接触、追跡 4
その一言に、思わずユーリは問い返す。
「たまにって……それ、ヤバくないか?」
「別に。それよりもお前はなんでここにいるんだ」
振り返ることなく、素っ気ない声でアーリィは問い掛ける。ユーリは一瞬口ごもりながら、「みんなでアーリィちゃんを捜してたんだよ」と言って、背を向けるアーリィに近づいた。そしてアーリィの正面に回り込み、ユーリは向き合う形になりながらにっこりと笑う。
「門の所でアイツら待ってるから行こうぜ」
アーリィは無表情にユーリを見返し、門へ向かって無言で歩きだす。アーリィに抜かされて、ユーリも慌てて彼を追った。
「……ん?」
しかし歩き始めてすぐに、不意にユーリの足が止まる。気にせず歩き続けるアーリィに、ユーリは「ちょっと待ってアーリィちゃん!」と叫び、アーリィは心底嫌そうな表情を浮かべながら渋々足を止めて振り返った。
「なんだ?」
不機嫌そうなアーリィの声に、しかし気にせずユーリは辺りを見渡してこう返す。
「なんか……すげぇいい香りしねぇ?」
「は?」
きょろきょろと周囲を見渡し、やがてユーリはある一点を見つめて「あ!」と声をあげる。つられたように、アーリィもユーリの見つめる先へと視線を向けた。するとアーリィの動きが止まる。そこにあったのは。
「あ……」
緩やかな小高い丘の斜面に、木陰に隠れるようにひっそりと咲く小さな白い薔薇。
「バラかぁ。こんな所に咲いてんのな」
風に運ばれて微かに漂ってくる野薔薇の柔らかな香りに、ユーリは心地よさ気に目を細める。そして彼は「キレーだな」と呟いた。けれどもアーリィは一人険しい表情で、その白い薔薇を見つめる。
「……」
ギリッ……と小さく唇を噛み締め、やがてアーリィは何も言わずに再びユーリに背を向けて歩き出した。
「あ、待ってよアーリィちゃーん!」
またも置いて行かれたユーリは、慌ててアーリィの後を追い掛ける。だが今度はアーリィの動きが止まった。ユーリも不思議そうな表情で立ち止まる。
「どうしたん?」
「……話し声。誰か、いる」
ひょいっと横から顔を覗き込んで問えば、アーリィは前を向いたまま僅かに眉を顰めてそう呟く。その言葉に思わずユーリも辺りに耳をすました。すると、確かにアーリィの言う通り近くで誰かの話し声のようなものが聞こえてきた。ユーリは小さく首を傾げながら、声のする方を探って視線を向ける。
その声はどうやら先程薔薇を見つけた辺りからするようで、自然な好奇心からユーリは再び踵を返してそちらへと戻った。アーリィはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて何故か険しい表情で、ユーリの後を追うようにゆっくりと歩き出した。
ちょうど先程立ち止まった場所まで来て、そこでユーリは一旦立ち止まる。
「……ん? 人だ」
そう声を上げるユーリの位置から五、六メートルほど離れた場所で、黒い長該当を着た二人の人間がなにやら困った表情で話し合っていた。
「エル兄、一体どこに馬車置いたのさー! どこにも無いじゃん、馬車!」
「あれぇ? 確かここらへんだった気がするんだけど……」
「もうここは散々捜したでしょ! で、なかったでしょ! 『馬車は俺に任せておけ!』なんて言って、置いた場所忘れるなんてどうするんだよ!」
「んー……てかオレ、外に出たのが二年ぶりくらいだから、こんな木ばっかりの場所なんてどこも同じに見えるっていうかー……」
「……エル兄のバカ」
「なっ! バ、バカってお前なんてこと言うんだ!」
「……なんだ、アイツら」
相談していたかと思えば、今度はいきなり言い争いを始めた謎の二人組。しかし話を聞いていればどうも二人は困っている様子なので、『放っておくのも可哀相だよな』と、ユーリは言い争う二人の元へと近づいた。
「おーい、どうしたんだー? なんかすげぇ困ってるっぽいけど……」
「ん?」
「え?」
ユーリの声に低俗な言い争いをしていた二人は、言い争いを止めて同時にユーリへと振り向く。
振り返ったのは派手な赤毛の青年と、目深に被ったフードですっぽり顔まで隠れた少年。さらに二人は何故か全身黒の長外套姿で、一見とても普通の人には見えなかった。
