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神化論  作者: ユズリ
境界線の向こう側
65/528

接触、追跡 8

(やっぱり、さっきアーリィとなにかあったのかしら……?)


 マヤはさらに首を後方へと動かし、アーリィの様子を窺う。アーリィは相変わらず感情の無い瞳をどこか遠くへ向け、ゆったりとした歩調で自分たちに着いていっていた。その姿に特別変わった様子は無い。ただ、マヤにはやはり先程のアーリィとユーリの様子が気になっていた。

 普段は感情の起伏が薄いアーリィがひどく感情的になり、ユーリに突っ掛かるという異常な光景――アーリィは『なんでもない』と言って自分に微笑んでみせたが、それは彼が自分に心配をかけまいと気を使って言ったのだとマヤにはわかっていた。

 わかってはいたが、マヤに隠し事をする行為そのものを苦手とするアーリィが微笑みまで浮かべて自分を気遣う姿に、マヤもそれ以上あの場で問い詰める気がしなくなってしまったのだ。

 だが、やはりユーリがこんな調子だと一体二人になにがあったのかと気になってくる。

 そしてマヤが意を決してユーリに声をかけようとした時、タイミングよくローズが顔を上げて「よし!」と一言言葉を発した。

 突然沈黙を破ったローズの一言に、マヤはびっくりして声をあげる。


「な、なによ突然! びっくりしたじゃない」


「お? あぁスマンな。いやぁ、次に向かうルートが決まったからつい声を出してしまって……」


「あぁそう……」


 アーリィほどでは無いにしろ、ローズもわりとマイペースだ。今までの不自然な沈黙の空気など全く気付いていない様子のローズに、マヤはほんのちょっぴり脱力感を感じた。疲れたついでにユーリへ声をかけることを中止して、マヤはローズへと問い掛けることにする。


「で、どんなルートよ」


 マヤの問いにローズは地図を懐にしまいつつ、皆に聞かせるように僅かに声の音量を上げて説明を始めた。


「あぁ。まずこの山脈道を真っ直ぐに抜けてカペラ平原に入り、平原を抜けてティレニア帝国に入る」


「うんうん」


「で、その後は一番近くの村に立ち寄り、休んでから帝都入りする。そこでまたパンドラの情報を収集して……こんな感じでどうだ?」


 ローズの提案にマヤは脳内で自分の記憶からボーダ大陸図を思い浮かべ、彼の示唆するルートをその地図上で検索する。


「うん、まぁいいんじゃない?」


 ティレニアの帝都はカペラ平原を抜けてわりと直ぐにある。確かに途中で休憩を入れれば、そのルートに無理は生じない。

 マヤはローズの適切なルート選択に笑顔を向けて頷いた。その笑顔にローズも軽く笑みを見せる。そして彼は少しだけ首を後方へと捻って「ユーリとアーリィもこのルートでいいか?」と、後方を歩く二人へと確認の問い掛けを向けた。


「……」


「……おいユーリ、聞いているか?」


「……あ? あ、あぁ……いいんじゃね?」


 ローズの強い呼びかけに、今だなにかを深く思考していたユーリが、慌てて顔を上げて反応を示す。

 アーリィが無反応なのはいつものことなのでローズも特になにも気にしなかったが、ユーリまでもがこの調子だとさすがにローズも眉を顰めた。そしてローズは不意に立ち止まり、彼もまた数秒なにかを考え込む。


