赦さぬ悪夢、鎮魂の歌 6
マナの流れでなにかの気配を察したアーリィは、歌うのを止め無言で背後を振り返った。
「あ、わり……ごめん、邪魔しちゃった?」
「……」
木陰からこっそり様子を伺おうとしていたユーリだったが、完全に気配を消してもマナの流れで周囲の状況を察するアーリィには気付かれてしまったらしい。
ユーリは少々気まずそうに笑いながら「あはは、どーぞ俺のことは気にせず、歌続けてくださいな」と言って頭を掻く。そんな彼を見ながらアーリィは不愉快そうな表情を浮かべ、そして再び閉ざしていた唇を開いた。
「……IceFreEzeFall」
「って、待ってアーリィちゃん! それ歌と違うよね!? なんか戦闘の時によくそんな台詞、俺聞くんだけどなー?!」
明らかに魔術発動の為のスペルを口にするアーリィに、ユーリは青くなりながら慌てて止めに入る。アーリィへ駆け寄りながら彼は、「ごめんなさい! 邪魔してホンットごめんなさい!」と平謝りした。
「何の用だ」
殺気を飛ばし、威嚇するようにアーリィはユーリを睨みつける。ドスのきいたアーリィの声に、本気でユーリはびびりながら「いやぁ」と曖昧な笑みを向けた。
「と、ところでさっきの曲はなんて曲? 歌詞も聞いたことない言葉だけど、共通語……ディルファーナ語じゃないよね? なんだろ……グアルド? ヤッサ?」
「……レーゼベーナ語の……ワード系モンラム」
「は? れ……なに?」
「古代語」
ぶっきらぼうにそう答えるアーリィに、ユーリは「あ、さいで」と頭を掻きながら頷いた。
"古代語"とはマヤから昔説明されたことがあったが、確か旧世界時代よりもさらにはるか昔に生まれた、世界を利用する力を持つ文字――そんなとんでもない話を聞いたことがある。
マヤも詳しくは知らないと言っていたが、彼女やアーリィが魔術を発動するために紡ぐ"古代呪語"も古代語の一つらしい。厳密にいうと古代語そのものは人にはとても理解不能な文字列らしく、それを人にも理解出来て扱えるようにしたのが古代呪語なのだと言う。正直ユーリにはマヤの説明の半分も理解出来なかったが、つまりは古代語にも色々あるということだろう、多分。
「古代語ねぇ……にしてもなんかキレーな歌だな」
ユーリには古代語はさっぱり理解出来ないが、歌はそのメロディや歌声で雰囲気を感じることが出来る。先程の歌に、ユーリは感じたことをそのまま素直に口に出した。
するとアーリィはちょっと意外そうに目を丸くし、数秒の沈黙の後に彼は小さく呟いた。
「鎮魂歌」
「え?」
「今の歌……死者の魂をなぐさめる歌」
感情の読めないアーリィの言葉に、ユーリは一瞬表情を強張らせる。
「それって……」
思わず"ジェクト"という単語を口走りかけ、ユーリは慌てて言葉の続きを飲み込んだ。
そんなユーリの様子など気付かないかのように、アーリィは暗い声でさらに続ける。
「だけど……俺、なんでこんな歌を歌っていたんだ?」
たった今、その疑問に気付いたかのように。心から不思議そうに。
「アーリィちゃん……」
「……なぜ?」
アーリィは眉をひそめ、思考するように黙り込んだ。
あの時以来、アーリィはまるであの街での出来事を全て忘れてしまったかのような反応を自分たちへとみせた。そしてそれが何を意味し、一体何故なのか、今のユーリには何一つ理由がわからなかった。
ふとユーリの脳裏に、この村に着いた時にマヤが呟いた台詞が浮かぶ。
『忘れちゃうのが一番楽なんだろうけど』
本当に、そうかもしれない。
それが"逃げ"でしかないとわかっていても、そうしてしまえたら楽なことはたくさんある。
(俺も……)
余計な思考が浮かんだのに気付き、ユーリはハッとする。思考を振り払うかのように、彼は首を左右に振った。
「な、なぁアーリィちゃん! んなことより、もうだいぶ夜中だよ。寝ないの?」
突然話題をふられ、アーリィは小さく顔を上げる。
「お前はどうなんだ」
あっさりと返され、そりゃそうだと思いつつ「あー……」とユーリは首を傾げて唸った。
「んーと、そうだなぁ……俺は月がこう、あまりに綺麗だったのでついフラッと……」
「フラッとあの女のところへ夜ばいか?」
なぜか鼻で笑いながら、アーリィは突然どきっとすることをユーリ告げる。いや、別にやましいことは何もないのでどきっとする必要はないのだが、しかし思わず驚いてしまった彼は血相を変えて叫んだ。
