楽園の使者 7
「それはだって……ホラ、あいつらはアーリィちゃんを狙っているんだぜ? そんな奴らにわざわざ近づいてったらあぶねぇよ」
そう言ってユーリはどこかぎこちない様子で優しく笑う。だがアーリィは憮然とした表情でユーリを睨んだ。
「だが奴らがこの都でなにをしようと企んでるのか、お前は気にならないのか?」
「そ、それは……」
「それにもしその『ヴァイゼス』とかいう奴らがなにかここで良くないことを企んでいたとしても、今はマスターとあの男は大会に参加していて身動きがとれない。なにか危険な行動を起こそうとしていたりしたらマスターたちに危険が及ばないようそれを止めるべきだし、なにより奴らに関して今後のために少しでも情報や手掛かりを掴んでおくべきだ。今はその絶好のチャンスだろう」
「それはそうかもしれないけど……」
アーリィが声を荒げて、ユーリに言葉を投げかける。それにユーリは困ったように目を臥せ、そして彼は「でもやっぱり二人だけであの女を追うのは危ないよ」と呟いた。
するとアーリィは、キッとユーリを睨みつける。
「二人? 行きたくないようだから、別にお前は来なくてもいい。お前が来なくても俺は一人で行くから」
「ア、アーリィちゃん!」
目を丸くするユーリを無視し、アーリィは「じゃあ」と吐き捨てる。そうして彼は、路地の奥へ進もうと足を動かした。
「ア、アーリィちゃん! 待ってよ、俺も行くよ! 一人じゃ危険すぎる!」
「フンッ」
走るアーリィを追い、ユーリも渋い表情ながら彼を一人で行かせるわけにもいかないので奥へと駆け出す。
ユーリがついて来たことにアーリィは不愉快そうに鼻を鳴らしながらも、あとはなにも言わずに彼は先を進んだ。
ゴミや木材などが無造作に転がる殺風景な暗い路地を、十メートルほど二人は真っすぐに駆ける。するとすぐに大きな煉瓦の壁に突き当たり、路地はそこで行き止まりとなった。
「……行き止まり?」
古くなった木材や朽ちた煉瓦が重なって置かれているだけの、なにも無い煉瓦建物に囲まれた空間。
ユーリは辺りを見渡し、やはりこれ以上進める場所が無いことを再確認した。
「どうする、アーリィちゃん。なんか行き止まりっぽいんだけど……」
「……」
ユーリの問い掛けを聞いていないのかよくわからない態度で、アーリィは正面を向いたまま黙する。
行き止まりも困ったが、それよりも女がどこに消えたのだろうかと、ユーリは「うーん」と唸りながら考える。すると不意にアーリィが、木材の積まれた行き止まりの一角へと近づいていった。
「どうしたの?」
「……」
何も返答しないアーリィを不思議に思い、ユーリは彼の元へと近づく。そうしてアーリィの見つめる木材が積まれた一角の下方、そこに彼も一緒になって視線を向けた。
そして、ユーリはなにかに気がつく。
少し散乱した木材が多少上にかぶっていたが、その木材が置かれた一角の地面に大きなマンホールが、蓋が半分程開いた状態で存在していた。
その微妙なマンホールの蓋の開きに、ユーリは目を細めて「まさか……」と呟く。
アーリィもユーリと同じことを考えていたらしく、彼はおもむろにしゃがみ込んでマンホールへと手を伸ばした。
「ぬぉ、アーリィちゃん~?!」
「……くっ!」
しゃがみ、そして腕に力を込めてマンホールの蓋をさらにずらしていくアーリィ。
そうしてマンホールの中が完全に覗けるまでに蓋をずらした彼は、そのまま目を丸くしながら光の一切無いマンホールの中を覗き込んだ。
「……暗くてなにも見えないな」
「見えないっつーか、もしかしてここに女が入ったってアーリィちゃんは推理してる?」
「お前も同じようなことを考えただろう」
ユーリも一緒になってマンホールの見えない底を覗き込む。