「ローズ?」


 立ち止まったローズを不思議に思いマヤが声をかけると、ローズはおもむろに「ちょっと早いが、少しだけ休憩しよう」と、三人に向けて告げた。


「へ? 休憩?」


 まだ村を出発して数分で休憩をとろうと言うローズの言葉にマヤが首を傾げると、ローズは彼女に小声で語りかける。


「少しユーリに聞きたいことがある。マヤはアーリィと一緒にいてくれ」


「……わかったわ」


 ローズの言葉にマヤは全てを察し、彼女は直ぐに神妙な面持ちで頷いた。




「……で、一体なにがあったんだ?」


「……」


 ローズの直球な問い掛けに、ユーリは思わず苦い表情を浮かべる。

 二人が座る岩より少し離れた場所では、マヤとアーリィが仲良く地図を眺めながらなにやら談笑を楽しんでいた。

 その光景を横目で眺めつつ、さっきから横顔に突き刺さるローズの視線にユーリは渋々「あー……」と口を開く。


「いや、別になんでもねぇよ。うん、大丈夫ですから」


「本当か?」


 ひらひらと手を振って苦笑いを浮かべると、ローズは疑わしげな視線をよこす。

 ユーリは乾いた笑いをしつつ、肯定の意を示すため大きく頷いた。


「ならいいんだが……だが、あまりボーッとされると俺たちも困る。とくに戦闘中は集中してもらわなくては危険だ」


 先程の上の空な様子のユーリを心配したローズは、ため息をつきながら厳しい言葉を彼へと投げかけた。


「今はただでさえアーリィが戦闘に集中せず不安な状態だ。アーリィは俺達がフォローするからまあいいとして、だがそこにお前までボーッとしたままだったらさすがに困る。俺とマヤだけじゃ、フォローにも限界があるからな」


「……」


 ローズの忠告は正しい。特に自分のような特殊な立ち回りの人間をフォローするのは、普通よりも難しいだろう。

 ユーリはローズの言葉に「わりぃ」と、一言だけ呟いた。するとローズは突然笑みを浮かべ、彼へこう返事を返す。


「いや、別に責めているわけではない。ただ少し心配だったから、そう言っただけだ。お前は大事な戦力だし、お前にしか出来ない役まわりだって多々ある。俺たちも頼りにしている分、お前がいつも通りに動けなかったら俺たちも不安になるからな……それだけだ」


 そうユーリに告げながら、ローズは立ち上がる。ユーリは今だ岩に座ったまま、顔を上げてローズを見上げた。そこには優しい笑顔があった。

 普段は彼の方がぼけっとしているし、一応リーダー的な役まわりをしてはいるがどこか抜けていて微妙に頼りないローズだが、こういう時の彼は驚くほど的確に、自分たちが一番望む言葉を告げる。

 今まで"駒"のような扱いはされても、誰かから頼られるということをされたことがなかったユーリは、ローズから告げられたその言葉が妙に照れ臭くなり、小さく笑みを浮かべた。


 彼に……彼らに自分という存在が必要とされていることはとても嬉しい。

 だが、だからこそ今の自分の状態に言いようのない不安と、自己嫌悪のようなものが自身の中で渦巻く。先程の一連の出来事をローズに告げるべきが否か、ユーリは一人悩んでいた。

 本当ならばすぐに告げるべきなのだろう。

 先程会った謎の男たちは、何故かアーリィを追っていたような発言をしていた。だからこそ、今後なにかあった時のために、男たちのことをローズやマヤにも話しておくことがいいと、それくらいユーリにもわかっていた。

 わかってはいたが、しかし彼にはどうしても心に引っ掛かることがあった。

 そしてそれが、彼の口を閉ざすたった一つの要因。


「……」


「……ユーリ?」


 黙り込んだユーリを不思議に思い、ローズが彼の名を呼ぶ。

 ローズの呼びかけに、ユーリは視線だけを向けてなにか曖昧な笑みを返した。そして一瞬、なにかを迷うように視線をさ迷わせた。


「?」


 はっきりしないユーリの態度に、ローズは小さく首を傾げる。

 それでも少しの間ローズは、何度も口を開きかけては閉じるといった行為を繰り返すユーリをじっと待った。


「……やっぱりなにかあったのか?」


「……」


 ユーリの様子からなにかを察し、ローズは静かに問い掛けてみる。ユーリはなぜか険しい表情で真っ直ぐにローズを見返した。

 やがて彼は、意を決したように口を開きかける。


「……なぁ、ローズ」


「ん?」


 だが、ユーリの言葉はそこで途切れた。

 なぜなら何処からか慌ただしい蹄の音と、木製の車輪が回る激しい音が微かに聞こえてきたからだった。その尋常ではない慌ただしげな音にローズとユーリは一瞬互いに顔を見合わせ、そしてすぐに二人は音のする方向へと鋭い視線を向ける。

