接触、追跡 2
「逞しく成長したあなたたちにも会えたし……本当に全部二人のお陰だわ。ありがとう」
「そんな、いいっスってば。美人を助けるのは男として当たり前ですから」
ユーリは照れたように指先で頬を掻き、そして喉が渇いたのかお茶を啜る。
「そういやこのお茶、なんかいい匂いしますね。ハーブかなんかすか?」
「うん、そうよ。ちょっと前からハーブ作りにハマッててね。ホラ、アーリィさんが今庭で見てるハーブは私が育てたの。で、それで煎れたお茶よ」
ルルゥもハーブティーに口を付けながら、庭を指差しそう説明する。
ユーリは「へぇ」と感心したように頷き、カップの中でゆらゆらと小さく波打つお茶を見つめた。
「……あの人が亡くなった時は生きることさえ億劫だったけど、本当に不思議なものね……今じゃこうしてハーブを育てたりして毎日を心から楽しんで生きてる」
ユーリが顔を上げると、ルルゥも自分のカップを覗き込み、中で揺れるハーブティーを眺めていた。
「あの人を忘れたわけじゃないわ。けど……」
「……」
ルルゥが顔を上げる。
迷いの無い真っ直ぐとした瞳が、穏やかさを持ってユーリを見つめていた。
「あの人……ダインが私の中で優しい思い出になった時、私はまた前を向いて歩けるようになった気がする」
「思い出……」
ルルゥは優しく微笑んだまま、ゆっくりと頷いた。
思い出として――彼女は愛する人との死別という辛い現実を、そう理解することで徐々に乗り越えたのだろう。それは決して楽なことではないが、しかし彼女は長い時間をかけてどうにもならない現実を受け入れた。
『人は過去を乗り越えることが出来る』
「……ある人が、こんなこと言ってたんです」
「え?」
カップをテーブルへと置き、突然ユーリは切り出す。問う瞳を向けたルルゥに、ユーリは微かな笑みを返した。
「人は過去を乗り越えて生きる力があるって。それが、人の力……その人はそう言ってましたよ」
「……そっか」
ユーリの言葉にルルゥは目を細めて微笑んだ。
大切な人の死を乗り越えた彼女。
(……俺も)
自分もいつの日か、あんな笑みを浮かべられるようになるのだろうか……ユーリは彼女の笑顔を眩しそうに見つめた。
「あ、ほらユーリ君! 早くご飯食べないと冷めちゃうわよ? それにローズ君とマヤちゃん、帰ってきちゃう」
「おぉ、そうっすね」
まだ用意してもらった朝食が半分も残っていることに気付き、ルルゥが声をかける。ユーリもハッとして再びフォークを動かし始めた。
その時、俄かに庭の方がなにやら騒がしくなる。急いで食事を頬張る彼の耳に、こんな会話が聞こえてきた。
『ただいまー……って、アーリィ!? な、なにしてるの!?』
『あ、マスターおかえりなさい』
『うんただいま~! じゃなくて……びしょ濡れじゃない!』
『水まきしてました。で、濡れました』
『風邪ひくわよ!? ってゆーか水って……ホースないけど?』
『ないです。魔法です』
『……おいアーリィ、魔法はだめだってあれ『うるさいローズ』
「……ローズたち、戻ってきたみたいだな」
ユーリはパンをかじりながら、外から聞こえるマヤたちの声に苦笑いを浮かべる。
ルルゥもおかしそうに口元に手をあてながら笑って、「ホント、賑やかな人達ね」と呟いた。
「ただいまルルゥさん。やっぱり買い物してたらちょっと時間喰っちゃったわ」
マヤと、そして両手に大きな麻袋を抱えたローズがリビングへと入っている。
ルルゥは「おかえり」と言って微笑み、立ち上がってお茶の準備を始めた。
ローズは荷物を床におろし、マヤはルルゥと入れ代わるようにユーリの向かいの席へと腰を下ろす。
「あら、あんたもやっと起きたのね」
「ん? まぁな」
残りの朝食を口の中へと詰め込みながらユーリは頷いた。
荷物をおろし終えたローズも、マヤの隣の椅子へと腰を下ろす。そして彼は何気ない口調で「昨日は眠れたんだな」と、ユーリへ問い掛けた。
「あ、あぁ」
「そうか、よかった」
なぜか微笑むローズに、ユーリは口にフォークをくわえたまたま首を傾げる。
「ちょっと、食べるんならちゃんと行儀よく食べなさいよ!」
