。
同時にエッジの手から、ローズの力によって吹き飛ばされた巨大な戦斧が離れ、激しい落下音を伴いながら戦斧は石畳を破壊する勢いでその上へと落ちた。
「くっ……!」
武器を失い、エッジは悔しげに唇を噛み締める。
「……武器を奪ったが、まだやるか?」
ローズは小さく唇を歪めながら、こちらを睨み付けるエッジに問い掛けた。
するとエッジは忌ま忌ましそうに目を細め、「クソが!」と罵倒を漏らしながらそっと拳を握りしめる。
そうして彼は一歩ローズへと前進し、ローズの顔面を狙って弾丸の如き拳の一撃を放った。
しかしエッジの握りしめた拳は、ローズの顔を砕く事なく不発に終わる。
彼の放った拳をローズは左手の掌で受け止め、それを顔面直前で停止させていた。
ローズはどこか暗い瞳で、自身を鋭く見つめるエッジを見返す。
「悪いな」
ローズは微かに唇を動かし、囁くように不思議と謝罪を呟いた。
ローズは短く息を吐くと、何故か自ら大剣を手放す。そうして先程のエッジ同様右手の拳を握ったローズは、エッジの右手を掴んだ左腕を自身の方向へと引き、相手の体勢を僅かに崩した。




