望まぬ再会、止まぬ雨 2
「……ふふ、そう……いかなる手段を使っても……ね」
低く、感情を押し殺した声でマヤが笑う。
俯いた彼女の表情は、長い前髪に隠されて見えない。だが次の瞬間、顔を上げた彼女の瞳には、強い決意が宿っていた。
「ならアタシも、いかなる手を使ってでもアーリィを守るわ。あんたたちに、この子は渡さない。……絶対に!」
「……穏便に渡してくれたら一番嬉しかったんだけど、やっぱりそうはいかないみたいだね」
少年がフードの下から疲れたような声でそう呟き、やがてそれが明確な戦闘を開始する合図となった。
「うむ……まだよく事態が飲み込めないが、しかしアーリィも俺達の大切な仲間だ。マヤもこう言っていることだし、連れていかれるわけにはいかないな」
「……」
ローズも背の巨大な大剣を抜き放つ。ユーリも無言で殺戮の短剣を手にして、腰を低く構えて戦闘体勢をとった。
「……容赦しないから」
マヤはユーリ同様腰を低く構え、右手に掴んだ剣を握り直して低く呟いた。そして彼女は右足を一歩前に出し、その足を軸とするために体重をのせた。男たちもマヤの動きに合わせ、警戒の体勢をとる。
「おい、ちょっとまてマヤ……!」
すると、今にも男たちに斬りかかろうとするマヤへ、ユーリが慌てた様子で再び制止をかけた。
「……なによ?」
完全に戦闘体勢へと入っていたマヤは、苛々したようにユーリを睨みつける。だがかまわずに、ユーリはそっと彼女へと耳打ちした。
「お前、魔法は……」
「……あぁ、わかってるわよ」
マヤの返答に、ユーリは一瞬「え?」と目を丸くする。
「こんな狭い場所で魔法なんて使わないわよ。下手すりゃあんたたちに巻き添え喰らわせちゃう。アーリィにも言っとくから、いちいちアンタが心配しなくてもいいわよ」
マヤは早口にそうユーリへ告げると、後方でロッドを握りしめてかまえるアーリィへ「アーリィは安全な所に避難してなさい! 援護はしないでいいから!」と叫ぶ。そしてマヤは再び剣を握り直し、「ちょっと待てよマヤ、そうじゃなくて……」と言って彼女を呼び止めるユーリの声を無視して、今度こそ男たちの元へと駆け出していった。
彼女になにかを忠告しかけたユーリだったが、それは叶わぬものとなる。
「……チッ、クソ……っ!」
「ユーリ、俺達もいくぞ!」
単身駆け出したマヤを追うように、ローズもまたユーリの側を駆け抜けて行く。「わかってるよ!」とユーリは叫び、彼もまたその両手に短剣をかまえて灰色の大地を強く蹴った。
「ふっ……しょうがないなぁっ!」
先陣をきってこちらへと駆けてくる少女の勇猛な姿に、少年は避けられぬ戦いに諦めの声をあげ、そして迎撃体勢をとる。少年は自身目掛けて真っすぐに迫る白刃を暗いフードの下から見据え、彼は脇に抱えた大きな白い布包を両手に持ってかまえた。
「はああぁぁっ!」
気合いの掛け声と共に、マヤの刺突剣が下方から掬い上げるような形で迫る。その刃は銀の軌跡を描きながら、少年の肩の辺りを狙って振るわれた。だが次の瞬間、マヤの視界が一面の白となる。
「っ!?」
突然自分と少年との間に、視界を遮るように巨大な白い布が宙を舞う。
一瞬マヤは突進の勢いを落とすも、剣を握った両手だけは勢いのままに下から上へと思いきり振り上げた。
甲高い金属音が辺り一帯に響き、空気を震わせる。それと同時に振り上げたマヤの剣はなにかに弾かれ、彼女は驚愕に目を見開きながら一歩後退した。
「なっ……!」
大きな白い布が、大地へと音も無く落ちる。
その布の下に隠されていたのは、少年の身の丈半分以上もある巨大なチェーンソーだった。いくつもの鋭く細かい歯が環状のチェーンに備え付けられたそれは、一見するだけでとんでもない殺傷力を持つと伺える、凶悪な代物だ。少年はそんなとんでもないものを、自身の武器として構えている。
先程迫ったマヤの刃もおそらく、その構えたチェーンソーで防御し弾き返したのだろう。
自分よりも背丈の低い少年の意外すぎるほど凶悪な武器に、マヤは思わず「なんてものを隠し持ってるのよ!」と叫ぶ。彼女に遅れて駆けてきたローズらも、少年の手に握られた巨大なチェーンソーを見た途端、二人は揃って驚きの表情を浮かべた。
「な、なんだよありゃ! チェーンソー!?」