すかさずマヤに注意されユーリは不思議そうな表情のまま、またフォークを動かし始めた。
しばらくしてルルゥが三つのティーカップとポットを手にし、キッチンから出てくる。
「あら、アーリィさんは?」
ルルゥがローズたちの分のお茶を用意しながら問うと、マヤが苦笑いを浮かべながら「なぜかびしょ濡れだったんで、二階で体拭いてます」と答えた。そしてルルゥが用意したハーブティーを有り難く頂きながら、ローズが「そういえば」と切り出す。
「どうやら今日中に出発出来そうだ。もうすぐ復旧作業が終わるらしい」
「へぇマジ? やったじゃん」
「まぁ、早く終わらせないとこの村がマジでパンクするからね。兵も復旧作業がんばったんでしょ」
ユーリが喜びの表情を見せると、マヤも同じように笑みを見せつつローズの言葉に補足する。ローズもさらに「確かお昼頃には大丈夫だと言っていたな」と付け足した。
「それじゃあ今十時だから……あと二時間くらいでお別れね」
ルルゥが近くの椅子に腰を下ろしながら、少し淋しげな笑みを浮かべながら呟いた。マヤが一旦ティーカップを置いて彼女に向き直る。
「ルルゥさんには本当にお世話になりました」
「いいのよ。たいしたお構いも出来ずごめんなさいね」
「いえ、とんでもないです!」
マヤが大きく手を振り、「夕食と朝食、すごくおいしかったです」と頭を下げる。
「そうっスよ~うまかったです。あ、ごちそうさま」
朝食を食べ終わったらしいユーリが両手を合わせ、マヤにつられたようにペコッと頭を下げた。
「本当にルルゥさんには前回といい今回といい、お世話になりっぱなしで……」
「やだ、ローズ君まで……こっちこそ久しぶりに賑やかな夜をむかえられて楽しかったわ。私こそ礼を言わせて」
ルルゥは照れたように頬を染め、そして「ありがとうね」と三人に微笑んだ。
「じゃあ……時間まではゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
ハーブティーに口を付けながら、そう言ってローズは微笑みを返した。
◇◆◇◆◇◆
玄関の置き時計が十二時を示す。
「それじゃあルルゥさん、お世話になりました」
「えぇ。旅、気をつけてね」
玄関先で見送りのために出てきたルルゥへ、マヤが深々と頭を下げる。ルルゥは相変わらず優しげな笑みを向けて頷いた。
「ローズ君とユーリ君も」
「はい」
「えぇ、どうもっス」
ルルゥがローズとユーリに向き直りながらそう声をかけると、二人もそれぞれ会釈を返した。そしてルルゥは「あら?」と声をあげる。
「……アーリィさんは?」
「それが一人でフラッとどっか行っちゃったみたいで、二階にいなかったんです。村は出ていないハズなんで、今から捜しに行こうと思って」
マヤが苦笑いしながら返すと、ルルゥが「まぁ」と驚いた表情をみせた。
アーリィの自由さは皆理解していたつもりだが、それでもここまで自由だとそれはそれで凄い。
ローズは苦い表情をしながら「トラブルだけは起こさないでいてもらいたいな」と、呟く。さすがにそれにはマヤも同意したようで、「そうね」と苦笑しながら頷いた。
「じゃあ、そういうわけで」
「あ、待って。これ、おみやげに持って行って」
マヤがもう一度頭を下げようとした時、ハッとしたようにルルゥが手にしていた白い小袋を彼女へと手渡す。
「これは……?」
「私が作ったハーブとか入ってるわ。えっと、ミントにカモミール、ボダイジュ……あ、そうそう! 少しだけど白豆も入れておいたわ」
「え、 いいんですか?」
嬉しそうに目を輝かせるマヤに、ルルゥは「えぇ」と大きく頷いた。
「ルルゥさん、本当にいいんですか?」
「もちろんよ、ローズ君。こんなことしか出来ないけど、少しでもあなたたちの役に立てたら嬉しいわ」
「とんでもないです。すごく助かります」
ローズは「ありがとうございます」と言って、ルルゥに頭を下げた。
「それじゃあルルゥさん、お世話になりました」
「おみやげまで頂いて、ありがとうございます」
「んじゃーお元気でぇ。体に気をつけて下さいよ」
三人はそれぞれ別れの言葉を彼女へと向ける。




