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神化論  作者: ユズリ
妖精寓話
5/528

幸せの四つ葉 2


「……」


「まずはどこ行く? 道具屋?」


「……」


「それとも先、食料買いに行く?」


「……」


「……アーリィちゃん?」


「うるさい、話し掛けるな」


「……うぅ」


 ギロリと睨まれユーリはがっくりと落ち込みながら、先をスタスタ歩くアーリィへと続く。とぼとぼと肩を落とす姿が本気で哀れだった。

 そんなユーリに目をくれることもなくアーリィはマヤに言い付けられた買い物をさっさと済まそうと、足早に店を探した。すると再びトーンの下がりきったユーリの声が背後からする。


「……ねぇアーリィちゃん……そんなに俺の事嫌い?」


「あぁ」


「うぐっ……」


 間髪入れずに肯定したアーリィにユーリはうっすらと目に涙を浮かべた。

 とぼとぼと、今にもきのことか生えそうな陰気臭い暗さでユーリは大人しくアーリィについていく。

 今回もアーリィと進展はなく、マヤに無駄に3万ジュレ払って終わりそうだな……と、ユーリは溜息をついた。





「いらっしゃいませー!」

 若い女性の声が二人を迎える。少し薄ぐらい店内は淡い光のランプが照明となっており、棚の商品を照らす。その棚やショーケースの中には様々な薬や道具が陳列されていた。

 初めに道具屋へとよったユーリとアーリィだが、予想以上に品揃えのいいこの店に二人は驚き、そして珍しそうに商品棚の中を覗く。

「へー……しけた街だと思ったけど、けっこうイロイロと揃ってんじゃん」

 ユーリはそう呟きながら、近くの棚に陳列されていた金緑石の原石を珍しそうに手にとりながめた。

 一方アーリィも珍しく驚いたような表情で、ショーケースに入っている紫の小瓶を見つめて呟いた。


「すごい、魔法薬まである……誰が調合したんだろ?」


 魔法薬とはその名のとおりマナの力が凝縮されていたりする、魔法の力を秘めた薬である。主にマナの集まる地形等の霊水で出来るソレは、マナの枯渇した現代では非常に貴重かつ高価な代物だ。さすがのアーリィも貴重な魔法関係の品となると興味を示しじっと見つめていた。5万ジュレと値札の貼られたソレをどこか物欲しそうに。



「……この街は見てのとおり何もないでしょう? どうしてそんな貴重な品があると思います?」


「え……?」


 突如声をかけられてアーリィは顔を上げた。清楚な笑みを浮かべた20代後半の店主の女性は、アーリィの見ていた魔法薬の瓶を指差して言った。


「近くの鉱山……今はわけあって閉鎖してるんだけど、そこはまだ微かにマナが溜まってて、そこの泉の水で作られていたのよ。今は鉱山の閉鎖で在庫が無いからこんなにも高価だけどね」


「……鉱山」


 話を聞いてるんだか微妙な態度で魔法薬を見ていたアーリィだが、ちゃんと聞いて理解したらしく成る程といった顔で曖昧に頷いた。


「何なにー? 俺も仲間に入っれてー!」


 ひょいっとユーリが二人の間に割って入る。アーリィは心底迷惑そうな顔で、ジロッとユーリを睨む。


「俺の横に立つな、普段の倍殺したくなる……」


「ご、ごめんなさ……」


 本気で殺気の込められたアーリィの視線と声に、ユーリは青ざめて2、3歩後ろへ下がった。

 そんな二人の様子を不思議そうに眺めていた女性だったが、店のドアが開く音に再び笑顔で「いらっしゃいませ!」と声をかけた。二人も反射的にそちらへと振り返る。そこに立っていたのは短い茶髪がやんちゃそうな印象の少年の姿。


