楽園の使者 4
ボーダ大陸中央・ティレニア帝国
――帝都ティレニア
「……なに、グロッサに引き続いてこの人の異常な多さは」
ボーダ大陸最大の領土を誇るティレニア帝国、その帝都入りしたマヤが第一声呟いた言葉は、そのあまりの人の多さに驚愕した一言だった。
ティレニア帝国はリ・ディール最大の大陸であるボーダ大陸のほぼ中央に位置し、さらにその領土もボーダ大陸内のほぼ半分を占める大国である。国はいくつかの港街を経由した貿易が盛んで、さらに衰退した『審判』後の世界ではいち早く機械産業に着手した国でもある。
そのためボーダ大陸でもティレニア帝国は人々の暮らしはわりと豊かな方だ。それにティレニア帝国は軍隊を有しているため、街中の警備などは全て鍛えられた軍の兵士が行っている。そのため他の国に比べてわりと治安がよく、ティレニア帝国は比較的人々が暮らしやすい国として評価されていた。
「……でも、いくら人々が住みやすいと言ってもこの人の多さは少し異常じゃなぁい?」
帝都の入口である巨大な門を入って直ぐの中央通りを歩くローズたち。そこに溢れかえる人の波にマヤが首を傾げる。彼女の隣ではローズも不思議そうに、「そうだな」と頷いた。
「いくら帝都といってもこの人の多さは……なにかイベントでもあるんだろうか?」
そう言ってローズは辺りを見渡す。周りはみな若者、さらに言えば剣等の武器を装備した者ばかりなのがローズには気になった。
「……そういえば俺、なんか聞いたことあるぜ?」
「ん?」
アーリィと並んでローズたちの後方を歩いていたユーリが、なにか思い出したように突然声をかける。
ローズとマヤが振り返ると、ユーリは辺りを軽く見渡しながら「確かこの時期のティレニアって、ここ帝都で闘技大会やってんじゃなかったっけ?」と言い、「ホラ」と言って中央通りの広場にある巨大な伝言板を指差した。
「んん~、なになに……?」
ユーリの言葉にマヤたちは少し駆け足で、人々が興味深げに眺める広場の伝言板へと近づいていく。
そうして人を掻き分け、ローズたちは伝言板にでかでかと張り出されている貼り紙を眺めた。
「……第34回ティレニア帝国闘技大会、か。そういえば俺も聞いたことがあるかもしれん」
「開催日程は……あ、今日じゃん。だから混んでるのね」
「え~と、なんだ? 腕に自信のある闘士たちは是非こぞって参加を……ふ~ん、なるほどな」
「……優勝賞金は100万ジュレ。なお、参加者全員に粗品あり」
最後のアーリィの低い呟きに、マヤとユーリは目を丸くして「100万ジュレっ!?」と同時に叫んだ。これにはローズも些か驚いた表情で貼り紙を見つめる。
「ほぅ……優勝したら100万ジュレか。それも凄いが、しかしそれよりも粗品が一体なんなのかが気になるなぁ」
「ば、馬鹿ねローズ! そんなもんよりも優勝賞金気にしなさいよ!」
「そーだぜローズ! 100万がコロッと手に入るんだぞ!」
ローズののほほんとした呟きは、一瞬にして金欲に塗れたマヤとユーリの二人によって全否定される。それに対して何気にローズはしょんぼりしながら、「そうか、100万もすごいな」と頷いた。
「そーよぉー! 100万あったら高くてなかなか買えなかった色んな魔法薬の材料買えるし、あとは武器防具も買い放題!」
「酒場で金ばらまいて、両脇にキレーなお姉さん女の子並べてハーレム作れるんじゃねー!? いや、むしろハーレム帝国築くぞ俺は!」
「その100万でまたマスターと二人旅出来るっていうなら……欲しいかも」
「……」
マヤ以外の望みは100万ジュレあっても少し難しいんじゃないかと、ローズは心の中で静かにツッコむ。しかし、先日の一件以来少し雰囲気の暗かったユーリや、どこか難しい顔で考えることの多かったマヤが普段通りの明るい彼等に戻ってくれたことはローズには嬉しいことだった。彼は無意識に口元に微笑を浮かべながら、三人を見つめた。
すると突然マヤが、何か閃いたかのような表情を浮かべた。
「よし、決めたわ! この闘技大会に出場しましょう!」
「おぉ、出場……えっ!?」
大きく拳を振り上げ、キラキラとした眼差しでマヤは声高らかに宣言する。その突然の宣言にユーリが「マジ!?」と呟くと、マヤは最高の笑顔で「マジ!」と頷いた。
「ってわけでぇ、ねぇローズ参加していいでしょ? だって勝ったら100万ジュレよ、100万ジュレ!」
