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神化論  作者: ユズリ
最後の審判
521/528

これからもこの場所で 1

 かつて、審判の日という大災厄がこの世界を壊した。

 "神の怒り"が、このリ・ディールという世界に滅びの審判を与えたのだと、そう人々は話した。人々の多くは"審判の日"の真実を知らないが、しかし人々が噂した"審判の日"という大災厄の理由は間違いではなかった。その通りだったのだ。狂える神の怒りが、リ・ディールを滅ぼそうとしたのだから。


  争いを繰り返し、身勝手な欲望で生きるようになった人に神は"心"を傷つけられ、そして絶望したのだ。だから神は人と、その人が支配するリ・ディールという世界に神としての裁きを下したのだ。それが審判の日の真実。

 そしてその日を境に、この世界からマナという不可視のエネルギーが大きく減り、人はマナと魔力によって生み出す"魔法"という力を失った。それだけではなく、審判の日以前の発達した機械技術なども、神の怒りによってそのほとんどが消失し、人は様々なものをあの一日で失ってしまった。それほど人に絶望した神の怒りと憎悪は強いものだったのだろう。そしてマナの恩恵が乏しくなった世界は徐々にだが、しかし確実に衰退の道を辿っていた。


 それから……審判の日以前の世界から旧時代と呼ばれるようになって、人々が壊れかけたこの世界で、世界が負った傷に気付きながらも知らぬふりをしながら、いつかの幸福を求めて生きてた現代。

 やはり人々の多くは何も知らぬまま、このリ・ディールは二度も怒れる神によって滅びの危機に晒された。だがそれぞれの危機を阻止した者たちがいて、人々はそれを知らぬままに今日もそれぞれの日常を過ごす。この世界の幾度の危機同様に、彼らの多くはこの世界がほんの少し変わったことに、今はまだ気付かない。気付かないままに人々は、ここに生き続ける。同じ日常に退屈を感じたり、この先という未知に不安を抱いたり、あるいはそこに希望を抱きながら、人々は今日もこのリ・ディールという"星"で命を刻み続けるのだ。



 かつてこの世界には、神が存在していた。





  突き抜ける青い空と混じりの無い白い雲、そして地平線まで輝く波少ない穏やかな海が窓の外には広がっている。

  吹き抜ける風は心地よく、暖かい。


「う~ん、いい天気!」


  窓から吹き付ける優しい風を真正面から受け、彼女は艶目く黒髪をそれに靡かせながらそう満足そうな表情で大きく声をあげる。すると窓の外を見ていた彼女の背後から、彼女に語りかける声が発せられた。


「いい天気で……出発日和ですね、アゲハ」


 アゲハと、彼女の背後から差し込む日の光に眩しそうに目を細めながら、リーリエがそう声をかける。アゲハはいつもの彼女らしい見たものを励ます明るく元気な笑みで、声をかけたリーリエへと振り返った。


「はい! よかったです、天気で。気持ちよく帰郷出来そうですよ!」


 アゲハの返事に、リーリエもどこかぎこちないが、しかし彼女の今出来る精一杯の微笑みを返す。


「荷物、一杯ですね……」


「えへへ……これでもだいぶ減らしたんですが、結局こんなことに……」


  二人が語り合うここは、ヴァイゼスの施設のアゲハにあてがわれていた部屋だ。そう、それはもう過去形だった。アゲハは今日、この部屋を出ていく。そしてリーリエも近く、このヴァイゼスを出ていく予定だった。何故ならばヴァイゼスという組織は、数日前に代表ジューザスの判断によって解散となった為だ。目的としていたことを――完全とは言えなかったが――果たした彼らは、"ゲシュ救済"という目的の為に作られた自分たちの組織を、かつての過ちの過去と共に終わりとした。そして彼らは、それぞれの新たなこの先へ向けて動き始める。


