楽園の使者 6
◆◇◆◇◆◇
ボーダ大陸中央・ティレニア帝国北部
――クロストの街
「……港街リンカへと向かう列車はこれか?」
「ん?」
白い蒸気を激しい音と共に吐き出しながら、小さな山間の街の駅に停車する5両編成の黒い列車。
この列車を動かすための動力である蒸気機関、そこから吐き出される白い濛々とした蒸気をぼんやり眺めていた駅員の男は、不意にかけられた声に後ろを振り返った。
「おっ……!」
振り返った先、そこに立つ人物を見つめて男は思わず小さな驚きの声を漏らす。
男の目の前に立っていたのは、息が詰まるほどに整った美女顔を無表情で固め、背丈が180cmの男自身とほぼ同じという長身の人物。桃色という奇抜な髪色を持ち、同じく桃色の長い睫毛に縁取られたその人物の大きな瞳は、左右で濃紺と淡青に色が別れている。
どこか作りもののように生気の無いオッドアイの瞳を驚愕の表情で見つめながら、男はかつて見たことのない異様な容姿を持つその人物に対して感嘆の溜息を吐き出した。
すると、人物は無表情を僅かに崩して、色違いの青の瞳をスッと細める。
「……どうした? リンカへと向かう列車はこれかと聞いているのだが?」
自分を見つめたまま固まる男に対し、オッドアイのその人物は先程よりも少し強い口調で再度問い掛けた。
その声で男はハッとしたように大きく目を開く。
「あ、ああそうだ。この列車は途中帝都で貨物車両を繋げて、4日ほどかけて終着駅のリンカへと到着する予定だ」
「……そうか」
男の答えに満足したのか、謎の人物は真紅の唇を微かに弧に歪める。
その様子に駅員の男が「乗るなら早く乗ってくれ。これはもうすぐ出発する」と告げると、人物は男に小さく会釈をして素早く列車へと乗り込んだ。
「……ティレニア帝都を経由してリンカに到着。そしてそこの港から船に乗り、ヒュンメイ大陸へ……か」
蒸気機関の動力音が狭い客車内いっぱいに響く中、列車に乗り込んだミレイは小さな声でそっと呟く。
始発駅ということもあり、まだ列車内は乗客が疎らで閑散としている。そんな中で自身の突飛な容姿に対して好奇の目を向ける客たちの視線を無視しながら、ミレイは入口近くの座席へとゆっくり腰を下ろした。
「……」
少し曇った窓硝子の向こう側の景色を、ミレイは冷めた眼差しで見つめる。
外では先程の駅員らしき男が別の駅員となにやら会話を交わし、同時に車内にもうすぐ列車が出発するというアナウンスが流れ始めた。
「……ヒュンメイ大陸……懐かしいな」
一層音量を増した動力音に掻き消されそうな程の小さな声で、ミレイは窓の外へ視線を向けたまま静かに呟いた。
そうして不意に、唇の両端を小さく吊り上げる。
「あの日以来か……」
低い呟きと共に、列車は汽笛を鳴らしながらゆっくりと動き出した。
◆◇◆◇◆◇
「ねーアーリィちゃーん! ちょっと待ってよー」
「……」
人込み溢れる中央通り方面へと戻って来たアーリィとユーリ。
通行人を掻き分けながら颯爽と突き進んでいくアーリィを追いかけようと、何度も人にぶつかりそうになりながらユーリも必死で彼の後を追う。
「ねーってばー! ねーねーねーねーアーリィちゃーん!」
「……っ!」
ひたすら自分の名前を連呼してくるユーリに、今まで完全無視を決め込んでいたアーリィだったが流石に我慢の限界がきたらしい。今だに「アーリィちゃーん」と呼ぶユーリを、彼は鬼のような形相で振り返って睨み付けた。
「貴様いい加減にしろ! これ以上そのむかつく声で俺の名を呼んだら……潰すぞ」
完全に目が据わった状態で、アーリィはゴキゴキと指を鳴らしながらユーリに向かってそう吐き捨てた。
一方ユーリはアーリィの本気の表情に青ざめ、「なにを潰すの!?」と恐怖に叫ぶ。
「……とりあえず全部潰す」
「全部っ!?」
なんかよくわからないけど、とっても恐怖だけ確実に感じたユーリは、とりあえずアーリィの名を連呼して付き纏うのは止めることにした。その代わり彼はとても控え目にアーリィへと近づいて問い掛ける。
「ねぇアーリィちゃん……マジでどこ行くの?」
「うるさい。なぜ行き先をいちいちお前に報告しなきゃいけないんだ」
殺気の篭った視線を向けるアーリィ。その視線に再度恐怖に縮み上がりながらも、しかしユーリは困ったようにうなだれた。
「いや、だってアーリィちゃんが一人でどっか行っちゃったらマヤがものすげぇ心配するぜ? それにもしそうなったら俺、マヤに『アーリィを頼むわねって言ったじゃないの!』とか文句言われてあげく、コンクリ詰めにされて港に捨てられるんだよ」
「なんだ、ちょうどいいじゃないか。お前究極にうざいから詰められて捨てられろ」
情けない声を出すユーリに、アーリィはそう辛辣に吐き捨てる。そして立ち止まることなく歩き続けるアーリィに、ユーリは「そんなこと言わないで待ってよ~」と、さらに情けない声を出しながら追い掛けた。
「ねーアーリィちゃーん」
「……チッ」
ぶちギレ寸前のアーリィだったが、先程ユーリが言った『勝手にどっかへ行くとマヤが心配する』という言葉を思い出し、仕方ないといった様子で一旦立ち止まった。
「あ」
「……ただ大会が始まるまで街中を見て回ろうと思っただけだ。別に都の外など勝手に出ない。だからついてくるな、欝陶しい」
