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神化論  作者: ユズリ
妖精寓話
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幸せの四つ葉 3

 上目使いに見上げると、そこには不思議なことに左右で色素の濃さが違う青の瞳がアーリィを見下ろしていた。その人物の左手には黒薔薇の髪飾り。そして無表情に問う。


「……お前の花か?」


 形のよい唇から発せられた声はどこか甘美な響きを持っていた。


「……返せ」


 不躾な物言いに少しムッとしたアーリィは、立ち上がりながらそういって手を出して相手を睨み付ける。


「おーい、アーリィちゃん~……って、おわっ! すっげぇ美人!」


 アーリィの背後では彼に追い付いたユーリが、オッドアイを持つその人を見て思わず声を上げて驚いていた。確かに彼が驚くように、その人は人並み外れた美人だった。と、同時に人並み外れてぶっとんだ外見でもあった。

 まずその人の髪の毛はありえないピンク色で、肩まで伸びている髪を左右二つに所謂編みこみして束ねていた。そしてその硝子細工のような瞳は、左が濃いサファイアの色をしており、右の瞳は淡い水色をしている。

 すっと通った鼻筋やきめ細かいミルク色の肌、文句のつけようの無い整った顔立ちは非人間的にも感じる。


 一見するとその人物は女性のようなのだが……


「……大切なものなのか?」


 甘いテノールの囁きは、アーリィの遥か頭上から発せられていた。その人物は身長170cmのアーリィよりも頭半分以上身長があるのだ。

 ユーリはその声と、もしかしたら自分よりも有るかもしれない身長に一人悩んでいた。

「……男? 女?」

 世界には180cm以上身長のある女性なんて沢山いるであろうが、しかしアーリィのような例もある。と、いうかこの二人がこうして並んで立っていると、何だか無性に目立った。色んな意味で。


(……なんつーか二人共、無表情で……怖ぇ)


 美人が表情を作らないと本当に怖いと、心の中でユーリは呟いた。



「……さっさと返せ」


 少しイライラしたようにアーリィがそう口にする。すると今までまるで人形のように表情を変えなかったその人は、僅かに唇を歪めた。

 それは何故か、恐怖を覚える冷酷な笑み。

 そしてゆっくりと屈んで、唇をアーリィの耳元へと近付けた。瞬間、唇がさらに歪む。


「……大切なものはしっかりと掴んでいないと、無くなってしまう。……気をつけろ」


「ッ……!」


 愛を語るような声音で囁かれた言葉に、なぜだかアーリィはぞっとするものを感じて思わず数歩後ずさっていた。


「……お前、は……?」


 反射的に敵意を持った瞳でその人物を強く睨み付けながら、アーリィは消え入りそうな声で呟いた。

 だがしかし、それに対してその人はただ無機質な笑みを返すだけだった。

 スッ……と、左手がアーリィの方へと伸ばされる。


「!」


 異質な威圧感に思わずアーリィが身構えると、予想に反してただ左手はアーリィの髪へと近づいて、髪飾りである黒い薔薇をそこに飾ってすぐに離れた。


「ぁ……」


 ちゃんと何時もどおりの定位置におさまった黒薔薇に、珍しく茫然とした顔で謎の人物を見つめたアーリィだったが、次の瞬間再びその表情は険しいものへと変わる。


「……白い薔薇ではないのだな」


「ッ……! 貴様っ」


 その言葉の意味を察したアーリィは呻くように呟く。血色の彼の瞳に殺気の色が浮かんだ。

 ザワッ……と大きく空気が見えない力で揺らめいた。それはアーリィの瞬間的な怒りにマナが強く反応したものだ。

 殺気の込められたマナの力が相手に絡み付く。僅かに異形のオッドアイが細められる。

 しかしそれはすぐに元の心無い表情に戻され、いつの間にか僅かな笑みも消されていた。

 そしてそのまま――あまりに唐突に、呆気なくアーリィに背を向ける。


「なっ……」


 無防備に背を向けた相手に少し拍子抜けしたアーリィは、そのまま無言で白と青を基調としたローブ服を靡かせ立ち去っていく人物を止めることなど出来なかった。というか、あまり止める理由もない。少し気分が悪くなったくらいだ。

