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神化論  作者: ユズリ
境界線の向こう側
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接触、追跡 1

「ふわぁーあ、ねむ……」


 朝。

 欠伸をしつつ、ユーリは階段を下りる。昨夜は今もたまに見る嫌な夢のせいで途中目が覚めてしまったが、その後はアーリィと話をしたためか普通に眠ることが出来た。"あの夢"を見た後でしっかりと眠ることが出来たのは、今回が初めてだ。ユーリはもう一度欠伸をし、そして大きく腕を伸ばした。


「あらユーリ君、おはよう」


「あ、ルルゥさん」


 ちょうど階段を降りきったところで、洗濯籠を手にしたルルゥと鉢合わせする。

 ユーリは軽く頭を下げて「おはよーございます」と微笑んだ。ルルゥもニッコリと笑みを浮かべ、ユーリへと問い掛ける。


「そうだ、朝食食べる? みんなは一足先に起きて食べちゃったから、後はユーリ君だけなんだけど……」


「え、そうなんですか?」


 そういえば起きた時に、ローズが寝ていたはずの隣のベッドが空になっていたのをユーリは思い出す。ということは、自分は寝坊したということだろうか?


「なんだ、なら起こしてくれてよかったのに」


 ユーリが頭を掻きながらぼやくように呟くと、ルルゥが小さく笑って「ローズ君が『寝かしておいてくれ』って言ってね、それで起こさなかったのよ」と答えた。ユーリは少し驚き「ローズが?」と声をあげる。


「ユーリ君に気を使ったのね。とりあえず朝食今から食べるなら用意するけど、どうする?」


 ルルゥの言葉にユーリは「じゃあ、いただきます」と頷いて答えた。




 ◆◇◆◇◆◇




 昨晩は目一杯の料理で埋め尽くされていたダイニングのテーブルに、今は一人前の朝食が湯気を立てながら用意されている。


「ありがとうございます、ルルゥさん」


「ふふ、冷めないうちに食べてね」


 ルルゥが微笑むと、ユーリは「じゃ、いただきます」と言ってフォークを手にとった。


「そういやローズたちはどっか行ったんスか?」


 やけに静かな家の中の様子に、ユーリはスクランブルエッグを口に入れながらルルゥへと問い掛ける。ルルゥは「えぇ」と頷き、ティーカップとポットを片手にユーリの正面の椅子へ腰をおろした。


「ローズ君とマヤさんは門番さんのところへ、復旧作業の様子を聞きに。ついでに買い物をしてくるらしいから、少し戻るのが遅くなるかもって言っていたわ。アーリィさんは庭でハーブのガーデニングを見ているわよ」


「ふーん……」


 もごもごと口を動かしながら、ユーリは何気なく庭の窓へと視線を向ける。すると確かに、庭にはアーリィの姿があった。しかしよく見るとアーリィはなぜかロッドをグルグルと振り回し、さらにユーリが目を細めてよ~く見ると……


「お、おい……いいのかアレって……」


 アーリィは思い切り魔法を使って、咲き乱れる花とハーブの園に水を撒き散らしていた。もしかしたら本人的にはただ水を撒いているのかもしれないが、しかし見た目はどう考えても『撒き散らす』が正しい。幸いルルゥは気付いていないようなので、ユーリもなるべく平常を装い見なかったことにした。正直「なんで水を撒き散らしてるの?」とか色々疑問はあったが、今は空腹を満たすほうがユーリには優先事項だ。彼は再び正面を向いて、そしてフォークでサラダを口元に運んだ。


「はい、お茶どうぞ」


「あ、どうもです」


 そばに置かれたお茶を有り難く頂く。すると、目を細めて意味ありげな笑みをこちらへ向けるルルゥと目が合った。


「な、なんスか……?」


 お茶と一緒にパンを喉へ流し込みながら、ユーリは目を丸くしながら首を傾げる。


「ふふ……いやぁ、昨日はちゃんと眠れたんだなと思ってね」


 ニコニコと楽しげに笑いながら、ルルゥはそんなことを言う。するとお茶を啜っていたユーリは、思わず小さくむせた。


「ル、ルルゥさん……」


「だってユーリ君、前に泊まった時は夜中に『やな夢見ちゃって』とか言って、一人でフラッと台所で仕込みしてた私のところへ来たでしょ? だから昨日も少し心配して、夜に朝ごはんの用意をしながら台所で待っていたのよ」


 小さく首を傾げながら微笑むルルゥに、ユーリは苦笑いを浮かべて「あー……」と頭を掻く。どう答えようかユーリが悩んでいると、ルルゥも自分のティーカップにお茶を注ぎながら「もう、平気なの?」とユーリに優しく問い掛けた。

