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神化論  作者: ユズリ
推定楽園
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禁忌を犯す咎人 8

「助けたい……か」


 ユーリの言葉を聞き、アーリィは彼の言葉を反復する。

 そうして彼の顔を覗き込む事を止め、アーリィは真剣な面持ちでレイビィを始めとする牢内の人々へ視線を向けた。

 そうして彼は、凛とした声で言葉を発する。


「ならば異論は無いはずだ。その言葉が本物ならば、お前はその言葉に責任を持たなくてはならない。誰かを救いたいと望む言葉は、それくらい重く重大な言葉だ。そして今、俺達は二人しかいない。マスターにもあの男にも頼れない今、コイツらを救える確率の高い策はこれしかないんだ……『助けたい』という言葉の責任を全て背負う覚悟が貴様にあるのなら、コイツらの為にも最善の策に全てを賭けて努力するべきではないのか?」


 決然とした態度でアーリィはそうユーリに告げ、視線を彼へと移す。

 普段の他人へ一切関心を見せない彼からは想像のつかないその台詞に、ユーリは一瞬息をすることすら忘れてアーリィに見入る。


「……どうなんだ?」


 再度アーリィに問い掛けられ、ハッとしたようにユーリは口を開いた。


「わかった……うん、それでいこう」


 不安げな眼差しを向けるレイビィたちへ視線を向け、彼女らの『未来の保証』というものの責任を持つ覚悟でユーリは力強く頷く。そして彼はレイビィたちに、「大丈夫だ、絶対助けてやるぜ!」と笑顔を向けた。


「……ありがとう」


 ユーリの笑顔に、レイビィは涙を拭いながら小さく微笑む。

 照れ臭そうにユーリは頭を掻きながら、「礼は成功してからでいいって」と呟いた。


「でもさアーリィちゃん。次の試合に出るのはいいけど、一体どうやって出るんだ?」


 ユーリの尤もな疑問に、アーリィはロッドを軽く振りながら冷めた表情で口を開く。


「どうせあいつらは弱い者が嬲り殺される場面を望んでいるんだ。か弱い女のふりでもして兵士にとりつけば、おそらく簡単に出場することが出来るだろう」


 しれっとした口調で、アーリィはそう答えた。

 するとアーリィの答えに、ユーリは一瞬真剣に考え込む。


「……うぅん。アーリィちゃんが、か弱い女の子のふり?」


 マヤの影響か微妙に『俺様』な性格のアーリィに、果たして『か弱い女の子』のふりなど出来るのだろうか。


「ま、元々男っていう方がかなり無理ある外見だし、大丈夫か……な?」


 物凄く心配ではあったが、しかし悩んでも始まらないので、ユーリは無理矢理自分を納得させることにした。


「じゃあこのロッドはお前に預けておく。……時間的に、そろそろ兵が次の試合の出場者を呼びに来る頃だろう。ユーリ、お前は何処か階段にでも隠れていろ」


 アーリィはユーリへとロッドを差し出し、彼に武器を預ける。彼からロッドを受け取りながら、一つだけ気になったことをユーリはアーリィへと問い掛けた。


「ねぇアーリィちゃん。そういえば、人前で勝手に『その力』を使っていいのか?」


「……」


 ユーリの問いに、一瞬アーリィは目を伏せる。

 しかし直ぐに彼は視線を上げ、無表情に口を開いた。


「自分が信じる事になら迷わず力を使えと、昔マスターにそう言われた。だから……かまわない」


 ひどく平淡な口調で、素っ気なくアーリィはそう答える。

 しかし一切の感情が宿らない彼の表情と声だったが、その答えには反してアーリィなりの意思が感じられ、ユーリは驚いたように大きく目を見開く。すぐにユーリの表情は優しい笑みとなり、「そっか」と彼は頷いた。


