幸せの探し方 1
世界はいつでも、人々に不条理なように出来ている。
かつて神は人の世に"審判"を下し、今では世界そのものがヒトに仇をなす。
自分たちに、神や妖精の加護は無い。
『……俺が、君の妖精になってあげる』
……だから、願いは自分で叶えるんだ。
この手で。
――ガシャンッ
「――……ッ」
重い金属音。長い銀の刃を持つ剣が、石造りの床に擦れる音。
その剣を持つ手は成熟しておらず、まだ凶器の刃を持つには不似合いな少年のものだった。
けれどもその刃を持つ少年の瞳には、強い意思が宿っていた。
唯一人の、少女を助けたいという意思が。
「……フィーナ、待ってて」
祈るように呟かれた言葉は、少女へのもの。そして少年自身へも、自分の想いを確認するかのように向けられていた。
僅かに震える指先に、少女への想いと自分の決意を込める。
「……行こう」
少年は拭い切れない恐怖と不安に、いくばくか強張る顔を上げた。しかし強い願いと想いを持った少年は、心に残る不安を叱咤するように銀色の刃を片手に走り出した。
◆◇◆◇◆◇
ガルガトの街
――道具屋
「いらっしゃいませ!……あら、あなたたち……昨日の」
「どーもお姉さん、ちょっと出発前にまた寄っちゃいましたー」
昨日ユーリたちが入った道具屋へ、四人は鉱山へと行く前に再び立ち寄ることとなった。もちろん昨夜アーリィがマヤに、『ここの魔法薬や調合素材を見せたい』と言った一件のためだ。
マヤに行きたいと我が儘を言われ、アーリィ至上主義のユーリも道具屋に行くことを賛成されたローズは、仕方ないといった様子でここへとやってきていた。
しかしリーダーのはずなのに、微妙に立場が弱い自分にまだ気付いていないローズはリーダーとしてどうなのだろうか。そんなことを思いつつも、都合がいいので誰ひとりそういうことはツッコまなかった。
「へー……ホントだぁ。いろいろとオモシロそーなものがあるわ」
マヤは早速入口近くのショーケースへと近づいて、鉱物や宝石の原石を興味深そうに眺める。テコテコとアーリィもついていき、隣でそれをマネた。
そこに店主のリナが近づいて、マヤへと微笑む。
「お嬢さんは初めてですよね?」
「あ、うん。この子……アーリィに、このお店は珍しい物がいっぱいあるから行こうって言われて来たのよ」
リナの言葉にマヤが顔を上げて、隣のアーリィを指差しながら答える。リナは嬉しそうに笑って「あら、ありがとう。えっと、アーリィさん」と、アーリィに礼を述べた。
リナの言葉に対してアーリィは全くの無反応だったが、「アーリィ、美人のお姉さんに御礼を言われたら笑っておきなさい」とマヤに小声で囁かれると、「ハイ」と素直に頷く。そしてニコッと微笑をリナへと向けて返した。一瞬リナはびっくりしたように固まり、その笑みに僅かに頬を赤く染めた。それを見ながらマヤはご機嫌で、独り言のように呟く。
「美人のお姉さんにはサービスしといても損はないわよね」
「……マスター?」
「あ、なんでもなぁ~い」
もういつも通りの無表情に戻ったアーリィが首を傾げる。マヤは笑ってごまかした。
「でもよーホントにいろいろと珍しいモン売ってるよなー」
「そうだな。ざっと見ただけでも、俺の知らないな品がいくつかあるな」
マヤたちの向かいでは、薬棚を眺めながらユーリとローズがそれぞれに感嘆の声を漏らしていた。
「ていうか俺、魔法薬ってマヤとアーリィちゃんしか作れねぇかと思ってたぜ」
端に置かれたガラスケースに入った魔法薬へと視線を向けて、ユーリはそう言う。
すると彼の声が聞こえてたらしく、マヤが「どうして?」と不思議そうにユーリへ問い掛けた。
しかしそのマヤの反応に、逆にユーリが首を傾げる。
「どーしてって……だって魔法薬ってマナの詰まってる薬なんだろ?」
「うん」
「ホラ、お前らってまほー……」
「おい、ユーリ」
『魔法が使えるじゃん』と、口を滑らせそうになったユーリ。ローズが珍しく素早いツッコミでそれを制した。ユーリは慌てて目を泳がしながら言う。
「あー……えっと、アレが使えるじゃん。だからなんとなく、そういう人間しか使えないモンなんだと思ってたぜ」
ものすごく不自然なごまかしだったが、リナはとくに気にする様子もなかったので、ユーリはホッとした。ユーリの言葉に「あぁ」と、マヤが成る程といったように答える。