 ユーリは立ち上がり、ローズと共に今自分たちが歩いて来た山道を静かに見つめた。

 ユーリはなぜが、胸中にひどい胸騒ぎを覚える。大きい崖がいくつも切り立った、視界の悪い山脈道を目を細めて見つめつつ、彼は先程の男たちの言葉を思い出した。


『ねぇお兄さん、ここら辺で馬付きの馬車見なかった?』


(……まさか)


 嫌な予感がした。

 ユーリは反射的に、右手を自身の腰の後ろへと回していた。


「……なんだ?」


 ユーリは殺戮の短剣に指先で触れながら、眉をひそめるローズの声に無言で首を横に振る。

 彼のその動作にローズがなにかを問おうとした時、同じタイミングで背後から駆けてくる足音があった。


「ねぇ二人とも……なに? この音」


 ローズが振り返ると、そこには同じように不可解そうな表情で自分たちを見つめるマヤの姿。そしてその後ろに、なぜかこちらに睨みつけるような眼差しを向けるアーリィが立っていた。


「よくわからないが、なにか急ぎの馬車のようだな」


「馬車?」


 マヤの問いかけにローズは憶測を告げる。だがそれは聞こえてくる荒音から容易に想像でき、マヤもそれが馬車の駆けてくる音だろうと納得した。


「急ぎの商人さんかしらん?」


「さぁな……慌てているようだし、こんな道の真ん中に突っ立っていたら通行の邪魔になるかもしれないな。あっちの空き地にでも避けていよう」


 ローズはそう告げると、ほんの僅か後方の道沿いにある小さな空き地を指先で示し、そちらへと足を向ける。マヤも「そうね」と頷き、彼に続いてそちらへと避けると、アーリィも無言で彼女の後を追った。

 だがユーリだけは一人灰色の山脈道の真ん中に立ち尽くし、ひどく険しい表情で来た道の先を見つめていた。


「おいユーリ、避けないと危ないぞ?」


 動かない彼を不思議に思い、ローズが声をかける。だが、それでも彼は動こうとはしなかった。


「ちょ……どうしたの? ユーリ……」


 思わずマヤがユーリの元へと駆け寄り、「危ないってば」と言って彼の上着の裾を引っ張る。

 すると彼女の進行を遮るように、ユーリの腕がマヤの体の前へ伸ばされた。


「なに?」


 マヤが眉をひそめて顔を上げる。ユーリは相変わらず鋭い視線で前方を睨みつけたまま、たった一言だけ彼女へと言葉を返した。だがそれは不可解な一言。


「お前は、ダメだ。お前とアーリィちゃんは……あいつらは……」


「え、なに? ちょっと、ユーリ?」


 低い声で囁かれたユーリの言葉は、段々と大きく迫る馬車の駆ける音に掻き消される。そしてマヤがユーリの肩を叩こうともう一度彼に腕を伸ばしかけた瞬間、急激に迫った駆ける馬と馬車の轟音が彼女の耳を支配した。


「きた……」


「きゃっ……!」


 雷鳴のような凄まじい轟音と、そして強い風と衝撃が、道の真ん中に立っていたマヤとユーリに襲い掛かる。ローズが何事かを二人に向かって叫ぶ中、ユーリは短く呟きながら小さな悲鳴をあげるマヤの体を素早く抱え、そしてローズたちが立つ空き地の方向へと大きく飛びのいた。


「あ、ありがと……」


 咄嗟のことに反応が遅れたマヤは、助けられたことに対してユーリへと素直に礼を述べる。ユーリは無言でマヤを解放し、先程まで自分たちが存在していた地点を睨みつけるようにじっと見つめた。