そうしてアーリィに問い掛けを向けると、アーリィは素っ気ない口調で即答した。
ユーリは「まあ」と曖昧に頷き、全く様子が見えない闇一色の穴の中をもう一度しっかりと覗き込んだ。
「この穴以外に人が先へ進めそうな場所はないっぽいしなー。けど、こんなに暗くちゃ中がどうなってるのかとか深さがどれくらいとかはさっぱりわからないなぁ。人が一人くらいは軽く入れるサイズの穴ではあるけど……」
ユーリのぼやきにアーリィも同感らしい。彼は顔を上げ、「お前、火とか持ってないか?」とユーリに問い掛けた。
するとユーリは苦笑いしながら首を横に振る。
「んにゃ、残念ながら無いっす。アーリィちゃんは? なんかマヤみたいに火ぃ出す魔法とか使えないの?」
ユーリの言葉に、アーリィも苦い顔をして首を横に振る。
「……マスターは火のマナを主属性として使うから炎が出せるんだ。俺は火のマナとは相性ゼロだから、火関係の魔法は全く使えない」
「へー……あ、そういやそんな属性の制約が魔法にはあるんだっけな」
アーリィの説明に、以前マヤに説明された『魔法使用に関する制約事』をいくつかユーリは思い出す。
「えぇと、アーリィちゃんは水のマナと一番相性がよくて、他に水と似たような性質の属性である風の魔法も少しだけ使えるんだっけ。で、逆に火と土の属性魔法は一切使えない……と。う~ん……じゃあ火を出すのは無理かぁ」
「……光を発生させることくらいなら出来ないこともないが、あまり期待はするな」
ユーリががっくりと肩を落としかけると、それを見たアーリィは渋々といった様子で左手に持ったロッドを正面にかまえる。
そうして彼は目を閉じて深呼吸をし、大気中を僅かに漂うミスラのマナと精神を同調させた。
『MISLAgATheR.』
アーリィの静かな呪文詠唱の声が響く。
ユーリが目を丸くして見守る中、アーリィの唱えた古代呪語に反応するように、彼の持つロッドの宝珠が小さな魔法陣を伴いながら淡い青に発光した。
「わっ」
ロッドの宝珠を囲むようにして発生した小さな魔法陣が消え、アーリィは驚くユーリに「これが限界だ」と言って淡い光を放つロッドの先端宝珠を彼に向ける。
照明というには少し頼りない宝珠の光を見つめながら、ユーリはそのロッドの光に対して率直な感想をそのまま口にした。
「……なんかちょっとヘボい光だね」
「文句があるなら貴様を燃やして明かりにするか?」
全く悪気無く素直な感想を口にしてしまったユーリは、アーリィにロッドの先端をグリグリと顔に押し付けられる。ユーリはロッドを押し付けられながら「すんませんすんません!」と平謝りした。
「すいませんアーリィちゃん、言い直します! 控え目でカワイイ明かりっスね!うん、可愛いラブリー!」
「……お前は相当俺にケンカを売りたいようだな」
ドスのきいたアーリィの声に、もう余計なことは一切言うまいとユーリは心に誓い、そして自分の口を両手で押さえた。
「ミスラのマナを宝珠に集めて、そのマナを魔力で発光させている。簡易照明みたいなものだから、あまり強い光ではない。……わかったか?」
アーリィの説明にユーリはコクコクと首を上下に振り、右手を軽く上げて「オッケーです」ということをアーリィに伝える。アーリィは物凄く疑わしげな視線をユーリに向けるも、「まあいい」と呟いて彼は立ち上がった。
「? どしたのアーリィちゃん」
突然立ち上がったアーリィを不思議に思いながらも、つられてユーリも立ち上がる。するとアーリィはいつもの無表情で、さらにいつもの淡々とした口調でユーリの質問にこう答えた。
「それじゃ、落ちるぞ」
「落ちる……ええっ!?」
真顔できっぱりと言うアーリィの言葉に、ユーリは「無理です!」と叫んだ。
