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神化論  作者: ユズリ
境界線の向こう側
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望まぬ再会、止まぬ雨 3

 ローズ、そして少年が同じタイミングで大地へと足をつき、マヤも服の汚れを気にしながら起き上がる。


「大丈夫か、マヤ」


「ふん、攻撃が当たったわけじゃないし平気よ。……ちょっと服が汚れちゃったけど」


 ローズの気遣いの言葉に頷きながら、マヤは余裕の笑みを見せながら彼の隣に並ぶ。そして僅かにめくれたスカートの裾を直し、対峙する少年を睨みつけるように見遣った。

 少年はフードから唯一覗く口元を小さく歪め「まさか二人がかり? 僕、子供なんだから手加減くらいしてよ」と、マヤとローズに向けて意見した。

 するとマヤは少年の訴えを鼻で笑い、こう言い返す。


「あら、さっき言ったじゃない。どんな手を使ってでもあんたたちを止めるって。文句、あるぅ?」


 その軽い口調とは裏腹に、マヤの瞳は本気の圧力が感じられた。少年にもそれがわかったのだろう。

 彼は唇を困ったように歪め、「そーいうことなんだ、さっきの言葉って。まいったなぁ……」と、そう呟き首を横に振った。すると唐突にローズが一歩前へと出て、そして神妙な面持ちで口を開く。


「おまえたちは一体何者なのか、本当に答えてはくれないのか?」


 青年と少年のお揃いにも見える黒い外套から、二人はなにかの団体に所属している者達にも見える。だが、ローズが知るかぎりでこのような恰好をし、さらにアーリィを狙うような目的を持った集団など覚えがない。

 アーリィを狙うという理由も、彼のその聖女にうりふたつと言ってもいい程に似た異様な容姿くらいしか思い付かない。もしかしたら、ただの熱狂的な"聖女信仰者"だろうか……?


 質問と平行して思考を纏めていると、少年はやはり首を横に振って「だから、悪いけどそれは言えないんだって」と、苦笑いを含んだ口調で返答した。

 するとそれに対して今度はマヤが口を開く。


「言えない、ね……そんな怪しい奴らに、ますますアーリィは渡せないわ」


 彼女を包む空気が再び、緊張に張り詰めたものに変化した。

 それを感じた少年も、腰を低く構えて素早く戦闘体勢へと入った。


「マヤ、あまり無理はするな。おまえの剣じゃ、あんな物騒なものとはまともにやり合えんぞ」


 ローズの静かな忠告を耳にし、マヤは僅かに眉根を寄せて「わかってるわよ」と小さく呟く。


「でも、悪いけどアタシ避けるのは得意よ? ローズ、援護してちょうだい」


 マヤはそうローズに告げると、彼の返事も待たずに疾風のごとき勢いで飛び出していった。


 大気を震わす自動鋸の低い動力音が響く中、そこにマヤの大地を蹴りつける靴音が混じる。

 マヤは自分の間合いへ少年の姿を捕らえると、右手だけでかまえた刺突剣を垂直に振り下ろす。

 少年は自分の真正面を狙って振り下ろされた切っ先を、チェーンソーの細かな外歯が高速回転する部分ではなく、その側面で叩き落とすようにして避けた。その勢いのままに、少年はチェーンソーの歯の部分でマヤを追尾。だがそこに再度ローズの大剣が割り込み、接触した刃同士から激しい火花が散る。


「ぐっ……!」


「うぁあああっ!」


 ローズの低い咆哮と共に、大剣を握った彼の腕が振り貫かれる。その人間離れした腕力をまともに受け、少年の体は後方へと飛んだ。


「うぐ……っ!」


 受け身をとる間もなく、背中をしたたかに打ち付けながら少年が大地へ倒れる。

 衝撃で手放したチェーンソーが動力音と金属音を奏でながら、同様に大地へと落下した。

 だが、刹那の間も置かずに素早く少年は横転し、追撃するローズの巨大な刃を回避。外套の裾を切り裂かれながらも手を伸ばし、少年はチェーンソーを再びその手にかまえて起き上がる。

 入れ代わるようにマヤの刺突剣が横から伸び、少年の右腕を切り裂こうと一閃した。


「ふ、く……っ!」


 咄嗟に身を引くも二人の連撃に反応が追い付かず、少年の右腕に深い縦の裂傷が走る。夥しい血痕を灰色の大地に滴らせながらも、少年は追い撃ちのように迫ったローズによる斬撃を、チェーンソーを横薙ぎに振るい弾き返した。