「アゲハは故郷に一度戻るんですよね……」


「はい! ……そろそろ私、あっちに戻らないとまずいので……おじいちゃんがとっても怖いんですよー。で、私がなかなか戻ってこないから怒ってるって、お母さんからしょっちゅうそんな手紙が来てて……はぁ、武器もおじいちゃんの勝手に借りてきちゃってるし、帰ってからすごく怒られそうでヤダなぁ……」


 アゲハは溜め息と共にそう答え、「そういえばリーリエさんはどうするんですか?」と、今度は逆にリーリエへと問う。リーリエは少し迷うように沈黙した後、弱くまた微笑んでアゲハへこう答えた。


「……わたしも、一度故郷に戻ってみようと思っています」


「え?! そ、そうなんですか……」


 リーリエの答えに、アゲハは目を真ん丸にして驚く。何故ならリーリエにとって彼女の故郷は逃げたいくらいに辛い場所であったと、アゲハはそれを知っていたからだ。するとリーリエは驚くアゲハに、笑ってこう言葉を続ける。


「逃げてばっかじゃダメですから……少しの勇気を、わたしはここで学びました。昔のわたしは故郷では色々言われっぱなしで、そのまま逃げてきちゃったんです……だから今度はあの場所に戻って……少し勇気を出して、言い返してみようかなーって……」


 リーリエははにかむ笑みをアゲハに向けながら、「なんて、わたしに出来るかまだわからないんですけどね」と言葉を付け足す。それを聞いたアゲハは咄嗟に、「で、出来ますよっ!」と握り拳を作りながら力強くリーリエへとそう返事をした。


「はわ……そ、そうですかね……?」


「はい、そうですよ! 今のリーリエさんなら間違いなく大丈夫です!」


  何故か自分以上に真剣になって自分を励ましてくれるアゲハに、リーリエは心に温かいものを感じながら「ありがとうございます」と礼を言う。


「アゲハにそう言われると……やっぱり自信、持てますね」


「え、そ、そうですか? それはとっても嬉しいですよー」


「ふふっ……アゲハもお祖父様に怒られないといいんですけど」


「わわっ、思い出しちゃった! うーん……私も故郷に帰るの、とっても勇気がいります……でもでも、私も頑張りますよ!」


  凛々しい表情で自分に気合いを入れ直すアゲハに、リーリエは可笑しそうに笑みを溢す。そうして彼女は「お互いに頑張りましょうね」とアゲハに告げ、アゲハもそれにまた力強く「はい!」と返事をした。


「あ、そうだ! あっちについたら、リーリエさんにお手紙書きます!」


「そうですか? じゃあ、家の住所教えますね……えっと、アサド大陸の……」



  晴天の空は、確かな勇気と共に新たな出発をする者たちを祝福する。





「う~ん……やっぱり可愛い女の子な見た目がいいよなー。いや、待てよ……今のトレンドはメカメカしい機械と女の子の融合したデザインか……」


「エル兄、変なもの設計しないでよ?」


 ヴァイゼスの研究室では以前と変わらぬ日常のように、エルミラとレイチェルが何かを話しながら作業していた。

 ヴァイゼスという組織は解散となったが、しかしこの建物自体はまだずっと残るし、彼らはここでまだやらなくてはならないことがあるために、もうしばらくここに残ってその『やらなくてはならない事』をやる予定だった。そして今は、その作業の最中。


「変って……オレが変なもの考えるわけ無いだろー?」


「……エル兄、それ冗談で言ってる?」


  物凄い不審の目を向けてくるレイチェルに、エルミラはひどく傷ついた様子で「冗談って何だよ、本気だよ!」と言葉を返した。


「本気って……なお悪いじゃん。エル兄ってば超合金ロボとか惚れ薬とか、他にも色々と迷惑な発明品を作ってたけど、あれ大真面目に作ってたんだ……うわぁー引く……」


「ちょ、なんだよその非難の目は。まぁとにかくアレだよ、今回はそもそもそういう発明品作ろうとしてるわけじゃないんだから。レイチェルが心配するような事にはならないよ」