「えー……でもやっぱり心配だからついていっていい? あと俺、一人は寂しい」
アーリィの苛立ち最高潮な表情に対し、ユーリも負けじと捨てられた子犬のような眼差しでアーリィに懇願する。そのなんとも小動物的なユーリの眼差しに、アーリィはひどく困惑したように一瞬固まった。
そして数秒の沈黙のあと、アーリィは苦々しそうに小さく呟く。
「っ……勝手にしろ」
「わーいマジー!?」
渋々同行を許可するアーリィに、ユーリはにぱっと笑って無邪気に喜んだ。
「けど騒がしくするならその時は、簀巻きにして重しをつけ近くの川に突き落として流すからな」
「は、はい」
マヤには港海岸に沈めると言われ、アーリィには川に重しつけて流すと言われ……ユーリは少しだけ、自分の生きてる意味ってなんだろ~とかヤバイことを考え出した。
「俺はアレか、水絡みで死ぬ運命なのか? 溺死?」
「……なに訳のわからないことをブツブツほざいている」
アーリィのひどく冷めた眼差しに気付き、ユーリは咄嗟に苦笑いを浮かべる。
「あ、何でもないよ。それより街中見て回るんだよね? なに見んの? 武器屋? それとも道具屋?」
「別に……まだそこまでは考えていないが」
「ふーん、じゃああっちのでっかい店見ないかー? てかなんかこれってやっぱりデートみた「黙れ」
やけにテンションハイなユーリの戯言に、やっぱり同行許可したことを激しく後悔しながら、アーリィはうんざりしたように溜息をついた。
そうして彼は『やっぱりこの男はいないものだと思おう』と内心で決意し、再び一人気ままに歩き出す。
「あ、ちょ、だから待ってってばアーリィちゃん!」
「フンッ」
慌てた様子で追い掛けるユーリを無視し、アーリィは人が忙しなく行き交う通りの先を見据えて進む。
先程ユーリに言った通り、とくに何処へ行くかなど考えていなかったアーリィは、歩きながら軽く辺りを見渡した。
「……どこ行こ」
「ねーアーリィちゃーん、もっとこう仲良く並んで歩こうよー」
ユーリが小走りで近づいて来るのも無視し、アーリィはなにか面白そうな店はないかキョロキョロと首を動かした。すると突然、世話しなく辺りの様子を窺っていたアーリィは足を止め、何故か彼は驚愕の表情で目を丸くしながらその場に立ち尽くした。
「……どうしたの?」
「……」
道のど真ん中で突然停止したアーリィを不思議に思い、ユーリは首を傾げながら彼の隣に並んでその視線の先を追った。
「なに……? っ!?」
疑問を呟きかけたユーリだったが、アーリィと同じ視線の先を見た彼の動きもまた止まる。
二人の視線の先、それは大きな煉瓦倉庫と民家の間にある細い路地の入口。その路地へ全身を黒の色で包んだ女が、琥珀色の長い髪を揺らしながら颯爽とした足どりで入っていく。
全身を黒で固めたその姿と、そして路地に消えた女の着込んだ外套の胸元に、一瞬垣間見えた白い紋様に二人の表情は強張った。
「……あいつは」
先日の山脈道での一件が二人の脳裏を不吉に過ぎる。
どこか苦悶の表情で女の消えた路地入口を見つめるユーリに、アーリィは険しい視線を向けた。
「おい、あれは……!」
「……たぶん、ヴァイゼス」
アーリィの問わんとしている言葉を察し、ユーリは低く呻くように答える。
彼のその答えに、アーリィは忌ま忌ましげに舌打ちをした。
「なんで奴らがここに……」
左手に持っていたロッドを強く握りしめ、アーリィは呟く。ユーリは無言で、女の消えた先をジッと見つめていた。
ユーリが暗い瞳で沈黙してしまったことに、アーリィは一瞬なにかを言おうと口を開きかける。だがすぐに彼は思い直したように口を閉ざし、代わりにユーリの見つめる路地の入口へと同じように視線を向けた。
そして彼は紅い瞳を鋭く細め、女の消えた先を見据えたままゆっくりと足を踏み出してそのまま彼は駆け出した。
「アーリィちゃん?」
突然小走りに駆け出したアーリィに、ユーリはハッと顔を上げて彼を追う。
「ちょ……どうしたんだよ、いきなり!」
「……」
ユーリの声を無視し、アーリィは細い路地の入口で立ち止まる。行き交う人を避けながらユーリも彼に追い付き、そしてユーリは真剣な眼差しで路地の先を見つめるアーリィに声をかけた。
「ね、ねぇアーリィちゃん……もしかして」
「……」
ユーリの言葉に反応せず、アーリィはただ険しい視線を薄暗い路地先へと向ける。そのまま路地へとアーリィが進もうとすると、ユーリは慌てて彼の腕を掴んでそれを止めた。
「っ……なんだ!?」
苛立だしげな表情でアーリィは振り返り、掴まれたユーリの腕を振り払う。
気にせず、ユーリは真剣な眼差しでアーリィを見つめた。
「まさかアーリィちゃん、今の奴追おうとしてる?」
「……だからなんだ?」
先程と打って変わって真剣なユーリを、アーリィは不機嫌そうに目を細め見上げる。
今自分がアーリィへ投げかけた質問に対し、彼が肯定の意を示す返事をしたことにユーリは眉根を寄せた。
「おい、アーリィちゃん……それはその……まずいよ」
「なぜだ?」
ユーリの困惑した呟きに、アーリィは即座に問い掛ける。
ユーリは苦い表情で、「それは……」と言って僅かに目を臥せた。