 何だったのかと首をかしげながら、しかしアーリィは何故か胸騒ぎを覚えて複雑な表情で長身の後ろ姿を見つめた。


『……気をつけろ』


 頭の中でもう一度リフレインされる言葉に、不吉な予感を感じてアーリィは僅かに目を伏せる。それに、常に感じた不思議なプレッシャー。


「……何なんだ?」


「う~ん……何なんだ……」


「……?」


 ふと後ろで奇妙な唸り声を耳にして、ぱっとアーリィは振り返る。


 「男なのか? 女なのか? 女の方だったら名前を聞くのが礼儀だが、もし男だったら……イヤしかし今の俺はアーリィちゃん一筋で……でもでも」


「……」


 そこにいたのは、アホなことを丸っきり口に出して悩んでいるバカの姿。

 ユーリの口から漏れるくだらない悩みを聞いたアーリィの瞳と態度は、一瞬にして呆れて冷めたものへと変貌した。何と言うかもう、クズを見る目だ。


「お前、さっきから今までそんなくだらないコトを悩んでいたのか?」


「へ……?」


 アーリィの声に反応してユーリは抱えていた頭を上げて彼を見た。

 突き刺さるような冷ややかな視線にユーリは思わず怯えて引き攣った笑いを返す。


「え、何……どしたの? アーリィちゃ……」


「……お前がここまで不必要な存在だとは思わなかった。ホント、いらない」


「!?」


 溜息までついてド級に痛い台詞を吐き捨てるアーリィ。その言葉にユーリは精神的にクリティカルダメージを受けてよろめいた。顔面は蒼白。


「ここまで駄目だとは思わなかった……あ、荷物忘れるな」


 きっちりトドメをさして、ユーリに背を向けてアーリィはまたトコトコと歩き出した。もうユーリはぐったりと大地に突っ伏してとても荷物を持ってついていける様子ではなかったが、アーリィが振り返ることはなかった。





 その頃ローズとマヤは買い出し班とは反対の方向へと歩いていた。

 そこはユーリたちが向かった商店街とは少し雰囲気が違い、埃っぽい街がさらに影を落としたような裏路地へと入っていく。


「やだローズ、こんな薄暗ぁ~い道に女の子連れ込んで……いやらしい!」


 スタスタと薄暗い路地を進んでいくローズに、マヤはニヤニヤとからかうような口調で話し掛けた。そんなマヤのふざけた言葉に、ローズは思わず苦笑いをする。


「アーリィに俺は殺されたくはないから、別にやましいことなどしない」


 ローズの返事に「あ、そぉー」とマヤはつまらなそうな顔で呟き、大人しく彼の後をついていくことにした。



 人も余り歩いていないその路地をそのまま少し行くと、『BAR』と書かれている寂れた木製の看板がぶら下がっているのが見えた。ローズに何処へ向かっているのか問おうとしていたマヤは、埃被った建物にかかったその看板を見て「あぁ」と一人納得する。

 確かに情報収集の基本は人の集まる場所だ。

 大概の場合酒場は、多くの冒険者や情報屋などが集まって情報交換等をする場となっている。ローズはこの余り人のいない街で情報を得るには、やはりまず酒場だろうと真っ直ぐにこの場所へと来たのだった。

 何故ローズが始めて来たはずのこの街で、迷わずに酒場にたどり着いたのかは謎だが。

 多分本人の変な勘が働いているのだろうとマヤは思った。


(……この男はヘンに勘がよかったりするからね)


「ん、ここがこの街の酒場か。大概酒場は裏道にあるものだが、こうすぐに見つかるとはな……よし、マヤ入るぞ」


 ローズは一人納得したように頷きマヤに視線を向けた。呆れ顔でマヤは思わず呟く。


「やっぱり……」


「ん? 何だ?」


「いーえいえ」


 疑問の表情で自分を見返すローズに、マヤは笑顔で「早く入ろ」と促した。




 ギィ……と、軋む汚れた木製のドアを開ける。

 もう夕方に近い時間のせいかちらほらと円形のテーブルでそれぞれに酒を酌み交わす男たちの姿があった。

 するといくつかの視線が二人に注がれる。ローズはさておいて、見た目チアガール風な金髪美少女なマヤは、店内へ足を踏み入れただけで埃っぽい店内では目立つ。何人かの男は怪訝そうな視線をマヤへと向けていた。目立つのがあまり好きではないローズは思わず苦い顔をしながら店内を見渡した。

 一方まったく気にしないマヤは、キョロキョロとまるで子供のように店内を見ては、勝手にスタスタと店の中を歩き出した。ローズは慌ててマヤに声をかける。


「おいマヤ……勝手に……」


「あははー、へーきへーき!」


 ひらひらと軽く手を振ってマヤは返事する。そして一番入口に近い円形テーブルで酒を酌み交わしていた若い二人組の男に近づいた。


「ねーお兄さんたちこんにちはー!」


「ん? 何だお前……」


 焦げ茶色の短い髪の男が怪訝そうに顔を上げる。僅かに顔が赤らんではいたが、まだ出来上がっている様子はなく突然声をかけてきたマヤに、不審そうな視線を向けた。慌ててローズもマヤへと追い付く。


「何の用だお嬢ちゃん。ここはお嬢ちゃんのような未成年はくる所じゃねぇぞ?」


 20代後半くらいの顔立ちで顎に不精髭を生やした男が、麦酒をジョッキで煽りながらからかうような口調で言った。

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