「そうねー。別に魔法薬って誰でも作れるのよ。マナの力を秘めた霊水みたいな材料と、ちょっとした調合の知識とかあればね。てかぶっちゃけアタシとアーリィは、マナが込められた材料が無いから普通の材料に魔力を……」
「マヤ……」
再び口を滑らせそうになったマヤに、ローズが口を挟んで止めた。
「あぁえっとね……そう、不思議パワーを使ってマナを人工的に合成しちゃってるの!」
そう答え、ごまかすように笑うマヤ。まったく誤魔化しきれていないのだが、しかし幸いなことにリナはその不自然に気づいていない。そんなリナの様子に思わずマヤは「天然かしら……?」と小声で呟いた。
「そうやってマナを秘めた魔法薬を作ってるってワケか」
「あら……お嬢さんは魔法薬を作れるの?」
納得したように頷くユーリの言葉を聞いて、今頃リナは二人の会話を理解したらしく驚いたように声を上げた。
「え、あ、まぁね」
今頃会話理解したのか……と、マヤは呆れたような、安心したような複雑な表情で頷く。
「じゃあ薬師さんなのかしら?」
「あーううん。ただアタシは趣味でイロイロと作ってるの」
薬関係全般は薬師が調合して作る。魔法薬の場合は錬金術師も作るが、マヤが言うような趣味で作るなんて人間は稀だ。いや、ほぼいないといっても過言ではないだろう。
案の定リナは珍しそうに「そうなの?」と、呟いた。
「趣味が薬品作りって……変人か変態の答えだよな。で、マヤは例外なくどちらでもあると」
小声で呟くユーリ。地獄耳を発揮したマヤは、ギロッとユーリを睨み付けて彼よりさらに小声で発火呪文を唱える。もちろん彼女のターゲットは、ユーリだった。
「うあ゛っちぃっ!」
「きゃあっ!」
突如燃えだしたユーリの銀髪。ユーリは半泣きで炎を手で消し、リナは何がなんだかわからずに悲鳴を上げる。ローズははぁ……と、溜息をついて瞑目した。
「あーらユーリぃ、どうしたの? 髪の毛がおしゃれになってるわね、パーマかけたのぉ?」
悪女の高笑いをしながらマヤが白々しく問う。髪の先を僅かにチリヂリに焦がしたユーリは、それを恨めしそうに見ながら「マヤてめぇ……」と呻いた。
すると背後で聞こえる、アーリィの心からの呟き。
「……何だ、髪だけか」
本気で残念そうに呟くアーリィの声と溜息に、その場のマヤ以外が固まった。ユーリなんて今にも死にそうな悲しそうな顔で硬直している。
「えっと……何だか賑やかな方たちですね」
一人死にかけるほどのダメージを受けた今までの四人の会話を、リナは微笑み付きで何とも簡単にそうまとめた。見掛けによらず、図太い神経の持ち主らしい。
そしてふと思い出したように、ぽつりと彼女は呟く。
「そういえば…今日はクゥ君、まだこないわね……」
「? ……クゥって昨日のガキんちょかぁ?」
ほとんど無意識の独り言だったらしく、ユーリの問いに「え?」とリナは驚いた様子で彼を見た。
「あ、えぇ……店今日は彼、お仕事休みだから。クゥ君は休みの日は朝早くから妹の所へ遊びに来てくれるの。……でも今日はまだこないわね。風邪でもひいたのかしら」
心配そうに眉をよせて、リナは言う。両親がおらず、彼は一人で暮らしているので尚更心配なのだろう。しかし見知らぬ少年の心配を旅人さんに話しても仕方ないと思い、リナは苦笑いした。
「気にしないで下さい。……きっと今日はたまたま遅いだけですよね」
私も心配性なんです……そう付け足したリナは、しかしやはり何処か不安を拭いきれていないような表情だった。
◆◇◆◇◆◇
ガルガトの街・東
―エウレカ鉱山
ガルガドの街の中心から、東に歩いて約30分ほどの岩山道。その先に目的の鉱山はひっそりと存在していた。赤茶色の岩肌が露出した岩壁と、幾つものつらなった岩山で形成された鉱山。街の人々はここを街のかつての名前、"エウレカ"から"エウレカ鉱山"と呼んでいた。
鉱山内部への入口らしき大きな洞穴には、鉄の棒とロープで"立入禁止"と、まだあまり汚れていない札がかかっていた。
そしてもう一つ、同じく新しい木製の看板がその隣に大きく設置されていた。
「……"魔物多発、注意"……ね」
看板の文字を読み上げるユーリ。しかし四人とも、とくにその言葉に驚いたり恐怖する様子はない。
「コレが酒場でローズたちが聞いた、『鉱山を閉鎖した理由』だな」
「あぁ、何でも1、2年前から突然この鉱山に魔物が頻繁に出没するようになったらしい」