「あら、クゥ君! いらっしゃい! フィーナなら今起きてると思うからどうぞ」


 にっこりと微笑みながら女性は少年にそう言った。クゥと呼ばれた15、6の少年は、悪戯っぽい笑みを返しながら、手にしていた麻の大きな袋を女性へと手渡す。


「ありがとうリナさん。あとコレ……今日調合した薬草」


「いつも悪いわ。有難う」


「イエ、こちらこそ。じゃ、俺フィーナの所に行ってきます」


 クゥはそう言うと足早に店の奥の階段で二階へと上がって行った。

 それをじっと見つめていたアーリィが、ポツリとリナに言う。


「……あいつが魔法薬調合したのか?」


「え? あ、それは違うの。魔法薬は彼の亡くなったご両親が調合してくれたの。クゥ君は今ここで売ってる薬草とかを調合してくれているのよ」


 リナはにっこりと微笑んで、アーリィの問いに答えた。

 アーリィは「ふぅん」と曖昧な返事をしてクゥが去っていった奥の階段を見つめる。


「……私の妹……フィーナっていうんだけど、体が弱くてずっと寝込んでいるのよ……。クゥ君もご両親を最近あの閉鎖した鉱山で亡くして一人で大変なのに、ああして毎日妹に会いに来て、話し相手になってくれてるの」


 リナの独り言のような呟きに、ユーリがニヤニヤと笑う。


「ははぁ~ん……そりゃアレだ。あのガキは妹さんに惚れてるんだな。いいねぇ青春! 俺も一生涯愛に生きるぜ!」


「……年中頭が沸いてるお前と一緒にされるとあの子供も不憫だな」


 さりげなく肩をだこうとしてきたユーリをスルーしながら、アーリィは辛辣に言い放つ。

 めっこりヘコんだユーリをいつも通りの放置プレイでほっときながら、アーリィはとりあえずさっさとマヤに頼まれた買い物を済ませることにした。




 コツコツ……と小さな足音に、ベッドの上で窓の外を眺めていたフィーナはぱっと顔を輝かせて顔を上げた。その人物の訪問を今日は、今か今かと待ち侘びていた幼い少女はベッドから起き上がり、部屋のドアが開くのを待つ。


(……クゥ君、まだかな?)


 少女はほんのりと、青白い肌色の頬を赤色に染めて彼の訪問を期待した。

 そしてすぐに望んでいた訪問が訪れる。




 ――コンコン


「……クゥ君!」


「お邪魔するよ、フィーナ」


 待ち兼ねた少年の声に、フィーナは思わず身を乗り出して彼を迎えた。


「今日はまだかなって、ずっと起きて待ってたのよ」


 フィーナの言葉にクゥは「ごめん」と、頭をかく。そしてベッドの近くに膝を着いて座った。


「今日は薬調合してたから遅くなっちゃって……」


「わかってるわ。それがクゥ君のお仕事だものね。それよりもこうして毎日私の所に来てくれるコトに感謝しているわ。ありがと、クゥ君」


 にっこりと嬉しそうに微笑むフィーナにクゥは僅かに頬を朱色にして、彼女にぎこちない笑みを返す。フィーナはふわりとしたプラチナブロンドの髪を指先で弄びながら、そんな優しげな彼の反応に目を細めて喜んだ。


「……ねぇクゥ君、今日も何かお話して? お外のコトとか……」


「え……う~ん、何の話をしよう」


 フィーナの言葉にクゥは首を傾げて考える。


「何でもいいんだってば。私の知らない世界のコトなら何でも……ね」


 生れつき体の弱かったフィーナは、一度も出たことのない外の世界の話を彼にせがむ。

 彼女にとっての世界はクゥがこうして話をしに来るまでは、小さな四角い窓の外とそれ以外は想像のモノでしかなかった。それは今でも変わらないが、しかし自分の頭で描いていた世界と、彼から聞く世界はまるで違っていて……彼女にとってそれは何よりも新鮮で心踊る話だった。

