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神化論  作者: ユズリ
妖精寓話
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幸せの四つ葉 4

 そんな男にマヤはにっこりと愛らしい笑顔を向ける。そうしてマヤの笑顔に嫌な予感を感じているローズの腕を引っ張り、こう男に言葉を返した。


「大丈夫よん。ちゃあんと保護者がいるから」


「お、おい……」


「あははは! 保護者かい兄ちゃん!」


 はっきり言ってやや童顔なローズは実年齢の23歳には見えないらしく、明らかに子供扱いをされているようだ。ローズを十代後半くらいにしか見ていないらしい髭の男は大笑いしていた。


 気にしていない……というか気付かない当の本人・ローズの変わりに、この男の態度に少しムッとしたマヤ。さらに強くローズの腕を掴む。痛みにローズは顔をしかめた。


「そうよ。保護者と言う名の恋人、ダーリンよ!これでも彼、成人してるんだからお酒もOKよね」


「なっ、オイ、マヤ……」


 フンッと鼻を鳴らして言い切るマヤに、ローズは困り果てたようにマヤを制止した。そんなんではまったくマヤは止まらないが。



「ハイハイ……それでお前は一体何の用だ?」


 呆れたような口調で自分の連れとマヤの会話に割って入った茶髪の男は、コトン……とジョッキをテーブルに置いてマヤに問い掛けた。ローズも疲れたように溜息をつく。


「あーそうそう。ねぇお兄さんたち、この辺で何かすっごいお宝とかなぁい?例えばパンドラー☆ とか……そういう情報知ってたら教えて」


「はぁ?」


 思い出したようにとってつけたような笑顔でマヤが聞くと、髭の男がおもいっきり眉をしかめた。


「何だ嬢ちゃん、そのなりで冒険者なのか?」


「見りゃわかるでしょ。ホレ、この剣見ろっての。これが街角の花売りの持ち物にでも見えんの? あぁ?」


 じろじろと信じられないといった視線を向ける男に、マヤは心外だとばかりに肩のベルトに下げた細身の剣を見せて抗議した。

 突然ガラの悪くなった少女に男二人は少し引き気味になる。やはりマヤを連れて来たのは間違いだったか……と、ローズは大分後悔していた。


「おいマヤ……好い加減、本当に話が進まないぞ」


「あ、ごめん。てゆかローズぅ、この人たち微妙にアタシに失礼な態度だからぁ」


「……お嬢ちゃん、その言い草はないだろ」


 ぷぅっと頬を膨らませて無茶苦茶な文句を言うマヤに、茶髪の男も呆れながらも言い返す。彼らから言わせたら、気分よく飲んでいたのにいきなり変な少女に絡まれて迷惑なのだ。

 はぁ、とめんどくさそうにため息をつきながら、男が仕方なく答える。


「悪いが見ての通り何も無い街だぞ、ここは。パンドラなんて夢みたいなお宝どころか、昼間は人も居やしない……お宝なんて何もないよ」


 苦笑いを浮かべてそう言うと、茶髪の男はぐいっと麦酒を一口煽った。髭の男もケラケラ笑いながら相槌をうつ。


「つーわけで、悪いが帰っ……え……?」


 ヒラヒラと右手を振ってマヤたちを追い払おうとしたその男は、横目で見た少女の顔に凍り付いた。髭の男もジョッキ片手に見事にフリーズしている。

 そこには先程のような少女らしい可憐な笑みを(嘘でも)浮かべる美少女は存在しておらず、邪悪としか形容しようのない黒い笑顔で男二人を見下す――魔女がいた。


「ほぉ……何もないと……?」


「……マヤ?」


 不吉な笑みを口元に浮かべてマヤが呟く。悪魔の声音にローズも思わずマヤの顔を覗き込んだ。そして、無言で数歩後ずさる。

 青ざめ、引き攣った顔で「鬼が……」と思わず呟いていた。

 ドス黒いオーラと殺気を漂わせながら、マヤはもう一度男たちに問い掛ける。


「あんたら本当に何も知らないの……? 何でもいいから教えなさいよ。さもなきゃ……」


 スッ……とマヤは髭男の持っていたジョッキを奪った。そしておもむろにジョッキを握り……



 ――ガシャッ


 耳障りな破砕音が、静かに店内に響く。


「!?」


「……潰すわよ?」


 にっこりと、ぞっとするほど優しい笑みを浮かべてマヤは言った。その手にはマヤの細腕で何故か破壊されたジョッキのガラス片と麦酒がポタポタと滴る。

 こっそりと魔力を込めてガラスを爆発させただけなのだが、そんな事はまったくわからない男たちはマヤの発する悪オーラと相俟って恐怖が倍増されたようだった。

 マヤの見た目小悪魔な姿に騙されてはいけない。あの性格破綻しきったアーリィを従えているのだ。小悪魔どころか魔王的ですらあるマヤの姿に、男たちが哀れになったローズは見ていられなくなり目を逸らす。