「よ、よばっ……アーリィちゃん、一体どこでそんな言葉覚えたんだ!」
「お前、なにをそんなに慌ててるんだ?」
首を傾げるアーリィに、ユーリは「いいからそんな言葉、さっさと忘れて!」と真剣に訴える。勿論アーリィは知らん顔で無視した。
「しかしお前は相変わらず……その、存在が迷惑だな」
「うぅ……アーリィちゃんも相変わらずつれないっつーか冷たいね。たまには一欠けらくらい優しくしてくれてもいいと思うんだけどな、俺。たとえばこんなに月が綺麗な夜とか、今とか、今すぐとか」
いつもと変わらぬアーリィの辛辣な台詞にがっくりと肩を落としつつも、一方でその罵倒に少しだけ安心していることにユーリは気付く。本格的に自分の脳を心配しつつ、ユーリは自分に苦笑いした。
「……そうだな」
「ん?」
頭をもたげていると、頭上からいつもの感情の無い冷めた声が降ってくる。だが、彼の言葉はいつもとは違った。アーリィは腕を組みながら、彼へと静かに告げる。
「たまにはお前の戯言に付き合ってやる」
アーリィのその言葉に、ユーリは思わず間の抜けた顔をしてアーリィを凝視した。
「?」
口まで半開き状態のユーリに、アーリィは「どうしたんだ、いつにも増してアホ面になってる」と言って顔を覗き込む。するとユーリは随分間抜けな表情のまま、こんな言葉を呟いた。
「つ、ついにアーリィちゃんが付き合ってくれる……?」
アーリィは無表情に拳を握り、ユーリの腹部へ容赦無くボディーブローをかました。アーリィの無言に一撃を受け、「ゴフッ!」と呻いてよろけるユーリ。
「で、戯言はそれで終わりか? 予想以上につまらなかったな」
「ま、待ってアーリィちゃ……嘘です、もっとお話したいっス、俺」
凍てついたアーリィの視線に耐えつつ、ユーリはまたもへこへこと頭を下げる。
しばらく冷めた瞳でつまらなそうにユーリを見下ろしていたアーリィだったが、やがて溜息をつきつつ「まぁいい」と彼は呟いた。
戯言一つにボディーブロー一発……いつもは魔術の一発か毒吐きが続くのに、案外あっさり(?)お許しが出たことに、ユーリは少しだけ驚く。
「なぁ、アーリィちゃん……なんかあった?」
いつもとは少し違うアーリィの反応に、ユーリは思わずそんな問い掛けをしていた。するとアーリィは僅かに眉を寄せ、「なんかとはなんだ?」と逆にユーリへと問い返す。
ユーリはしばし考え込み、そして大真面目にこう答えた。
「例えば……頭をなにかに強打したとか、落ちてたケーキを拾い食いしたとか」
「……お前は俺に喧嘩を売ってるのか?」
怖い顔のアーリィに睨まれ、ユーリは音速で目を逸らす。
「と、いうのは冗談で……冗談です。すいません」
「……ふん」
だいぶ機嫌の悪くなってきた様子のアーリィに、ユーリは内心で『また怒らせちゃった』と反省する。彼は苦笑を浮かべつつ、アーリィに「ごめん」と頭を下げた。
「せっかくアーリィちゃんが話し相手になってくれるっていうのに、こんな時でも俺は怒らせてばっかだな」
自嘲的な笑みを浮かべ、ユーリは静かに呟く。そのいつもの彼らしくないその言葉に、アーリィもまた小さな疑問を抱いた。
「ユーリ、お前……」
思わず口走りかける。その声はとても小さかったが、『ユーリ』と名前を呼ばれることは珍しいので、ユーリは「ん?」と反応した。
「なーに?」
「……なんでもない」
不機嫌そうにプイッと顔をそらされ、ユーリは困ったように頭を掻く。それ以上アーリィがなにかを喋る様子は無く、沈黙が苦手なユーリは困り果てて「んー」と唸った。
それでも自分から話す言葉はすぐには見当たらず、会話がなければ沈黙は必然的に訪れる。
「……」
沈黙は気まずい。
ユーリはそわそわと視線をさ迷わせつつ、何か話のネタはないかと必死に考えた。
だがどうにも自分が口を開けば、アーリィを怒らせるような言葉しか出ない気がする。
(あー……本日は大変お日がらもよく……ってわけわかんねぇよ! んじゃあご趣味は……って見合いじゃねぇかこれじゃあ!)
一人脳内で漫才を繰り広げつつ、ユーリが悶々と悩んでいると、意外なことにアーリィの方から沈黙が破られた。
「お前は本当に変なやつだ。普段は黙れと言ってもうるさいのに、会話してやるといえば今度は黙り込む……お前、なにがしたいんだ?」