 そして実はそのことはクゥにとっても新鮮で……自分が当たり前だと思い込んでいたごく普通の日常や知識を教えるだけで、こんなにも喜んでもらえる事がとても嬉しかった。


「そうだなぁ……じゃあ今日は少し違う話をしてあげるよ」


「何かしら?」


 少年の落ち着いた声に、少女は無邪気に首を傾げる。まだ幼さの残る顔立ちの少女の顔を見つめ、不思議な愛おしさを感じながら少年は乾いた自分の唇を一度舐めて語り出した。


「妖精のお話」


「……ようせい?」


 フィーナはクゥの言葉をオウム返しに聞き返す。


「フィーナは妖精を知らない?」


 するとクゥのこの問いに、フィーナは愛らしく頬を膨らませた。


「あら、それくらいは知ってるわ。大昔にはこの世界でも住んでいた異種族のことでしょ? 小さくて綺麗な七色に輝く羽根が生えた生き物だって本で読んだわ。それで、マナの力を操る事が出来たって……そうでしょ?」


 得意げに語るフィーナにクゥは苦笑しながらも頷く。


「らしいね。まぁ俺もそれくらいしか妖精自身については知識ないんだけど……」


「? ……じゃあ一体何の話?」


 再びフィーナは首を傾げた。


「フィーナはシャムロックの葉を知ってる?」


「しゃむ……いいえ、知らないわ」


 フィーナは素直に首を横に振って答えた。クゥはベッドに両肘をついて、下から覗き込むようにフィーナの碧の瞳を見つめて微笑した。


「シャムロックってのはね、妖精を呼ぶための葉なんだって……昔、俺の母さんが教えてくれたんだ。シャムロックはハートの形をした葉が普通は三枚重なってるんだよ。それでマナの力を秘めているから、薬草としても凄い万能なんだ」


「ふぅん……」


 フィーナは頭の中で見たことのないその葉を思い描いて頷いた。


「でも、そのシャムロックにはもっと凄い”四つ葉のシャムロック”ってのがあるんだって」


「……四つ葉?」


 クゥはこくりと頷く。


「普通は三枚しか葉が重なってないって言ったよね……けど極稀に四枚の葉がついたシャムロックがあるんだ。そのシャムロックは普通のよりも何倍ものマナの力を秘めている凄い葉なんだって母さんは言ってた。どんな病も治せる薬も作れるんだって」


「へぇ……」


「でも……今じゃマナも枯渇してシャムロック自体もう少なくなってるから見つけることは難しいんだ。けど母さんこう言ってたんだ。その四つ葉のシャムロックは、妖精との契約の花なんだって」


 クゥは一度下がった声のトーンを上げて、明るい声で言った。フィーナは大きな瞳をさらに見開く。


「なぁにそれ?」


「古いおまじないらしいんだけどね。何か願い事があったらその四つ葉のシャムロックを探すんだって。誰にも見つからないように、独りで。で、見つけたシャムロックに願いを伝えると、シャムロックのマナに妖精が反応して契約してくれるんだ」


「シャムロックのマナは妖精の大好物だから、ソレを捧げるかわりに妖精が願いを叶えてくれるんだよ」


「へぇ、何だか素敵」


「……妖精なんて今はもういないだろうから、意味ないかもしれないけど」


 目を輝かせるフィーナに、クゥは苦笑いしながら付け足した。


「あら、でも私そういう話嫌いじゃないわ。それに絶対いないだなんて言えないもの。とくに私は自分の目で世界中見て回るまで、世界の事決め付けたくはないの」


 フフッと笑いながらフィーナは言う。彼女の強い言葉に、クゥも僅かに頬を緩めて「そうだね」と頷いた。体の弱い彼女だからこそ、その言葉に強い重みがある。クゥはそのことに少し複雑な気持ちになった。

 どんなに彼女が外で元気に出歩くことを望んでも、自分が彼女のために薬を調合してあげても彼女の体調が良くなる兆しは見えなかった。


(こんなにも元気そうなのに……)