 エルミラは苦笑しながらそう言って、手元の白い紙に何かを描き始める。レイチェルはエルミラの側に座り椅子を寄せ、彼が紙に描く何かを静かな興味を持って見守った。やがてエルミラの手が止まり、彼は「どうだ!」と言ってたった今紙に描いた何かをレイチェルによく見せる。エルミラから紙を受け取ったレイチェルは、そこに今エルミラが描いたものをじっと見つめ、彼はやがて感心半分呆れ半分にエルミラへとこう言った。


「エル兄……こういう女の子の絵、一体どこで覚えるの?」


 エルミラが紙に描いていたのは頭身の低い、非常に幼い印象を与える女の子の絵だった。現実の女の子よりもだいぶデフォルメされた絵柄で描かれた女の子は、何処と無く"あの人"の面影があるような、無いような……


「どうだよ、これ! 可愛いだろ? これで決定だろ、新ミレイのデザイン!」


「うーん……」


 そう、二人は新たな命を宿すミレイを造る為に、もうしばらくこの場所に残ることにしていたのだ。そしてたった今エルミラが紙に描いた少女の絵は、彼いわく新たなミレイの体のデザインらしい。


「……なんか、ミレイ……ちょっと幼すぎない?」


「えー? そうか? でもさぁ、また一からオレたちが色々教えていくんだし、やっぱり最初からでかいよりはちっちゃい子の方が合ってると思うんだけどなー」


「むー……そう、か……」


 エルミラの描いたデザインは若干気になるところがあったレイチェルだが、でも確かにまた一から様々なことを覚えていくのがら、子供の姿からというエルミラの主張には同意できた。


「まぁ……いいか……うん……」


  少し無理やりだったが自分を納得させ、レイチェルは一応エルミラのデザイン案を了承する。


「で、これを造るのは僕なんだよね……」


  新たなミレイの体を機械仕掛けで造るのは、勿論レイチェルだ。旧時代の機械技術の多くを知識として知る彼は、エルミラのサポートと合わせて新たなミレイの器を創造する意欲に燃えていた。またミレイと語り合えるかもしれないという希望に懸けて、二人はミレイの再生へと取り組んでいた。

 そうして目覚めた新たなミレイはレイチェルたちの知るミレイでは無いだろうが、しかしそれでもよかった。"アーリィ"というアンゲリクスの奇跡を間近で見た彼は、最初は何も知らないミレイでも、やがては別れの直前の時のような人らしさをまた自分に見せてくれるようになるだろうと、そう信じていたから。


「大丈夫大丈夫、オレもついてるんだし。なんてったってオレは超天才……」


「はいはい、わかってるよ。エル兄、頼りにしてるからね」


「おぉ、任せろって」


  胸を張って自信を示すエルミラに、レイチェルは苦笑しながらも、しかし自分は何だかんだでこういう彼をとても頼りにしていると自覚する。


「コアを起動させる魔力は、アーリィが分けてくれるって約束してくれたし……」


「うん。でもさぁ、アンゲリクスが他のアンゲリクスのコアに魔力を与えるなんてことが出来るんだね」


「ん? まぁ、魔力なら何でもいいからね」


「う~ん……」


  話しながら、エルミラはまた別の紙に何かを描き出す。先ほど彼が描いた少女の顔が今度はとても楽しそうな、あるいは嬉しそうな笑顔になって描かれ、レイチェルはそれを見ながら自然と期待に頬を緩めた。


 あの"審判の日"までに、自分たちは世界再生の為の代償として多くを失った。例えば、尊い仲間の命。だけどそれに悲しむだけでは先へは進めない。ミレイや、あるいはほんの少し変わったこの世界の希望と共に、今は前を向いて進むのが正解なのだとレイチェルは思う。


「で、だ。新ミレイの必殺技はやっぱり定番にイカしてるロケットパンチ……いや、バズーカだよな!」


「ちょっとエル兄、ミレイで遊ばないでよ!」


「遊んでなんかないぞ! オレは真面目に新しいミレイをかっこよくしてやろうって考えてるんだから!」


「かっこよく? さっきは『可愛く~』とか言ってたのに……」


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