「さぁ、何でもいいから知らない? それとも、ほんとーぉに何も知らないの? ねぇ、どうなの? 正直に洗いざらいぶちまけなさい」


「ひっ……」


 すっかり酔いなど醒めた男二人の恐怖にかられた声と、理不尽な尋問をする魔王マヤの声を聞きながらローズはぽつりと呟いた。


「……連れて来てよかった……のか?」




「……ってわけでぇ、アタシとローズの入手してきた情報によると、今は閉鎖された鉱山にはすっごいお宝があるかも知れないって!」

 

「アバウトなうえに、無いかもしれないとも呟いていたぞ」


「……まぁ、そんな事を男たちは言ってたわけよ」


「言わせたとも言うな」


「……」


「……」


「いちいちうるさいわよ、ローズ」


「悪いな」


 酒場で情報収集という名のマヤによる脅迫から二人が宿へと戻ると、調度ユーリたちも戻ってきた所だった。

 何故かユーリの元気が二割ほど減っている気がしたが、あえて二人は問わなかった。

 そのままローズとユーリの部屋に集まり、情報収集の成果をこうしてマヤが報告していたのだが、どこか呆れた様子のローズに何度もツッコまれて彼女は思わず臍を曲げた。


「なーによぅ。ローズなんてただ後ろで突っ立ってただけじゃない」


「そぉですマスター。ただ立ってるだけで邪魔で幅とるだけ迷惑な朴念仁男なんかより、ずっとマスターはしっかりしてます。早速鉱山に行きましょう」


 ローズに文句を言うマヤに、ソファーに座って話しを聞いていたアーリィが畳み掛けるように意見した。結構ドきつい事を、ナチュラルに会話に組み込むのはアーリィだから出来る芸当だ。

 しかし実際ローズは怯える二人をなだめて、さらに暴走するマヤを止めて帰ってきたのだ。何もしていないどころか人の命を救ったりして少し疲れているローズだが、これ以上は余計な事を言わずに深く木製の椅子に腰掛けた。


「……まぁ、どうにも他に行く所もないようだし、行きたいなら行ってもいいが、明日な」


 明らかにマヤに殺されたくなくて出任せを言ったような情報だったが、このまま次の街へ移動するのも長い移動続きで大変なのでローズは苦い顔をしながらも頷く。


「あ、そーいえばさぁ……今日よった道具屋さんのお姉さんが言ってたけど、閉鎖したこの街の鉱山って何だかマナがまだ多少溜まってるんだってよー」


 それまで珍しく黙ってローズの横の、木製の椅子に座って話を聞いていたユーリが、思い出したように口を挟んだ。


「へぇー、やっぱりそうなんだぁ」


「やっぱりってマヤ、お前知ってたのか?」


 ベッドに腰掛けて少しふて腐れていたマヤだったが、ユーリのこの言葉にパッと顔を輝かせた。そして、ユーリの問い掛けににっこりと笑って答える。


「何かここらへんのマナって普通の場所よりも濃いなぁ~って思ったのよ。で、近くに鉱山がある街って言うじゃない。ならその鉱山にマナがまだ溜まってるのかなぁって思ったの。ホラ、鉱物とかってマナが関係するってさっき説明したでしょ? だからここ、絶対なにかあるって思ってたのよぉ」


「……それで、鉱山にお宝があるかもっつーアバウトで胡散臭い情報でも信じたわけかよ」


 マヤの説明に彼女の思惑を悟ったユーリは、呆れたように呟いた。


「まーねぇ。だってマナが溜まるにはやっぱり何か理由があるはずよ。トレジャーハントもアタシ好きだけど、そういう謎を調査するのも楽しいのよね」


 ローズは単純にパンドラを探しているが、マヤとユーリは様々なお宝を捜すトレジャーハントも兼ねてこの旅をしていたりする。で、トレジャーハントで手に入れたお宝を換金して旅の資金にしていたりする。さらにマヤはやはり魔法が使えるせいか、マナが溜まる地形の場所や魔術に関係する資料、遺跡などの調査も好む。