 そうは思ってもやはり覗き込むフィーナの顔色は、他と比べればだいぶ青白く唇の血色も悪い。

 風邪などに対する抵抗力も弱く、すぐに熱を出して寝込んでしまうこともしばしばなのだ。


(……もし、本当に)


「……本当に四つ葉のシャムロックがあったら、私の願いを妖精は叶えてくれるのかしらね」


 ぽつりと呟かれた少女の言葉に、クゥは思わず顔を上げた。


「フィーナ?」


「私もクゥ君と一緒に外を並んで歩きたい……そんな願い、叶えてくれるかな?」


 儚げな少女の笑みが自分を見つめる。その姿が残像のように強く瞳に焼き付いた。

 幼い祈りは当たり前だけれども、とても手に入れることが困難な願いだった。


「……フィーナ」


 世界を捨てた神に祈ることなんて少年は一度もなかった。

 神は全知全能の絶対なる存在と言い祈りを捧げる人もいるけど、少なくとも少年は神を信じてはいない。

 だから自分は願うことなどない。


「……もしそんな願いが叶ったら、素敵なのにね」


「……叶えて、あげるよ」


「え?」


 クゥは静かに微笑んだ。フィーナは不思議そうに彼を見つめる。

 僅かに開いた窓からは少し冷たい風が吹き二人を包む。無音で絹のカーテンがはためいた。


 自分たちに神や妖精の加護は無い。

 有るのは何時も叶わない願いばかりで。


「俺が君の妖精になってあげる」


 ――……叶えてあげたいと思った。




「……」


 どんよりとした灰色の空をふと見上げてアーリィは思った。

 暑くもなく寒いわけでもない。雨だって降っていない。ただ分厚い灰色の雲が自分たちを見下ろしているだけだ。もしかしたらこーいうのを本当はいい天気というのかも知れない。


「おっ、重っ……死……ぬっ!」


 隣では買い物した荷物を全て一人で持ったユーリが、勝手に汗をかいて死にかけていた。そんなユーリには目もくれず、アーリィは再び前を向いてトボトボと歩き出す。

 ユーリがそんな彼の後ろ姿をヒィヒィと言いながらも必死でついていく姿は、はたから見るととても悲しいものがあった。けれども荷物を全部持つと勝手に言い出し、勝手に実行にうつしているのはユーリのほうなのだからまぁ今回アーリィは悪くないのだが。

 ただ無意識にユーリに近いペースで自分が歩いていることに、アーリィ自身気付いてはいなかった。


「……っ!」


「うおっ……!」


 突如強めの、砂色の風が吹き付けた。バタバタと二人の衣服ははためき、街中にポツリポツリと立っていた街路樹も大きくなびいて葉を幾つも散らす。

 気まぐれに吹いた強風は、アーリィの漆黒の髪と共に彼の薔薇の髪飾りも大きく揺らす。やがて吹き付けた風は、髪飾りの薔薇を彼から奪った。


「あ……」


 自分から離れた黒い薔薇の花を見てアーリィは小さく声を上げた。


「あ、アーリィちゃん!」


 呼び掛けるユーリの声も聞かず、アーリィは慌ててそれを追い掛け出した。


「ちょっ、待ってアーリィちゃんっ……」


 血相を変えて駆け出すアーリィに、ユーリは仕方なく荷物を近くに下ろして彼を追う。


「待てっ……!」


 小さく呟きながらアーリィは、ふわりと大きく舞った薔薇へと手を伸ばす。しかし花は一層高く舞い上がったかと思うと、そのまま風に流されて数メートル先の地面へとポトッと落ちた。

 そのことにホッと安堵しながらアーリィは足早に髪飾りへと駆け寄る。


「……はぁ」


 大きく息をつきながらしゃがみ込んで手を伸ばした。後ほんの数センチの距離。

 しかし大きな黒い薔薇は、またも彼の手元からするりと消えた。


「……あ」


 今度は自然の力ではなく、明らかに他人の手がアーリィよりも先に薔薇を掴み上げた。思わず声を上げて、視線を上へ。


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