(おぉ……なんかよく見たら怪しい奴らだ……)
二人を間近で見て、改めてユーリはそんなことを思う。とくに少年はフードのせいで口元しか見えず、ものすごく怪しい。ユーリはほんの一瞬だけ、声をかけたことを後悔した。だがしかし、反対にユーリを見て赤毛の青年はぱっと表情を明るくする。そして『助けが来た』と言わんばかりにユーリにかけより、「そうなんです! オレたち今すっごく困ってて……」と、そう言って興奮したようにユーリの手を掴んだ。そのあまりの青年の剣幕にユーリがちょっぴり引いていると、今度は少年がユーリの元へと駆け寄ってきて、ひどく困った様子の声で彼へ声をかけてくる。
「ねぇお兄さん、ここらへんで馬付きの馬車見なかった?」
「馬車?」
どうやら乗って来た馬車をどこに置いたかわからなくなったらしく、それで二人は困っているようだ。ユーリは小さく首を傾げながら「馬車ねぇ」と呟く。その時だった。
何気なく青年の外套の胸元に視線を落としたユーリは、その胸元に白く刺繍された”もの”を見て、一瞬にしてその表情を強張らせた。色素の薄い灰色の瞳を何故か大きく見開き、信じられないといった面持ちで青年の外套に刻まれたそれを凝視する。
ユーリの視線の先、そこにあったものとは、十字架と茨を模した円形の不可思議な紋様だった。
「どうしたんだ?」
突然顔色悪く険しい表情をして固まったユーリを不思議に思い、青年が顔を覗き込みながら問い掛ける。少年もフードを目深に被ったまま、首を傾げていた。
やがてユーリは震える唇を微かに動かす。
不思議そうに首を傾げる二人の姿など見えていないかのような様子で、彼はその胸元に刻まれた謎の紋様を見つめた。そして彼は、ひどく掠れた声で静かに呟く。
「ヴァイゼス……なぜ、ここに……」
◆◇◆◇◆◇
「あ、ローズ! お~い!」
「ん?」
そろそろ約束の時間になるという頃。
ローズが頃合いを見てティレニア側の門へと向かおうとしていた矢先、同じ理由で門に向かっていたマヤと鉢合わせする。
マヤは苦笑いを浮かべながら小走りでローズの元へと駆け寄り、「どうやらそっちにもアーリィいなかったみたいね」と、ローズに言葉をかけた。それに対してローズは「あぁ」と困ったような表情で重々しく頷き、マヤと並んで歩き出しながら口を開く。
「ユーリが捜しているほうにいるといいんだが……」
「やっぱり許可証がないと村からは出れないみたいだから、村の中にはいるはずなんだけどね。にしても困った子ね。あっちにいる……かなぁ?」
肩にかけた剣を背負い直しながら、マヤはため息をつく。苦笑交じりの言葉とは裏腹に、彼女の表情はひどく心配そうなものとなっていた。
やはり彼女はアーリィが何も言わずにどこかへ行ってしまったことが、よほど心配なのだろう。
それはローズも同じではあったが、しかしマヤとアーリィの互いを想い合う姿は傍から見てもすぐわかるほど強いものがある。自分以上に不安を感じているであろうマヤを気遣い、ローズは微笑みながら「大丈夫だ。きっといるだろう」と言ってマヤの頭を優しく撫でた。
「な、なによぅ……」
「ん? なにって、なんだか元気がなかったから頭を撫でただけだぞ?」
突然ローズに頭を撫でられ、マヤはとても困惑した表情でローズを見上げた。
ほんの僅か顔が赤いのは、慣れないことをされて照れたのだろう。だが全く気が付かないローズは、きょとんとした表情でマヤを見返した。
一方でマヤは『天然は厄介だ』と、そう思いながら恨めしげにローズを睨む。そして不覚にも少し熱くなってしまった頬を両手で押さえた。
「てか、なんかそれって子供扱いじゃないのよぅ……」
独り言のようにそう小さくぼやくマヤだが、ばっちり聞こえていたローズは苦笑いを浮かべる。
「それは悪かった。俺の母親が昔、こうすれば元気になれると教えてくれたんでな。まぁ、それでつい……」
「ふぅん、そうなんだ」
それを聞いてマヤはなにかいいことを思い付いたのか、両手で頬を押さえたまま突然ニヤリと笑った。