 そういえば以前この家へと泊まらせてもらった時も、ユーリは"あの夢"を見て夜中に目が覚めてしまった。そしてどうしても眠れなくて水を貰いに台所へと足を運んだら、仕込みをしていたルルゥが心配して温かいミルクを差し出してくれたな、とユーリは思い出す。


「あはは……まあ……」


 昨日も目が覚めてしまっていたが、変に心配をかけさせたくなかったユーリは、曖昧に笑って頷いた。

 ルルゥは頷く彼の姿に、「ならよかった」と言葉を返す。


「あの時はひどく顔色が悪くてすごく心配したから……でも、今はもう平気なのね」


 まだ完全に……というわけではないが、それでも眠れたということは前よりは大丈夫ということだろう。ユーリはそう思うことにして、無言で微笑みを返した。


「……それに、今は仲間も増えましたから」


「そういえば、すごく賑やかになったわね」


 昨晩の騒ぎを思い出し、ルルゥは控えめながらも楽しげに笑う。


「えぇ。もう一人で色々悩んでる暇なんて全然ないっスから」


 苦笑しつつユーリが答えると、ルルゥは「そっか」と優しい声音で頷いた。

 お茶を注いだ自分のティーカップに口を付け、ルルゥは柔らかい眼差しをユーリへと向ける。


「でも本当、ユーリ君もローズ君も元気そうでよかったわ」


「あれから二年くらいは経ちますもんね」


「そっか……もうそんなに経つのね。どうりで二人共頼もしく見えるわけだわ」


「まぁ俺も二十一ですから。あん時よりかは大人になったつもりっスよ?」


 ユーリが得意げに胸を張ると、ルルゥはクスクスと可笑しそうに笑った。


「そういう所は変わってないわね」


「え、どういう意味っスか……?」


 つっこまれて苦い顔をするユーリを見て、ルルゥはさらに楽しそうに笑った。彼女の笑顔につられて、ユーリも苦笑いを浮かべる。すると不意にルルゥは笑うのを止め、突然真剣な眼差しでユーリを見つめた。

 静かな音を鳴らしてティーカップをテーブルへと置き、彼女は真剣な声音でユーリへとこんなことを告げる。


「……あの時は、本当にありがとう。私を助けてくれて」


 ルルゥはそう言って僅かに目を臥せる。長い睫毛が、彼女の茶色い瞳に薄く影を落とした。


「あの日……夫のお墓参りの帰り道で運悪く魔物に遭遇しちゃって、そして偶然あそこを通り掛かったあなたたちに助けられた……」


 食事する手を止め、ユーリは無言でルルゥの言葉に耳を傾ける。

 ルルゥはあの日を思い出すかのように一旦瞼を閉じ、そして目を開けて真っ直ぐにユーリを見つめた。


「私ね、本当はあの時このまま魔物に殺されちゃってもいいかな……なんて一瞬だけ思ったの。夫が死んでからすごく毎日が辛くて……だから、彼の所へ行けるのならそれもかまわないと、そんなこと思ったの……」


 そう言ってルルゥは悲しげな笑みを浮かべた。


「バカよね、私。私が死ぬことこそ、あの人が一番悲しむことなのに……。でも、あの時は一瞬だけだけど……そう考えてしまったの」


 声のトーンを落とし、呟くように彼女は語った。

 ユーリはルルゥを見つめたまま、彼女を助けた過去の日を静かに振り返る。


 あの日、自分たちはちょうどこの村を訪れようと山道を歩いていた。そしてあと少しでグロッサに着くという所で、巨大なバウンドウルフに襲われている彼女を助けた。それが、彼女との出会いだ。


「だから二人が魔物を倒してくれた時、すごく安心した反面……ちょっとだけがっかりしてしまったの」


 自分のその告白に対して「ごめんなさい」と小さく呟き、ルルゥは申し訳なさそうに頭を下げた。

 慌ててユーリは「いや、いいっスよ全然」と答える。同時に彼は『そういえば』と、なにかを思い出す。それは、彼女を助けた時の記憶だ。背後で震える彼女の瞳は、どこか悲しげな色を宿していた。


「でも……やっぱり今日まで生きていてよかった、私」


「!?」


 ぱっと顔を上げ、先程とは打って変わった明るい笑みを見せるルルゥ。突然予想外な表情を見せた彼女に、ユーリは驚いて目を丸くした。

 記憶の中で淋しげな瞳をしていた彼女は、もうそこにはいなかった。


「あれからつらい時もあったけど、でも段々とまた毎日が楽しくなってきて……今は私、またこうして笑えるようになった。自然に、あの人がいた頃と同じような笑顔を浮かべられるようになったわ……」


 ルルゥはそう言い、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

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