 三度目、甲高い金属音と細かな閃光が二本の刃の間で生まれる。そしてそれは一瞬で消滅した。

 少年は即座に身を引き、改めて二人と距離をとる。


「……は、あ……凄いねお兄さんたち。二人とも、息ピッタリって感じだよ」


 目深に被ったフードの下から、荒い息遣いと共に少年が呟く。

 血に濡れた右腕を押さえながらも、しっかりとチェーンソーをかまえ、少年は小さく唇をかんだ。

 二対一で明らかにこちら側が不利なうえ、少年が対峙する二人は戦闘に関しては相当なてだれの冒険者のようだ。さらに彼ら個人の戦闘力に加えて二人の連携にも隙がなく、それがこちら側に反撃のチャンスすら与えない程だった。


(はっきり言って、防御で手一杯だよ……)


 ローズとマヤの後方では、青年とユーリが戦っていることを物語る銃声や斬撃音が響く。

 自分も押され気味なのだから他人の心配をしてる暇はないのだろうが、しかし青年があまり戦闘が得意じゃないことを知る少年は、彼は大丈夫なのだろうかと顔を上げた。


「ふん……なんか二対一って卑怯な感じもするけど、アタシもこの際そんなキレー事言ってらんないのよね」


 少年がフードの下から僅かに瞳を覗かせる。少年の緑の瞳が、感情の無い少女の青の瞳と出会った。


「手、辛そうね……」


 マヤの唇が、残酷な弧を描く。マヤの瞳は鮮血の溢れる少年の腕の傷口へと注がれていた。


「どうする? それでも、まだやるつもりなの?」


「……」


 彼女の言わんとする言葉の意味を察し、少年は小さく舌打ちをする。

 確かにこの怪我で、この二人とまともにやり合うのは不可能だろう。だから彼女は最終通告として、自分に問い掛けているのだ。


 今ここで負けを認め、目的のものを諦めるか。

 それとも、それを拒んで最後まで戦い……死ぬか。


「……でも、僕らは後には引けないんだ」


 ――あの計画のために、自分たちには前に進むしか道はない。



 小さな呟きは、誰にも聞こえない。ただ、自分に言い聞かせるように少年は俯き呟いた。

 そして、もう一度顔を上げる。瞳孔の細い異質な緑の瞳が、暗いフードの下から覗いた。


「やるよ」


「……ふん、死んでから後悔したって遅いんだからね」


 鋼の意思を持った少年の答えに、冷酷な少女の声が即座に反応する。マヤの側で大剣を肩に担いで立っていたローズも、おもむろに肩から大剣を下ろした。それが合図となる。

 灰色の砂利を蹴りつけながらマヤは疾駆し、一歩遅れてローズも少年へと刃を向けて駆けた。


「はあぁぁぁぁぁぁっ!」


 突進と共に、マヤはまるで舞うような動作で右手を振るう。彼女の剣が、宙に銀の円弧を描いた。


「くぅっ!」


 鮮血を撒き散らしながらも、少年の右腕は迫る刃をチェーンソーで弾き返す。動力で唸りをあげる外歯に剣を弾かれ、マヤは一歩後退。そこに再びタイミングを見計らっていたローズが割り込み、大剣を大きく旋回させた。


「うわあぁぁぁっ!」


 激烈な金属音と共に、少年の体が宙を舞う。

 迫りくる刃をチェーンソーで防御完全にするも、ローズの人間離れした怪力による一撃を受けて少年は吹っ飛び、そして灰色の岩壁へと彼の体はたたき付けられた。


「あうっ……!」


 強い衝撃音を伴いながら、少年の手から離れたチェーンソーが大地へと突き刺さる。背中をしたたかに打ち付け、少年は咳込みながら地面へと崩れ落ちた。


「っ……」


 腕の傷と背中の痛みに意識が飛びそうになるも、少年は歪む視界の中でチェーンソーに手を伸ばす。

 だが伸ばした指の先、それ以上の進行を阻むかのように細身の剣が大地に突き立てられた。

 少年はゆっくりと顔を上げる。見上げた先には、少女の冷たい眼差しがあった。


「……残念だけど、終わりよ」


「くっ……」


 刺突剣を大地に突き立てながら、マヤは少年を見下ろしながら静かに呟く。僅かにめくれたフードを直しつつ、少年は唇を噛み締めた。


(……これで終わるのかな……僕は)


 本当は、終われない。

 あの目的の為に、自分たちは……


「じゃあね」


 大地に突き立てられた剣を、マヤは素早く引き抜く。

 ヒュンッ……という風を切る音と共に、マヤは無表情に少年へ静かな終わりを告げた。


 ローズが無言で二人に背を向けると、マヤは刃の切っ先を少年へと向ける。同時に彼女は、なんの感情も伴わない視線を彼に向けた。躊躇いも迷いもなく、刃を握るマヤの腕が動く。