「落ちるってアーリィちゃん、これどこまで底深いのかわかんねぇんだよ!?」
「だが、女が入っていったのなら人間が降りられない深さではないハズだ」
「それ、女が入っていたらの話だし……やっぱり無理!」
ブンブンと首を強く左右に振り、ユーリは全力で拒否を示す。
アーリィは心底鬱陶しそうにユーリをジトッと見つめ、やがて彼は「じゃあいい」と一言呟いてマンホールの穴に手をかけた。
「え!? ちょっとアーリィちゃん、なにを……!」
「お前、行きたくないんだろ? だからここにいろ。俺一人で行く」
外見はどうみても美少女でしかないアーリィは、しかし誰よりも男らしい言葉を吐き捨てユーリに背を向けた。そんな彼の後ろ姿をじっと見つめ、ユーリは思わず「なんかかっこいいぜ、その後ろ姿」と呟いた。
「……じゃなくて、あぶねーってばアーリィちゃん!」
「……」
男前なアーリィの姿に惚れ惚れしていたユーリだったが、しかしアーリィがマンホールの縁に足をかけた所でハッと我にかえる。そうして危険だとアーリィに向かって叫ぶも、アーリィは気にせずロッドを片手に穴の縁にかけた足を滑らせ、そのまま底の見えない穴へと飛び降りていってしまった。
「あぁぁぁああアーリィちゃーん!」
本当に飛び降りていってしまったアーリィを見て、ユーリは蒼白になりながら絶叫する。
ユーリは急いで穴の中を覗くも、あのロッドの明かりは見えず一切の物音もしない。
「ど、どうしてどうなってんだ!? てかアーリィちゃん大丈夫!? ねぇ、返事してーっ!」
完全にパニックに陥ったユーリだったが、しかしこのままアーリィを残してこの場を立ち去るわけにもいかない。
暗い闇の底をじっと見つめ、ユーリは恐怖に顔を引き攣らせながらも意を決したように穴の縁に手をかけた。
そして、彼は強く目をつぶりやけくそに叫ぶ。
「あぁもーどーにでもなれーっ!」
ユーリは自棄になりながら、アーリィに続いて光の無い穴の中へと飛び降りた。
「だあああぁぁぁぁぁぁぁ~……」
誰もいない路地の突き当たりの空き地、そこに不自然な形で存在した暗いマンホールの穴から、飛び降りたユーリの悲しげな絶叫が響いて……消えた。
◇◆◇◆◇◆
ユーリ、アーリィらと別れて一足先に闘技大会の会場である闘技場へと入ったローズとマヤ。
二人は受付で兵士の青年に言われたとおりに、闘技場内の案内を見ながら今回の大会に出場する選手達の控室へと向かう。
いくつか用意された控室の一室で、ローズとマヤの二人は他の出場者たちに混じりながら、部屋の隅の方で壁に背を預けて大会の開催と自分たちの出番を待っていた。
出場者の多くは男性、それも腕に自信のある冒険者や闘士が多いらしい。
皆鍛え上げられた筋肉質な肉体を持ち、中には身長が2mを超える半巨人族の青年や、砂漠の大陸であるアサドに昔から竜や魔獣狩りを生業としている狩人族の男の姿もある。
とりあえず一概に言えることは、やはり出場者は皆屈強な体躯や、一流の戦士としていくつもの闘いの場をくぐってきた経験などを持った者たちばかりのようだ。
そんな中で、見た目はわりと戦士っぽくないローズとマヤはかなり浮いているらしい。とくにマヤは見た目はただの少女、さらにいうととても冒険者とは思えない軽装のためか、先程から室内の出場者たちは彼女に物珍しげな視線を向ける。
一方当のマヤは、彼らの好奇の視線などまるで気にしていないらしく、ケロッとした顔で時折ローズに話し掛けては「早く始まんないかな~」と100万ジュレを手にする妄想ににやけながらぼやいていた。
そんなマヤの隣で彼女と共に出場を待つローズもまた、内面に秘めた超怪力はともかく外見的にはわりと細身の青年でしかない。