「よし、じゃあやるか!」


 ユーリは自身へと気合いを入れるように、そう言ってレイビィたちへと笑顔を向ける。彼につらたようにアーリィもまた、彼と同じ方向へと視線を動かした。

 二人の視線の先には、不安と期待が半々に入り交じった人々の眼差し。


「あ……二人とも、頑張ってね。……私たちのこと、お願いします」


「おぉ、まかせろ」


 小さく掠れた声で希望を託すレイビィに応えるように、ユーリは自信に満ちた力強い声で頷いた。




 ◇◆◇◆◇◆




 暗い薄闇に響く、死へと誘う足音。


 徐々に牢へと近づいてくる兵士の靴音に、思わずレイビィは表情を強張らせた。

 他の者達も同様、迫り来る死の恐怖に青ざめたり泣きそうに表情を歪める。


 牢内の者達が息を殺し、揺らめくランプの炎に照らされる闘技場入口の通路を見つめる。

 やがて不吉に響く靴音が音量を増し、犧牲たちの瞳に死を呼ぶ兵士の姿が映った。


「……次の出場者を呼びに来た」


 平淡な声で、兵士は牢内のレイビィたちにそう予測通りの言葉を告げる。

 そうして恐怖に怯える人々とは目を合わせず、淡い金髪の男は懐から牢の鍵を取り出した。


 兵士の男は無言で牢の錠を開けると、彼は入口近くにいたレイビィをちらりと一瞥する。

 男は「お前でいい」と低く呟き、驚きに目を見開くレイビィの腕を掴んだ。

 だが"死への恐怖"を思い出したレイビィの体は、反射的に抵抗するように固まる。


「やっ……」


「なんだ、早くこい。……今更抵抗しても、どうにもならない事くらいわかっているだろう」


 冷めた男の一言に、しかしレイビィは抵抗するように「イヤ!」と声をあげ腕を振り払おうとした。


「おい、女っ……!」


 先程までは全てを諦めたような眼差しをしていたはずの者達が、突如として抵抗を見せたことに、男は驚きと困惑の入り交じった声を発する。

 だが無理矢理にでも連れていこうと、兵士の男は「さっさと来い!」とレイビィを怒鳴り付けて、彼女の腕を強く引っ張った。


「っ……!」


「待って下さいっ!」


 兵士がレイビィを無理矢理に連れていこうと手を引いた瞬間、"その声"は大きく一帯に響き渡った。

 驚いて兵士の男が顔を上げると、牢の向かい側に漆黒の髪を揺らした人物の影。その人物は突然姿を現し、真剣な紅の眼差しをこちらへと向けて立っていた。


「な、なんだお前はっ! お前、勝手にここを抜け出したのか!?」


 漆黒の髪の人物――アーリィをレイビィたち同様の奴隷と思った兵士は、動揺した声でアーリィへと問い掛ける。

 アーリィは男の問いを肯定するように「ごめんなさい」と小さく呟いて、そして申し訳なさそうにそっと目を伏せた。


「気分が悪くなったので、さっき別の兵士さんに無理を言って少し外に出させていただいたんです」


 アーリィの説明に兵士は小さく舌打ちをしながら、「誰だ、そんな勝手な事をしやがった奴は」とぼやく。

 アーリィはもう一度「ごめんなさい」と、今にも消え入りそうな声で呟いた。


「チッ、まあいい。ほら、お前はもう中に入っていろ。もう勝手に外へ出るなよ」


 兵士はそう言うと、顎をしゃくってアーリィに牢の中に入れという事を示唆する。

 するとアーリィは顔を上げ、僅かに怯えを含んだ眼差しで兵士を見つめて、「あの……」と恐る恐るといったように口を開いた。


「なんだ」


「あ、あの……次の試合、彼女の代わりに私が出ます」


 怯えるレイビィを見つめた後、アーリィは覚悟した表情となってそう男へ告げる。

 するとアーリィの意外な一言に、男は驚愕に目を丸くしながら「本気かお前?」と問い掛けた。


「……ダメですか?」


「いや、別にこっちは誰でもいいんだが……まあ、女の方が客は喜ぶからお前でもかまわない。お前ほど美しい女なら尚更な。……しかし、自ら『出る』とは変わった奴だな」


