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神化論  作者: ユズリ
境界線の向こう側
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赦さぬ悪夢、鎮魂の歌 1

 ひどく足場の悪い細い山道を、一台の小型の馬車が走っていた。

 ガタガタと座席に振動が常に伝わり、はっきり言って乗り心地はいいものではない。

 そして小さな丸い窓から見える景色もまたこれといって珍しいものではなく、むしろ灰色の切り立った岩壁ばかりが続くのにはうんざりさえする。


「はぁ……やだなぁ、物騒な仕事なんて……」


 色々な悪条件が重なり、男は乗り心地の悪い座席へ座り直しながら大きな溜息を吐き出してぼやいた。直後少し大きな振動が座席へと伝わり、男の燃えるような赤い髪が軽快に跳ね上がる。男は顔をしかめて呟いた。


「しっかし揺れるね、この馬車。オレ、すんごく腰痛いんだけど」


「仕方ないよ、ここ山道だもの。でもあと一時間ちょっとでグロッサに着くよ」


 男の向かいの座席に座る14、5歳ほどの少年が欠伸まじりに答え、先程から文句を垂れる男の言葉に付き合ってあげる。少年はついでに濃い翠の色を窓の外へと向け、灰色の岩肌をぼんやりと眺めた。


「グロッサに着いたらアンジェラへ入国手続き。そしたらミレイの情報からガルガト周辺を調査。予定はそんな感じでいいんだっけ?」


 窓の外を眺めたまま少年が男に問い掛けると、男はげんなりとした表情を見せた。


「えぇー! グロッサで少し休まないかぁ? オレ、腰痛いんだってばぁ……」


「もぅ、情けないなぁ。いっつも暗い研究室に引きこもってるからだよ。少しは体動かさなきゃ。あ、今回はいい機会だね」


 少年に説教混じりに返され、いい大人の筈の男はシュンとしながらうなだれた。


「あのねー、オレはインテリ派なの。知識人。労働には向かないんだよぉ~」


 ぐだぐだ嘆きつつ、男は黒いコートの腰ポケットに手をやる。そこに入っているものの形を手探りで確認し、彼はまた溜息をついた。


「はぁ、本当に勘弁してほしいよ。こんな物騒なもんまで持たされてさぁ……やだやだ」


「諦めなよ、エル兄。命令なんだから、頑張ろうよ」


 やる気なさ気に嘆く男とは反対に、少年は割り切った表情で窓を眺めたまま男へそう声をかけた。

 そして少年は何かに気付いたように窓を開け、馬車の外へ身を乗り出す。


「おいレイチェル、危ないぞ」


 思わず男が注意すると、少年は笑って「平気だよ」と答えた。

 少年は短い赤茶けた髪を風に靡かせ、段々と灰色の岩肌以外の景色が見えてきた外を見渡して言った。


「ほらエル兄、そろそろ山脈も終わるよ。もう少しでグロッサだ!」


 少年は男と同じ黒のコートをバタバタと風ではためかせながら、嬉々とした声で男へと告げた。

 男も窓枠に頬杖をつきながら、少年の言葉に外を見遣る。


「国境の村・グロッサか……」


 急速に変わりゆく景色を遠い目で見つめつつ、男はぼんやりと呟いた。


「さて、一体どうなるのやら……」




 ◆◇◆◇◆◇



 ボーダ大陸・ディル山脈付近

 ――国境の村・グロッサ(アンジェラ王国側)




「……ここが、国境の村・グロッサだな」


 大きな木製の門を見上げながら、ローズが呟いた。彼の隣ではマヤも同じ門を見上げ、「大きな門ねぇ」と感慨深げな様子で感想を漏らす。


 アンジェラの王都・ヴェロニカを4日程前に出発し、しばらく野宿を続けながら4人が目指したのはここ、アンジェラとその向こうに広がる大平原・カペラ平原、そしてボーダ大陸最大の領土を誇るティレニア帝国を繋ぐ、国境沿いの村・グロッサ。

 巨大な木製の門がそれぞれアンジェラ側とカペラ平原側にあり、アンジェラへ入国する者や逆にティレニア帝国へ入る者などは、必ずこの村で検問を受けることとなる。ただマーダーやその他犯罪者などは堂々と検問を通ることはせず、隣国へ入る時は危険を覚悟で全く整備されていない山脈を無理矢理越えたりするのだが、ローズたちのような一般的な旅人は、特になにか問題でもなければすんなりと入国許可が下りる。そのためこの村を経由すれば、整備されていて兵士も配置されている安全な山脈道を通れるため、まずはここへ立ち寄るのだ。


「お兄さんたち旅人さんかい? だったらまず入国審査の為にここで受付してるから、誰か代表一人でいいから来てくれよ」


 ローズたちが門の前で立ち尽くしていると、その側で古びた鎧を身につけた中年の男が、大声で4人へと呼び掛けてくる。それに気付き、ローズはマヤへ「じゃあちょっと行ってくる」と言い残し、入国手続きのために立ち去って行った。


 アンジェラではこれといってめぼしい"パンドラ"の情報が得られなかったため、再びマヤの提案で隣国のティレニア帝国へと入ろうということになった4人。


 ティレニアへ入る人間が一旦足止めされるアンジェラ側の門の前では、マヤたちの他にもいくつかの旅人と思われる人々が、近くの岩に腰を下ろして休んでいたり立ち話をしていたりしていた。

 そんな周囲の様子をぐるりと見渡しながら、マヤは少し疑問を抱いて「なんだか人が多いけど、みんなティレニアへ入る人かしら?」と、近くのユーリへと問い掛ける。ユーリは「ん?」と気のない返事をしながら、彼も今気付いたように少し異様な周りの人の多さに首を傾げた。


「そーいわれりゃ……俺、昔この村へアンジェラへ入る時に立ち寄ったけど……旅人ならさっさと審査して、入国許可なんて下りちまうからこんなには混まないはずだぜ?」


 たまに旅人らしい人が門の中へと入っていくが、どうもそのスピードが遅い。ユーリはその様子に「なんかトラブルでもあったんじゃねぇの?」と呟き、眉をひそめた。


「そういえばユーリ、アーリィは?」


 近くに姿の見えないアーリィに気付き、マヤはハッとしたように辺りを見渡してユーリに問う。ユーリは直ぐに遠方の木陰を指差して答えた。


「アーリィちゃんならさっきふらっと一人であそこ行って、木陰で休んでるぜ」


 ユーリの指差す方向へとマヤが慌てて視線を向けると、確かに大きな木の下で一人アーリィが、遠くを見つめながら腰を下ろして休んでいた。


「いつの間に……ま、よかった。迷子とかになってなくて」


 アーリィの姿を確認したマヤが安心してホッと胸を撫で下ろすと、反対にユーリが心配そうな視線をアーリィへと向けて呟く。


「でもよぉ……アーリィちゃん、やっぱ変だぜ? なんか……」


「……」


 ユーリの一言に、マヤもすぐに表情を曇らせる。


 ヴェロニカを出てからのアーリィの様子の異変は、確かに少し気にかかるものだった。

 いつにも増してボーッとしていたり、戦闘中も集中出来ないのか判断が鈍るようで、最近は怪我も多くなった。話し掛ければ返事はするし会話にも積極的ではなくとも参加するが、やはりどこか上の空なことが多かった。


「よっぽどショックだったんだな、あの小僧のこと」


 後にローズやマヤに、あの街での一件を大体は聞いたユーリ。彼はそう言ってマヤに視線を戻す。マヤは軽く溜息をつき、目を閉じて「そうね」と一言だけ返事を返した。

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