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神化論  作者: ユズリ
白の庭
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届かぬもの、忘却の 9

「? ……アーリィちゃん?」


 さすがのユーリもこれには確実な違和感を覚える。一切の反応を示さず、ただこちらを見つめるアーリィを不思議に思い、ユーリは心配そうな声で問い掛けた。


「一体どうした……」


 そこまで言いかけて、彼は何かを思い出した表情となる。そして辺りを見渡しながら、彼は独り言のように呟いた。


「そういやアーリィちゃん、ジェクトとかいう小僧は……?」


「……っ!」


 "ジェクト"という言葉に、アーリィは一瞬衝撃を受けたかのように体を震わせた。だがアーリィから目を離していたユーリは、アーリィのその様子には気付かない。


「たしかそのガキ探しに行ったんだよな? んで、見つかった?」


 陽気な笑みを浮かべつつ、ユーリはアーリィの顔を覗き込むように見る。するとその時初めて、アーリィはユーリに対して反応を示した。


「……ジェクト?」


 低く呟く唇が、ゆっくりと毒々しい弧を描く。


「それ、誰?」


「え……?」


 呆然とし立ち尽くすユーリに、アーリィは首を傾げながら壊れた笑みを浮かべた。




 ◇◆◇◆◇◆




 心地よい風が優しく頬を撫で、そして心安らぐ香りを辺り一面に運んでいく。

 真っ白なマジカの花がその風に吹かれ、花畑に立つマヤとローズを大きく包み込んだ。


「……綺麗ね」


 花びらが風に吹かれて天高く舞い上がる。それを眩しそうに見上げながら、マヤは呟いた。

 隣で同じ光景を見上げながら、ローズも「あぁ」と頷く。


「ここ、ジェクトが大好きだったんだって。……アーリィが言ってた」


 アーリィと別れる直前彼女へ告げられた彼の願いは、ジェクトをこの場所にもう一度連れていってあげてほしいという言葉だった。

 二人が立つマジカの花園の中心、そこにはアーリィの望み通りもう一度ここへと連れてこられたジェクトが眠る。清らかな白の花に抱かれたここに、少年の亡きがらはマヤとローズの手で丁寧に埋葬された。


「……泣かないんだな」


 空に舞う雪のような花を見上げながら、ローズは唐突にマヤへと問う。

 マヤもローズを見る事なく、天を仰いだまま苦笑いを浮かべた。


「泣くと思った? ……涙なんて忘れたの。もう、ずっと昔に」


 そう言ってマヤは初めてローズへと視線を向ける。同じタイミングでローズもマヤを見て、「そうか」と頷いた。


「さぁて……どうしよっか、これから」


 ローズを見つめたまま、マヤが小さく笑って首を傾げる。マヤの問いへと答える変わりに、ローズはふと思い出したようにズボンのポケットを探った。


「そうだマヤ、これ……」


「なに?」


 ポケットから手を出し、ローズはスッとマヤへ拳を突き出す。そしてゆっくりと掌を開けて見せた。


「ペンダント?」


 ローズの手の中でキラキラと輝くのは、緑色の宝石が埋め込まれた銀細工の繊細なペンダント。


「ジェクトがずっと握っていたんだ。たぶん、これをアーリィに渡したかったんじゃないか?」


 そう言ってローズはマヤの手をとり、ペンダントを彼女の手に握らせた。


「だから、アーリィに渡しておいてくれ」


「……」


 淋しげに瞳を伏せ、マヤは自分の手の中で煌めくペンダントを見つめる。


「……そうね。でも、そのうち……今はあの子、ショックの方が大きいと思うから」


「そうか」


 ローズが頷くと、マヤは「ありがとう」と言ってペンダントをスカートのポケットへと仕舞った。そうして彼女は再び正面を向き、風に絡まる髪を掻き上げる。遠くを見つめながら、彼女は口を開いた。


「……結局、世界は何も変わらないのね」


 強い風が吹き付け、一層辺りに柔らかなマジカの花の香りが漂う。


「ジェクトが死んで、悲しむ人がいて……でも、それも世界にとってほんの一部の出来事に過ぎない。世界は今も変わらず、残酷な程普通に存在を続ける。仕方ないことだけど……なんか、哀しいね」


「……」


「アタシたちも、これからも変わらず探求の旅を続けるのよね」


「……あぁ、そうだな。それが目的で、そして俺にはそれしか選択肢がない」


 ローズが頷くと、マヤは淋しげな微笑みを向けた。


「悲しむだけじゃ、先には進めないからな」


「……そっか。……そう、だね」


 微笑んだまま彼女は小さく頷く。そうしてマヤは一度大きく伸びをして、胸一杯にマジカの香りを吸い込んだ。


「んー……じゃ、そろそろ戻ろ。旅の準備もしなきゃ」


 そう言ってマヤはゆっくりと花畑を歩き出す。だが彼女は一度立ち止まり、振り返って立ち尽くすローズに「行こ?」と声をかけた。


「……なぁ、マヤ」


「なぁに?」


 相変わらず寂しい影を宿した笑みを向けて、マヤは返事をする。

 ローズは何か一瞬躊躇いを見せるも、真剣な表情を浮かべて彼女に言いかけた言葉の続きを告げることにした。


「俺が旅を……パンドラを探す理由は……」


「……」


 六歩。その距離が、今の二人の距離。

 六歩という短いようで長くもある二人の間に、吹雪のように白い花びらがいくつも舞い散った。


「ただ……」


「いいよ、言わなくて」


 ローズの告白を途中で遮り、マヤは首を横に振った。


「ローズがどんな理由でパンドラを探していようと、アタシはついていくって決めたから……だから、いいよ」


「マヤ……」


「アタシのこの力の全てであなたを助け……守るから」


 街の喧騒から離れた静かな白の庭で、マヤの強い言葉は辺りに稟と響いた。


「だから、行こう?」


 柔らかな少女の笑みが、白い花が舞い散る中見えた。


「……」


 そう、悲しむだけじゃ前には進めない。

 それだけじゃ、自分は”あの時”と変わらない。


「……あぁ」


「もう少し、この理不尽な世界で旅をするよ。……あなたと一緒に」


 あらためて一歩を踏み出すローズに、マヤは笑って手を差し延べた。




 ◇◆◇◆◇◆




「……」


 一人暗い部屋に篭り、アーリィは窓辺に立ち尽くして空を眺めていた。

 部屋のドアの前で何度かユーリが心配して声をかけてくるも、アーリィは気付いていないようにひたすら空を見つめ続ける。空虚な心は何も感じない。


『忘れなさい、全て。この街での出来事は一切忘れるの』


「……忘……れる……」


 ぽつりと呟きながら、アーリィはなんとなく窓を開け放つ。

 すると強い風が吹き込み、どこからか白い花びらが数枚甘い香りと共に部屋の中へと流れてくる。

 それをぼんやり目で追いながら、アーリィはどこかで嗅いだような優しい香りに反応した。

 窓枠に手をかけ、彼は身を乗り出して息を一杯に吸い込む。


「……なんだっけ?」


 なにか大切な記憶だった気がしたが、しかしもうアーリィにはなにも思い出せない。

 もう一度だけアーリィは、胸一杯に深呼吸をした。



 白い頬を透明な雫が筋を作り――落ちた。



【届かぬもの、忘却の・了】

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