「……あぁ、あれは武器というより木を伐採する為の……」
ユーリ、そしてローズが冷静に解説しながら驚きを口にすると、少年はフードの下から覗く唇を愉快げに歪める。
「なんでもいいでしょ。僕にはこれが武器なんだよ」
少年はそう言うと、チェーンソーの動力を入れる。途端に動力鋸は不吉なモーター音を響かせ、いくつも備え付けられた鋭い歯が、小刻みに振動しながら高速回転を始めた。
「……さぁ、いくよ」
「ちょ……」
耳障りなモーターの回転音を聴きながら、マヤは忌ま忌ましげに唇を噛み締める。その背丈から少年だと思って油断していた訳ではないが、しかし彼女もまさかあんなものを武器として使用してくるとは思っていなかった。マヤは瞳を細めて、静かに思考する。自分の今使える武器は、この右手に握りしめた細身の剣しかない。が、この細い剣であの唸りをあげる電動鋸を受け流すことは不可能だ。
「……なら、あれを避けるしかないか」
独り言のようにマヤはポツリと呟き、やがて彼女は再びその靴裏で大地を強く蹴った。
「む……!」
再度少年へと向かっていったマヤを追おうと、ローズも大剣を握り直して一歩を踏み出しかける。
だが、突如響いた乾いた破裂音と共に、彼の足は止まった。
「っ……」
ローズの頬を静かに伝う、細い鮮血の跡。弾丸が掠めて出来た傷に、彼はそっと指先で触れた。
「お兄さんたち、オレを忘れないでよ」
手にした拳銃、その銃口をこちらへと向けて構える青年を、ローズは静かに見返した。小さく舌打ちし、ローズは目を細める。
「……ローズ、こいつは俺が相手する。お前はマヤんとこ行ってやれ」
「ユーリ?」
突然のユーリの声に、ローズは僅かに首を後方へと向ける。
ユーリは無表情に青年を見据えたまま「マヤ一人じゃ、あんな物騒なモン持ったヤツ相手にすんのは危ねぇだろ? 俺は一人のほうが戦いやすい。だから、こいつは俺に任せな」と、そう言って彼はローズに灰色の瞳を向けた。数秒、ローズは真っすぐにユーリの瞳を見つめる。
「……頼む」
やがてローズは一言呟き、長年の相棒を信じて青年を彼に任せることにする。
ローズは大剣をかまえて、マヤの援護のために彼女の元へと駆け出した。そんな彼を見ることなく、ユーリは唇を微かに歪め、静かに了解の意を示す笑みを浮かべる。
「……って訳で赤毛のアンタ、お前は俺が相手してやるよ」
研ぎ澄まされた白銀の短剣、その刀身にユーリの凍えた笑みが映る。短剣をかまえてから雰囲気の変わったユーリに対し、青年は苦笑いを浮かべながら「いいけどお兄さん、なんかさっきと雰囲気違くない?」と、銃口をユーリへと向けながら問い掛ける。ユーリは冷え冷えとした灰色の瞳を、線のように細めた。
「わりぃな、戦いとなると俺もマジになるんだよ。……昔の癖でな」
乾いた唇をそっと舐める。
青年は僅かに緊張しているのか、拳銃の照準をユーリに合わせたまま、額に薄く汗を滲ませた。そんな青年の様子を冷静に観察しながら、ユーリは低く呟く。
「あと、俺不器用だから手加減って出来ねぇんだよ。だから、死んでも恨むなよ」
ユーリの呟きに、青年は一瞬表情を強張らせる。だが、すぐに彼は不敵な笑みを口元に浮かべた。
「……殺し合いってこと? そんなのオレだって……ま、まぁ、覚悟してきたよ」
「いい度胸だな」
「……」
本当は争い事など苦手な青年だったが、だが彼はそんな内心の緊張と興奮を悟られぬように深呼吸をする。
青年が手にした回転弾倉式の拳銃、その弾倉には六発の弾が装填されている。
青年はユーリと睨み合いの対峙をしつつ、ゆっくりと撃鉄を起こした。軽い音が指先に伝わる。
ユーリの瞳の瞳孔が線となる。瞬間、ユーリは大地を蹴る。彼は両手にそれぞれ一本ずつ、対になった銀の短剣を手にして、青年へと向かって駆け出した。
「っ……!」
ユーリの突進に青年も即座に反応し、彼は迷う事なく人差し指がかかった拳銃の引き金を引く。青年の銃が乾いた炸裂音をたて、銃口から装填されていた小口径の銃弾が高速発射された。
「っ……チィ……!」
空薬莢が灰色の大地に落下し、初弾がユーリの左肩を掠める。
青年は正確に左腕を狙ったはずだったが、ユーリは上体を僅かにそらして、弾丸の軌道から腕を避けたのだ。だが青年は迷わず撃鉄をおこし、次の弾をユーリに向けて撃った。
