楽園の使者 5
「今のセリフ、こいつ以外に似合う女は他にいねぇよな。……いろんな意味で」
「本当に逞しいなぁ、マヤは」
ボソッと呟くユーリの隣で、ローズも困ったように笑う。
「そーいうわけでぇ、アーリィは安心してアタシの応援をしてちょうだい! あなたの為にアタシ、100万ジュレなんてちょちょいっとゲットしてきてあげるからー」
「え、は、はい……」
自信満々にマヤは宣言し、そして戸惑うアーリィに愛らしくウインクすると、彼女はご機嫌な表情のままローズの襟首を力強く掴んだ。
「ぐっ……!」
「ってわけだから急ぎましょ、ローズ! 早くエントリーしないと締め切られちゃうわ!」
「ちょ、待てマヤ、首絞まってる……襟を離してくれ……!」
「問答無用……行くわよっ!」
マヤはニヤリと笑うと、ローズの襟首を掴んだまま眼光鋭く中央通りの広場とは反対側を見据える。そうして彼女はほとんどローズを引きずるような形で、人込みの中へ駆け足で突っ込んで行った。
「あ、マスター待ってください!」
「おいマヤ、俺らを置いていくなよな!」
完全に暴走したマヤは、呼吸困難に陥っているローズを引っ張りながらあっという間に人の波の中へ走り消えて行ってしまう。それを追うように、アーリィとユーリも慌てて通行人たちを掻き分けるようにして駆け出した。
◆◇◆◇◆◇
ティレニア帝国のここ帝都で年に一度開催される闘技大会は、優勝者に与えられる100万ジュレの賞金と、そして優勝者の名誉をかけて毎回多くの闘志を燃やす参加者が集う。
そのためこの時期のティレニア帝都は普段の倍以上の人々で溢れ、さらに闘志を燃やす者たちの熱気と興奮もあってかどこかお祭り騒ぎのような雰囲気があった。
武器や防具を扱う店では目利きの者たちが、それぞれ店頭に並ぶ品物や自分たちの持つ武器などを語り自慢しあい、酒場では血気盛んな者や腕に自信のある者たちが些細なことで乱闘する騒ぎを起こす。
そんな喧騒に溢れた都の様子を、黒の外套を着た男が中央通りから少し離れた路地の一角の軒先で壁に背を預けながら青の瞳で見つめていた。
漆黒に濡れる髪を時折掻き上げながら、男はひどくつまらなそうな眼差しで人の行き交う姿を見遣る。
そんな彼から少し離れた路地の裏では、豊満な肉体を黒のドレスと外套で包んだ女が、なにやら小型の四角い機械に向かって言葉を発していた。
「はい……はい、わかりました。ええ……必ずロウディーから奪われた資料を回収致します。はい……はい、了解です」
何度も頷きながら、最後に女は「それではジューザス様、失礼致します」と言うと、通信機らしい黒の小さな機械の通信を切る。そうして大きく息を吐き、女は琥珀色の長い髪を揺らしながら壁に背を預け立つ男に近づいて行った。
「マギ、予定が決まりました。今から直ぐにロウディーの所へ行き、昔彼が私たちの元から奪っていった研究資料を取り返しに行きます」
「ふん……おいエレスティン、何故俺がわざわざお前と組み、そんなよくわからない小者一匹を相手にしなきゃならないんだ?」
マギは壁に背を預けて、行き交う人々に視線を向けたままエレスティンへと低く呟く。不機嫌そうな彼のその声音に、エレスティンは思わず疲れたような溜息をついた。
「仕方ないでしょう、任務ですから。それに今は人手不足、皆出払っていていちいち任務をえり好みしている余裕は無いんです」
「……チッ」
エレスティンは深緑の瞳を細めて、マギを睨み付けるようにして言い放つ。
マギは忌ま忌ましそうに舌打ちすると、長外套を翻して壁から背を離した。
「ちょっとマギ、どこへ行くの!?」
一人立ち去ろうとするマギの後ろ姿を、慌ててエレスティンは呼び止める。エレスティンの声にマギは再度舌打ちし、一旦足を止めて彼は振り返った。
「おいエレスティン、俺は俺のやりたいようにやらせてもらうぞ。一応お前がそのロウディーとかいうろくでなしを捕まえるまではこの都にいてやるが、お前と組んでそんな小者一匹捕まえるために地下へ潜るなんて俺はごめんだぜ」
「なっ……!」
マギは皮肉げな笑みを口元に浮かべると、困惑した表情で固まるエレスティンに「そういうことだ」と言った。
「ふざけないで、マギ! いい、これはジューザス様からの命令なのよ!?」
「ハ、知るか。俺はただ"再誕計画"の成功のためだけに働くと決めている。計画に関係の無い、そんなよくわからない男のことなどどうでもいい」