 そこには一台の黒い馬車が、強い衝撃と轟音を引き連れて急停止していた。


「な、なんだ?」


 急停止した衝撃でもくもくと土煙が舞い上がる。そんな中で興奮して鼻息を荒くしている馬と、そして突然間近で止まった黒塗りの小さな馬車を見つめながら、ローズは呆然とした表情で呟く。同様の表情を浮かべつつ、マヤもまた「なんなのよ、これ」と困惑しきった様子で馬車を見つめていた。

 だが皆の最前列に立つユーリと、そして一番後ろで様子を窺うアーリィの二人は違った。

 ユーリは普段の緩い雰囲気とはまるで違い、戦闘中に見せるような真剣な表情で仁王立つ。その右手は、微かに腰の短剣へと繋がっていた。そしてアーリィもまた、馬車を警戒するように睨み付ける視線を向け、手にした魔術補助具のロッドを強くにぎりしめた。元々頭の回転が早い彼もまた、ユーリ同様なにかを察したらしい。

 自分たちの前で不自然に停止した馬車を警戒する二人の脳裏には、先程偶然出会った謎の男たちの姿が浮かんでいた。突然のことにただ目を丸くするローズとマヤに対し、対照的に険しい表情を馬車へと向けるユーリとアーリィ。四人の瞳がそれぞれの想う意味合いを含んで向けられる中、しばらく微動だにしなかった黒の馬車だったが、やがて中から誰かが出てくる気配を感じた。


「なにかしら」


 前へ出て馬車に近付こうとするマヤを、再びユーリが無言で制す。それに対してマヤがなにか抗議の言葉を発しかけた時、馬車の中から二人の男たちが降りてきた。

 それは、旅人としては異様な黒の長該当を身に纏った、燃えるような赤い髪の青年とフードで顔をすっぽりと覆い隠した少年。


「……?」


 ローズたちがそれぞれの面持ちで見つめる中、彼らはゆったりとした足どりで馬車から降りてくる。

 赤毛の青年はなぜかぐったりとした表情で、右手で頭を押さえていた。


「うわぁ、頭おもいっきり打った……レイチェル、もっと優しく停止出来なかったのかよ」


「無理だよエル兄、急いでいたんだから」


 少年の涼しい声に、青年は苦い顔で「あぁ、そう」と呟く。そして二人は馬車から降り、灰色の大地へと足をついた。

 マヤが小声で「一体なんなの?」とローズに耳打ちすると、ローズも困惑した表情で首を横に振る。未だなんなのか状況が把握しきれていないローズとマヤをよそに、ユーリは男たちを色素の薄い瞳で射殺すように睨みつけた。


「テメェら……」


 男たちに向けて低く呻く。殺気すら感じさせるユーリの視線に気付き、青年と少年は改めてこちらへと向き直った。

 ユーリのあからさまな敵意の視線に、人あたりのよさそうな青年は苦笑いを浮かべつつ頭を掻く。

 一方まるで表情の窺えない少年は、二、三歩ユーリたちの方へと近づいて小さく笑みを浮かべる。思わずユーリが身構えると、フードから唯一覗いた少年の唇が不吉な弧を描いたままゆっくりと動いた。


「残念だったね、お兄さん。僕ら、追い付いちゃったよ」


「っ……」


 少年の嘲りを含んだ言葉に、ユーリは忌ま忌ましげに唇を噛む。そしてマヤとローズが互いに顔を見合わせて不可解そうな表情を浮かべる中、少年は黒いフードの下に隠れた瞳を四人の一番後方へと向ける。

 ローズの背に隠れるようにしてロッドを強くにぎりしめていたアーリィは、少年の見えない視線を感じて小さく息を飲んだ。血色の瞳に、警戒と恐怖の色が半々に浮かぶ。

 やがて少年は、再度その薄い唇を開く。次の瞬間少年の口から発せられた声は、ローズたちにとって長い長いこれからの"始まり"の言葉と化した。


「今度こそ見つけた。……ね、聖女さま」


【接触、追跡・了】

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