次弾はユーリの右上腕を正確に撃ち抜く。一瞬ユーリは苦い表情をするも、突進の速度を落とす事なく、彼は青年との距離を縮めた。
銃使いを相手に戦った経験が少ないユーリだが、銃という飛び道具の特製上、とりあえず接近戦に持ち込まなくてはこちら側は手も足も出ない。銃は弓などの他の遠距離武器と違って、その威力やスピードが接近戦でも衰えることがない恐るべき武器だ。が、それでも接近しないことには始まらない。
自身へと向けられる銃口を恐れることなく、ユーリは青年へと向かって駆けた。
「くっ……!」
ユーリは自身が持つ短剣の間合いに、青年の姿を捕らえる。青年は唇を噛み締めながら、ユーリの眉間へと銃の照準を合わせ、引き金にかかる人差し指を動かそうとする。だがそれよりも先に、ユーリの右腕が赤い鮮血を帯びながら反応した。研ぎ澄まされた短剣が一閃し、煌めく銀の弧を描く。
「うわぁぁっ!」
咄嗟に、というよりもほとんど反射的に銃を構えるのを止め、両腕を引いて身を守るような体勢をとった青年。だが横薙ぎに振るわれたユーリの短剣は、青年の両腕を真っ黒な外套と共に切り裂く。
短剣は青年に決して浅くはない傷を付け、その慣れない痛みに青年は声をあげた。
青年は一瞬よろめき、そしてそれが隙となる。
冷酷な暗殺者の瞳となったユーリはそれを見逃すことなく、彼は青年の懐へ向かって飛び込んだ。
青年の息の根を止めようと、ユーリは青年の首筋を狙う。微かに唇を歪めながら、彼は青年の首元目掛けて左手を振り上げた。
だが、しかし。
「!」
予想外の強い衝撃、そして反動がユーリの短剣へとかかる。同時に彼は自分の顔面へと迫りくる何かの気配を感じ、素早く後方へと飛びのいた。
飛びのくユーリの鼻先を、青年の靴の爪先が掠め去っていく。青年は上体を捻って勢いをつけた回し蹴りを放つも、それは虚しく空を蹴って不発に終わった。
ユーリの靴裏が、灰色の大地へと着地する。ユーリは一時的に青年と距離をとり、何故か嬉々とした様子で唇の両端を吊り上げる。
「……咄嗟に拳銃で俺の短剣を防御し、そしてそこから体術での反撃か。反射神経はいいみてぇだし、まるで戦いに関しちゃあド素人って訳じゃねぇんだな」
「……まぁ、得意って訳でもないけどね」
ユーリの言葉に、青年は思わず苦笑いを浮かべた。本人がそう言う通り、人並みに戦えはするが得意では無いらしい。青年は微かに息があがり、肩で息をしていた。
「へぇ、そうか。……まぁ、なんでもいいけどな」
命を賭けた戦いの場というその空気に、ユーリは心から愉快そうに静かな笑みを口元に浮かべた。
なぜならそれは、ユーリの心を最も歓喜と興奮へと導くものだから。
切り裂き、嬲り、引き裂き、捌いて、そして殺し合う……――それはユーリにとって、自分が今生きているという唯一の証明であり行為。静かな興奮を獰猛な冷笑へと変えて、ユーリは赤い口唇をゆっくりと開く。
「だが、戦えんのならそれなりに俺を楽しませてくれよ……?」
「……努力は、してみるよ」
銀色の死神の狂気に満ちた微笑みに、青年は粘つく汗を額に浮かべながら再び銃口を彼へと向けた。
「はあぁっ!」
艶めく金色の髪をなびかせながら、マヤはフードで顔を隠した少年へと真っすぐに駆けていく。
そして刀身約七百ミリメートル、刃幅三十五ミリメートルの十字架を模した刺突剣を、勇ましい勢いで少年へ向けて横薙ぎに振るった。
だが少年は予想外の身の軽さを見せ、巨大なチェーンソーを手にしたまま、彼女の一閃を後方飛翔することで難無く回避する。
少年は着地してすぐに、そのまま膝をたわめて、今度は彼が弾丸のごとき勢いでマヤへ向かって突進。少年は不吉な唸りをあげる電動鋸を頭上高く振り上げ、彼女の頭部目掛けてその刃を振り下ろすという残酷な動作をする。高速回転する小さな無数の刃が間近に迫り、マヤは咄嗟に身を屈めて側方へと横転した。
「マヤッ!」
ローズの叫びと共に、彼の持つ巨大な大剣が少年の持つチェーンソーの進行を阻むように割り込む。
二本の刃の間に激しい火花が散り、その衝撃に少年と、そして援護に駆け付けたローズは同時に後方へと飛びのいた。