 男のぼやきに、アーリィは小さく苦笑いを浮かべた。


「最後に我が儘聞いてもらったので……だからもういいんです、私」


「……そうか」


 アーリィの淋しげな微苦笑とその一言に、男は余計な情が移ることを恐れて視線を下方へと落とす。

 そしてアーリィから視線を逸らし、男は掴んでいたレイビィの腕を離した。


「それじゃあお前、俺と一緒に来い」


「……はい」


 レイビィを解放した男は彼女を再度牢へと押し込んで、そして素早く牢に鍵を掛ける。

 そうして男はアーリィへ近づくと、今度はアーリィの腕を掴んで足早に闘技場への通路へ向かって歩き出した。


「あ……」


 牢の中でレイビィは、兵に連れられていくアーリィの後ろ姿をじっと見つめる。

 そうして彼女は早々に薄闇の中へと消えていくアーリィへ、心配そうな眼差しを向けながら「頑張って」と小さく呟いた。


 やがて、二人分の靴音が静かに遠ざかっていく。

 兵士がアーリィを連れて姿を消した事を確認し、階段通路に息を殺して隠れていたユーリはそっと姿を現した。


「……ふぅ。とりあえず、アーリィちゃん出場オッケーっと」


 アーリィから預かったロッドを、腰のベルトに短剣と共に固定しながら、ユーリは「次は俺だな」と言って軽く肩を回す。


「にしてもさっきのアーリィちゃんの演技……スゲェな、ありゃ完璧に別人だよ」


 自分に気合いを入れつつ、先程兵士と共に会場へと向かったアーリィの完璧すぎる演技姿を思い出して、ユーリは苦笑いを浮かべながら驚愕をポツリと呟いた。

 アーリィの意外すぎる特技に関心しつつ、ユーリは自分を見つめる視線に気付き顔を上げる。

 すると牢の中から心配そうに自分を見つめるレイビィと視線が合い、反射的にユーリは彼女へ笑顔を向けた。


「んな不安そうな顔すんなって。大丈夫、ああ見えてアーリィちゃんは強ぇし、俺もヘマしねぇように頑張るからよ!」


「う、うん……」


 牢内でレイビィ同様不安げな眼差しを向ける者達にも笑みを見せ、そしてユーリは独り言のように呟きつつ今回の作戦の為の思考を始める。


「さっきの金髪の兵士が、少なくともここの牢の鍵を持っていることはわかった。だから行動するならアーリィちゃんの試合が始まり、兵士や客の目が試合に集中したら直ぐって所だな。あの兵士を倒して鍵を奪い、そして人目がアーリィちゃんの試合に向けられている間に素早くここを開放して、とりあえずコイツらを脱出させる。その後はどこか適当な場所……俺らが落ちて来たあの穴辺りにでもコイツらを隠しておいて、それが終わったらアーリィちゃんと合流して、ロウディーとかいう男にをシメつつ地上へ出る道を捜す」


 自分の思考と作戦を纏め終えたユーリは、「よし、大体こんなもんだな」と言って頷く。

 そうして彼もまた行動を起こす為に、眼差しを鋭いものへと変えて闘技場入口通路を見つめた。


 広大な地下空間が、再度人々の熱気と歓声に包まれる。


「……始まったか」


 アーリィが闘技場へと到着したのだろう。

 それを予測し、"暗殺者"の瞳となったユーリもまた、音も無く闘技場入口通路へ向かって駆け出した。




 ◆◇◆◇◆◇




(……暇だな)


 ティレニア帝都闘技大会出場者控室。そこでローズは一人、暇を持て余して困っていた。


 闘技大会が先程開催され、そしてマヤを始めとする出場者たちが次々と兵士に呼ばれてこの控室を出ていく。

 しかし未だに自分の出番がくる気配はなく、ローズは最初に比べたらだいぶ広くなった控室の長椅子を一つ占領し、そこに寝転んで自分の出番を待っていた。

 始めはマヤはどうなったのかや、アーリィやユーリはどうしているだろうと色々考えていたローズだったが、しかしずっと寝転んでいると段々彼を睡魔が襲い始める。

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