「ッ……」


 その時だった。


「マスター、危ない!」


「え?」


 突然の叫び声に驚き、マヤは思わず手を止める。彼女の握る刺突剣の切っ先は、少年の喉元の皮膚を突き破る寸前で停止した。

 アーリィの叫びに、ローズも驚いて足を止める。そして彼は、不思議そうな表情でマヤたちの方へと振り返った。そこで彼の表情が変わる。その異変に気付いたローズもまた、険しい表情で口を開いた。


「マヤ、上だっ!」


「上?」


 叫びながら、ローズはマヤの元へと駆け出す。ローズの言葉にマヤは、少年へ剣を突き付けたまま空を見上げた。


「なっ……」


 上を見上げたまま、マヤは驚愕に固まった。

 少年が叩きつけられた灰色の岩壁の上から、なにか大きな塊が風を切りながら落下してくる。それは淡い緑色をした巨大な”なにか!だった。


「マヤ、避けろっ!」


 マヤの頭上、その真上に向かって急降下してくる謎の物体。

 ローズが避難を叫び、マヤも慌てて後退しようと足を踏み出す。が、彼女の体が反応するよりも先に、それが彼女の上へと落下する速度の方が僅かに速かった。


「マヤッ!」


「――ッ」


 ローズの叫びが、狭い山道にこだまする。その叫びに混じり、静かな言霊が大気を震わせた。


『wINd.』


 緑の巨体がマヤを圧死させる直前、それは突然発生した小さな風の渦に弾かれて吹っ飛ぶ。

 マヤが唖然とした表情で見つめる中、その巨大な何かは、爆音を伴いながら岩壁へと叩きつけられた。

 灰色の岩壁を破砕しながら、それは大地へと崩れ落ちる。


「……」


「大丈夫か、マヤ」


 驚きに目を丸くするマヤにローズが駆け寄り、今だ呆然としている彼女に安否を問い掛ける。

 マヤは「えぇ」と頷きながら、突如落下してきた何かへと視線を向けた。


「え……うさぎの、人形……?」


 灰色の瓦礫に埋もれて落ちていたのは子供程の大きさのある、それは巨大なうさぎの人形のようだった。


「マスター、大丈夫ですか!?」


「アーリィ!」


 遠くでするアーリィの声にマヤは振り返る。

 どうやら先程マヤへ向かって急降下してきた謎の人形を吹き飛ばしたのは、彼の発動させた風の魔法らしい。それに気付いたマヤは、礼を述べようとアーリィへ笑みを向ける。

 だが、その笑みは瞬時に険しいものへと変化した。


 カランッ……という、軽い落下音。

 灰色の大地に、蒼い宝珠が付いたロッドが転がった。


「……へぇ、今のが"魔法"ってやつ? 凄いわね」


 聞き慣れない男の声が静かに響く。

 何故か驚愕の表情で固まるマヤと、後方から突如聞こえた知らない男の声にローズも後ろを振り返る。

 そして、暗い漆黒の瞳が大きく見開かれた。


「くっ……!」


 マヤとローズ、二人の見つめる視線の先に立っていたのは、軽薄な笑みを口元に湛える痩身の男。中性的な美貌の彼は妖しい雰囲気を湛え、どこか異質な存在感を放っている。そんな男はいつの間にかアーリィの背後に立ち、闇色の外套と淡い蒼の色に染まった髪を風になびかせて、アーリィの腕を後ろ手に捻り上げて拘束していた。


「っ……離せ!」


 拘束された腕の痛みにアーリィは顔を歪める。そんな彼の喉元には、男が握った短刀の切っ先が突き付けられていた。


「アーリィっ!」


 マヤが叫ぶ。男はアーリィの喉元に刃の切っ先を押し当て、愉快げに口元の笑みを深めた。




「……?」


 青年と対峙していたユーリは、ここより少し離れた位置で戦っていたマヤたちの様子の変化に気付く。

 切れた額から滴る鮮血を腕で拭い、ユーリは青年と距離をとる。そして彼を警戒したまま、横目でマヤたちの様子を伺った。するとユーリは、先程まではこの場に存在していなかった新しい人影を見つけて眉をひそめる。


「ん?」


 赤毛の青年も、向こう側で戦う三人の様子の変化に気付いたらしい。

 銃口をユーリへ突き付けたまま青年はマヤたちの方を見つめ、彼は大きく目を見開いた。


「……レイリス?」


 痩身の男の影に向かって、青年は呟く。

 その呟きを耳にした瞬間、ユーリの顔色が変わった。

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