 そして好むついでに、けっこう強引な手口で調べに行ったりしてしまうのだ。ローズにしてみればまとまりのなり、結構自分勝手に迷惑なパーティーだ。勿論アーリィも含めて。


「まぁぶっちゃけ今回はお宝の情報あろうが無かろうが、何だかんだ理由つけて鉱山行っちゃおーって思ってたのよねー。あの酒場の男たち脅したのは別に、ただ単に態度が気に入らなかったから少しイジメただけだしさぁー。でもま、ローズも納得してくれたから今回は文句なしで鉱山へゴーね!」


「はい!」


 マヤの有無を言わせぬ提案に、アーリィだけが笑顔付きでしっかり返事をする。

 ローズはまだ渋い顔で頷き、ユーリは呆れてどうでもいいといった表情をしていた。


「……だがなぁ」


「ローズ、今更行くの渋ってももうあの女は止まんねぇぞ?」


 軽く溜息をつきながらぽつりと呟いたローズに、ユーリはもう行く気満々でアーリィとお喋りするマヤを指差した。

 ローズもそんなこと百も承知なので「あぁ」と、曖昧に頷く。


「……何だ?何かあんのかぁ?」


「イヤ、その男たちが言ってたんだがな……鉱山閉鎖してからは皆遠くにそれぞれ働きに出てるらしい」


「……ふぅん。だから昼間人が疎らにしかいなかったのか」


「あぁ。わざわざそんな大変なことまでして、その鉱山を閉鎖した理由が……」


「……?」


「あははー、楽しみねぇアーリィ!」


「はい、マスター」


 ローズたちが話している反対側では、マヤとアーリィも二人で楽しそうに会話をしていた。

 アーリィの座るソファーの隣に腰掛けて、マヤはご機嫌に笑う。一方のアーリィも、マヤが嬉しいと自分も嬉しい様子で大きく頷いた。


「アーリィも気になるわよねー。マナが溜まってるんだから、もしかしたら魔法薬な材料とかも手に入るかもしれないし~」


 マヤのこの言葉にアーリィは、「あっ」と小さく声を上げた。


「……どしたの?」


「思い出しました……実は今日行った道具屋に、魔法薬とか珍しい薬とかいっぱい売っていたんです。ぜひマスターにも見せてあげたいので、明日出発前に道具屋によりませんか?何でも材料は、閉鎖前のその鉱山で取れたものもあって……その……」


 マヤの様子を伺うようにアーリィは、小首を傾げて心配そうに問う。

 そんなアーリィの姿にマヤの様子がおかしくなる。


「……ッ……!」


「……マスター?」


「……あぁんもうっ! 可愛過ぎるっ!」


 アーリィのそんな可愛い仕種に耐え切れなくなり、がばっと彼に思い切り抱き着いた。びっくりしたように目を見開いたアーリィは、そのままマヤに潰される。


「むぎゅ……」


「あーもうホントに可愛いー! 柔らかいー!」


 力任せに抱きしめられては、いくらマヤが女性だといっても苦しい。アーリィは苦しそうな声を上げた。


「あーこのまま食べちゃいたいー……」


「……げふっ」


「あ……ごめ、大丈夫?」


 圧死寸前でアーリィを開放したマヤは、慌ててアーリィに謝った。

 大きく肩で息をしながらアーリィは「イエ、ヘーキです……」と、マヤには何処までも健気な返事を返す。

 そんなアーリィの姿に、もうマヤは愛しくてたまらないといった表情で、再び彼を抱きしめた。ただし今度は圧死させない程度に優しくだ。


「マ、マスタぁー?」


 アーリィも男の子らしいので、いきなりの抱擁に顔を赤くしながら困った様子でマヤを呼ぶ。

 マヤはアーリィを抱きしめたまま、偽りの無い笑顔を彼に向けた。


「明日鉱山に行く前に、道具屋寄りましょうね!」


「……はい」


 他人にはけして笑顔を向けることのない青年は、この少女にだけは躊躇うことなく素直に美しい笑みを浮かべて頷いた。




「……って、うわぁー! あ、アーリィちゃんがマヤに襲われてるっ!」


「……あぁん? いちいちうっさい男ね。あんたにはホラ、ローズがいるでしょ?」


「俺か?」


「ギャー! アーリィちゃんから離れろー! 汚れるぅーっ!」


「ムカツクぅ……アーリィ、何か言ってやってよ」


「はい、わかりました。……お前、が黙れ」


「……あぁ、アーリィちゃん……相変わらずヒドイ……」



 そうして彼らの夜は、騒がしく更けていく。


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