「ん? そうだなぁ……」
マヤから期待に満ち溢れた眼差しを向けられ、ローズは些か困ったように苦笑いする。彼女のこの笑顔に今更「駄目だ」とも否定出来ないし、する理由もあまり思い付かないローズはしばらく考えた後、ゆっくりと了承の意を込めて頷いた。
「別にかまわない。が、お前一人で出るのか?」
ローズが首を傾げる。するとマヤは愛らしくウインクしながら、「まっさかぁ♪」と笑った。
「ん?」
「あなたも出るのよ、ローズ」
にっこりと笑顔を浮かべながら、しかし有無を言わさぬ気迫を放つマヤ。
そんな彼女を真っ直ぐに見返しながら、「あぁ、これはもう決定事項なんだな」とローズは悟る。なんだか首を縦に振らないと殺られそうな雰囲気だったので、とりあえずローズは何も言わずに頷いた。
「よーし、これで賞金獲得率は二倍にアップよ! あとは……まぁアーリィは人前で戦わせる訳にはいかないから外すとして、ユーリはどう? 勿論出場するわよね?」
「えっ!?」
キラキラとまばゆいばかりの笑顔を、今度はユーリへと向けてマヤは問う。その絶対的な笑みにユーリは一瞬無条件で頷きそうになるも、彼はなんとかそれを抑えた。
「わりぃ、100万ジュレは魅力的だけど俺はパス。そーいう人前で戦うっての苦手なんだよ。ホラ、俺って人前で正々堂々戦うよりコソッと殺るほうが得意っつーか……」
「えぇーっ!?」
「ぐげっ!」
ユーリが苦笑いしながらマヤの誘いを断ると、途端にマヤはユーリの胸倉を掴んで締め上げる。そうして彼女は、窒息寸前で青い顔をするユーリを問い詰めた。
「なんでよ、あんただって100万ジュレ欲しいんじゃないの!? ぐだぐた言ってないで出ろっ! 男なら出場しろっ!」
「ぐ、ぐるじ……息出来ね……」
ついに首まで締め出したマヤに、慌ててローズがそれを止めに入る。
「止めろ、マヤ! その、ユーリのその顔色はシャレになってないぞ!」
「……チッ」
ローズの必死の言葉に、マヤは渋々ユーリを開放する。マヤの魔の手から逃れられたユーリは、青ざめながら大きく肩で何度も呼吸を繰り返した。
そうしてなんとか喋れる状態になった彼は、涙目になりながらマヤを見た。
「それにホラ、3人もそれに出場しちまったらアーリィちゃんが一人になっちまうだろ? だから俺はアーリィちゃんと待ってるよ」
「……むー。まぁ、確かにそれもそうね」
ユーリの訴えに、マヤは「アーリィを一人にしとく訳にはいかないもんね」と渋々納得する。彼女のその呟きに、ユーリは「助かった……」とホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあいいわ、ユーリはアーリィと一緒にアタシたちの応援っと……あ、あんたアーリィになんかしたら手足バラして近くの港海岸に沈めるからね」
「……お前、なんつー恐ろしいことをさらっと宣言するんだよ」
マヤの本気の脅しに、ユーリは「ヘイヘイ」と冷や汗をかきながら頷く。
そうして彼が頷いたのを確認し、マヤは満足そうな笑みを浮かべた。
「よーし、そーれじゃ決まりねん! じゃ、大会の参加受付終わる前に急いでエントリーしに行くわよ!」
「あ、マ、マスター……」
マヤが満面の笑みで拳を振り上げ、そして早速大会のエントリー受付に行こうとローズの腕を引っ張る。すると今まで黙って事の成り行きを傍観していたアーリィが、どこか心配そうな面持ちでマヤを見つめていた。
「ん? どしたの、アーリィ」
「……マスター、大丈夫ですか? その、それって一人で戦うんですよね?」
不安げに自分を見つめるアーリィに、マヤは何故か嬉しそうな笑みを口元に浮かべる。
「やん、アーリィちゃんってばアタシを心配してるのねん♪」
「……」
マヤの笑顔に、どう答えればいいのかわからない様子でアーリィは黙り込む。
するとマヤは「大丈夫よ!」と胸を叩き、心配する彼に優しく微笑んだ。
「ふふん、アタシを誰だと思ってんの? そう、天下のマヤ様よ! 世界最強・宇宙的絶世の美少女なこのマヤ様に敵う者などこの世にいないわ!」
鼻息荒く、真っ当な人間ならば決して口にはしない台詞をマヤは堂々と言い放つ。
さらに「あっはははははっ!」と高笑い付きで男らしく拳を突き上げるマヤに、ユーリは呆れ半分に苦笑いを浮かべた。