エレスティンの強い口調の言葉すらも鼻で笑い、マギはそう言ってもう一度彼女に背を向けた。
「待ちなさい、マギっ!」
「……そのロウディーって男以外に、この都に怪しい奴はいないかぐらいは見といてやるよ」
愉快そうに喉の奥で低く笑いながらマギはそれだけ最後に告げると、外套を風に靡かせながら彼はさっさと立ち去っていく。
そんな彼の後ろ姿を呆れた表情で見つめながら、一人残されたエレスティンは、波打つ髪を掻きあげながら「もう……」と疲れたように呟いた。
◆◇◆◇◆◇
――闘技大会会場・帝国闘技場
「……マヤ・ローダンセ、性別は女で十七歳、職業は剣士」
「うん!」
「それと……ローズ・ネリネ、性別は男で年齢は二十三歳、職業は重剣士……っと」
「あぁ」
「じゃあこれでエントリー情報に間違いは無いようだから、これでお前たちは登録するからな。……ったく、こんな受付終了ギリギリに滑り込んできやがって、対戦表また作り直しだよ」
帝都の中央南に作られた巨大な帝都闘技場、その正面入口で今日の闘技大会出場者受付をする軍兵士らしき青年。彼は受付締切間近でエントリーに来たマヤたち二人を、いかにも受付処理が面倒臭いといった眼差しで見つめる。「ごめんなさいね~♪」と笑うマヤと、隣で申し訳なさそうに苦笑いするローズを交互に見遣り、青年は二人が記入したエントリー用紙をひらひらと振った。
「それじゃあこの書類を上へ届けに行ってくるから、呼び出しがあるまでお前らは選手の控室で他の出場者と一緒に待っていろ」
「はぁ~い!」
兵士の青年はそう言うと、受付に『大会エントリー受付終了致しました』と書かれた立て札を立て掛け、彼は大会実行の本部へと書類を届けるために足早に会場の中へと入っていった。
「よし、これでエントリーは一先ずオッケーね! すっごくギリギリだったけど参加は出来たし、あとは優勝を狙ってガンガン戦うだけよ!」
熱い闘志を燃やすマヤは、そう言って力強くガッツポーズを決める。気合い充分な彼女の様子を隣でローズが苦笑いしながら見ていると、二人の後ろで彼らのエントリー受付完了を待っていたユーリが「そういえば」と声をかけた。
「二人で出場すんのはいいけど、お前ら二人が対戦ってことになったらどうするつもりなんだ?」
「……そういえばそうだな」
ユーリの疑問に、ローズも今それに気付いたらしく首を傾げる。
すると隣でマヤが「ウフフフフ……」と、低く不気味な笑い声を発した。
「……マヤ?」
「うふふ……そんなの決まってるじゃないのよ。ローズと戦うことになったらぁ」
「……なったら?」
「もちろんアタシは全力でローズを潰しにかかるわよっ!」
「……」
再度不気味に高笑うマヤを、ローズはそんなことだろうと思ったという眼差しで見つめる。
ユーリは引き攣った笑みをローズに向け、「まぁがんばれよ」と彼に声をかけた。
「ふふ、そう怖がらなくても大丈夫よローズ。魔法は一切使わないから安心して! そう、純粋に剣技で熱ぅい男の戦いを繰り広げましょう!」
「うむ、そのなんだ……わかった、がんばろう」
男同士ではないはずだし、そもそも対戦するとは決まっていないしとツッコミ所満載のマヤの言葉だったが、とりあえずローズは素直に頷いていおいた。
「よし、それじゃあ控室とやらに行くか」
「うん、そーね!」
「マスター、応援してますっ! 頑張って下さい! ……隣の黒いのは勝手に頑張れ」
「あははー二人共頑張れよ。100万ジュレ楽しみにしてらぁ」
アーリィとユーリの応援の言葉に二人はそれぞれ頷き、そしてマヤは「んじゃ行ってくるねん!」と大きく手を振りユーリたちに別れを告げる。そうしてローズとマヤは出場者の控室へ向かうため、会場である闘技場内へと入っていった。
ローズとマヤを見送ったのち、アーリィと共にその場に残されたユーリは、まだ大会開催まで多少時間があることを近くの時計で確認する。そうして彼は「まだ大会開催まで時間あるけどどうする?」とアーリィに問い掛けた。
「先に会場入ってる? それとも今から俺と素敵に街をデー「失せろ」
ヘラッと笑うユーリに、不愉快そうな表情でアーリィは間髪入れずに吐き捨てる。
そうして彼はスタスタと足早に、ユーリを会場前へと残したままもと来た道を戻っていく。
「え!? ア、アーリィちゃんどこに行くの? ちょ、待ってくれよ!」
「……」
さっさと一人街中へと戻っていくアーリィを、ユーリは「待ってくれってー」と情けない声をあげながら慌てて追った。




